当サロンは、精油(エッセンシャルオイル)の力と、人の手の優しいタッチにより、自然の中の水のように、お客様ひとりひとりの心と体に潤いを取り戻し、笑顔で輝きつづけるお手伝いをさせていただきたいと思っております。 ファウンテンでは、日常を忘れて、深いリラックスを味わっていただけるよう心を込めておもてなしいたします。
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アロマとの出会い

娘が買ってきた本・・・

私には、息子と娘がいます。

そして娘は、現在大学生。
薬学部に所属していて、今は実習期間中で、進路を模索しているようです。

娘が高校生の頃、やはりある程度の進路の方向性を決めなければならない時期がありました。
進路を決める時、大まかに二通りあると思うんです。

一つは、得意な科目が活かせる方向を目指すこと。
もう一つは、やりたい仕事が決まっていて、その仕事に就くために必要な科目を学習すること。

得意な科目とやりたい仕事に必要な科目が、全て一致していれば、悩むことはないですよね。

娘は、どちらかと言えば国語が得意だったのですが、大好きと言うわけでもなく、
そして目指す仕事もなく、何をどう考えたらよいやら、分からない様子でした。

一つ薦めたのは、本屋さんで、職業についての本を立ち読みすることでした。

そこで、娘が興味を持ったのが、アロマテラピーだったのです。

小さい時からよく、「○○の匂いだね」と香りに関する表現の多い子のだったので、
アロマテラピーに興味を持ったのは、納得でした(^_^)

ただ、まずは大学に進学したいとのことで、薬学部を目指すことに、なったのですが…

その時買ってきた本を借りて読むうちに、私もアロマテラピーに興味を持ってしまい、
今、その本は私の本棚にあるのです(^_^)v


Posted at 2010年07月22日 06時32分59秒  /  コメント( 0 )

ある女の子との出会い

6月は、私をアロマに導いてくれた女の子が天国に旅立った月です。

柏特別支援学校に在職3年目のことです。
この年から、訪問部の担任をすることになりました。
訪問部というのは、学校に登校することが出来ない子供達の自宅を教員が訪問して、学習指導をする学部です。柏特別支援学校の場合は、自宅だけではなく、病院訪問もしていました。当時は慈恵医大柏病院の小児病棟に訪問指導に行ってました。

私は小学校1年生になったばかりの女の子の担当になりました。色白で目のパッチリした可愛い女の子。とてもハキハキしていて、お喋りな女の子。ジャスミンティーが好きで、ちょっぴりオシャマな女の子。
思い出すと、涙が出てきてしまうので、中々書くことが出来なかった…
もうすぐ命日です。
生きていたら、中学生…

小学校1年生だった女の子はは、すでに数回の手術を経験していて、何度も入院していたので、病院内のことは、よく知っていました。
「先生知らないのー?先生なのに、ダメだよ!」と叱られたものです。

経過が順調で、退院できて自宅療養になり、私は自宅に訪問指導に行くようになりました。

この時は、本当に楽しかったねー!
国語や算数の勉強もしましたが、音楽をかけて踊ったり、絵の具を使って工作したり…これは、木工ボンドに色をつけて作ったものです。



緑と青と白を混ぜながら、「これがいいわ!」と彼女が決めた色です。
私も好きな色でした。
よーく混ぜて、飾りを付けて、出来上がったものを冷蔵庫に貼りました!
彼女は、とても気に入って、得意顔(#^.^#)
ずっと彼女の家にあったものです…今は私がいただいて、サロンに置いてあります(^.^)

でも、楽しかった自宅療養も長くは続かず、再入院することになり…
それも今度は、東京の本院に…
特別な事情なので、続けて私が訪問することになり、回数は少ないのですが、行かせてもらいました。

