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原点に戻ること

みなさんは「邪馬台国」をご存じでしょう。

「邪馬台国」は、中国の歴史書「三国志」のなかの「魏志倭人伝」という文献に出てきます。

当然、この文書は中国語で書かれています。

では、「邪馬台国」は中国語では何と読むのか。

「ヤマド」だそうです。

だとしたら、大和朝廷とのつながりもありそうです。

実は、このお話は、井沢元彦さんという小説家の方がかかれた「学校では教えてくれない日本史の授業」(PHP)の冒頭に出てくるエピソードです。

中国で、中国人向けに書かれた文書を読むのに、なぜ日本語読みしかしないのでしょうか。
こうした思考の硬直が、わたしたちの自由な発想をさまたげているのではないか。

たとえば、英語の勉強についてもこのことはいえます。

わたしが中学生のころ、英語の勉強をしていた頃には、「英語の話せる人間は、口の構造が違う」とか、「留学しなくては、英語は話せない」といっている先生が、何人もいました。

その後、実用英語の重要性がいわれるようになったり、帰国子女の子もふえて、英語を話すことがあまり特殊なことではなくなりました。

今度は、英語を話せることが唯一すばらしいこと、という考えが広がりました。

どちらも極端で、正しくない考えです。

日本語で話をするのと同じように、英語でつまらない話しかしない人もいれば、素晴らしいメッセージを送る人もいます。

そして、その素晴らしいメッセージを受け止め、理解するためには、それだけの経験、英語力、そして何よりも自分の人生を大切にしているかどうかが問題になります。

最後にもう一つ。

ローマ字にヘボン式があります。

このヘボンというのは、明治のころ日本にいたヘボン博士。

そしてこのヘボンという名字は、あのオードリー・ヘップバーンの名字と同じなんです。

つまり、Hepburn という名字は同じなのに、明治のころの人たちは耳で聞いてヘボンといい、オードリーのばあいは文字で読んでヘップバーンといったわけです。

Posted at 2011年08月25日 22時55分00秒

 
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