英語を「正しく理解し、正確に表現する」ことを何より大切だと考えております。 英文を分析するための英文法力、さらに発信のための英文の蓄積が重要です。このため、文法、発音、音読、暗誦に力を入れた指導を実践しています。
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英語で考えるとはどういうことか

英語で考えるとはどういうことか

私たちが英語の勉強をしていた時代は、ちょっと独特の時代だったのかもしれません。

当時、私たちが非常に関心を持っていたのは、「英語で考えることは可能か」というトピックでした。

アポロの同時通訳者をつとめ、その後は国会議員になる國弘正雄先生が、テレビ英会話上級の講師として活躍されていました。

最初はスキットとよばれる寸劇を見て、表現などを練習するという、ごく普通の英語番組でしたが、やがて、大きく変化していきます。

それは、トークショーと呼ばれる、英語で、当時の一線の作家や政治家、その他の人たちと直接会って、話をするというスタイルのものを導入したことでした。

これは、当時の新しいスタイルの「生きた英語」レッスンの先駆けでした。

期を同じくして、English Journal といった、英語の生トークを売り物にした、テープ+マガジンという教材+月刊誌という雑誌なども生まれてきます。

そのまえに、一時期、ラジオ英語会話の松本亨先生が訴えた、「英語で考える」が一つの時代を象徴する言葉になりました。

そして、トークショーのころに國弘先生が「英語で考える」は神話、というテーゼを打ち出して、ひとつの時代を築き上げます。

その後も、英語を学ぶ人たちの間で、ときには顕在化し、また時にはひそやかに、「英語で考える」とはどういう意味なのか、と語られていたものでした。

この「英語で考える」という言葉の旋風により、英語の学習ブームも煽られて、大きなマーケットになっていきます。

さらに中津僚子さんという方の書かれた「なんで英語やるの?」が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞することで、時代としては一つのピークを迎えるのです。

Posted at 2018年07月11日 18時36分16秒  /  コメント( 0 )

便利と不便のはざま

便利と不便のはざま

ある記事から。

ある日、主人公は、車にはねられそうになります。

直前まで、車が近づいてくることに全く気付きませんでした。

それは、その自動車がハイブリッドカーで、ほとんど音がしなかったからです。

それまでの常識では、自動車が近づいてくるときには、エンジン音や、車輪のきしみなどの騒音で、それと気づいたものでした。

交通量の多い道路のわきに住んでいる方たちは、絶え間のない騒音に悩まされていました。

赤ちゃんは寝ないし、真夜中でも巨大トラックの轟音で目が覚めてしまう。

そこで、最近の環境にやさしいハイブリッドカーは、ほとんど音がしない。

ところが、予想もしない弊害が起こってきました。

静かすぎて気が付かない。

冒頭のエピソードのように、逆に、危険なことが増えてきました。

新しい発明品が、予想もつかない危険を生み出してしまうことがあります。

ノーベル賞を創設したノーベルは、ダイナマイトを創り出した人ですが、かれは、土木工事などを安全に行うために、これを作ったのでした。

ところが、実際には戦争に用いられてしまい、多くの人を殺してしまうことで利用されました。

スマホを作った人も、まさか、スマホを見ながら歩いて、プラットフォームから落下してしまう人が続出するとは、想像もしていなかったでしょう。

ハイブリッドカーも事情は同じ。

結局、走行中に、わざと騒音を出す装置を取り付けてみたり、車輪が音を出すようなものにしたり、自動車製造業者の方たちも、いろんな工夫をしています。

便利になることが、かえって不便を引き起こしてしまう例ですね。

Posted at 2018年06月28日 09時49分17秒  /  コメント( 0 )

褒め言葉への対応

褒め言葉への対応

ニューヨークタイムズの記事です。

よく言われることばに、日本人は、お世辞に対して、照れたり、否定したり、なかなか素直には受け取らない。

でも、この記事によれば、アメリカ人だって同じようなものなのだそうです。

オフィスで、チョコレートをつまんでいたら、その包み紙に、「女性の皆さん、お世辞に対しては、話題を変えたりしないで、ありがとう、と受け止めましょう」と書いてあったそうです。

まあ、チョコレートの鼓が身にそんなことを書くか?という突っ込みはさておき。

で、この記事の作者である女性は、「ほめことば」を素直に受け取ってみることにしました。

ちょうどその日、オフィスから帰る途中に、近くに住むカレンさんに会います。

すると、カレンさんいわく、「今日のドレスは素敵ね!」

よおし、チャンス到来!

