☆千葉県市原市を中心にした営業エリアで一般住宅・集合住宅・店舗・商業施設などの塗替塗装工事のご用命は『垂石塗装店』 にお任せ下さい!☆完全自社一貫施工でお客様の大事な資産を長期に渡りメンテナンスのお手伝いをさせて頂きます。 〒290−0041 千葉県市原市玉前86−4 TEL:0436-21-4488/FAX:0436-21-4489           
メインメニュー
2012-11 の記事

大盛りライスで注目の...



 以前に妻がブログで、「田中屋レストラン」のご紹介記事を掲載しました。私はチョット違う目線から、もう1度「田中屋レストラン」のすごいところをご紹介したいと思います。現場からの帰り道に、仕事に疲れてお腹を空かした私達3人の話す話題は、自然に食べ物の話題で盛り上がることに。初めはラーメンの話題でしたが、その内に「田中屋レストラン」の話題になり話の中心は大盛りライスに行き着きます。

 画像のライスはセットメニューの通常ライスですが、大盛りライスを頼むと通常ライスの3倍程の、それこそてんこ盛りライスが登場致します。腹っ減らしの人やその大盛りライスを食べられる若い年代だと、大変食べ応えのある有難いライスの量ですね!元々お肉屋さんを経営していて、レストランを始めただけにお肉料理は文句のつけようがない美味しさですから。ランチメニューは画像のハンバーグかステーキの2種類から選べて、ソフトドリンクがついて¥1000円のお値段で〜す。
(; ̄Д ̄)なんじゃと?







Posted at 2012年11月30日 21時08分36秒  /  コメント( 0 )

「李氏朝鮮の時代は本...

 これほどまでに、自国の歴史を歪曲しているとはね!呆れるといか情けないというか・・・。
以下、「ねずさんの ひとりごと」からのコピペです!

辻本さんのブログ「中韓国を知り過ぎた男」に、韓国に関する記事があり、そこに昨日僕は以下のようなコメントを掲載させていただきました。
-----------------------------------------------------
現代の北と南に分かれる前の「李氏朝鮮」というのは、中韓戦争になった折、韓国側の将軍だった李氏が、戦闘中に自国を裏切り、中国と通じることで政権を奪って王位についたという、いわば泥棒政権なんですね。

以後400年にわたり、李氏は中国の属国として対中国土下座外交を行います。庶民の生活なんぞほったらかしだった。いわば同国人による植民地支配が行われていたのが李氏朝鮮の時代の韓国です。

政治体制は、いまの北朝鮮に似ています。ヤンバンと呼ばれる韓国人貴族だけが贅沢な暮らしをし、一般市民は貧窮のどん底。

下のURLをクリックして写真をご覧になるとわかりますが、半島一の大都市ソウルですら、その中心街である南大門前が、まるでホームレス広場となっていました。これが歴史の事実です。
http://photo.jijisama.org/BeforeAfter.html

当時の韓国庶民は、ヤンバンという貴族たちにとっての奴隷以下の存在でしかなかった。
そのあまりの下品さに、次々と東亜各国を植民地化した列強ですら韓国にはまったく手を出していない。なぜかといえば、国が貧しく、市民はコジキ同然で、植民地化する魅力がまったくなかったから、といわれています。

いまの韓国の歴史番組などを見ますと、まるで李氏朝鮮の時代は人々が王侯貴族のような生活をし、女性たちは美しいチマチョゴリを着て優雅に暮らしていたかのごとく描かれていますが、これも真っ赤なウソ。

当時のチマチョゴリは、ヤンバンが町にいる女性を我がものとするため、女性の乳を露出させるために着させた服でしかない。
どこの世界に温帯地方でありながら女性に乳を露出される服を着させた国がありますか。

長男を産んだ女性はその時点で乳を露出した。要するに女性が性の捌け口程度にしか扱われていなかった時代の産物がチマチョゴリで、国辱ものの服でしかない。

乳の露出を禁止したのは日本の朝鮮総督府です。
これも写真が残っている。そんなに昔の李氏朝鮮時代が良いのなら、現代韓国の女性も全員乳を露出して町を歩いてもらいたいものです。腹がたちます(怒)
------------------------------------------------------

少し解説します。

韓服は、男女共通の上着であるチョゴリと、巻きスカートであるチマ(裳)によって構成されます。
日本国内にある朝鮮学校でも、女子学生の制服としてチマチョゴリの様式を取り入れています。

もともとは、このチマ・チョゴリ、李氏朝鮮の後期から妓女服の影響で丈が短く袖の細いチョゴリ(上着)狭い袖が流行したものですが、19世紀にはチョゴリが乳房を覆えなくなったため、両班層の女性はチョゴリとは別に、胸覆いを使ったと言われています。
しかし、下級階層、特に男児を生んだ女性は乳房を露出するのが誇りとされていたそうです。

現在一般に見られるチマチョゴリは原色を使い派手な物が多いのですが、李氏朝鮮時代の韓国時代のチマ・チョゴリは、朝鮮民族が「白衣民族」と自称してきたように、白一色が標準だったようです。この点でも韓国の歴史ドラマの華やかな民族衣装は、史実と異なります。



