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2012-11-10 の記事

”10 年頭の所感

書道を生業にするなんて夢にも思っていなかった。

下町のベーカリーに嫁いで すっかり パン屋のかみさんを地でいっていたのが 台東区の母子書道教室を振り出しに こつこつ稽古をしているうちに師範となり、 

ひょんなことから近所のお子さんを2人預かったのが この道にはいるきっかけ。

あれから早35年 あっという間に今 親子2代に書を手ほどきするという、本当に有り難い事です。

いつも明るくのびのびした字を書く女の子が 突然小さく元気のない字を書いた事が ありました。

郵便局でばったりその子のお母さんにお会いしました。『◯◯ちゃん 何かありました?』 『いいえ別に何も•••』『それなら いいんですけど』

後に また偶然 お会いした時 『先生!この前はありがとうございました。ちょっと気にかけて居たら ゴミ箱に悪い点の テストがこっそり捨ててあったんです。

いろいろ言いたい事があったのに言えないでいたらしいんです。先生に声をかけて頂かなかったら 気がつかなかった』

それまでご近所で ため口をきいていたその人 まるで手のひらを返したように丁寧な口調でびっくりしてしまいました。少しはお役にたてたようでした。

こんな事もありました。生徒の数が100人を越えていた頃 大きな書道会に所属していて なかなか良い成績がとれなかったのです。

長年頑張っていた中学生の男の子『先生 お母さんが僕の事 佳作ぼうや っていうんだよ』と悲しそうな声。

鶏口となるも • • というのは正にこの事 思い切って小さいけれど 質の良い今の会に変更したのでした。

『先生 ◯◯君は 学校で先生に叱られてばかり居て 成績も悪いのに どうしてちゃんと昇級するの?』と おませな女の子 

『お習字はきちんとお稽古をしていたら 必ず上手になって昇級するのよ。学校の成績とは関係ないの。』

ほんとうに苦労してようやく師範試験に合格したその女性は 子供のころから熱心にお稽古に来ていました。ところが • • • 

『書道は 楽しませてくれないから • • • 』と、辞めてしまったのです。『これからが楽しいのに • • • 』と言っても駄目でした。

又ある女性は『どうして 書道をやっているのか 判らなくなった』と、かなりハイレベルになってから 辞めて行きました。

子供のころから 長年こつこつ稽古を積んで来たある男性は『どうも 僕には向いていないのでは?』と、言い出しました。

向いているのか いないのか 自分で判る人がいたら お目にかかりたいと思います。この年になってまだ私も 向いているのか?と思う事 しばしばです。

ともかく古来から 『男子一生を賭けて 新しい線をあみだす』という程 奥の深いのが書道です。中途半端な気持ちでやるなら やらない方が良い というのが私の正直な気持ちです。

向いているとか いないとか おこがましい事で 唯ひたすら無心で謙虚にやるっきゃないと腹を括ったら いつでも受けて立ちましょう。

そうは言っても 長い人生いろいろな事があります。

特に女性はまだまだ 大変です。

仕事と子育てを両立させるだけでも 至難の業です。細かでも筆を捨てない心があれば 又一息ついて 半紙に向かえる時がきっと来ます。

目安は なんとかお手本があれば書けるようになるのに 3年 自分の思った字が思ったようにすらすら書けるようになるには • • • 10年?

そして品格のある字が書けるようにようになるには 自分自身を磨きながら • • • やはり一生 というところでしょうか?

確かに継続は力なりとは言いますが、なかには 私は書歴30年とか40年とか 自慢にしている人がいます。それは辞した方が良い。30年でこれだけ? 40年でこんな字?と思われるのが落ちです。

年に2.3回しかお稽古に来なければ 12分の1にしかなりません。そんな人はむか〜し 師匠に頂いた雅号を名乗る資格はありません。

お月謝を払えば もう上手になった気になってしまう、それも困った者です。

柄にもなく 厳しい事を 申しましたが やる価値のある 奥の深い道 それが『 書道 』
  
大げさでなく 本当にそう信じて これからも稽古に励みたい 
年頭の偽り無い私の所感です。
                       10/01/07  書道墨画担当 畑田穂苑 


Posted at 2012年11月10日 18時22分59秒  /  コメント( 0 )