というわけで、「ありがとう!」

すると、カレンはちょっと驚いた風で、作者によれば、

「まるで、だれかが私たちの姿を録画していて、ポーズボタンを押したかのように、全ての動きが止まった」

で、再び再生スイッチが押されると、

「・・ああ、わたし、自分に合った服装をしている人が好きなの」

とカレンさん。

それに対して、わたしもあまり意味のないセリフを言いつつ、退場。

というわけで、褒め言葉は、隠されたメッセージ「ちょっとお茶しましょう」とか「少しお話しません?」の枕詞のような物、というしめくくりなのですが。

このブログをお読みの皆さんのご意見はいかが?

Posted at 2018年06月27日 17時35分57秒  /  コメント( 0 )

「まだらの紐」から

「まだらの紐」から

早朝から、助けを求めてホームズのもとにやってきた若い女性ストーナー嬢。この義理の父であるロイロット博士の不審な行動、そして彼女も博士の標的になっている可能性があることにきづいたホームズは、「いそいで彼女の自宅に出かけなくてはならない」とワトソンに告げます。

And now, Watson, this is too serious for dawdling.

「さあ、ワトソン。これはぐずぐずしている暇はない」

dawdle とは、to take a long time to do something or go somewhere つまり「何かをしたり、どこかへ行くのに、長い時間をかけること」の意味です。

serious はもちろん「深刻な」といういみでいいですね。

ですから直訳すれば、「ぐずぐずしているにはあまりに深刻だ」ということになりますか。

そして、さらに、おそるべきロイロット博士との対決もありそうですので、

I should be very much obliged if you would slip your revolver into your pocket.

oblige は、「義務付ける」「余儀なくさせる」とか「恩恵を施す」「喜ばす」という意味があります。

ここでは、if があることから、「〜してくれれば、うれしい、感謝する」という感じでしょうか。

したがって、「もし君がポケットにレボルバー(拳銃)をすべり込ませていってくれれば感謝する」

つまり、ワトソンに、「銃を持っていってくれ」といっているわけです。

ちなみに、ホームズシリーズ全編をつうじて、ワトソンに銃の携帯を頼むシーンはいくつかあって、どうも、ホームズよりもワトソンの方が、射撃は上手だった可能性もあります。

長編の傑作、「バスカーヴィル家の犬」でも、ワトソンは銃をもって、謎の怪物犬の襲撃に備えます。

Posted at 2018年06月08日 20時39分53秒  /  コメント( 0 )

「まだらの紐」から

「まだらの紐」から

ホームズも、ここまでの調査で、ロイロット博士の動機があることについてはこういいます。

My morning's work has not been wasted, since it has proved that he has the very strongest motives for standing in the way of anything of the sort.

「僕の今朝の仕事(弁護士会事務所に行って調べてきたこと)は無駄ではなかったな。というのも、これによって、彼には、こうしたこと(娘たちの結婚)を邪魔するだけの非常に強い動機があることが証明されたのだからね」

waste はもちろん、「無駄になる」という意味です。だからhas not been wasted というのは、「無駄にならなかった」ですね。

the very strongest motives は、ちょっと変に聞こえます。

私たちは、very という言葉は、最上級にはつけない、と学びましたから。

確かにその通りですが、いかにも「この動機は非常に強い」というニュアンスはうまく出ています。

語法的には、まずいのかもしれませんが、夏目漱石が、「さんま」のことを「三馬」と書いていたりするように、ことばは、その成長過程では、さまざまな用法、語法がでてくるようです。

