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◆宿曜占星術

ルイの占い講座 宿星占星術



今回は 「宿曜占星術」(しゅくようせんせいじゅつ) ついて
お話しいたいと思います。

◆宿曜占星術とは
「宿曜占星術」では、月の周期27.3日(白道)
を27の宿(カテゴリー)と、宿道十二宮(西洋占星術の黄道十二宮に近い)に分け、
月の相によって持ってるいくつかの星を算出していき、人の性質や吉凶、または、
吉凶となる日を占うことが出来きます。

太陽の運行を中心とした、黄道十二宮を配する西洋占星術と
月の運行を中心とした、宿曜十二宮を配する宿曜占星術は
非常に対照的なものと言えます。

太陽の運行を中心にした1西洋占星術が、人の表層、全体的な運勢の流れを観るのに対し、
宿曜占星術はより内面的・感情的な運勢を観ていく占星術だと言われています。

◆宿曜占星術の歴史
「宿曜占星術」の歴史は古く、「宿曜占星術」の元となった経典に『宿曜経』があります。
『宿曜経』は文殊菩薩とリシたちが、二十七宿や十二宮、七曜などの天体の動きや曜日の巡りをもとに、日や方角等の吉凶を読み解く方法を解き明かし、インド占星術の経典として上下二巻にまとめたもの。
その経典を翻訳し、西暦803年に日本にもたらしたのが弘法大師の空海です。
さらに空海がもたらしたこの経典を、密教徒たちが独自に研究、発展させた結果、完成したのが「宿曜占星術」で、日本に初めて曜日(7曜)の概念が生まれたのも『宿曜経』の影響と言われています。

「宿曜占星術」は、この占星術をなりわいとする者を「宿曜師」この占星術を「宿曜道」と呼び、すでにあった陰陽道の陰陽師と勢力を二分するところまで成長して行きました。
その後「宿曜道」は歴史の表舞台では、戦乱の世である戦国時代に正式な口伝伝承者が途切れてしまい滅んでいます。

しかし、一説によると織田信長は「宿曜道」を戦に用いたことにより、戦国の覇王となり、後に徳川が天下を統一し、300年にも及ぶ磐石な徳川幕府を築けたのも、徳川幕府が公の場では「宿曜道」を禁じ、密かに活用していたからだとも言われています。

現在で知られている「宿曜占星術」は、失われた「宿曜道」を何とか復元しようと、江戸時代の頃から再編が行われたもので「宿曜道」を簡略化したものなのです。

◆宿曜道の星
北斗七星
破軍星(はぐんしょう)武曲星(むごくしょう)廉貞星(れんじょうしょう)
文曲星(もんごくしょう)禄存星(ろくぞんしょう)巨門星(こもんしょう)
貪狼星(とんろうしょう)

九曜
月曜星 火曜星 水曜星 木曜星 金曜星 土曜星 日曜星
計都星(ケートゥ) 羅喉星(ラーフ)

十二宮
女宮、獅子宮、蟹宮、秤宮、 夫妻宮、蝎宮、牛宮、弓宮、白羊宮、摩宮、瓶宮、魚宮

二十七宿
 婁宿(ろうしゅく) 胃宿(いしゅく)  昴宿(ぼうしゅく) 畢宿(ひっしゅく)
 觜宿(ししゅく)  参宿(しんしゅく) 井宿(せいしゅく) 鬼宿(きしゅく)
 柳宿(りゅうしゅく)星宿(せいしゅく) 張宿(ちょうしゅく)翼宿(よくしゅく)
 軫宿(しんしゅく) 角宿(かくしゅく) 亢宿(こうしゅく) 氐宿(ていしゅく)
 房宿(ぼうしゅく) 心宿(しんしゅく) 尾宿(びしゅく)  箕宿(きしゅく)
 斗宿(とうしゅく) 女宿(じょしゅく) 虚宿(きょしゅく) 危宿(きしゅく)
 室宿(しつしゅく) 壁宿(へきしゅく) 奎宿(けいしゅく)

色々と複雑ですがタロットや数秘術と組み合わせることによって、さらに細かい運勢を観ていく
ことが可能なのです。

御門 ルイ

東京当たる占いの店 神楽坂占い処 『大神』(おおかみ)

Posted at 2012年10月15日 15時15分31秒