さらにいえば、韓国朝廷は、庶民に対して色つきの服の着用を禁止していた。
ただし女性のチマはこの限りでは無く、娘と未婚女性は赤いチマ、既婚女性や中年女性は藍色のチマ、老女はあさぎや灰色のチマを着用するとされた時代もあったそうです。また、生成りの漂白されていないチマとチョゴリは主に未亡人や喪中の女性が着用したといいます。

問題は、現代韓国人の多くが誇りとするチマ・チョゴリが、実は、李氏朝鮮王朝における貴族階級(ヤンバン)たちが、自国の庶民に対し、女性が胸を露出した服を着用することを推奨していたという事実です。

朝鮮半島も温帯地方にあたりますから、冬はやはり寒いです。その寒い土地で育まれた衣装が、女性が胸を露出するもの・・・というのは自然に考えて、やはり考えにくい。
だいたい家事を行うのに、胸がぶらぶらしていたら邪魔でしょうがない。



李氏朝鮮は儒教国家であるといいますが、やはり、こうした胸の露出は、多くの儒学者の非難を受けたのだそうで、1910年日本総督府が置かれた後、1930年代に至って、ようやく女性の社会進出と相まってチョゴリの丈が長くなり、女性の胸の露出がようやくなくなりました。

この服が、ほんとうに民族の誇りといえる服なのか、どうにも疑問の残るところです。

韓国が教科書で、日本総督府の施政が国辱ものであり、それ以前の李氏朝鮮の時代が素晴らしい日々であったというなら、是非、世界を歩く際に、本来の韓服(白装束・胸出し姿)を現代韓国に復活してもらいたいものです。
おそらく自国の国民から猛烈な反発が起きると思いますが。。。。

もうひとつ言うと、朝鮮半島の人口は、
1753年:730万人
1850年:750万人
1906年:980万人(第二次日韓条約により1905年より朝鮮は日本の保護国へ)
1910年:1312万人(日韓併合条約により、1910年より朝鮮は日本の一部となる)
1920年:1691万人
1930年:1968万人
1940年:2295万人
1944年:2512万人(1945年、日本の敗戦により総督府の統治権は米軍へ移譲)
現代 約4600万人

李氏朝鮮は、1392年に建国されましたが、当時から日本統治の時代まで、韓半島の人口はほとんど増加していません。それが、1910年の日韓併合以降、わずか30年で人口は2.5倍に膨らんでいます。これは何を意味するのでしょうか。

ボクは韓国人が嫌いとか、そういう意識はまったく持ち合わせていません。
日本国民であれ、どこの国の人であれ、それぞれが幸せになろうと必死で生きている。
一生の間に、学び、恋し、妻子を愛し、家を育み、誰かが死ねば悲しむ。
それがあたりまえの、普通の人間の姿だと思っています。
世界中、人が人であるならば、対話によって、お互いに理解しあい、愛しあい、学びあうことが可能であると信じています。

しかし、そういう人間としてあたりまえの感情を阻害するものがあります。
それがイデオロギーの対立や、妙に植え込まれたプライド、自尊心です。

そんなくだらないものに染まり、非難しあい、果ては殺しあう。愚かなことです。
隣人同士、互いに反発しあうことより、互いに学びあう姿勢が第一だと思います。

田母神氏の論文もしかりです。歴史観は、ヒダリの人たちのもつそれとは大いに異なるものでしょう。しかし、そうした説もあるというなら、冷静に何が真実であったのか、互いに研究し、そこから何かを学び取るという姿勢が、まず必要なのではないでしょうか。

頭ごなしに否定するのは簡単です。でもそういう姿勢からは何も生まれない。
何も理解できない。偏狭なナショナリズムに凝り固まることなく、謙虚な気持ちで歴史を学ぶ。。。戦後60年・・そろそろそうした素直な気持ちをみんなが持ってもよい時代にはいってきたのではないかと思います。

【追記】
なにか言葉足らずな感じなので、もう少し細くします。

ねずきちは、李氏朝鮮の時代というのは、貴族であるヤンバンたちがもっぱら庶民から搾取をし続けた時代だと思っています。いまの北朝鮮と同じです。庶民は家畜奴隷以下の存在でしかなかった。当時の李氏朝鮮時代の庶民の平均寿命は24歳であったともいわれ、とにかく国民の多くを占める庶民は、食うことすらままならなかった。

これは人間の本能で、人は自己の遺伝子のコピーを残そうとする生き物ですから、飯が食えず若死にするしかないような環境の中で人が生き残ろうとすれば、てっとりばやいのが、男であればヤンバンの仲間に入れてもらうこと。女であればヤンバンに宮廷に連れて行ってもらいヤンバンの女になること。そのためには、ヤンバンが通りがかったときに胸を露出するくらい(生き残り子を残すためには)やむを得なかった。

そのヤンバンたちは、日本統治後、かなりの人数が国外退去した。
そして日本が敗戦となったあと、再び半島に戻ってきた。北にいる者は北の役人となり、南にいる者は政治、経済をとりしきった。

もどってきたかつてのヤンバン達にとっては、李氏朝鮮の時代は、まさに天国です。最良の時代だった。彼らにとって李氏朝鮮時代の王宮は、美しい女たちが着飾り、平和と富を謳歌した素晴らしい時代であった。そして日帝は、そのすべてを奪い去った・・・

要するに現代韓国で語られる過去の栄光というのは、国民のほんの一握りのヤンバンの栄光の歴史なのだといいたいのです。
そのヤンバンのおかげで、半島の多くの人々(庶民)は約400年の長きにわたり、収奪され、殺され、富を奪われ続けた。その様相は、英国のインド支配どころの話ではない。庶民は人間とすら認識されていなかった。