まあ、コナン・ドイルも漱石と同じころの人ですから、そういうことなのかもしれません。

つぎにstanding in the way で、これは、「道に立っている」ということで、「邪魔をする」ということです。

anything of the sort は文字通りなら「そういう種類のこと」ということになります。

ここでは、ストーナー嬢の結婚のことです。

この欄では省略していることですが、実は、なくなったストーナー嬢の姉にも、もうすぐ結婚する予定があったのです。

したがって、ロイロット博士の企てていることは(事実だとすれば)義理の娘を二人とも始末してしまおう、という計画だということになります。

Posted at 2018年06月07日 20時27分45秒  /  コメント( 0 )

なぜ子供はあなたより簡単に言語を覚えられるのか

なぜ子供はあなたより簡単に言語を覚えられるのか

タイムの記事のつづきです。

こどもが、新しい言語を大人より上手に学ぶことができるのにはいくつか理由があります、とタイムは言います。

いわく、子供の脳は、大人のものよりも可変性が高い、つまり、新しい言語を受け入れて、身に着けていく能力が高いというのです。

"All learning involves the brain changing," Hartshorne says, "and children's brains seem to be a lot more adept at changing."

「すべての学習は、脳の変化にかかわってきます」とハートショーン氏は言います。

「そして子供の脳は、変化についてはより向いているようなのです」

たとえば、こどもは、新しい事をやろうとする気持ちが大きい。

もしかしたら、そのプロセスでは、ばかみたいに見えるかもしれない。でも、子供はそんなことは気にしない。

たしかに、私たちは、間違いを恐れるし、恥をかくことは怖いですからね。

Unlike adults, who tend to default to the rules and patterns of their first language,

「母語のルールやパターンを、初期化してしまう傾向のある、大人の学習者とは違って」

kids may be able to approach a new one with a blank slate.

「こどもは、新しい言語に取り組むときに、何も書いていない石板ではじめられる」

ただ、10歳を過ぎた学習者は、完全な意味では流暢に話すことができるようにはならない、というのが結論のようです。

もちろん、わたしたちにも希望はあるのですが・・。

Posted at 2018年06月07日 20時15分08秒  /  コメント( 0 )

なぜ子供はあなたより簡単に言語を覚えられるのか

なぜ子供はあなたより簡単に英語を覚えられるのか

タイム5月28日号の記事から。

興味深いのは、この記事が載っていたのは、医学のコーナーだったことです。

さて、書き出しは次の通りです。

Learning a second language is tricky at any age (and it only gets tougher the longer you wait to crack open that dusty French book).

「外国語を学ぶのはいくつになっても大変だ(そしてそれは、埃だらけのフランス語の本を開くのを後回しにすればするほど、なおさら大仕事になっていく)」

フランス語と英語とは、かなり近い。

それでも、多くのアメリカ人にとっては、外国語を学ぶのは大変なようです。

まあ、それ自体は、どの国の人にとっても決して簡単にはいかないようですが・・

そこで、ある科学者が発表した研究からの内容が出てきます。

Now, in a new study, scientists have pinpointed the exact age at which your chances of reaching fluency in a second language seem to plummet; 10.

「さて、新しい研究で、科学者たちは私たちが、外国語を勉強して流暢に話せるようになる可能性がある年齢を、まさにピンポイントで、示した。10歳だ」

だからと言って、がっかりする必要はありません。

このあとのパラグラフで、タイム誌の記者はこう続けています。

But that's not because language skills start to go down hill.

「(流暢に話せるようには、なれないかもしれない。でも)それは言語の技能が低下してしまうというわけではない」

It turns out you're still leaning fast.

「急ぎすぎなんですよ」

あわてないで、時間をかけて、というわけです。

Kids may be better than adults at learning new languages for many reasons.

「子供が大人よりも新しい言語を学ぶのが優れているのはいくつかの理由があります」

Children's brains are more plastic than those of adults, meaning they're better able to adapt and respond to new information.

