ゼロウォーター(天命水)を使った環境回復型農業や健幸から、地球環境善循環へむけて
2012-08 の記事

2012,8/30

 障害者のスポーツの祭典パラリンピックが発祥の地
ロンドンで始まりました^^。

今日から9月9日まで166カ国・地域の4300人の
選手の皆さんで競うことになっているようです。

 パラリンピックとは、半身不随を意味する英語とオリンピックを
つないだ造語だそうですけど、1948年のロンドン五輪開会式の日に、

 英国の病院内で開かれた車いすアーチェリー大会が始まりだそうです。
そうだったんですね〜・・知りませんでした^^。

日本からは134人の選手が17の競技に参加されるそうです。
 さあ! 日本選手の皆さんも頑張ってください応援してま〜〜す^^。

 それでは地先生の「106歳を越えて、私がいま伝えたいこと」

 7)歳を重ねても、
      何かすることがなければいけない


      趣味は何かと聞かれれば、「講演が趣味です」と私は答えています。
     実際には趣味どころの話ではなく、私のいまの人生は「講演のために

     ある」と言っても過言ではないほど、忙しく飛び回っています。いま
     でも年間80回ほどの講演を毎年行なっています。

      とはいえ、私は若い頃から講演活動してきたわけではありません。
     私が講演活動を開始したのは95歳を過ぎてから。それまで人生でこ

     んな生活が待っているとは夢にも思いませんでした。
      私のような歳になって世界中を飛び回っていると、「そんな年で講

     演なんてたいへんですね」と言われることがよくあります。
      しかし私に言わせれば、それは正反対。この講演活動があるからこ
     
     そ、私は元気に、活動的に生きていられるのです。
      人間は歳を重ねても、何かすることがなければいけない。

      これは私がいつも思うことです。
        ・・・・中略・・・・

      70歳や80歳になったからといって、人生は終わりではありません。
     まして、それより若い人たちにはもて余すほどの時間が残っています。

      「自分の人生はまだまだ続く」ということを本気で理解すれば、気持
     ちも前向きになり、新しいことへの挑戦意欲も湧いてきます。

      いま、あなたがやるべきことは何なのか。
      そのことを真剣に考え、ぜひとも一歩踏み出して下さい。

      ・・・・お陰様でまだまだやることがいっぱいです^^・・・・

 ● 「易経」一日一言

      惜福の工夫

        福を惜しむと書く「惜福」とは幸田露伴の言葉である。

       露伴は、満月はいけないという。我々はともすれば満足

       しようとし、欠けるものがあれば、それを満たそうと必

       死になる。

        しかし、満ちてしまえば後は欠けていくのが天の道理

       である。

        そこで、自分に与えられた福を享受し尽くさないで、

       後に残しておく。あるいは、勢いや幸いをすべて使い切

       らないで、他に及ぼしたり、自ら不足を作り出す。

        そうすれば、決して満ちることなく、福が保てる。

       これが「惜福の工夫」である。

         (あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて)

               健幸一番楽らく農園


Posted at 2012年08月31日 06時34分11秒  /  コメント( 0 )