その証拠と言ってはなんですが、韓国には、日本で言う「昔ばなし」がない。昔話、童話は、庶民の言い伝え文化です。これを言い伝えるのは庶民であり、老人です。庶民が老いるまで生きることが叶わなかった国には、童話はない。昔話もない。ちなみに日本でも、応仁の乱の頃や、戦国時代の「民話」というものはありません。

ドイツやデンマーク、オランダ、イギリス、スペイン、日本には、数多くの民話があり、童話があります。ちなみにフランスも、ルイ王朝の搾取時代によって、庶民が生かされず、このため、民話がほとんど伝承されていません。

ねずきちは思います。庶民が、ふつうの人々が、あたりまえに子を残し、老いるまで生きることができる国というのが、良い国なのではないかと。

ヤンバン達にとっては、自分たちの過去の栄光を奪い去った日帝は、未来永劫許されざる存在なのでしょう。
しかし、そのヤンバンたちは、韓国の多くの庶民に、いったい何をしてきたか。
そのことを多くの韓国のみなさんに冷静に振り返っていただきたいものだと思っています。

*関連画像:日韓併合前の韓国







Posted at 2012年11月30日 05時51分08秒  /  コメント( 0 )

カレーライス!ヽ(*⌒∇⌒...



 幾つになっても、カレーライスが大好物なのは変わりませんね!何故なのかと思い、理由を幾つか考えてみました。まず初めに、おかずが要らないというのが大きいかもしれませんね!スプン1本で最初から最後まで、お皿に盛ったカレーライスを食べる事に集中出来る事、これは大きな理由になります。次に、夕食のメニューとなることが多く仕事から帰ってきて、お腹が空いている時にカレーライスを出されると、もうお腹に入らないという程おかわりをしてしまいます。

 最後に妻が作ってくれたカレーライスが大好き!妻いわく、「適当に作っている」といいながら、この寒い季節は夏場に作るカレーライスよりも大分味付けは辛めになっています。足りない・少ないが嫌いなタイプなのか、大鍋でカレーを作るので日を追うごとにカレーの味がまろやかに、そして旨みが濃厚になるのを楽しみに2日・3日とカレールーが無くなるまで夕食はカレーライスです!
ゝ(* ̄◇)=3オナカイッパイ







Posted at 2012年11月29日 19時37分59秒  /  コメント( 0 )

「マスコミが反日にな...

 いつ頃からですかね!NHKを含めたテレビ各局が面白くない・見るに値しないと思えるようになったのは・・・。以下、「ねずさんの ひとりごと」からのコピペです!



韓国のコンテナ船が、海自護衛艦に体当たりした事件が起きました。
追い越し禁止区域で無理な追い越しをした韓国の船が、護衛艦くらまに衝突した。
客観的にみれば、誰がどうみても韓国船に非があり、あえていうなら、韓国線が自衛艦に“突撃”したとしか思えないこの事件ですが、マスコミの放送は、意図的に韓国側の非をもみ消そうとするものとなっています。

また10月10日には、北朝鮮巡視船と、韓国巡視船が、互いに発砲しあい、死傷者が出るという朝鮮沖海戦が起こっていますが、このニュースはテレビでは、ほとんど放送さえされず、事実そのものが、日本国民には、いわば「なかったこと」にされています。

テレビ・ラジオなどの放送局は、局(会社)の発行する株主の15%以上が外国人となったときは、その事実を6カ月ごとに公告しなければならないことになっています。(放送法第52条、放送法施行規則第17条)
20%以上になったら、電波法によって放送免許が取り消しになるからです。

このことから放送法は、外国人が議決権の20%に近づいたとき、対抗策を3つ用意しています(放送法52条)。

(1) 外国人株主の氏名及び住所を株主名簿に記載する。
(2) または株主名簿への記録を拒む。
(3) 外国人の議決権行使を制限することができる。

つまり法律上は、外国人が20%超の議決権を有する株式を保有しても、それが即座に認可取り消しには結びつかないのですが、外国人が大株主または筆頭株主になるということは、当然ながら会社は、外国人株主による圧力を受けることになります。

ちなみに最近、番組偏向著しいフジテレビの平成21年9月30日時点での外国人株主による議決権の割合は、19.99%です。

さらにフジテレビは、外国人の保有株式のうち、株主名簿への記載拒否分が7.57%です。
外国人議決権は実は、20%をはるかに超えている。

もし外国人株主が「株主名簿未記載を拒否する」と言えばどうなるか。
その時点で、フジテレビは、テレビ局としての認可が取り消されます。

つまり、会社が消滅します。
社員も役員も全員が路頭に迷う。

恫喝といえば、これ以上の恫喝はありません。

そういえば、竹村健一も、滝川クリステルも、番組を降ろされた。
フジテレビは、目下、親韓路線一直線です。


日本テレビも、外国人等の議決権割合は、18.84%です。

その他、朝日放送が 17.33%、東京放送が 15.45%、テレビ朝日 15.11%です。

この外国人とは、いったい誰なのでしょうか。

表面に現れた外国人持ち株以外にも、すでに帰化した在日外国人による持ち株が相当量あると推察されます。

本来なら、株を持っている帰化日本人が、外国の法人又は団体に所属して いる事が明らかになれば、あるいは、明らかにすれば、その時点で電波法の欠格 事由に抵触し放送局に与えられた免許は、はく奪されるのですが、残念ながら現時点ではそこまでは明らかになっていない。

