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今、私に出来ること

さらば唄え、小鳥よ、歓喜の歌を、
鼓の調べにつれてのよう
子羊をして躍らしめよ。
われらも心において汝らの群れに加わらん、

笛吹くものよ、戯るるものよ、
今日、5月のよろこびを
全心に感ずるものよ、

かつて輝やかしかりしもの、
今やわが眼より永えに消えうせたりとも、
はた、草には光輝、花には栄光ある

時代を取り返すこと能わずとても何かせん。
われらは悲しまず、寧ろ、
後に残れるものに力を見出さん。


ワーズワース著 / 田部 重治選訳 『ワーズワース詩集』

「われらは悲しまず、寧ろ、後に残れるものに力を見出さん」

高校生の頃から、時に触れ、ずっと心の底にあった言葉だ。何か迷ったときにいつも私はこのフレーズから力をもらってきた。

3.11から2ヶ月が過ぎた。電気もなく、暖房もなく、家族みんなで一緒の部屋で眠ったあの日から、桜が咲き、桜が散り、日中は半袖でも寒くないくらいに季節は移ろう。
この、震災があって、心の底から「一生懸命に生きたい」と思った。あの日、被災地にいたのは、私と同じ年の人達であり、我が子と同じように学校帰りの子であり、夫と同じように仕事をしていた人達であり、父や母と同じような年の人達であった。日を追うにつれ犠牲の大きさは数字として表れているが、なぜそれが彼らだったのかと問うてもその答えはどこにもない。
残された私共は何をすれば良いのか。その答えもきっとどこにもない。後ろ向きのように思われるかもしれないが、私に出来ることは限られてる。唯一、何の条件もなく出来ることがあるとすれば、今ここにあるものを大事にすることしかない。

小学生の頃、眠るのが怖かったことがある。眠ってしまって、永久に目が覚めないのではないかと不安だった。結局は眠くなって寝てしまうのだが、あの妙な感覚はずっと心の底あった。後に読んだ「大草原の小さな家」の本の中で、ローラとメアリーがベットに入る前のお祈りの文章に、私だけが抱いた不安ではなかったという安堵感を覚えた。「もし、私が眠っている間に、召されることがあったなら、どうぞあなたの元へお呼び下さい。」子供は、本質的に何かを見抜いているものなのかもしれない。我が家の小さな子供達も眠るまでの間、「お母さん側にいて」と言う。地震後それは少し顕著になったと思う。

ありきたりのようだが、命が定められているものであれば、一瞬一瞬を大事に、そして出来るだけ笑って過ごしたい。一つ一つを慈しむように生きていきたい。
やがては成長し大人になっていく子ども達に、今しかない子供の時間を、大人になって思い出したときに、何か辛いことがあったとしても、光の道標となるように、眩しく感じるくらいにキラキラと輝いて今を過ごして欲しいと願わずにはいられない。
私にまだ、それが許されているのだとしたら、今すべき事を可能な限り遂行することしかないのだと思う。

地震の後、ガソリン不足の不安な中でも治療に来て頂いた患者様方には心から感謝せずにはいられない。私に出来る限りの治療をさせて頂くことでしかそれに報いる術はない。それで、もし、少しの余裕があったなら、被災地のために少しでも募金することでしかきっと役に立つことは出来ないのだと思う。今回の震災での経済損失が20兆円とし、日本人の人口で割れば、老若男女全ての人間が一律約15万円負担することになる。もっと甚大な損失となるかもしれない。
「われらは悲しまず、寧ろ、後に残れるものに力を見出さん」
地震直後から実施している節電をずっと継続しよう。子ども達と一緒に、スタッフと一緒にもっと節電できないか、考えよう。
もし、私が生かされていることに何か意味があるのなら、少しずつでも継続して支援していけるように、また、何よりも自分自身が後悔せず大事な人達と共に生きていけるように心がけるしかないのだ。

Posted at 2011年05月19日 16時42分08秒