2012,8/29

 どうやら今日まで天草は台風の影響を受けたようで、
雨になってしまいました^^。

 午前中はお米の精米、配送と午後からは・・・
・・・残念ながら腰を痛め整体の治療院へ・・

マァ〜!無理は禁物ョ!・・ということでしょう^^。
 帰ってきてからは腰養生でした〜^^。

そこで、東京のの知人から頂いていた講演録を引っぱりだして読ませて
頂きました。どなたも素敵な方々ばかりなんですがまだ読み終えていません。

・・・が、皆さん一緒なのは「どう幸せな人生を送るか?」・・その道しるべ
となるお話です。

 この地先生の教えもそうですね〜。
     「106歳を越えて、私がいま伝えたいこと」

 6)定年とは自由になるとき
       自分のやりたいことを始めるチャンス

      60歳や65歳で定年を迎えたとき、多くに人は「終わった」という
     感覚になります。

      たしかに、30年、40年働いてきた一つのキャリアが完了するのは
     事実。私も63歳のとき、福岡教育大学を定年で辞めました。

      しかし、定年とは「単なる終わり」ではありません。
     むしろ私は「自由になるとき」「自分のやりたいことを始めるチャンス」

     だと思いました。
      これまで会社で働いてきた年月を振り返ってみてください。

     「仕事が忙しくて、できない」「会社があるから、やるわけにはいかない」
     と、あきらめてきたことが山ほどあるはずです。その山と積まれた「やり

     たいこと」を片っ端から実践するチャンスがついに訪れたのです。
      ・・・・・中略・・・・・

      あなたは定年を迎え、知らず知らずのうちに停滞していませんか。後退
     していませんか。

      そんなことでは、せっかくできた「自由の時間」がもったいない。
     人生は自分自身との戦い。戦いとは、常に前に進むことです。

      私は15,16歳のときに出会った言葉にいまでも叱咤激励され、常に
     前に進むことを意識しています。

      いくつになっても「Go ahead!」。
      それが人生というものです。

      ・・・・いくつになっても前向きな姿勢・・・いいですね。・・・・

 ● 「易経」一日一言

       怒りと欲は身を滅ぼす
         忿りを懲らし欲を塞ぐ。

          山沢損の卦名「損」は損する、減らすという意味で

         あるが、これは利益だけについていっているのではな

         い。

          ここでは、自らの心に生じた怒りを静め、欲心を塞

         ぐことの大切さを教えている。

          忿怒と欲ほど自分の徳を破り、身を滅ぼすものはない。

         だから、身の修養を考える時には、まず怒りや欲を損し

         減らすべきであるといっているのである。

           (あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて)

                 健幸一番楽らく農園


Posted at 2012年08月30日 07時26分01秒  /  コメント( 0 )

2012,8/28

 台風の影響にて今日は結構風が強く午後からは雨になって
しまいました。そこでパソコンの前に・・・・・。

 以前メルマガを発信したことがあったのですが、不発になってしまい
今日はサポートセンターに問い合わせをしながら再度挑戦してみました^^。

 このパソコンも頭の体操と思いながらやっていますが、人様のお名前を
忘れてしまう特技は^^・・・どうも改善しないようです^^。

「オイ・オイ・眞志男くんしっかりしてくれよ」・・と、叱咤激励をしながら
毎日頭の体操をやっています^^。

何を言っても、地先生からすると私の年齢は孫ですからね〜〜^^。
人様の名前を忘れるくらいでひるむなよ・・眞志男くん!

 それでは地先生の
        「106歳を越えて、私がいま伝えたいこと」

 5)つらいときこそ、
     それを楽しむ余裕が大事

      テレビ番組の取材を妻の露子が受けた時のことです。
     「障害児の母として、どんなことを感じていますか?」と質問され、

     こんなふうに答えていました。
     「人様の知らない幸せを感じています」

      身内を褒めるのもおかしな話ですが、私はその言葉を聞いたとき、本当に
     感動し、なんて素晴らしい表現なんだと感じ入りました。

      人生には、「なんで私だけ?」「どうして、自分の家族がこんな苦しみを
     味わわなければならないのか?」と運命を呪いたくなることがあります。

     もしかしたら、いままさにあなたがその渦中にいるかもしれません。
      ですが、あえて言います。

      そのつらい出来事を通してしか知り得ないこと、感じ得ない幸福が必ず
     あります。そして、暗闇の中でそっと輝く、その「小さな光」に目を向け

     られる心の強さをぜひ持って欲しいのです。
      ・・・・・中略・・・・・

      私は障害のある子どもたちと暮らしながら、「どんな状況にだって
     『楽しさ』を見つけることができる。明るく、幸せを感じることができる」

      ということを学びました。
       嬉しいことがあったとき、幸せを感じる、楽しくなるのは当然です。

       それも素晴らしいことですが、とかく人生というものは「つらいとき」
      こそ勝負の分かれ目。

       つらいときこそ、その状況を楽しみ、幸福だと思える「心の余裕」と
      「強さ」を身につけてください。

       ・・・こうなってくると素晴らしい人生が送れそうですネ・・・・

 ● 「易経」一日一言

       飛んで火にいる夏の虫
         突如それ来如たり。焚如たり、死如たり
         棄如たり。        (離為火)

          突然として飛んできて、焼かれて、死んで、棄てられる。
       
         この一文は「飛んで火にいる夏の虫」という喩えに使われ

         る。

          離為火は「火」を表す卦。火は何か付くことで燃えるこ
 
         とから、陰の徳である。付き従う精神がなければ、正しく

         能力を発揮することができない。

          勢いに乗って才能を振りかざし、激しさだけで燃えさか

         ろうとすれば、自ら火に焚かれ、一瞬にして明を失うこと

         になる。

          (あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて)

