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2011-12 の記事

キューバの青い空

バデイスタ軍人大統領から政権を奪い 社会主義国となってから まだ50年そこそこのキューバ

 国立ハバナ大学が 今回の文化交流の会場です。

貧乏人のユートピアを作ると言った カストロの言葉通り 教育と医療は全て無料のキューバアメリカの厳しい経済制裁を受けて この国は今ナイナイ尽くしです。

でも思った以上に市民は明るく 日本だったらめちゃめちゃ高く売れそうな ばかでかいアメ車のクラシックカーが 大手を振って走り回っていますが ガソリンがなかなか手に入らないと 嘆いていました。

3人寄れば サルサ でも読み書きができなければ 資本主義者に騙されるという事で 非常に教育熱心で 特に医療のレベルは世界一だと胸を張っています。

紙が不足している事もあって 用意したエキジビション用の画仙紙は あっという間になくなり2日目の為に早々と 店じまいをする有様です。

長々と墨に魅せられてトライしていた若い女性が どうしても 筆 墨液 画仙紙を売って欲しいというのです。
何処へ行っても必ずこう言う人がいるので 学生用の安い物を持って行って 原価で譲っているので、O.Kしましたが 欲しいと言われた物を計算すると 日本円で1000円近くになるのです。
すると彼女 一寸考えて 今持ち合わせが無いので明日必ず来るから取っておいて欲しい というのです。

彼女が帰った後で 現地の通訳が 彼女には無理だ 1000円と言えば この国の一ヶ月の給料だというのです。びっくりした私は それでも彼女の為に 取っておいたのです。

絶対来ない という通訳
 
次の日ホテルからバスを乗り付けた校門の前で 彼女が目敏く私を見つけて 大きく手を振っているではありませんか。

通訳曰く 賭けなくて良かった、、、賭ければ良かったと 私 

でも何よりも彼女の芸術に賭ける 熱い思い(えつ?そんな大げさなものじゃないって? だって給料一ヶ月分ですよ!!)に私の胸も熱くなって 思わず紙をたくさん 上げてしまいました。 うる うる
               09/04/12 墨画 書道担当 畑田穂苑

(後日談)オバマアメリカ大統領が キューバとの関係改善に 動き出しました。
     チェンジ できる YES WE CAN !!  賭けましょう ビバ ゲバラ!


Posted at 2011年12月17日 12時26分24秒  /  コメント( 0 )

キューバの輝く瞳


  月給は安くても 文化は一流 心は豊かなキューバ 2005  
                    09/04/11 書道 墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月17日 12時25分55秒  /  コメント( 0 )

ブカレストの足音 ;04

独裁者チャウシエスク 覚えていらっしゃいますか? 
処刑の映像が 全世界に流れました。なんと惨い事 なにもそこまで、、、、と思っていたのですが それは傍観者の勝手な感想でした。
チヤウシエスクがどんなにひどい事をしたのか それは当事者にしか判らない事 

今 日本の政治は云々、と言われていますが 同じ国民同士が血で血を洗う不幸が無い事を 心から感謝!です。

イオンクレアンガ高等学校 ここが今回の会場です。
校長先生は女性です。
広い通りからかなり入った静かな佇まい そしてこの高校には校長の意向で 日本語科があるのです。
エキジビションもデモンストレーションも勿論 意外な程の日本贔屓のお客さんにお答えして 一所懸命 努めさせて頂きましたが 私の関心事は高校生達が 今のあり方をどうとらえているのか という事 

ナカナカ一言で言うのは大変ですが 人が嫌でも抱えている欲望の 処理の仕方 まっとうに生きる事の難しさ でもみんな純粋に正しい道を 求めているようで とても明るい未来を感じました。
一所懸命たどたどしい日本語で お手伝いをしてくれる生徒達に私はこんな話をしました。

日本では昔から人間の心には108つの 悪い欲望があると言われ 毎年12月31日の夜にテンプルで108回 鐘をついてそれを追い払うのだけれど、1年過ぎると又108ケの悪い事をしていて 毎年毎年 多分永遠にそれを繰り返すのだと、、、。
みんなほんとうに熱心に聞いてくれて そのとおりだと感心してくれました。

中世にはドイツの侵略を受け当時のままにドイツ村が残り なんと今ドイツが村の建物や道路の修復をしているというのです。

ドラキュラのお城も当時のままに きれいに保存され清潔で美しい国ルーマニア 校長先生のご主人(学者)が私の大きな墨画『閟』と同じ風景がルーマニアにもあると言うことで学校に寄贈