体調が悪い時は中々勉強も出来ないのですが、彼女が少しでも元気を取り戻せる物はないかと考える日々でした。

そういえば、彼女は香りについて、話すことが多かったなーと気付きました。そこでフェルトを青りんごの形に切って、青りんごの匂い玉を中に入れて一緒に飾りを作ったりしまた。
出来上がって、香りを嗅いで「うん、いい匂いじゃん」と笑顔になったときは、嬉しかったよ(^.^)
それに入院生活で、ストレスがたまったとき、スヌーズレンのCDも役に立ったみたいだね。

ところが、急に容態が悪化してしまい…、それでも何か出来ることはないかと、「星に願いを」の曲に合わせて、布を揺らして一緒に踊ったつもりになっていたら、心拍数が上がって、びっくり!
きっと彼女も心の中で踊っていたに違いありません!!!
そしてこの頃から、香りも本物を使いたいと考えたのが、精油との出合いでした。

まだ意識がはっきりしていたころ、鉛筆を握る手に力が入らなくなっても、計算ドリルをやると言った彼女でした。もっと、もっと、勉強したかっただろうに…

病院で、2年生になり、そして、6月に逝ってしまいました…

そして私は、彼女とお別れした次の年からアロマテラピー検定を受け始めました。


Posted at 2010年06月08日 18時17分35秒  /  コメント( 0 )

身体にハンディがある子の学校で・・・

約25年の教員生活の始まりは、岩手の小学校でした。

ちょっとさかのぼってお話ししますと、岩手大学では、小学校教員養成課程に所属していて、私は心理学を専攻。そこで、小学校と特別支援学校と幼稚園の教諭の免許を取得しました。
卒業後は、関東のある会社のカウンセラー、そして小学校の教員を、約6年間。
ただこの6年間に結婚、出産、転居があり、岩手から茨城へ。ここまでは小学校の普通学級。
この後、千葉に転居してからは、4年間、小学校の特別支援学級。
そしてその後10年間、肢体不自由の特別支援学校に勤務していました。

松戸にあるその学校に勤めていたとき、スヌーズレンに出合いました!
自立活動部に所属していて、毎年夏休みには、解剖学等、体のことを勉強するため、中目黒まで、通ったことが、今では懐かしい…
この頃、体の観察の重要性や心の状態が体に表れることなど、学んび、そしてそれは、障害があってもなくても同じだと思いました。

スヌーズレンは、イギリス大使館で、ワークショップがあるとのことで、当時の上司から、誘われて、実は何も分からずに参加したしたのが始まり…

スヌーズレンは、感覚刺激(視覚、聴覚、嗅覚、触覚など)により、リラックスしたり、探索して楽しんだりできる環境設定でした!

ここで、嗅覚刺激のアプローチを知ることができたのです。

学校で、少しずつ機材を購入してもらい、子供達と一緒に体験しました。
筋緊張の高い子がリラックス出来たり、光刺激に興味を示して追視したりなど、子供たちは、楽しみながら活動出来ていたと思います。

その後、知的障害の特別支援学校でも、自分のクラスで、手作りスヌーズレンを考えて取り組んでみました。
このころは、すでにアロマテラピーに興味があったので、自分のディヒューザーを教室に持ち込んで、スヌーズレンの時間には、嗅覚刺激としてエッセンシャルオイルを芳香させていました。

特にストレスをためやすい子には、定期的に取り組むことで、ストレスがリセットされ、また次の日から、学習活動に頑張ることが出来るように感じました。

2008年3月に教員を辞めて、4月から週2回教育相談の仕事をしていました。
その年の11月に柏市旭町にマンションを借りて、アロマテラピーサロンをオープンしました。
そのころ、以前の同僚にスヌーズレンについて、訊かれたことをきっかけに、日本スヌーズレン協会の会員になり、ヨーロッパでの取り組みを知り、自分のサロンでも、提供できたら…と夢を描いていました。

そして、2010年4月、2年間続けていた教育相談の仕事を辞めて、善は急げと、スヌーズレンセラピーが出来るように店舗を移転しました。


Posted at 2010年04月09日 05時28分22秒  /  コメント( 0 )