                健幸一番楽らく農園


Posted at 2012年08月29日 06時46分39秒  /  コメント( 2 )

2012,8/27

 沖縄を直撃した台風は東シナ海を北上、
天草も風速15メートル圏内に入り、これは強くなるかも?・・

と、雨戸を閉めはしたもののそれほどの強風もなく大丈夫でした^^。
 ですが、台風を待っている人たちもいらっしゃいますョ。

特に建設業界の方々、仕事自体が少なく、台風が来て被害でもあったら
仕事が出てくるんですが〜・・・と言っていられました。

そうなんですね〜、毎年1〜2回はきていた台風がこのところ
上陸しなくなってもう5年くらいになるそうですから。

何か地球環境に変化がきているんでしょうね。
農家としては台風が来なくて助かっているんですが・・・

みんなが喜べない状況です。

 さて元気が出てくる地先生の
         「106歳を越えて、私がいま伝えたいこと」

 4)健康長寿は誰にでもできる

     九十九歳までは助走、100歳からが本番。
    私は九十五歳から講演活動を本格的に開始しました。

     このように言うと、「地さんは特別だから」といわれることが多々あり
    ます。「エイリアン(宇宙人)」なんて言われる方も珍しくありません。

     どうやら人は私のことを超がつくほど健康優良児だと思っているようで
    す。ですが、事実はまったく違います。むしろその正反対の人生を歩んで来

    ました。
     そもそも私は生後半年のとき、たまたま飲んだ牛乳が原因で中毒を起こし、
 
    その後15歳まで超虚弱児として育ちました。私の父は軍人だったので、本
    来ならば陸軍幼年学校に優先的に入れるのですが、身体検査で落ちてしまう

    ほど、筋骨だけの虚弱児だったのです。だから、私は自分のことを「頑健だ」
    「健康そのものだ」などと思ったことはありません。

     その超虚弱児が106歳を迎えたいまでも、杖をつかずに自由に歩き、世界中
    を飛び回っているのですから、健康長寿は誰にだってできるのです。

      ・・・・中略・・・・
    
     健康長寿は誰にでもできる!「苦労が多いから長生きできない」なんて
    ことは決してありません。

    ・・私たちには考えられないほどのご苦労をなさって来られたようです・・

 ● 「易経」1日一言

      枢 機
        言行は君子の枢機なり。枢機の発は栄辱の主なり。
        言行は君子の天地を動かすゆえんなり。慎まざる
        べけんや。           (繋辞上伝)

         「枢機」の「枢」は中枢、最も大切なもの、「機」は

        精巧な仕組みの要、勘所である。

         リーダーの言葉と行いは、天下の仕組みを動かす、最

        も大切な要である。

         リーダーが褒め称えられるか辱めを受けるかは、その

        言行によって決まる。

         ゆえにリーダーは、その言葉と行いに深く慎まなくて

        はならない。

         (あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて)

               健幸一番楽らく農園


Posted at 2012年08月28日 07時18分14秒  /  コメント( 0 )