「子供の脳は大人のそれに比べて、もっと柔軟に作られています。ということは、彼らは、新しい情報を受け入れ、それに反応するのに優れている、ということです」

plastic というのが柔軟性がある、というところが、興味深いですね。

Posted at 2018年06月06日 18時06分18秒  /  コメント( 0 )

「グッドガールの反乱」

アメリカで、10月28日に放送をスタートしたドラマがあります。

タイトルは「グッドガールの反乱」Good Girls Revolt 。

どんな話かというと、ある有名な雑誌社で、実際に起こっていた、セクハラというより、女性蔑視をある女性の目で見たもの。

この雑誌社は、ニューズウィーク。タイムとならぶ、天下の一流週刊誌。

時は1960年代から70年代にかけて。

当時、ニューズウィーク社(ドラマの中では、仮名のニューズ・オブ・ザ・ウィーク社)では、有名大学でジャーナリズムを専攻した女性でも、一切記事を書くライターに指名することはなかったと言います。

では、彼女たちはどうしていたのか。

たとえば、郵便物の仕分けであったり、新聞の切り抜き、運が良くても、予定された記事の下調べの取材だったとのこと。

メリル・ストリープの娘である、グレース・グマーが、ノラ・エファロンという人物を演じています。

ノラは、編集長から、「女には、ニュース原稿は書かせない」という発言を聞いて、同社を退社してしまいます。

この雑誌社の女性の扱いが、不法なものだと知って、同じような境遇だった女性たちは、「ライターになりたい」という夢を持つようになります。

同時に、女性の手洗いで、同僚たちに話をして、味方を増やしていきます。

また、法律家のエリノア・ノートンにも助言を求めます。

エリノアは、彼女たちに、「本気で戦うつもりにならなきゃだめよ」(You gotta take off your white gloves, ladies.)と檄を飛ばします。

「あなたたちは、もう立派な大人の女性なんだから、パパのところへ行って、わたし、どうしたらいい?、なんていってちゃだめ」

この雑誌社で、調査員(取材担当)を務めていたパティ(ジェネビーブ・アンジェルセン)が運動を推進していきます。

二つの訴訟を経て、ニューズウィークは、1974年末までにライターの3分の1は女性にする、という約束をします。

この本の原作者である、リン・ポビッチは、上級編集者になります。

しかし、男女間の給与差は依然として残り、これが新たな問題になります。

このドラマがベースにしているのは、実際にニューズウィーク社で働いていて、訴訟にかかわった、リン・ポビッチの書いた同じ題名の本だそうです。

原作者は、このドラマが作られたことに対して、こう評しているそうです。

トランプのアドバイザーのアイリスと、トランプ自身のセクハラ疑惑が選挙の大きな関心事になることは恐ろしい事だけど、こうした問題を、公の場で話せるのは、よい事でもあるわ」
「それにしても、タイミングは最高みたいね」

タイムの記事からの要約です。

Posted at 2016年11月10日 23時25分31秒  /  コメント( 0 )

「フランケンシュタイン」は生物学理論を予想していた?

「フランケンシュタイン」は、メアリ・シェリーによって書かれた、SF、怪奇小説の走り、と言ってもよいと思います。映画化もされましたし、世界でも非常によく知られたキャラクターで、ハロウィーンのメインの1人といってもよいかもしれません。

もっとも、私たちの良く知っているキャラクター「フランケンシュタイン」は、怪物ではなく、それを作った科学者のことで、原作小説には、怪物には名前は与えられておりません。

さて、この小説「フランケンシュタイン」が、どういう風に生物学の理論と結び合ってくるのか、というのが、今日、取り上げる記事です。

'Frankenstein' foretold key evolution concept
(「フランケンシュタイン」は、重要な進化の内容を予言していた)

まさにこのタイトルの通りの研究が発表された、というのです。

The study, which is titled "Frankenstein and the Horrors of Competitive Exclusion" and was published in BioScience, takes its inspiration from a pivotal scene in the 1816 Gothic story, when the monster identified only as the "Creature" asked its creator Victor Frankenstein, to create him a mate and allow the two to go live in "the vast wilds of South America."

