英語を「正しく理解し、正確に表現する」ことを何より大切だと考えております。 英文を分析するための英文法力、さらに発信のための英文の蓄積が重要です。このため、文法、発音、音読、暗誦に力を入れた指導を実践しています。
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英語で考えながら話すということ

わたしが高校生の頃、松本亨先生のNHKラジオ英会話が終わったばかりで、テレビでは、国広正雄先生がトークショーという、外国人の各界の専門家と英語で渡り合う番組がありました。

数年後には、松本道弘氏がそのあとをついで、インタビュー番組をスタートさせます。

このころ、英語学習者が集まると、「英語で考えることは可能か」という議論が起こりました。

英語で考える――これは松本亨先生が提唱した方法です。
英語での読み、書き、生活を続けることで、大量の英語を吸収し、それを覚えて使っていく。基本になるのは英語の発想だ。

先生は、この方法の紹介のために、たくさんの著作をあらわし、英作全集全10巻という不滅の名著も残されました。

それにたいして、同時通訳者としても知られる国広先生は、日本人として生まれ、育ってきた歴史がある以上、心底英語で考えることは不可能、ただ、膨大な量の英文ストックを生かして、ノンネィティブとして、英語の高みに到達する。と論陣を張りました。

さらに松本道弘氏は、英語と日本古来の道の思想とをドッキングさせて、「宮本武蔵が英語をやったら・・」と英語道を説きます。

まさに英語教育界は三国志さながらの戦国時代であり、それぞれの先生の影響を受けて、学習者たちは、「英語で考える」論争にうつつをぬかしたわけでした。

たしかに「英語で考える」というのは魅力的なことばです。

大学時代に東京、神田周辺で英語を教える学校を20校くらいたずねたことがあります。
10校近くが「英語で考える」をモットーの中に入れていました。

ただ、その英語で考える、のがどういう意味なのか、というと、ただ単に外人が、英語で説明するということだったり、難しい表現の英語はそのままの表現ですましてしまうものだったりしました。

エブリでも、上記の三人の先生方のお考えを参考にさせていただいている部分は大きいのですが、特に松本亨先生の「英語で考える」については、対象の文章の一文一文を別の表現で言い表すことができることが最低の基準だと考えています。

つまり「英語を理解する」というのは、その英語の表わしている内容を別のことばを使って説明できる、と定義しています。

是非、ご一緒に「英語で考えること」に挑戦してみましょう。

Posted at 2011年09月20日 23時10分08秒

 
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