ただ最近のテレビ放送が、妙に親韓に偏っているように見受けられること、シナによる「日本解放第二期工作要領」には、「マスコミは、世論造成の不可欠の道具。マスコミを支配する集団の意思が世論を作り上げる。およそ政権を転覆しようとするものは、必ずまず世論を作り上げる」と書かれていること。
そのあたりが意図的な買収者を特定するヒントになりそうに思えます。

ちなみに米国では、エクソン・フロリオ条項により、外国企業による米国企業買収について「国家の安全保障を脅かす」と政府が判断されれば、どのような業種でも外国資本の買収を止めさせることができるとされています。

国が違うというのは、単に言語や顔立ちが異なるということではなくて、相互の歴史・伝統・文化が異なるということです。

何をもって正義となし、何をもって悪とするか、どういう人間関係を好ましいことと考え、どういう関係を卑劣と感じるか。そういうものがまるで異なる。

以前、犬種と人種という記事を書きましたが、日本人という、いわば狭い国土にひしめきあって暮らしている羊の群れの中に、一定割合のオオカミを招きいれること。オオカミは、どこまでいっても羊にはならない。

*関連画像:韓国の小中学校で行われている反日教育







Posted at 2012年11月29日 04時48分12秒  /  コメント( 0 )

寒い日は、鍋物がサイコ――...



 日ごとに秋が深まり、朝晩はめっきり冷え込むようになってきました。寒〜い現場を終えて、自宅に帰り着いた後の楽しみは、暖かく美味しい夕食を頂く事に無上の喜びを感じてしまいます。画像は私専用に妻が作ってくれた湯豆腐で、「湯豆腐に入れる豆腐は、箸で持ち上げられる位の硬さが美味い!」という私に対して、「湯豆腐専用の柔らかい絹ごしの豆腐の方が美味しい!」と湯豆腐に入れる豆腐に関して妻と意見の食い違いが発生。

 私以外の家族もその日夕食メニューは湯豆腐でしたが、少数意見の私の言い分も認められ固い豆腐の入った湯豆腐を1人前の土鍋で美味しく食することが出来ました〜!
ヾ(@⌒¬⌒@)ノ ウマヒィ







Posted at 2012年11月28日 16時34分45秒  /  コメント( 0 )

「やまと新聞を守れ!...

 「他の大手新聞社が自社の存続のために、GHQに迎合したGHQの気に入る記事だけを書くような姿勢に変化させる中で、断固GHQに対抗した≪やまと新聞≫はもはや取材も新聞の発行も、国会議事堂内だけでしか許されない・・・。」私も≪やまと新聞≫を購読しています。以下、「ねずさんの ひとりごと」からのコピペです!



上にある写真は、ヨーロッパのある王宮の写真ではありません。
実は、国会議事堂の衆議院の中庭です。

ここには一般の見学者は入れません。

どうして入れないところの写真があるかというと、実は、国会の<中>に記者室を持っている唯一の新聞社が、撮影してネットに掲載してくれたのです。
http://www.yamatopress.com/f/000341.php

戦後、GHQが国内の言論や思想統制のために、焚書や検閲を行ったことは、みなさんご存知のことと思います。

そのGHQの「呪縛」が現実に最近まで続いていて、ようやく平成20(2008)年になって解放された新聞社がある、といったら、「まさか・・・」と思われるでしょうか。


実は、あるのです。


国会における新聞社は、いまは国会の<外>に「記者クラブ」を持っています。
その「記者クラブ」に登録した新聞社の記者だけが、「記者クラブ」の発行する通行証を持って、国会議事堂内に入って取材できます。

しかし戦前には、「両院記者会」というものが国会議事堂に中にあって、そこに新聞各社の記者が詰めていました。

そして新聞社ごとに直接国会の模様を取材し、社としての意見を添えて、政治の報道をしていたのです。

ところが終戦後、GHQによって、その「両院記者会」が事実上、国会議事堂から追い出されます。

記者が国会の模様を自由に取材して報道するのではなく、記者の取材を「記者クラブ」が管理するようになった。
そして、記者クラブの管理人=つまりGHQの委託を受けた者によって検閲を受けた記事だけが、一般大衆へ報道されるようになったのです。

もし、言うことを聞かず、あくまで新聞社として独自に国会内での取材をし、自らの価値観に則って記事を書くというなら、一般民間人への報道はいっさい許可しない。
取材は国会議事堂内だけにせよ。
新聞紙の発行も、国会議事堂内だけに限定せよ。

それがGHQの命令です。

本来、新聞というものは、事実を事実として報道するだけでなく、それが記事になる時点で、必ず報道する側の意思が入ります。

たとえはわるいけれど、殺人があったとき、悲惨な殺人と書くか、当然の報いと書くか、政治家の写真を載せるとき、笑顔のいい顔の写真を使うか、苦り切った表情の写真を使うか。そこに自然と報道する側の意思がはいる。

ならば、報道は、自らの見識のもとに、是非善悪を、高い次元、高い道義をもって判断し、善なるものはこれを宣揚し、悪なるものはこれを糾弾して世論を喚起しなければならない。