少し長いのですが、
(この研究は、「フランケンシュタインと競争的排除の恐怖」といい、バイオサイエンス誌に発表されたが、これは、1816年に出版されたこのゴシック物語の魅力的なシーンである、怪物、作中では「怪物」とだけ書かれているそれが、そのつくり主である、ヴィクター・フランケンシュタインに対して、彼に連れ合いを作ってほしい、そして二人が南アメリカの広い荒野で過ごすことを許してほしい、と頼む場面からインスピレーションを得た、と言います)

このCompetitive Exclusion というのが、「競争的排除」と言って、「生活要求、つまり、生活に必要な環境と、物質が似た種は、長らく共存することはできない」という生物学の考え方だそうです。

1933年の映画、「フランケンシュタインの花嫁」では、フランケンシュタイン博士は、このリクエストを承諾して、怪物に妻を作ってやるのですが、原作では、ある程度作ってみるものの、最終的には、こうなります。

Frankenstein's decision anticipated a concept that scientists in the 1930s defined as "competitive exclusion," which illustrates the limits of life's expansion when species need to compete for the same limited resources.

(フランケンシュタインの、最終的に「怪物の相方」を完成させず、破壊してしまう、という決心は、科学者が1930年代に「競争的排除」と定義したものを予想していた。つまり、他の種が、同じ限られた資源を争いあう必要がある場合には、生命の拡大を制限してしまう、ということを示している。)

それが原因で、フランケンシュタイン博士は、怪物に殺されてしまうのですが、ここで怪物の増加を食い止めるのです。

さらに記事では、ダートマス大の人類学者、ドミニィ教授の口を借りてこう言っています。

"People have a fundamental understanding of concepts like the ecological niche and that species will do well in some habitats and not so well in others."

(「人々は、生物学的なスキマの概念の基本的な理解を持っている。これは、ある種は、ある場所ではうまく生きていくが、別の場所では、そうではない、ということだ」)

昨年、「100分で名著」というNHKの番組でも取り上げられていましたが、このゴシックホラーには、単なる怪物物語、恐怖小説といった枠組みを超えた魅力がいっぱいあるようです。

Posted at 2016年11月03日 20時19分33秒  /  コメント( 0 )

歎異抄の衝撃

NHKの「100分で名著」今月の名著は「歎異抄」でした。

全く知らない名著で、興味を持って聞きました。

おどろいたのは、タイトルの「歎異抄」というのは、親鸞の弟子、唯円というひとが、亡くなっている師、親鸞の教えと異なった教えが世に広がっていることに対して、嘆いたことからきている、ということでした。

仏教は、もともと修行して、苦行して、悟りに達するものであったのですが、法然、そしてその弟子、親鸞は、これに対して疑問を持っていたそうです。

つまり、家を捨て、修行に明け暮れて、悟りに達する人たちのものではあってはならない、むしろあるはずがない、というものでした。

そこで、南無阿弥陀仏ととなえることで、成仏できる、というのが、本当の仏教のあり方ではないか、と新しい考えを教えとして打ち出した、というものでした。

ただただ、南無阿弥陀仏と唱えるだけで、誰もが救われる、というのは、修行している人たちから見れば、「そんなばかな」ということであり、「俺たちの修業はどうなるのか、何の意味もないということか」とむかしながらの考えを持つ人たちからの攻撃を受けてしまいます。

法然や、親鸞は、僧でもなければ、民でもない、というポジションに落とされて、いわば、仏教界における異端児になってしまいます。

それでも、「誰でもお経を唱えるだけで、救われる」という「他力本願」の魅力はとてもあります。

どのようなものでもそうだと思いますが、世の中には、苦労して成功した人と、苦労したけれど、成功しなかった人がいます。

修行して、自力本願で、悟りに達した人は、おそらく、努力なくして、悟りなし、と考えているでしょう。

でも、苦労したけれども、悟りに達することのできなかった人もいて、こうした人たちは、だから駄目なのか、とは言えないのではないか。

こうしたところを、歎異抄は救ってくれる。

人間は弱い生き物です。

常に努力を心掛けていても、時として、気の緩むときもあれば、怠け心に負けてしまうこともある。

こんな時の人を救ってくれるのが、歎異抄に述べられた他力本願なのかもしれない。

Posted at 2016年05月18日 22時47分44秒  /  コメント( 0 )

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