食の安全を求めて、小麦粉、卵、砂糖、乳製品など主たる原料には国内産のものを使用しています。更に、地元多賀城の古代米、塩釜の藻塩、七ヶ浜の海苔などを使ったこだわり焼き菓子も作っています。ピュイダムールは、オープン以来、毎日手作りで心を込めて一生懸命作り、販売しております。
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祈りの旅 その2

女川から硯で有名な雄勝に到着するけど

相変わらず住民は見当たらない。

工事関係者の方々が黙々と作業しています。

2012年6月の雄勝硯伝統産業会館



今回の雄勝硯伝統産業会館



あまり変わっていないようだが

徐々に建物が撤去されてきています。

雄勝小学校を見ると

学校裏の林の色が変わっているので



赤線付近まで津波が到達しているのが判る。

雄勝公民館の上に乗ったバス


(2012年1月撮影)

バスは2012年3月10日に降ろされ



今はバスの姿は有りません。

その3(大川小)へ続く。


Posted at 2013年03月07日 00時08分54秒  /  コメント( 0 )

祈りの旅 その1

3.11から間もなく2年になります。

これを持って祈りの旅に出発!



風が強いのでピュイダムールで使っている

ガスバーナーとお線香を持参。

―― ルートは陸前高田市方面 ――


大きな地図で見る

石巻から女川を目指す。

女川地域医療センターの慰霊塔



「 合 掌 」

女川の3.11引き波は激しく



鉄筋の建物をも倒してしまうほどだ。

1年前に来たときは車も人も見かけなかったが

今はダンプが多く復旧工事が進んでいるようです。

また、漁業関係の人や車も行き交ってました。

ここから雄勝に向かう為R398を北上して行きますが

片側通行区間がたくさんあり復旧工事が進んでいる。

(復興は全くしてません)

「その2」へ続く。


Posted at 2013年03月06日 00時24分50秒  /  コメント( 0 )

この辺りに停めたなぁ


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津波被害に遭った若林区荒浜小学校の

体育館が解体され始めた。



ピュイダムールから車で20分ほど南下した場所だ。

荒浜小近くに深沼海水浴場があり



ここに何度も家族で遊びに来たっけ!

いつもは大駐車場に停めて海水浴に行くのですが

1度だけ満車で民家の駐車場に停めたことがあった。



写真中央ちょっと下あたりに停めたよね?と思いつつ

あの時「こっちさ来い」と案内してくれた年配の男性は

無事なんだろうか?と思わずにはいられない・・・

深沼海岸入口には慰霊塔が建っていた。



お線香をあげて祈る事しか出来ない。

脇には慰霊碑が建立されようとしていて



この裏側には犠牲者の名前と年齢が記されていた。

宮城に住む自分、津波をこの目で見た自分として

「3.11」について、思い、忘れず、後世(まだ見ぬ孫達)に

伝えていかなくてはいけないと感じます。


 追伸

各地の慰霊塔にはタッパーや缶にライターとローソクそして

お線香が入っていますので是非お線香を点けてみては?

   ―――――――――――――――――――――


Posted at 2013年02月25日 21時53分51秒  /  コメント( 0 )

サントノーレ洋菓子店「その1」

塩釜にある両親のお店

「サントノーレ洋菓子店」



3.11の津波被害を被ってから2年が経つと


(黒線まで津波が来た2011.3.15撮影)

塩害でオーブン脇に穴が開いたという(+_+)



サントノーレのオーブンは40年近く使っているが


(元気に作業中の両親)

津波被害でもう使えないと診断されたが

あるオーブン技術者が

無事そうな上段だけでも直したる!と

部品をオーブンから取出し手作業で修理し

上段が使えるようになったのでした。

(オーブン修理!本当にありがとうございます)

その穴は今は使えない下段だったので問題ないらしい。

それにしても海水の腐食によって穴が開くとは(@_@)



サントノーレのケーキ達


Posted at 2013年02月18日 22時52分14秒  /  コメント( 0 )

3.11の影響がこんな所にも・・・

業務でよく通る橋があるのですが

この橋から見える潮の満ち引きが

3.11の影響が目に見える場所の一つとなってる(+_+)



手前の船は津波で打ち上げられたままでになっている!

この上下の写真は干潮時(2013.2.4 雪降りだ)



下2枚は満潮時(2013.1.28)



これでは出航出来ない!