それがジャーナリズムの基本でもあります。

実は、日本における新聞の歴史は古くて・・・識字率が高く、紙が普及していた日本では、ある意味当然と言えば当然のことなのですが・・・新聞の歴史は、徳川家康が大阪城を攻めた慶長19(1614)年の大阪冬の陣にさかのぼります。
なんとそのときの報道を行った「かわら版」が、いまでも現存している。

ちなみにヨーロッパでは、イギリスが新聞(清教徒革命(1660年)や名誉革命(1688年)を報道したものが、最初といわれています。日本最古のかわら版のほうが、50年近く古いですね。

かわら版は、江戸期を通じて、事実の報道だけでなく、文学、絵画、芸能に関するニュースを扱い、すでに幕末には「新聞」と名前を変えています。

慶応4(1868)年の江戸城開城のときには、幕臣であった福地源一郎が、江戸で「江湖新聞」を創刊し、創刊の翌月には彰義隊が上野のお山で敗れたときのことについて、報道している。

このときの一文・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ええじゃないか、とか明治維新というが、ただ政権が幕府から薩長(薩摩藩と長州藩)に変わっただけではないか。

ただ、幕府が倒れて薩長を中心とした幕府が生まれただけだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

この一文は、いまでもいろいろな歴史の本で紹介されています。

もっとも、これを書いた福地源一郎は、この一文を書いたことで明治新政府に睨まれ、投獄されたあげく、新聞も発禁処分にされている。

ジャーナリズムは戦いでもあったのです。

ちなみにこの福地源一郎は、明治8(1875)年1月14日の東京日日新聞の誌上で、「社会」という言葉に「ソサエチー」というルビをつけて紹介しています。
実は、これが「社会」という日本語が使われた最初です。

福地源一郎は、その後、明治10(1877)年には、西南戦争で田原坂の戦いなどを従軍記者として、現地から実況をレポートし、ジャーナリストとして大いに筆名を上げている。

さらに彼は、明治14(1881)年には、大日本帝国憲法の草案となる私擬憲法「国憲意見」を起草し、軍人勅諭の制定にも関与している。まさに明治を代表する文化人ともいえます。

その福地源一郎が、明治17(1884)年に、創刊したのが、≪やまと新聞≫です。

≪やまと新聞≫は、明治から大正にかけ、我が国新聞界の第一人者として、国内最大の発行部数を誇り、我が国の保守系言論と文化・芸術の担い手として、数々の文化人なども輩出しています。

その福地源一郎の新聞に対する理念=やまと新聞の創刊の理念は、上に書いた次のものです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

新聞は、単に事実の報道にとどまらず、是非善悪を、高い次元、高い道義をもって判断し、善なるものはこれを宣揚し、悪なるものはこれを糾弾して世論を喚起する

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

まさに、ジャーナリストとしての姿勢がここに明確に出ています。

≪やまと新聞≫は、大東亜戦争の戦時中頃には、発行部数では朝日・読売等、大衆化路線を進んだ新聞社に発行部数で水を開けられますが、我が国固有の伝統と文化を護るという明確な意思をもった硬派の新聞として、根強い人気を誇ります。



そして、終戦。


GHQは、新聞報道のまさに中心となるべき、国政に関して、完全な検閲体制をひきます。

そして、国会議事堂内にあった「両院記者会」から記者たちを追いだし、議事堂の外に、「記者クラブ」を設置します。

そして、記者クラブであらかじめ検閲を受けた記事だけが新聞社に持ちこまれ、記事として一般国民に知らされるようにした。

≪やまと新聞社≫は、ジャーナリストとして、GHQの政策に対し、これを敢然と拒否した。

GHQは、その≪やまと新聞≫に対し、

1) 当時の社長が書いた書籍を、全部ことごとく焚書処分にする、
2) ≪やまと新聞≫が国会議事堂内の「両院記者会」からあくまで粘るというなら、代わりに、新聞の発行も国会議事堂内以外にはいっさい認めない、
という厳しい処分を課します。

新聞社は、多くの庶民に買ってもらうことで、会社の経営がなりたちます。

他の大手新聞社が、社の存続のために、GHQに迎合した、GHQの気に入る記事だけを書くように社の姿勢を変化させる中で、断固GHQに対抗した≪やまと新聞≫は、もはや取材も、新聞の発行も、国会議事堂内だけでしか許されない。

そして発行部数は、国会議員とその秘書たちへのもの、わずか1000部にまで減少してしまう。

そうなると社の収入なんか、たかが知れています。

それでも≪やまと新聞社≫は、歯を食いしばって頑張ります。
貧乏にも耐えた。
社の理念を失うことは、生活が困窮するより辛かったのです。

いまから15年くら前まで、≪やまと新聞社≫が発行する新聞は、なんと一文字ずつ文字を差し込むタイプの写植機を使っています。

15年前といえば、平成7年頃です。
もはやワープロもパソコンも普及していた。

しかし≪やまと新聞社≫には、そんな便利なモノを買うだけの力がなかったのです。
だから昭和初期の写植機を大事に使い、わずか千部の新聞を、毎日印刷し発行していた。

ところが、いまから6年ほど前になると、いよいよ経営が厳しくなります。

やむなく≪やまと新聞≫は、新聞の発行間隔を月1部、さらには四半期に一部に切り替え、なんとかして生き残りを図ります。

そんな中、平成20(2008)年になって、そんな≪やまと新聞社≫の窮状を見かねた安倍元総理と、森喜朗先生が、いくらなんでも、もうそろそろGHQの課した制約から≪やまと新聞≫を解放してもよいでしょうと、≪やまと新聞社≫が、国会外で活動することを許可してくれた。