2012,8/26

 今年度、受託分の籾摺り今日にて完全に終了です^^。
一番最後の刈り取りでしたから、カメムシさん達の被害粒も

かなり多い状況でした。これにはサタケの色彩選別機が大いに
活躍してくれましたョ^^。

 これがないと如何に自然農法とはいえ、チョット〜・・・^^。
って感じでしたね。・・先ずまず、いい出来でした〜^^。

午前中に作業を終え、7月に結婚したばかりの娘たちがお墓参りに
帰って来ましたので長女夫婦と一緒に食事会でした^^。

マ〜マッ!仲良くしなさいよ〜〜〜^^。

 さて、地先生の「106歳を越えて、私がいま伝えたいこと」

  3)九十九歳までは助走、
        100歳からが本番

      50代60代になって「ああ、自分の人生も終盤にさしかかってきた
     な」と考えている人がいたら、それはとんでもない間違いです。

     何もこれは元気のない50代、60代の人に向って、慰めや励ましで言
     っているのではありません。私が生きてきたたしかな実感として、50

     代、60代などほんの助走に過ぎないからです。
      こんなことを言うと「99歳までが助走だなんて、そんな大げさな!」

     と多くの人が思うでしょう。
      しかし、これは正真正銘の事実。・・・・中略・・・

      人生の終わりの事を考え、過去を振り返っている暇があるなら、前を
     向いて「明日をどう生きるか」を考えてください。そのほうが100倍

     人生は楽しくなりますし、事実あなたにもまだまだたくさんの時間と可
     能性が残されているのですから。

      私はいつも「百歳前進、百歳勝利」という言葉を胸に生きています。
     100歳を過ぎてからもなお新しいことに挑戦し、絶えず前進すること

     が大事だからです。
      いま、50歳の人は、私の年齢になるまで50年以上の年月があります。

     60歳の人なら40年も残っています。
      40年や50年という年月があれば、人間どんなことだってできます。

      50代、60代とは、そんな希望に満ちた「まだまだ発展途上の世代」
     だということをわかっておいてください。

      間違っても「人生の終盤」ではありませんよ。

      ・・・・私も残り40年^^・・つづく・・・

 ● 「易経」一日一言

      屈 伸
        尺蠖の屈するは、もって信びんことを求るなり。
        龍蛇の蟄るるは、もって身を存せんとなり。
                      (繋辞下伝)

        「信」は伸びる。「尺蠖」は尺取虫のこと。

        尺取虫は身を屈めて伸びて前に進む。前に伸びるために

        身を屈める。

        「龍蛇」の龍は潜龍。龍や蛇が地中に身を隠すのは、身

        を保ち、来たるべき時の準備をするためである。

         屈する、蟄るるは、エレルギーを溜めること。自分は

        まだ事足りないと、低く身を屈めれば、次に大きく伸び

        ることができる。

          (あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて)

                健幸一番楽らく農園


Posted at 2012年08月27日 06時03分07秒  /  コメント( 0 )

2012,8/25

 昨日刈り取りした籾の乾燥も午前中には無事終わり。
予定通り夕方からは静かな作業所の中で「打ち上げ」でした〜。

まだみんな終わったわけではないんですが^^。
刈り取りの補助をしてくれた人、それに籾摺り班、JA農機の

修理班と皆さんに感謝の御苦労さん会でしたョ^^。
「来年も宜しくお願いします」の気持ちをこめて^^。

籾摺りを頼み始めて4年になりますがそれまでは自分でやっていました。
昼間刈り取りで、朝夕が籾摺りという具合です。

遅い時は午前3時くらいまで籾摺りをしたこともあって、起き上がることが
出来なくなってしまいました^^。

 それから皆さんに応援してもらうようになったんです。
いやあ〜皆さんに感謝・感謝です。ありがとうございま〜す。

 それでは地先生の「106歳を越えて、私がいま伝えたいこと」

 2)「老感」を持つから
       「老人」になる


     老感を持つという言葉を知っているでしょうか。
    読んで字のごとく「自分が老いた」という感覚、感情を持つことです。

     人は無意識のうちに「五十代とはこんなもの」「六十を越えてまで、
    こんなことをすべきではない」と考えてしまうもの。

     「バルセロナへ旅行したいけれど、この歳で飛行機の旅は厳しいか
    ら・・・」「周囲に迷惑をかけたらどうしよう・・・」などと勝手に思い込

    んでしまうのです。
     ですが、その発想こそが一番ダメ。そんな「老感」を持っているから、

    どんどん「本物の老人」になっていってしまうのです。
     歳を重ねたから老人になるのではなく、「老感」を持つから「老人」

    になるのです。・・・・・・・・・(中略)・・・・
     歳を重ねた人を心配し、思いやるのは良いことです。

     しかしその一方で、過剰で間違った思いやりが、その人に「老感」を
    持たせ、「本物の老人」にしてしまうのです。

     「老感」なんて、本人も周囲もあえて持つ必要はありません。
     「自分はもう歳だから」(あるいは「あの人はもう歳だから」)など

    と考えるのが一番ダメ。そうやってエレルギーの源をとり除いてしまっ
    たら、そこで人生は終わってしまいます。

     私のように、100歳を過ぎても活動的な人生はまだまだ続けられる
    のです。70歳や80歳、ましてや60代や50代で「老感を持つなど、

    もってのほかです。
    
    ・・・・・私も来年が還暦、これからです^^。・・つづく・・・

 ● 「易経」1日一言

       ボロ布で船底の穴をふさぐ
         繻るるとき衣袽あり。終日戒む。
                   (水火既済)

