ヒーリングスクール「ディヴァライト」(女神の光)は、ハートのスクールです。 くつろぎながらみなさまが自分を知り、自分を癒し、自分らしく生きていくためのセミナーを提供しております。 オーラソーマ英国認定校ですので、資格取得のコースも随時開催しております。
2007-03 の記事

コンシャスビューティ...



Posted at 2007年03月31日 16時55分51秒

オーラソーマ レヴェル...



Posted at 2007年03月25日 17時07分01秒

ラストポートレート写真展

★飼い主がいないだけで、なぜ命を1つなくしてしまうんだろうかな。うれしい顔の犬もいたので、あんしんしました。まずは犬を捨てたりするのがいけないです。犬やねこを飼ったらだいじにします。

★児玉さんの本は私も読ませていただいて、強い衝撃と深い共感があり本日の写真展に伺いました。動物収容施設の犬や猫たちの現状やペットブームのしわよせ、受けている動物達がいることを随分前から感じていました。でも現実を正面から受けとめる勇気がありませんでした。今はこの現実をきちんと受けとめて、私にできることから1つずつやっていこうと思います。そしてこの世に生を受けた命が、喜びに満ちた人生をまっとうできる人と動物たちがどちらより幸せに、共に生きていける社会を創っていきたいです。1人の意識が変わることで社会を少しずつ変えていくことは可能です。私からもその波紋を広げていきたいと思います。ありがとうございました。

★保健所で最期をむかえる犬の瞳が印象に残りました。人間を恨むとも言えないその瞳。もういない犬や猫は息絶える時に何を思ったのか。人間の勝手さ愛の無さ、状況しだいではでは自分もそういう風になってしまうのか。考えさせられました。その一方、老犬介護では生物の最期をみとる人々。同じ人間でもどう違うのか・・・動物に癒しを求め、用が済めば捨てる人、そんな動物を癒す人、人間も動物も同じ生き物なのに何か憤りを感じます。

★人間が人間の子供を大切にいつくしむように動物の命も心も同じだと思います。そして地球全体のこともフォローして共に生きていきたい!・・・そう思いました。むかし、知り合いのお母さんが、子供を産んだ犬を「もういらないから、保健所で処分してもらおうかな・・・。」と気軽に言った言葉に、まだ小学生だった私は驚き、数日辛い気持ちで過ごしたのを思い出しました、そしてそのお母さん犬の赤ちゃんの中で貰い手のいなかった赤ちゃんを川に流した・・・ということも後で耳にし、怒りを感じたことも思い出しました。どんな命も必死にこの世に産まれてきて、一生懸命生きようとしている・・・。それを殺す権利は誰にもないし、逆に人に知恵というものがあるのならフォローしていけたらよいなぁ・・・と思いました。私が看取った実家のわんこは今頃あっちで元気かなぁ・・・またいつか逢いたいなぁ・・・と思いました。

★昔飼っていた犬を思い出しました。動物はいとおしい存在だなぁとつくづく思いました。ひきとられた犬は幸せそうでほっとしました。ひきとり手のない犬や猫・・・。この間、TVでも最後の場面を放送していたのですが、とても悲しい行為をせざるを得ない状況に胸をうたれました。1人1人が命の重さに気付き、どうすれば変わっていけるのか、考えていけたらと思います。もし、自分が犬や猫を育てることが可能になったら、保健所に訪れてみようと思います。ありがとうございました。

★動物達も人と同じ様に感じたり痛みがあると知った。自分本位で生きると周りの小さな生命を傷つけてしまう、生きているもののすべてに感じ取る力を向けようとする事に感動した。老犬の介護は暖かく、幸せそうな表情だった。介護している方々も平和で愛にあふれている様子だった。

★これから殺されてしまうワンちゃんたちの瞳は理由がわからずに「どうして?何で?助けて!」と訴えかけているものあり、ただ悲しみに打ちのめされて絶望を表わしているものあり、人間不信、怒りでもその中にも一縷の望みを示しているものありと、とても胸をうたれました。彼らには全く罪はなく、彼らは自分勝手な人間の犠牲者です。それでも最後までそんな人間を信じて、ひたむきに迎えがくるのを、助けてもらえることを待っているワンちゃん達がいかに多くいるかに気付かされると共に、とても胸が傷みました。一人でも多くの人達がこの事実に気付き一匹でも多くのペットの命が救われることを切に願います。

★そもそも「動物を飼う」ということが、人間の勝手な自己満足のような気もしていましたが、愛し、愛されて生きることの大切さ(喜び)を感じるために「一緒に暮らす」と考えて動物と人がお互いに大事にしあえればいいのかなと思いました。



Posted at 2007年03月04日 19時19分51秒  /  コメント( 0 )