 又同じタイトルの書を 見た瞬間動けなくなったと言って下さった 日本大使夫人を通して大使館に寄贈させて頂き 私の足跡もしっかり残させて頂きました。
                  09/03/30 書道 墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月17日 12時24分45秒  /  コメント( 0 )

生まれ変わったルーマニア


 不幸な時代を乗り越えて 向上心たっぷりのイオンクレアンガ高等学校 日本文化祭


Posted at 2011年12月17日 12時24分07秒  /  コメント( 0 )

総勢6人<グループ>で...

一人か二人でほそぼそ参加していた私の文化交流 今回はなんと6人です。こんなに心強い事はありません。
マフイアでもなんでもどんと来い!

えつ ここがほんとうにシチリア? 
穏やかな気候 優しい島の人々.美味しいお料理 新鮮なお魚 想像とは大違いの島でした、、、が?
 
会場はなんと二つのイベントが重なりホールが使えません。よくあるのよねー。これが日本だったら大変です。でも向こうの人はへいっちゃら、なるようになる、、、のです。

ショーの人たち 着物ショー 津軽三味線 テイ―セレモニー は大弱り!リハーサルが出来ません。でもさすが 手慣れた師匠達 エキジビション会場の通路やホールの通路でばっちりリハーサル。心配するだけ野暮でした。えつ?本当に大変だったのよ? 判ってます。判ってます。

イタリア人の文化好きはつとに有名!会場は押すな押すなの大盛況!あれが欲しい これはどうかと次々に質問攻め ありがとうございます。

テレビの取材迄入ってしまいました。

文化祭のタイトルの『華』と『萬歳』と書いてデモンストレーションを終わりにしようと思ったら 誰も帰りません。
仕方なく通訳の人に何かリクエストがあるか聞いて下さい。とお願いすると 
鬚面の大男が手を挙げて『禅』というではありませんか。『禅』は有名なんですねー 判りました。『禅』頂戴します。勿論もう1枚『禅』を書かせて頂きました。有り難い事です。

でも朝早くから<これは日本人だけ>準備 夜中までの歓迎でみんなヘトヘト 体調を崩した人もでてしまうほどでした。

ながーい歴史の中で数々の文化の支配を受け そのまま世界遺産として大切にしているこの島はエジプトの神殿 ローマ遺跡 キリスト協会 イスラム協会 トルコの遺跡 etc etc モザイク模様の美しさ 野外劇場<タオルミナ>で同行の民謡の女性歌手の 天にも届けの歌声が今も耳に残っています。
そしていまも火を噴くエトナ山 疲れたけれど、、、、もう一度行きたい島 シチリア
               09/03/28 書道 墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月17日 12時23分43秒  /  コメント( 0 )

石畳ロマンの国で 1997年

目の前はアドレナ海  その向こうはクロアチア  イタリア東部
 
長靴のふくらはぎのあたりに独立国<バチカンのように>サンマリーノ共和国があります。
迫害から逃れて落ち延びて来たマリーナという牧師を 皆で匿って守った国で 自動車レースとは関係ないようです。

眼下のリミニからの侵略を防ぐ為に 崖の上にはものものしい『要塞』が 今は観光コースになっています。どこに行くにも急な坂や階段を登らなくてはなりません。

まるで中世にタイムスリップしたような ここだけ時間がゆっくりと流れているような 私たちが無くしてしまった物を 今も大切に守っているような静けさがあり 芸術をとても大切にしている国という印象でした。
国を上げての歓迎で 当時の 日本駐イタリア大使の 英ご夫妻もご参加下さりこじんまりと、けれど質の高い文化交流でした。
これまでは日本との国交がなく ようやくこの年から国交成立 そして英大使が兼任なさる事になったということでした。

海抜750メートルの絶景を見下ろす会場は1日目は 小、中学生 
2日目は大きな大人に取り巻かれ 持って行った色紙の墨絵も 引っ張りだこ 汗だくのエキジビションを終え 
3日目は体育館で日本武道や薙刀など 日本にいてもなかなか見られない 同行の先生方のデモンストレーションを堪能させて頂き 夜は劇場で着物ショー 津軽三味線の演奏 ソプラノ歌手の日本の歌曲 本当に 充実の3日間でした。

