〜若女将の高野山奮闘記〜 東京生まれ都会育ちの私が、高野山のお土産屋さんに嫁いで奮闘しています。
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慈尊院と丹生都比売神社。

みなさん、こんにちは。
麻美です。


GWが終わり、お店も少し落ち着いてきました。
お越しいただいたみなさま、本当にありがとうございます。


さて、今日は高野山周辺にある、
弘法大師さまゆかりの場所をご紹介します。


私も、何度か名前は聞いたことがあるけれど、
実際に行ったことがなかったので、常務と一緒に行ってきました!


◆慈尊院(じそんいん)



高野山の表玄関となる場所で、
高野山へお参りになるためにつくられた町石道
スタート地点になります。

お母様が高野山上へ、大師さまを訪ねようとされましたが、
山の上は女人禁制でしたので、山麓のこちらの慈尊院にお越しになって、
晩年にはお住まいになっていたそうです。


慈尊院のある場所は九度山という地名なのですが、
それは、大師さまが、月に九度は必ず高野山上から
お母様に会いに来られたということから名づけられたそうです。

なんと感動的な話でしょうね・・・





お母様が亡くなってから、
ご本尊の弥勒菩薩に化身されたという信仰となり、
女人高野と呼ばれるようになりました。


そのため、女性の参拝客も多く、
子宝、安産、育児、授乳などを願って、
写真のような授乳型絵馬を奉納して祈願するそうです。



さっそく、私も常務(主人)と一緒に絵馬を奉納しました。



↑こちらの写真にあるように、
大きな乳房型の絵馬は参拝者の手作りだそうです。
心がこもっていて、思いが通じるんでしょうね・・・


ちょうど副住職さんがいらしたので、
ご親切にいろいろとお話を伺うことができました。

こちらは、あたたかさに包まれている場所ですね〜

子供が生まれたら、また訪れたいです!


◆丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)




とてもきれいな朱色の鳥居です。

鳥居をくぐると、大きな太鼓橋があります。





こんなに急な橋を渡りきると、本殿が目の前にあります。

春日造りの本殿は、国内で最大規模。
創建は1700年前と伝えられています。





今から1200年前、
「丹生都比売大神」の御子、「高野御子大神」は
真言密教の根本道場の地を求めていた弘法大師さまの前に、
黒と白の犬を連れた狩人に化身して現れ、
高野山へ導いたといわれています。


こちらは、たくさんの緑に囲まれ
静寂な空気が流れていました。


高野山の始まりを知ることのできる場所です。
是非、行ってみてくださいね。

Posted at 2012年05月08日 20時52分49秒

 
この記事へのコメント



とても良いところに行きましたね。

こんばんは。

慈尊院も丹生都比売神社もとても良い場所ですね。

始まりを知ることで、すべてが少しずつつながっていく。そんな気持ちを抱くような文章と写真です。

高野山の始まりがここにあるのですね。
私も今すぐ行きたくなりました。
Posted by junjun at 2012/05/08 19:29:16



とても勉強になりました。

>junjunさま

今回も知らないことがたくさんあって、
とてもいい勉強でした。
高野山の歴史も詳しくなれましたよ!
Posted by 若女将 at 2012/05/09 16:27:00

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