葛飾区柴又にあるプロテスタント教会です。日本ホーリネス教団という団体に属しています。
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人生最高の出会い

人生最高の出会い マルコ5:25-34

イエスはその女に言われた、「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。すっかりなおって、達者でいなさい」。(マルコ5:34)
 
 私たちは夫々の人生で色々な方との出会いを経験していると思うのです。そして、その出会いによって、人生が大きく変わったという方もおありなのではないでしょうか。悪いほうに変わったこともあるでしょうし、良いほうに変わったという事もあるかと思います。特に人生の生涯のパートナーとの出会い、それはとても大きなことであると思います。その方との出会いによって、どのように人生が変わったのでしょうか。悲劇的な人生でしょうか、それとも喜ばしい人生でしょうか。実に、人との出会いは、人生を大きく変えます。
 今日の聖書の中に出てきますこの一人の女性も、主イエスとの出会いによって、人生を大きく変えられた人であります。イエス・キリストとの出会いの中で起こった出来事によって、彼女の人生の全ては変えられ、新しい人生が開かれたのであります。
 では、この出来事は、偶然に起こったのでしょうか? そうではありません。彼女自身が、イエス・キリストを求めたのです。そのことによって変化が起こったのです。この女性と同じように、私たちがイエス・キリストを切に求める時、私たちは変わることができ、神様は私達の求めに応えて下さるのです。そのことを、特にイエス・キリストとこの女性との関わりを中心に見ていきたいと願います。
 この女性がどのような状況にあったのでしょうか。彼女は「12年間も長血をわずらっていた」のです。彼女は婦人科の病気で苦しんでいました。それは当時の社会の中では、汚れた者とされていました。レビ記には、女性の出産や出産後、また生理期間中について、女性が汚れた者として、こと細かな規定が書かれてあります。この表現は、現代の女性から見たならば、非常に差別的なものと見られるのではないかと思いますが、当時の社会の状況の中では、このことによって女性の身を守るという内容をもったものでもあったのです。しかし、神が与えられたこの配慮に満ちた戒めは、次第にその神の御心とは離れ、命を失った、冷たい決まりごとになってしまっておりました。そのような状況の中で、この女性は女性特有の病気のために、社会的にも、また宗教的にも差別され、疎外されていたのであります。
 マタイもルカもこの物語を残していますが、興味深いことに、マタイは彼女の病については一切触れず、ルカは医者に関しての非難も書いていません。マルコは、4つの福音書の中で最初に書かれたものであるため、全体として最も簡潔に書かれていることに特徴があるのですが、この物語に関しては違っています。この女性の病歴を詳しく記しているのです。「多くの医者にかかって、さんざん苦しめられ、その持ち物をみな費してしまったが、なんのかいもないばかりか、かえってますます悪くなる一方であった」というのです。
 この女性は何と12年間も医者にかかりながらも一向に良くならず、経済的にも全財産を使い果たすということとなり、それでいて病気はどんどん悪くなる一方、人々からは神に呪われ、汚れた者だと言われてしまう。人の目を恐れて生きなければならない、まさに何重にもおおいかぶさる苦悩の日々であったのです。その彼女が、「イエスのことを聞い」たのです。ただイエス様のことを聞いただけで、やって来たのです。12年の苦しみの故に、あきらめることはしなかったのです。主イエスのことを聞いて、「せめて、み衣にでもさわれば、なおしていただけるだろう」と思ったのです。この女性の思いの中に、すでに信仰の芽生えがあり、確信があることがよくわかります。誰かから主イエスのことを聞かされたのでしょう。しかし、それが主イエスの事であった、そこに彼女の救いがあったのです。このことが重要なのです。私たちが今イエス・キリストの事を耳にしているのです。
 彼女は一縷の望みを持って主イエスの衣に手を伸ばすのです。それは彼女にとっての第2の行動でした。主イエスの所に来ることにも決断が必要ですが、手を伸ばすことはもっと大きな決断を必要とします。それは「この方によって治してもらえる」との望みを持つことが必要だからです。そして出来事が起こったのです。彼女の病気が治ったのです。
 彼女は深い悩みを持っていました。苦しんでいました。そんな中で主イエスの事を聞きました。勇気を起して主イエスの所にやってきました。そして信仰の手を伸ばしたのです。その時、主イエスから力をいただき、主イエスとの人格的な出会いを持ち、悩み苦しみから解放され、主イエスの御言によって新たな人生を踏み出したのです。ここにのみ本当の喜び、本当の希望、本当の癒し、本当に力がある、と証詞しているのです。

Posted at 2007年04月30日 02時30分05秒

 
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