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終戦のエンペラー

 本日は10時から地鎮祭、今まで打ち合わせでした。お疲れ様です。

 昨日は・・・ここ数日は時間に追われていましたが、何とか時間を作り「終戦のエンペラー」を観てきました。マッカーサーに告げた昭和天皇の一言が、終戦に本当の終止符を打った史実に基づいている点でも、どうしても子供達に観せたかった映画です。

今は個人の権利や人権が尊重されすぎたり騒ぎすぎでは?と思う事が多々あります。また、選挙や現在のインフラの整った環境を子供達が当たり前のように享受している。その原点でもあると思ったからです。

 実は嫁も小学校低学年の頃は、どの人にも明治から選挙権があって、誰でも今で言う女性は「高校」男性は「大学」へ通っているのが普通だと思って育ちました。身内に国家公務員が多かった家の子供なら、こういう感想を持つ人は多かったはずです。
勿論、戦後は、学校どころじゃないって事だけは知っていましたが・・・・ですから野口英世の伝記を読んだ時に「学校へ通うのに、村中でお金を集めた?」という事が理解出来ませんでした。

ですから、たま〜に遊びに行った先で、明治生まれのおじいさんやおばあさんが、新聞を読まないって変だな〜と思いながら育ちました。でも教育も選挙も、今みたいに当たり前でなく、みんなで勝ち取った権利でもあり、アメリカによって齎された権利でもあり。そのきっかけは、陛下のお言葉だったと知ってからは、若い頃に意識をしなかった皇室に興味を持っていました。

日本人として、自分達の歴史を知って欲しいという気持から家族で出かけました。

=====ネタバレもあるので、ご注意くださいね。

 映画自体は単調な感じです。余り抑揚がなく淡々とした印象です。

親日であるはずのフェラーズ准将が、昭和天皇を救う為には「3人の証言が必要」と嘘を言い、自決し損ね、絞首刑にする為だけに治療を施し生かした、東条英機の元に赴きます。

 「天皇は有罪か?無罪か?」アメリカというか連合軍は、どうしても天皇陛下を裁判にかけ絞首台に送りたかったんですね。特にイギリスにとって、まさか日本にマレーシアやシンガポールで負けるなんて思ってもみなかったし、他のアジアと違い、日本人が怖かったし気味が悪いし腹が立つ。

東条の選択は「近衛文麿」

笑えるほどベストなチョイスでした。

 近衛文麿は「天皇陛下は白でも黒でもない」「日本のあいまい」さや「精神」そして「戦争に勝者」がいない事。「中国に侵略」した事への反省。マレーシアやシンガポールを植民地としたのはスペイン、イギリス、アメリカである事。自分達がやっていた事はOKで日本は何故?責任を取らされるのか?

そして何よりも、全体を通して、原爆を広島と長崎に落とし、東京や沖縄の民間人を無差別に攻撃した事にも触れていました。昔の日本人は、言うべきことを言い、言わざることを言わない。

まさしく「グレー」
でも、そこには2000年以上紡いで来た、人でなく「日本人の矜持」や文化を感じました。

「陛下に自由などどこにもありません」この台詞も立場を思えば、ジーンとしました。

 そして戦争で多くの命が失われた事実。主な主役はフェラーズでしたし、フィクションである恋愛に目を奪われがちですが、恋人の父親の元を訪ねると、静岡の戦火で亡くなった恋人あやの位牌が・・・

しかし、父親(鹿島大佐)以外、全員が亡くなった事に涙が出ました。自分がフィリピン、沖縄で作戦を実行し、家に戻ったら、妻もあやと二人の男の子も亡くなっていた。天涯孤独となっていた事に胸が詰まりました。静かに佇む姿に武士を感じました。

 そして有名な写真のシーン。

陛下の目を見ない事。直接触れないこと。写真は指定の人が遠方から。

マッカーサーは陛下を自分側に引き込む事。日本人にとって神でも、アメリカにとっては敗戦国のトップでしか無い事を挑発するような行為に及びます。

軽〜く扱って、御付の次官を怒りで震えさせます。そして、通訳だけを残してマッカーサーと陛下と3人だけになります。この時、史実ではマッカーサーが「天皇はどうやって命乞いをするのか?」と考えていました。その為に3人になったのです。(一応は恥をかかせない為)

そして有名な
「この戦争の責任は私一人にある。私を連合軍の判断に委ねる。国民に罪は無いから助けて欲しい」となるのです。当時は台湾人も朝鮮人も日本人でしたから、当然この国にも被害が及びます。

マッカーサーも驚いたと思いますが、日本人なら理解できます。

日本人は戦闘民族です。と、同時に平和を望む民族です。武士の「武」は矛の先を止める、刀は最後の手段という意味で、一反抜いたら引かない国民性を持ちます。

しかし、長い戦い、内戦の中で収め方も決まっています。

勝者、敗者が決定した時点で、農民はすぐに田畑を耕し、商人は商いに戻ります。
「君主の首」を取るか、名誉の切腹で、責任者が排除されれば、すぐに元通りの生活に戻ります。

その後、長く江戸という平和な時代が続いても、その習性が変わる訳ではありません。

「責任者(陛下)の首で収める」というのは陛下なりの、日本人のけじめの付け方です。

何だか訳の解らないうちに涙が溢れました。余り興味のなさそうな子供達が、ちょっとだけ涙を浮かべていました。

子供達の感想は
「学校の教科書よりは面白いし、解りやすかった」
「どう?って聞かれても、特に凄いとか面白いとは思わなかったけれど、興味は持てた」
「今は深く解らない」でした。

正直でいいなー。って感じです。

いつか大人になったら日本から出て行くかも知れないし、もしかしたら海外と仕事で関わるかも知れない。その時に、あの焼け野原から日本が立ち直った。死ぬ気で頑張れば、何だって出来るという事も感じて欲しいです。

今は「平和な日本」を大切に、そして感謝して欲しいと思います。

Posted at 2013年07月28日 16時25分48秒

 
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