それでようやく、なんと戦後63年目にして、やっと≪やまと新聞≫は、国会議事堂の外での営業活動ができるようになったのです。

GHQは、昭和27(1952)年には、解散しています。
しかし日本人は約束事を守る国民です。
どんなに苦しくても、どんなにつらくても、あきらめず、粘り強く、ルールを守って戦い抜く。これが日本です。


そしていま、≪やまと新聞≫は、創業の精神を失うことなく、また、左傾化した記者クラブの圧力を受けることなく、議会から直接取材した情報を国民に届けてくれています。

最近では、ネットでの配信も行うようになりました。

≪やまと新聞社のホームページ≫
http://www.yamatopress.com/


いま、≪やまと新聞≫は、月わずか500円の購読費で、会員制で購読できるようになってます。

また、HPでは、会員限定の情報取得もできるようになっている。

HPをご覧いただくとわかるけれど、記事の内容は、非常に良心的です。

硬派に日本の良心を守りぬいた≪やまと新聞社≫、

ボクは、この話を聞いて、たいへんな感銘を受けました。
そして、昨日、すぐに、やまと新聞の会員になりました。

是非、わたしたち保守のみんなの力で守りぬいていきましょう!


≪やまと新聞≫の会員登録は↓コチラから行うことができます。
  ↓
http://www.yamatopress.com/mediabox/mem.html

ちなみに、やまと新聞社について、ウィキペディアを見ると、やまと新聞というのは、いまの東京スポーツ新聞であると書いてある。

日本の伝統的保守新聞に対し、こういう記述をして、これを貶めようとする。
ひどい話です。







Posted at 2012年11月28日 06時33分19秒  /  コメント( 0 )

足場仮設作業 『一般...



 本日から塗装工事に仕事に入らして頂いている現場では、塗装作業をするに当たって無くてはならない足場仮設作業から仕事を始めさせて頂きました。3人で丸一日掛けての足場仮設作業は何とか日が暮れる前に完了し、足場部材の片付けや現場内・車を駐車した道路等の掃き掃除を終わらせて現場を後にしました。日が短いですからね!休憩や昼休みを時間通りに取っていては終わる作業も終わらなくなって来ています。お疲れ様でした〜♪゚*。(b・∀・b)。*゚







Posted at 2012年11月27日 18時52分55秒  /  コメント( 0 )

「カナダの悲劇 中国移...

 「日本人は順法精神があり、その国のルールを守る反面、『政治はお上に任せればいい』という考えで参加しない。中国系はそうではない。やりたい放題やっておいて、自分たちがマジョリティになると、こんどは自分たちに都合のいいルールを決めて押し付ける。」以下、「ねずさんの ひとりごと」からのコピペです!


池袋チャイナタウンで出されている犬肉の前菜




以下は日心会MLからの引用です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【カナダの悲劇 中国移民に占拠されたバンクーバー】

【投稿者:Tさん】
正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3745.html#comment
超芸術と摩損
http://blog.goo.ne.jp/publicult/e/f4f0b0377e00cecb18f2d101716c8e20

かつて日本人商社マンに駐在希望地を聞けば必ずベストスリーに入ったカナダのバンクーバー。
温暖で風光明媚なこの土地が、中国人移民を受け入れたばかりに、大変なことに。

パンクーパー市に周辺都市リッチモンドやバーナビー市などを含めた地域は「グレーター・バンクーバー」と呼ばれる。人口は約二百十三万人。
そのうち約四十万人が中国系移民だ。

なかでもリッチモンド市は人口の半数かそれ以上を中国系が占めている。
すでに街の看板は中国語がメインで、英語の方が小さい。

元日系スーパー「ヤオハン」の買い物客や、フードコートで軽食を取る人たちの九九パーセントが中国系という有様だ。

ところが、五輪バブルが吹き荒れたこの数年は、「中華料理店が香港系から上海系、北京系に移りつつある」と言われ、中国大陸からの移民が幅を利かせている。

そして、彼らが来たことで、かつて商社マンの駐在希望地の上位に必ず入っていた、バンクーバーの街が大変貌を遂げた。

「交通事故が増えた」

そう顔をしかめるのは、三十年近くリッチモンドに暮らす日本人。最近起きた事件について話してくれた。

「中国で贈収賄の容疑をかけられ、大金を抱えてリッチモンドに逃げ込んできた中国人親子がいます。
ボンクラ息子はBMWを買ってもらい、同じような中国人の仲間と、夜中にカーレースをやり、途中で、警察官をひき殺してしまったんです。
これまで、平和で安全だった街が……と、住人らは少なからずショックを受けました」

中国系の移民たちは、免許証は賄賂を渡して買うものだと思っているから、交通ルールを覚えようとすらしないのだという。

「運転が荒いので、すぐ中国系だと分かる。急にUターンするからそれを阻止するため、大通りの真ん中に花壇ができたほどです」(地元住民)

ぶつけられでもしたら、もっと大変。

「一族郎党、現場にいなかった人間までが目撃者として警察に出頭し、まことしやかにウソ証言をする」(同前)

