これから、日々の活動や、大会や演武部、練習風景の動画等を少しづつですがアップして行こうと思います!!
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2013-11-04 の記事

父の死

10月30日夕方、私の父が肺がんで亡くなりました。
83歳でした。

82歳までほとんど病気らしい病気をしたことがなかった父でしたので、自分が肺がんと知りとてもショックを受けたようです。

体力が無いこともあり、治療は放射線治療のみで薬の服用はありませんでした。

肺がんの放射線治療が終わり、ホッとしたのも束の間、今度は副腎に転移が見つかりました。

そのがんも放射線治療で治療しましたが、食道近くばかりを放射線で焼いた為、食欲が無くなり身体が見る見るうちに痩せ細っていきました。

自宅で療養しておりましたが起き上がることも出来なくなってきたので、死ぬ10日ほど前に病院に入院させました。

新たにCTをとった結果、肝臓のほとんどががんにやられ、骨転移もありました。

父はタバコが大好きだったので、それを主治医の先生に告げると、「最後ですから吸わせてあげましょう」との事だったので亡くなる日の午前中も1本吸ったそうです。

死亡する1時間前くらいに病院から電話があり、「もう駄目だと思われますので、来られますか?」
と言われたのでお店を途中で閉め、車で駆けつけました。

店から病院までは1時間ほどかかります。

私が駆けつけたときには、父はもう入院ベッドの上で冷たくなっていました。

思えば、何かにつけ、口論が多かった父ですが、冷たくなった父を目の当たりにしたとたん涙がこぼれました。

余命1か月と先生に告げられたときに、極力優しくしよう、と心に決め父に接しました。

自分のことは後回しで子供、孫、母親、周りの人々のことを1番に考える人でした。

私が中学校3年から高校1年の頃、十二指腸潰瘍で2度ほど緊急入院をしたときに、
食事を摂ると胃が動いて余計に出血をして危ないと言われ点滴だけで2週間ほとんど飲まず食わずで入院したのですが、私は睡眠中、無意識に左腕で顔や頭をかき、翌朝、左の腕のところの点滴の針が中で折れ曲がり(針は危なくないようにプラスチック製でした)
点滴液が漏れて腕がパンパンに腫れ上がったのをかわいそうに思ったのか父は一晩中私の左腕を握り締めベットの傍に居てくれたことを強く思い出します。

父とは生きる道が違いますが、父のような生き方をしたい!!

と強く心に誓いました。

いろいろ落ち着いたら、父の大好きな故郷 屋久島 に連れて帰って、皆が待つお墓に入れてあげようと思っています。


Posted at 2013年11月04日 15時25分33秒