          水火既済の「既済」はすでに川を渡り終えたと

         いう意味で、大業を成したことの喩え。

          川を渡るのに用いた船は古くなり、舟底に穴が

         空いて浸水して来る。そこで「繻るるとき李袽あり」

         ぼろ布を使って穴をふさぎ、終日警戒しなければな

         らない。

          本来、大業を成した後は守成に努め、止まるべき

         時である。そうせずに、さらに大業を成そうとすれ

         ば、必ず物事に破れが生じるという戒めである。

          (あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて)

                健幸一番楽らく農園

      


Posted at 2012年08月26日 06時41分20秒  /  コメント( 0 )

2012,8/24

 もう少し先でしょうか?・・と思っていた同じ自然農で
栽培している友人のコシヒカリを、今日刈り取りしました^^。

お陰でコシヒカリの刈り取りは全部終了です^^。
後は古代米を残すのみとなりました。

最終的には9月には入ります^^。
 さて、地先生の続きをいきましょうか^^。

 「106歳を越えて、私がいま伝えたいこと」

 第1章 ココロ

 第1章のテーマは「ココロ」
  前向きに生きるための言葉の数々を収録しました。

   私の長い人生で体験したこと、家族や友人たちから教えられたこと、
  そんな数々を第1章にまとめました。

   「前向きな考え方」こそ、人生を楽しくする「最大のコツ」。

 1、長生きをすれば、良いことがある

    人生とは何か。・・そんな哲学的な問いに答えるならば、「人生は
   自分自身との戦いである」と私は常々思っています。

    他人と比べたって自分の人生の価値は決まりません。
    やはり、いくつになっても挑戦する心を忘れず、自分自身に勝利すること。

   それが一番大事だと思っています。
    「何歳から老人か」「いくつからが余生なのか」などときまりがあるわけ

   ではありません。何歳になっても挑戦は続けられます。言い替えるなら、い
   くつになっても、どんな境遇に陥っても、気持ちさえあれば自分自身との戦

   いは続けられます。
    それこそ人生だと思いませんか。

    その挑戦する心、自分と戦う心を失ってしまったら、それはもはや人生で
   はない。そんなふうに私は思っています。

    ・・・・つづく・・・・

 ● 「易経」一日一言

      危機に備える

        臨は元いに亨りて貞しきに利ろし。八月に
        至れば凶あらん。       (地沢臨)

         地沢臨は旧暦の十二月、新暦の一月に配当されている卦。

        これから新しく陽気が大いに伸びていく時期である。しかし、

        陽気が盛んになれば、やがて衰える。それが「八月に至れば

        凶あらん」ということ。

         これは危機管理についていっている言葉。これから伸びて

        ゆこうとする時に、すでに衰退に備えておかなくてはならな

        いということ。何かあってから対処するのでは遅すぎる。

         (あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて)

               健幸一番楽らく農園


Posted at 2012年08月25日 06時54分00秒  /  コメント( 0 )

2012,8/23

 8月23日「処暑」・暑さがおさまる。
・・というそんな日です。

そうですね〜、暑さはおさまっているかも?
だけど、このところ毎日さだち雨が降っています。

そのさだち雨の合間に、一番の遅く植えたコシヒカリの
残りを刈り取りしました。

後は友人のコシヒカリがもう少し先でしょうか?

 さて、地三郎先生の「106歳を越えて、私がいま伝えたいこと」
のポイント紹介といきましょうか^^。

「三郎は、頭は悪いが、腕がある」

「三郎はやり手だからね」

 母はこう言って、虚弱児の私をいつも励ましてくれた。
私は106年生きることで、若い頃には想像もしなかった驚くような体験を

いっぱいしてきましたし、歳をとればとるほど人生は楽しく、充実していきました。
 思えば私は、99歳(数え年の100歳)から6回も世界一周講演旅行を行って

きました。いく先々で温かい歓迎を受け、私の話を楽しんで頂き、共感して頂いた
たくさんの方々に出会ってきました。

 その方々の笑顔が、私にとって生きる活力なのです。・・・・・
もちろん、私にもさまざまな出来事がありました。時には心が押しつぶされて

しまうようなつらい体験、利不屈な仕打ちも受けてきました。
 しかし、そんな出来事があったとき、私は常に「禍を試練と受け止めよ」

「前進せよ」と自分自身に言い聞かせて、努めて前向きに生きてきました。
 だからこそ、私はここで「長生きをすれば、良いことがある」と胸を張

って言えるのです。
 私の人生を支えているのは、紛れもなく「明るく、前向きな考え方」と

「健康な体」です。
 ぜひ本書から、その二つの秘訣を感じとって頂けたらと思います。

・・・・・つづく・・・・

 ● 「易経」一日一言

     険にして且つ枕す

       来るも之くも坎坎たり。険にして且つ枕す。
                     (坎為水)