公営プールでも近年、シャワールームが大混雑するようになった。原因は中国系の「入浴」。

「石鹸、シャンプー&リンス、歯磨きセットを持参し、素っ裸のまま体をゴシゴシ荒い、歯をガシガシ磨くんです。

後ろに長蛇の列ができてもおかまいなし。白人系の人が、『いい加減にして!』と怒鳴っても、しらんぷりです」(バンクーバー在住の日本人)

トイレ問題も浮上。

あるビルのトイレに貼られたポスターは、便座の上に靴のまましゃがんで用を足しているイラストと、その上に大きなバッテン印が。

「中国人は洋式トイレで用が足せないらしく、便座の上にまたがってやるから、便座に靴跡が残るんです。さらに、水洗の習慣がないので、流さないから、トイレが異様に汚くなる」(ビル管理会社関係者)

 最近は、かつての「出稼ぎ」移民とは異なる、「投資移民」が目立つようになっている。とすれば一定の財産を持った富裕層も増えているはずだが、「衣食足って礼節を知る」とはいかないようだ。

ここ数年、偽造の紙幣やカードが使われる事件も多発し、偽札鑑定機を導入したともいう。

彼らの流入で、確かにカナダ経済は活性化した。特に不動産はバブルを引き起こし、〇二年から昨年末までの五年間は、カナダ有史以来の未曾有の上昇率を記録。平均二倍以上に跳ね上がっている。

しかし、副作用も大きかった。それは、街並みが変化し、汚くなったということだけではない。民主主義国家であるカナダでは、市民権を獲得しさえすれば、政治の世界にも口出しできるからだ。

バンクーバー島の南端、ビクトリア市の市長は中国系、リッチモンド市の地元有力議員も中国系で、国政にもかかわっている。

「中国語なまりのすごい英語でも、選挙に勝てる。数の論理に愕然とした」(白人系カナディアンを夫に持つ日本人女性)

また、某メーカーの日本人女性社長はこう警鐘を鳴らす。

「日本人は順法精神があり、その国のルールを守る反面、『政治はお上に任せればいい』という考えで参加しない。
中国系はそうではない。
やりたい放題やっておいて、自分たちがマジョリティになると、こんどは自分たちに都合のいいルールを決めて、押し付ける。
いまや人数も増えており、同じ利益に向かって団結するため、カナダ社会の影響力も増している」

そのいい例が、あるマンションのオーナー組合に起きた異変だ。

このマンションは毎月の共益費だけで千ドル(約十万円)を越える高級マンションで、もともと、白人系富裕層が主な住民だった。

「そこに中国系住民が入ってきたのですが、ゴミを踊り場に雑然と放り出したり、外からの美観を考えて、窓は白いカーテンかブラインドと決められていたのに、勝手に真っ赤なカーテンを下げたりして、組合で問題になっていました。

しかし、彼らは聞く耳を持たなかった。

それが、どんどん中国系住民が増えた結果、ある日、オーナー組合の過半数を抑えてしまい、マンションの内規を変えてしまったのです。

共益費はカット、それまでいた管理人もクビ。

たまりかねて、白人系の住民は出て行ってしまった」(前出・大手不動産仲介業者)


同じことが、政治レベルでも起きる可能性がある。

「中国系議員は、金持ち優遇政策を考えているだけ。
自分みたいな庶民には、だから関係ない」

こう語るのは、日本で映像カメラマンとして数年間働いた後に「パスポートを求め」てカナダへ移民した北京出身の中国人。

数の論理でムリを押し通す中国人のやり方は、一党独裁の中国にいたときには通用しなかったのに、民主主義の発達したカナダに来れば、まかり通ってしまう。

北京五輪と二〇一〇年の上海万博を無事に成功させてあげることで、中国が先進国の仲間入りを果たし、日本にとっても付き合いやすい相手になる――そんなノンキなことを主張していたメディアもあるが、それは、あまりにトンチンカンな願望ではないか。

中国人が豊かになればそれだけ、世界中に「新しい中国」が出来、数の論理とカネの力で災厄を振りまくだけなのである。中国人の世界規模の大暴走は始まったばかりだ。


日本でも、支那人旅行客は、温泉の浴場で尿や糞をしている。

また、日本においても、在日支那人は年々増加しており、それに伴って支那人による犯罪が急増している。

犯罪者収監率(2005年法務省発表・支那人犯罪者の人口比率で支那人は日本人の14倍)

日本人 1万人当たり  5人
朝鮮人 1万人当たり 34人
支那人 1万人当たり 76人


既に、支那人による犯罪が日本の治安を大きく悪化させているが、連中は大きな犯罪を犯すときには「ヒット・アンド・アウェイ」ですぐに日本を脱出するため、なかなか検挙できない。

日本における支那人犯罪者集団は組織化しているうえ、日本の暴力団とも手を組むようになっているので、益々厄介になっている。


また、元東京大学教授の酒井信彦先生は、支那人を「史上最悪の外来生物」といい、「チベットや東トルキスタンでは、大東亜戦争における日本人戦没者を遥かに上回る比率のチベット人やウイグル人が、支那人によって虐殺されている。