大きい港は一部かさ上げで作業出来てますが

小さい船着き場は潮の満ち引きを考慮して

作業しなくてはいけない状況となっている。

3月にはあれから2年になるけど

あれからまだ半年位しか経ってないような

気分でしかたがないのは自分だけ?では無く

3.11を体感した方々も同じ気持ちなのでは?

ないかと思っています。


Posted at 2013年02月04日 21時29分05秒  /  コメント( 0 )

2013年の初日の出

朝6時に目を覚まし外を見ると

晴れてる〜〜!

これは初日の出見る行くしかないっしょ(^_^)v

七ヶ浜町菖蒲田浜に到着



まだお天道様が出てこないので周りを見渡すと


(写真右側の防潮堤が岩で応急設置されたまま)

右も左も初日の出を拝みに来た人達でかなり賑わっていた(*^_^*)



昨年と比べると3倍位増えてるんじゃないのかなぁ?


(2012年画像)

復旧復興には「まだまだ」の状況ですが

こうやって人が集まる事が出来るようになってきた事は

喜ばしい事かもしれません。

ちなみに震災前の2010年の初日の出の人出は


(2011年は拝みに行かなかった)

2010年の画像を見ると今年の人出の方がかなり多い事が判りますね。

みんな震災以降、たくさん何らかを思う事があるんだろうなと想像できる。

そんなことを考えながら日の出を待っていると



キター\(^o^)/

今年も無事に過ごすことが出来ますように(拝)

お天道様ばかり見ていたけど

ふと周辺の空を見るとみごとなグラデーションが



今年はどんな出来事があるのか、どのような人と出会えるのか

楽しみにしています(●^o^●)


Posted at 2013年01月01日 22時18分48秒  /  コメント( 0 )

菖蒲田浜招又(まねきまた)地区

先週、七ヶ浜町菖蒲田浜「招又」地区に2度配達業務があり

「招又」の地名由来は慶長津波(1611年)で避難した人たちが
「こっちさ来い」と手招きした事からこの地名が付いたという歴史を持つ!


(写真中央の小高い丘が招又地区で写真右側に五社神社)

「3.11の津波がこの丘を超えていったんだよ」とスタッフから聞き

あらためて津波がどれだけ高かったのかを思い知らされた。

(この辺りは高さ12mの津波に襲われた)

丘に登ると避難場所「五社神社」の看板があり



五社神社に進んでいくと鳥居が破壊されたままで横たわっている・・・



本殿は無事だったようで残っています。



ここで地震、津波で犠牲になられた方々にご冥福を祈る。

(自分勝手な意見ですが)
七ヶ浜に於ける3.11祈念碑を五社神社に置いて(祀って)はどうだろうか?

などと色々と考えながら・・・ 菖蒲田ビーチ方向を見ると紅白の板があるので行ってみた。
(紅白出場歌手が決まったので、何々!紅白ここで何かするのかぁ?と妄想)

行ってみると防潮堤のかさ上げ工事の看板!!



高さ6.8mまでなるんだね。



ここ周辺は津波に耐えた松があり

この松林に鳥たちが集ってピーちくパーちく元気よく泣き響かせていました。


(祈望の鐘があるので、ぜひ鳴らしてみては?)


Posted at 2012年12月03日 23時25分18秒  /  コメント( 0 )

AKBus発見!

名取、閖上にお線香を点けに行く途中

AKBusに遭遇。



今年4月14日、被災地に送迎用車両として
宮城、岩手、福島の東北3県に各10台ずつ贈呈した
全30台のマイクロバス「AKBus」

「本当に走ってるんだぁ」と感動しながら

閖上にポツンとそびえ立つ日和山にある神社に到着。


(日和山に登る階段手前には閖上の復興決意が書いてある)

日和山の上には仮設の神社が祀ってあり

ここでお線香を点け手をあわせる。

北方向(ピュイダムール方向)を撮る


(周りはすべて同じ風景で津波に流されて更地になったままだ)

以前の街並みを伝える看板もここに立っていた



ピュイダムールに来ている業者のドライバーさんも閖上に住んでいて

「全てを失っちゃいました」と言ってたのを思い出す((+_+))

今夏に伺って以来なので3か月ぶりでしたが

看板が2つ立ってた以外は何も変わっていませんでした。

海沿いには瓦礫処理の焼却炉がモクモクと煙を出して処理をしていて

早くこの焼却炉が無くなると良いなと!感じて帰ってきました。


Posted at 2012年11月22日 00時49分00秒  /  コメント( 0 )

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