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2011-01-20

ルイのひとりごと い...

みなさんお久しぶりです。

実はノロウィルスにかかってしまい、ここ一週間お店を休んでいました。

年明けから身体を壊し、なんてついていないんだろうって考える余裕も無い程、本当に辛い状態でした。

熱は38度もでるし、気持ち悪くて食欲もない… 無理に食べても吐いてしまうし、下痢もひどい。

しかもノロウイルスは感染力がとても強いらしく、トイレやキッチンは全部漂白剤で掃除しないといけないし、吐くたびにハイターで掃除していました。

そんな状態が2〜3日続くと、今度はお店のことが心配になってきて、動けない分不安ばかりが
強くなっていきます。

そうなると、どんどんマイナスのほうに思考がシフトしていって「いま、自分は何をしているんだろう? 何のために生きているんだろう」と弱気なことばかりを考えてしまいました。

熱にうなされながら、薬で意識が朦朧な状態で何時間たったかも分からない状況でそんなことばかり考えていると、普段はまったく気にしなかったけど健康な状態がどれだけ幸せなことなのか
ということに気付かされました。

人は普段、色々なことを気にしています。そして自分には足りないものが多く、そんな自分は幸福ではないと思いがちです。

例えば・・・

「お金が足りない、もっとお金があれば幸福なのに」

「家族が自分のことを理解してくれない・・・私のことを理解してくれれば幸福なのに」

「仕事がうまくいっていない・・・仕事がうまくいけば私は幸福なのに」

「彼とうまくいけば幸福なのに、今の私は幸福じゃない」

「ブランド物バッグが欲しい、それが手に入れば幸福なのに」

エトセトラ、エトセトラ

わたしも似たような悩みを持っています。
そして、今回ノロで寝込むまでこのようなことばかり考えていて「足りないことばかりに目がいって、今の自分がどれだけ幸福なのか?」ということと「生きていられることへの感謝」この二つのことをすっかり忘れていました。

健康な状態は普段は当たり前だと思って、それがどれだけ幸福なことなのか?ということを
病気にでもならない限り考えません。

病気になって初めて「健康」について考え、そして感謝します。

今回のわたしがまさにそうでした。

それ以外のこともそうです。

人は「これがあると幸福になれる」と自分に足りないものばかり求めます。
しかし「足りないもの」を手に入れたとしても、また違う「足りないもの」を探し始めます。

例えば、10万円のルイ・ヴィトンのバッグがどうしても欲しくて、頑張ってて手に入れたとします。すると今度は30万円のシャネルのバッグ、それを手に入れたら今度は100万円のエルメスのバッグが欲しくなります。

これは極端な例かも知れませんが「足りないもの」ばかりを気にして、それを手に入れたとしても人は満たされないのです。

「足りないもの」ではなく「いまある幸福」に気付かない限り人は決して本当の「幸福」にはなれないのだと思います。

「いまある幸福ってどんなこと?私はちっとも幸福じゃない」と言う方もいると思いますが、「生きている」こと自体がとても素晴らしいことで、先ほどの「健康」という状態が病気にならない限り気が付かないように、人それぞれ「幸福」なのです。

そして、「いまある幸福」に「感謝」することができれば、どんどん幸福になっていくのだと思います。

そのことに気付かされたのです。

やっとお店にでれる状態になり、今日久しぶりに仕事にきました。

わたしは「健康」に感謝します。

わたしは好きなことを仕事にしていることを感謝します。

自分がお店を持っていることを感謝します。

わたしを必要としてくれ、待っていてくれたお客さんに感謝します。

大好きな吉祥寺の街に住んでいることを感謝します。

自分を産んでくれた両親に感謝します。

自分を生かしてくれているこの世界に感謝します。

そう、考えたら、なんか嬉しくなってきました。

今回ノロにかかったことも「健康」の大切さを教えてくれて、なおかつ今の自分がどれだけ幸福なのか気付かせてくれたこと、ノロで苦しまなければ気が付かなかったと思います。

だから、病気にも感謝しています。

Providence Lui

当たる占いの店東京神楽坂占い処大神(おおかみ)
http://sedona-uranai.com

Posted at 2011年01月20日 00時23分35秒