メインメニュー

三宅島

2010年の噴火の時、200kmも離れているのに風振を感じた。
そんなすごい火山のある三宅島にいくことにしました。





夜8時44分発の列車に乗り出発。




22時30分 乗船。平日(水曜日)だったこともあり乗船客は少なかった。




しっかり寝るために2等ですが、2段ベッドのにしました。1等にも2段ベッドはありますが、
4時間程の睡眠なので、ベッド柔らかさ、体も十分に伸ばせる長さ、快適で良く寝れました。




レインボーブリッジ、もっと明るいと思ってましたが。夜景は神戸や長崎の方が
いいかもしれない。




大井コンテナー埠頭。ちょっと船が少なく寂しい。




三宅島には、朝、5時30分に着きます。まだ真っ暗、村営のバスも船の到着に合わせて
運行しているのですが、宿(民宿)に迎えに来てもらいました。ついでに朝寝をさせてもらう。
朝食後、午前中に宿の案内で島内1周。約35km。宿にはお世話になりました。






新澪池跡。昭和58年の水蒸気爆発で池が無くなってしまった。
現在の状態。噴出物で盛り上がっている感じ。説明されなければ噴火の形跡は感じられない。



噴火前。




三宅島に行く前、溶岩で埋もれているのかと思っていたが、噴火後の泥流で埋もれたとのこと。




泥流の説明。




2010年の噴火による、ガスの影響を強くうけた山肌。




島内いたるところにみられる立ち枯れた木々。




昭和58年の噴火により溶岩に飲み込まれた阿古集落。海に近いところに小学校がある。




溶岩に飲み込まれた小学校。




阿古地区の海岸。溶岩でできている海岸線。




そんな海岸線にあるメガネ岩。




ふるさとの湯。村営の温泉。水曜日が休館日なので1日出発日を遅らせました。
夕日が海に沈むのが見られるとのことでしたが、のぼせてしまい、見れませんでした。






新鼻新山。昭和58年の噴火でできた。先端まで行きましたが、結構怖い。観光客が増えたら先端まで行けなくなると思う。先端は危ない。




民宿での夕食。焼酎は、八丈島のものでした。宿のご主人との会話は楽しかった。
この日も我々のために夕方釣りに行ってた。「海はATMだから」とのこと。
ただこの日は機械の不調で引き出しができなかった。




地層が見られる場所。溶岩が多いので、古い地層が見れるのは珍しい。




地層の説明。




七島展望所から見る雄山。標高800mの山。内側は500m落ち込んでいる。想像できない。




さらば三宅島。




昼間の船旅なので2等船室。チケットは座席(寝床)指定です。床は固いので、長時間はきつい。






◎ レンタルサイクル
  鯖ケ浜港がメーンの港なのかな。他に、三池港(ここに着いた)、伊ケ谷港(帰りの港)
  阿古地区にある港、港の建物の中に、観光協会があり自転車がならんでました。
  三池港は真っ暗だったので周りは見えなかった。下船して建物なしで駐車場に行けた。
  伊ケ谷港、簡単な建物でチケット購入する。屋台のようにお土産を売っていた。弁当は無い。
  13時30分発なのに。ただ乗船客も20人ぐらい。よって食事は船内で。







◎ 郷土資料館:阿古地区の旧小学校(生徒が少なくなり閉鎖)にある。
  ・縄文人が住んでいた
  ・流刑地としては奈良時代から明治初期。八丈島は政治犯。
  ・流刑地に到着する前に死んでしまう。理解できる。

◎ 昼食:これは苦労するかもしれない。初日は宿に教えてもらっていたので行けた。

◎ 港:3か所あるので船が着かないことは少ないと思う。最後は飛行機で調布に行ける。
  料金も1等船室程度。

◎ サバサンド:鯖ケ浜港に船が着く時だけ数量限定で売られるとのこと。すぐに売り切れる
  ので食べるのは難しい、でも地元の人も言っているがおいしいとのこと。

◎ お土産で買った、クサヤの燻製、イカの燻製に似ておいしい。


完全に移住するのではなく、月半分は三宅島、半分は千葉も悪くはないなと思った。
仕事はシルバーの仕事があるとのこと。(資料館の係の人はメーンは三宅島で東京には月1回帰る生活。その人から聞いた話)

Posted at 2016年09月30日 16時14分41秒

 
この記事へのコメント
コメントを書く



== このコメントはサイト管理者による確認後に反映されます ==

== 半角英数字のみのコメントは投稿できません ==

*印の項目は必須入力項目です *

*