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山形県在住 三人の子どもを持つ母親より

三人の子どもを持つ母親です。西咲水蓮先生とお会いした事から、死まで覚悟していた人生が一変して生きる事が楽しく思えるようになった人間です。

三人の子どもがありながら、何故 死を考えたのかを申し上げます。夫の経営していた家業が時代のニーズに合わず、少しずつ下降して義父の頃より、取引先の倒産、不渡りと多額の借金を背負うはめになってしまっていました。

嫁ぎ先の会計、事務などの手伝いをして、日々 金銭のやり繰りで夫との関係もささいな言葉で逆情してみたり、口論が耐えない毎日でした。健康を害した義父へのいたわりも感じず“厄介者”この苦しい生活の全ての原因が義父だと思い込み 汚いものを見るような態度をとっていました。

子どもたちが側に行こうとすれば、阻止し、烈火のように怒る私の姿は、子どもたちから見ても 鬼のような形相だったのだと思います。そんな家庭環境ですから 子どもたちのことにも、目が行き届かず 長男がオデコに青あざを作ってきても気づかず、学生服が汚れて破れていても気にも留めず、問いかけもせず 母として最低の気配りもしませんでした。

そんな頃ですので 夫も毎晩帰宅が遅くほとんど子どもたちと会話する事もなかったのです。その夫の苦労にもまったく 見て見ぬふりをしていました。外回りする夫が楽をしているように思え、あらぬ女性問題まで想像してしまうありさまの精神状態になってしまっていました。

実家に借金申し込みに行っては、自分だけが世界中で一番悲劇な女だと愚痴り、三男が(当時5歳)言葉の覚えが悪いと指摘されても長男同様に放置していました。そのような母親でしたから、起こりうるべき長男の自殺があり、三男の失語症 対人恐怖障害が時を同じくして起きてしまいました。

水蓮先生が私に体験を書いてみたらと言われたとき、先生のホームページに載っている他の方の自力で人生を立て直した方々とは、比べられない程の情けなく母として最低の生き様でしたので躊躇していたのです。

ですが、再び西咲先生がお勧めくださり、言われた内容が心を打ちました。真実を告白してみる事が今までの子どもへの愛情だし、貴女自身の諫めではありませんか? と。そして 子を亡くしたからこそ 命の尊さと、子どもの愛しさ、大切さ、ありがたさがわかったのではありませんか?と。

先生のサイキックがすごい事は十分にわかっていますが、私に対しては、心の乱れを、複雑に絡み合ってしまった感情と性格のゆがみを治してくださったのです。先生とお会いして2年半ですが、長男の死で自暴自棄になり、長男のもとに、罪を償う旅立ちをしようと決心した日、早朝4時に電話連絡が入りました。

水蓮先生より電話を頂く事などなかったので驚きました。玄関の外に先生のお姿を見つけたときは、テレビを見ているかのような気持ちになりました。まさに透視です。

後になって先生からさらりと言われたのですが、その頃先生の娘さんが、長く患っていた重い病気が、再々発して入院していたそうです。先生は日中、カウンセリングをして、夕方、先生の妹さん、家族と交代して娘さんと夕食をとり、朝方まで付き添い、自宅に戻り、娘さんとの朝食の準備、洗濯物をして、仕事の準備をして病院に行く毎日だったそうです。

早朝と云えども、その日はどうしても 私を引き止めなければと思ってくださり、電話をし、家にきてしまいました。と詫びられました。私の自殺をとどめて下さった恩人なのにいばらず、誇らず、、、まるで神様のようなお優しいお心の方です。

そして、先生ご自身も とっても辛いことを乗り越えてこられたことも知りました。私の家に来てくだ去り、私の馬鹿な行動を止めてくださった その日の午前11:04分 最愛の娘さんが先生の腕の中で息を引き取ったということでした。

先生自身の私生活を聞き、知って、私自身の愚かな生き様も正直に発表する気持ちになりました。西咲先生は 口先だけの優しさを出す方ではありません。

先生自身が生きる辛さ、様々な体験をしたから人には優しくできるんです。とよく言っておられました。心に傷があるから、痛みもわかりますと・・・

これから私は、人として、母親として 西咲先生を手本として、生きてゆきたいと思っております。先生今後とも宜しくお願い致します。

Posted at 2010年03月29日 12時13分27秒

 
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