        「来るも之くも坎坎たり」とは、進むも退くも穴に

       陥るような険難に囲まれている時を表す。このような

       険難に直面していることを理解しようとせず、身が危

       うくなっていることに気づかないまま安眠しているよ

       うでは、ついに脱することの出来ない深い穴に陥って

       しまう。

        険難の時を決して侮ってはならないという注意を喚

       起している言葉である。

        (あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて)

              健幸一番楽らく農園


Posted at 2012年08月24日 05時24分29秒  /  コメント( 1 )

2012,8/22

 禍を試練と受け止めて前進せよ
        
      今からでも遅くはない


 人生には余りはないのです。

  せっかく与えられた命を精一杯に生きる。どんな状況

 でも一歩を踏み出す勇気を持つ。

  それには、私たち一人ひとりが自分自身に挑むしか

 方法がありません。私にしか、あなたにしかできない

 ことなのです。

  いつだって遅くはありません。

 これは106歳を越えられた地三郎先生の言葉です。
今日、先生から一冊の本が届きました^^。

 「106歳を越えて、私がいま伝えたいこと」・・です。
素晴らしい言葉がいっぱいです。

明日からそのポイント、ポイントをご紹介していきましょうか?^^。
なんてことはありません、私自身の勉強のためにです^^。

 ● 「易経」一日一言

      改革の時期を探る
   
        革は、己日にしてすなわち孚とせられる。
                     (沢火革)

         沢火革の「革」は変革・改革・革命。

       「己日」とは半ばを過ぎた頃をいう。

        改革・革命をするには、古い体制による弊害が及び、

       その盛りが過ぎた頃の適切な時期に行うのがよい。そ

       れならば人々の信任が得られる。

        先見の明があれば、早い段階から改革の必要性を察

       するのが、かといって弊害が及ぶ前にと焦っても、時

       が至らなければ改革は成り立たないものである。

        (あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて)

              健幸一番楽らく農園


Posted at 2012年08月23日 06時43分56秒  /  コメント( 0 )

2012,8/21

 町内にお住まいの老夫婦が、お米を買いにお出でになりました^^。
自分達が食べるのではなく、子供たち3人に送りたいということです。

 この親心が何ともいえず嬉しいですね〜^^。
親は普通のお米を食べて、子供たちには自然農法のお米を

食べさせてあげたいという・・その気持ちが・・親なんですね〜
このお爺ちゃんお婆ちゃんにも、少しですが自然米をお分けしました。

 私たちも、子供のころは親心って分からなかったのですが、
いざ親になってみると子供のためだったら何でもしてあげたいという

そんな気持ちになってしまうんですね〜。
我が家でもしょっちゅうお米からお野菜、もろもろの食品なんか

送っているようです^^。
後をつないでくれる子供たちも、親になったらそうなっていくんでしょう・・

・・・とそう思われます^^。
その後の刈り取り作業・・明日は残りのコシヒカリとモチ米の刈り取りで〜す^^。

 ● 「易経」一日一言

      時と呼吸を合わせる

      

       小畜は亨る。密雲あれどあめふらず。
                  (風天小畜)

        空に黒い密雲が広がって、やがて大雨になる。

       しかし風が吹いて雲の力を和らげて未だ雨が降

       らない。

        実行している計画が小さな障害で止められる

       とじれったく、イライラするが、障害がある場

       合は、一呼吸おくことが大切であり、無理に進

       めてはならない。

        心の柔軟さをもって時を静観し、間合いをと

       りながら、今一度力を蓄え、最良の時期を見極

       めることを教える言葉である。

        (あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて)

              健幸一番楽らく農園


Posted at 2012年08月22日 07時20分39秒  /  コメント( 0 )

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