Professional working group TAKANO
2011-03-28 の記事

津波の恐ろしさ・・・

土曜日の夕方に救援物資を積み込んだ3台が出発
一台は宮古市、一台は仙台市、一台が大船渡市向け

今回は大船渡市の生まれの私として気持ちを抑えられず
大船渡便を自らハンドルを握る事にした。

道路状況も情報が錯綜している事を踏まえ
夜7:00に出庫

矢板インターから東北道を利用
白河〜郡山間の路面の歪みが半端じゃない・・・
70kmにスピードを落としても車輌がバウンドしてしまう。

岩手県平泉前沢インターで一般道4号〜343号経由で陸前高田方面へ
不思議と一関辺りは電気も来ており、牛丼のスキヤの赤い看板がやけに眩しく
震災の被害を感じ取れなかった。

大東町付近から様子が変わってきた・・・
街灯も消え、対向車が一台も来なくなり
本当に真っ暗闇・・・おまけに雪が舞い路面凍結・・・
標識が倒れているが、何とか認識出来る

岩手の名所ループ橋を渡り、更に山奥へ

陸前高田市に入った辺りから、各所で直径1m以上の落石が路上に転がっている
家屋に掛かったブルーシートが目立つ
親類から連絡を貰い、矢作町から記憶にある景色は欠片もないし、
道路脇に瓦礫が積み上げてあるから気を付けるようにと・・・

と思った矢先、目の前に映る光景が豹変した
自分の車輌が通る場所を見るのが精一杯
本当に国道が瓦礫に埋もれ車輌が通れるだけ空けてある感じ

道路の陥没、流された乗用車を避けながら徐行運転で何とか大船渡市まで辿りついた

物資搬入まで少しの時間があったので、変わり果てた町を走り親戚宅を探す
数百メートルの区間を何度も往復し、ようやく見つけた
この写真は親戚宅の真向かいの状況
大船渡市沢田町


他の親類は少し高台にあるため流されず助かっている。

早朝で迷惑だろうと思ったが伺ってきました
皆が温かく迎えてくれて、元気な姿をみて張詰めてた気持ちと肩の力が一気に抜ける・・・
事情を話すと荷卸しの手伝いに参加すると言ってくれて、
一緒に「老人保健施設気仙苑」に向う
荷物を心待ちしてた現地スタッフが大勢集まってくれて段取り良く搬入完了した。

荷卸しながら何故か涙が出てしまい、被災者の方々に逆に励まされてしまった・・・
漁業も壊滅状態、自宅も流された70歳近いのお爺ちゃんが
「必ず漁師に戻るからしんぺぇ〜すんな!」と涙目で話してくれました。
本当に気持ちの強い人達でした。


この施設の隣には大船渡病院がある
私はこの病院で産声を上げ、42年経った今日、誕生日を大船渡で迎えた
沢山可愛がってくれた祖父、祖母が人の為にお前が出来る事をやれと導いてくれたのだろう。


帰りに親類の仏壇に向かい合掌し、今回の震災で亡くなった叔父さんと甥っ子の冥福を祈り
栃木に帰ることにした。


帰り道、自衛隊の方にお願いして先導して頂き陸前高田市の市街地に立ち入れて貰った。
夜には見れなかった全貌を目にし、言葉を失ってしまった。

ドラゴンレール大船渡線 竹駒駅のホームから・・・

高田町 気仙川付近

気仙町 市内付近
この写真の住所を地図で追ってみれば、津波がどこまで来たか良く分かる


写真だけでは状況を伝え切れませんが
3月11日に全てが消えてしまいました。


この中には未だに見付からない方が沢山居ます。
早く親族のもとに帰れる事を願うばかりです。


最後に・・・
今は原発の問題が中心にメディアが取り上げてますが
この震災も一時的なニュースではありません。
現在も深刻な状況は続いております。
一時的な救援で救えるものでもありません。
映像に写し出される充分な物資を手にしている人ばかりじゃありません。
どうか避難された方々全てが本当の笑顔を取り戻せるまで
国も我々国民一人一人の支援を継続して欲しいと強く願ってます。
家族を失い、家を失い、仕事も失い、全てを失ってる状況でも
希望を持って、今を必死に生きてます。
その希望に手を添えてあげて下さい。
心よりお願い申し上げます。


*3月26日の地方新聞に今回の津波の高さが修正され記載してあった。
 大船渡市25m 陸前高田市30m
 この自然の脅威に人間の無力さを思い知りました。


Posted at 2011年03月28日 15時11分21秒  /  コメント( 0 )