私が寄贈した書画『ひ』シリーズNo.2『緋』は有り難い事に国立博物館に収蔵となりました。

世界3番目に小さな国 世界最古の共和国 人口は当時2万3千人 チターノ山に張り付いたような おとぎの国 サンマリーノ
 
文化担当官のマルチェッラ.モルガンテイさんは日本人と結婚され 日本にお住まいですし その後何人も日本に留学されています。いつの間にか長いおつきあいになっています。
文化交流 万々歳です、、、ね。        09/03/24 墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月17日 12時23分19秒  /  コメント( 0 )

坂の国 サンマリーノ


            1997年 サンマリーノ日本文化祭 09/03/24


Posted at 2011年12月17日 12時22分54秒  /  コメント( 0 )

風と共に文化交流

アトランタは皆様良くご存知 風と共に去りぬ で有名ですよね。

キング牧師の活動でも知られています。日本の 聖学院 と姉妹校の オグレソープ大学が会場でしたので 日本人留学生が多く 広いキャンパスの中の車の移動は 留学生が引き受けてくれました。
アトランタオリンピックの マラソンコースの折り返し地点になった大学です。

なんと言っても人口の6割が黒人で 見上げるような大女のポリスが 拳銃を腰にぶら下げ大きなお尻を振りながら のっしのっしと歩いていたのが とても印象的でした。

今回は書道担当は皆川雅舟先生で、私は墨画を担当しました。

2日目には近くの上流黒人の学校から 大挙してやって来て昼食を取る時間がないほどの 盛況ぶりでした。
墨画が珍しかったのか、学校に持って行きたいからお手本をくれと粘られ とうとう強引に持って行かれてしまいました。後から又手本書きでヤレヤレ。

片言の貧しい英語がなんとか通じ ほっとしましたが、南部訛りというか私たちにも聞き取りやすい英語で助かりました.
片手間に折り紙を持って行ったので 鶴を折って上げた所大行列ができてしまい 折り紙がなくなったしまって 小学生の女の子に泣かれてしまい 仕方なく半紙で折ってあげたところホワイトクランと大喜びでした。

日本文化の持つ力強さにはいつも助けられます。
着物の大振り袖等は どんな立派なドレスにもひけを取りません。
アトランタの街で何人かが着物で歩いていると 振り袖でなくとも人だかりができてしまいます。日本文化ばんざーい!      09/03/21 墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月17日 12時22分21秒  /  コメント( 0 )

アトランタ文化交流


1995年  アトランタ オグレソープ大学で文化交流 09/03/21 墨画担当畑田穂苑


Posted at 2011年12月17日 12時21分54秒  /  コメント( 0 )

海外文化交流

初めての海外文化交流でデユッセルドルフを訪ねて早いもので16年になります。

JLC<日本生活文化交流協会>事務局長の白石さんが デユッセルドルフ日本人学校が地元ドイツ人に日本の文化を紹介したいとの要請を受け 訪ねてこられました。

後援もなく一緒に行ってくれるお弟子さんもまだいなかった私は 安くない参加費を工面するあてもなく同居人の反対を押し切るわけもいかず諦めていたら 子供達がなんとかするから是非行って来るようにと勧めてくれ 渋る同居人を説得 思いきって行く事にしました。

当時デユッセルドルフには8000人もの日本人が住んでおり 三越デパートも出店しておりました。地元の大歓迎をうけ盛況の中 学校の教室でエキジビション 少し離れた講堂でデモンストレーションを致しました.
カタカナの名前を教えられた通りに書き嬉しそうな笑顔 2尺8尺の画仙紙に『独日友好萬歳』と書き喝采を戴きすっかり病みつきになり その後あちこちに行かせて頂きました。

送迎は当然 立派なベンツ <わーい 外車だ!> 当たり前だつーの。

ヘアウエルパーテイではシャイな日本人とシャイなドイツ人が 部屋の隅に固まってしまい トウゲザー トウゲザー となぜか英語でとりもちをした事を昨日の事のように思い出します。

その後サンマリノ アトランタ タイ ルーマニア シチリア キューバ シドニー と 及ばずながら日本文化の紹介に努める事が出来たのも あのとき子供達が背中を押してくれたお陰と感謝しております。
持つべきものは同居人ではなく、、、、、子供? 未婚のお母さん頑張って!!
               09/03/19  書道担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月17日 12時20分56秒  /  コメント( 0 )

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