支那は、日本に対する精神侵略を完了し、人口侵略を本格化させ、日本民族を抹殺しようとしている」と警告している。

■新しい戦争。その名も「乗っ取り戦争」
●精神侵略→人口侵略→軍事侵略の流れについて
 民主主義では人口は武器

第一段階「工作員を送り込み、政府上層部の掌握。洗脳」
第二段階「宣伝。メディアの掌握。大衆の扇動。無意識の誘導」
第三段階「教育の掌握。国家意識の破壊。」
第四段階「抵抗意志の破壊。平和や人類愛をプロパガンダとして利用」
第五段階「教育や宣伝メディアなどを利用し自分で考える力を奪う。」
最終段階「国民が無抵抗で腑抜けになった時、大量植民。」

いま日本は、まさに「最終段階」に差し掛かろうとしている。


【「中国城」と呼ばれる東京池袋】

せと弘幸Blog『日本よ何処へ』
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52436223.html

支那人は勝手に入り込んで来て、自分たちの居住区を作ろうとしています。

そして一番始末が悪いのは昔からそこに住んでいた日本人に対して、ここにチャイナタウンを作るから邪魔なら出て行けと言わんばかりの態度を取ることです。

彼らは用意周到に動いています。

先ずは支那人や支那在留孤児の2世・3世でなる犯罪組織のチャイナマフィアを送り込み、犯罪多発地帯の暗黒社会の出現を狙っています。

地域住民に恐怖感を植え付け、そして追い出してそこに「中国城」を建設しようと動いているのです。このような悪辣なる支那人の野望を何としても粉砕しなければなりません。



投稿掲示板にも次のような書き込みがありました。

139 : Eさん(東京都):2010/02/15(月) 22:27:54.59

地元民からの情報提供

東京都豊島区池袋の実態。数字は嘘をつかないよ。もうすっかり池袋はというか、豊島区は犯罪の巣窟と化していて 日本人は逃げ出しているのさ。

変わりに中国人が大挙して押し寄せてきている。

とにか平日の日中でも中国人二人 組みで住宅街をぶらついて私道に入ったり家を覗きこんでいたりと大変なのさ。

池袋警察署は人権団体かなんかに目を付けられているのか、まともに取り締まってくれないし。交番は廃止にするし。

正規の外国人登録者数で、不法入国、不法滞在者はこの何倍もいるわけよ。
もうね、泣くよ夜は怖くて。

広報としま10月25日
 人口と世帯

・日本人区民人口 244580人(-23)
・外国人登録人口 18324人(+180)

広報としま11月25日
 人口と世帯
・日本人区民人口 244606人(+26)
・外国人登録人口 18685人(+361)


【投降者:Wさん 2010/02/18】
池袋駅の北口付近などは、本当に酷い状況ですね!!

出口階段の真ん中に、どデカイ荷物を置いて平気で話し込んでいるシナーなどが、しょっちゅう見られます。

「邪魔なんだよ!」と言っても。。。。。。

通じない!!!!!!!!

ミンスの奴ら、本当にこの状況判ってるのかよ!!!!!!

って、望んでるのか。。。。。。。。。


【投稿者:Tさん 2010/02/19】
15年以上もまえに、シアトルとバンクーバーに行きました。

中国人が「人種差別するな」のプラカードを持ったデモ。
差別 されて当然です。

とにかく、総てにわたって汚いの一言。

彼らが棲み付いた住宅街、商店街の汚さ。 中国人同士での妬み、内ゲバなどは日常茶飯事です。
なにしろ、他人を騙して生きていくのが彼らの生活ですから。

トロントも同じ状態でしょう。

私が住むテキサスでは、ヒュース トン、ダラス、サンアントニオ〜〜〜などなど。 

小さい時から、日本や欧米でそれなりの教育を受けてきた者は別格ですが、それ以外は絶望的です。

彼らの生態について、書き出したらきりがありません。 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こうした情報は、政府内部において、ポッポ総理にもちゃんと伝えられています。

ところが、ポッポ総理・・・

「ボクちゃん、そういうことね、聞きたくないのぉ」
と、まるで聞こうとしない・・・そうです。


かつて、「売国奴」という言葉は、日本国内において右寄り言葉であり、そういう「差別用語」は使ってはいけない、などと言われていた時期がありました。

しかし、あえて言います。

「日本国内に巣食う売国奴を許すな!」








Posted at 2012年11月27日 06時50分40秒  /  コメント( 0 )

「世界最強の天皇陛下...

 世界のどの国々を見渡しても、日本の皇室ほど途絶えること無く続いている国はありません。世界史上最長の歴史を誇る日本をもっと敬い・理解して、輝ける未来を次世代に・・・。以下、「ねずさんの ひとりごと」からのコピペです!

神武天皇東征の図


日本のご皇室は、世界最古の皇室です。
今日はそのことを書いてみようと思います。

ご皇室は今上陛下で第125代になります。
初代神武天皇が即位したのが紀元前660年年2月18日で、いまから2672年前のことです。
そして世界の諸王朝と異なり、日本のご皇室は125代が断絶することなく続いています。
これを万世一系といいます。

これについて、育鵬社の田中英道さんが、素晴らしい文を書いておられますので、まずこれをご紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【世界最古の君主国日本】田中英道

日本は世界史上最長の歴史を誇る王朝であり、皇室は今もなお凛と輝きを放っている。

初代の神武天皇が即位されたのが紀元前六六〇年。
以来二千六百年以上の間、神武天皇の男系の子孫が脈々と皇位を継承してきた。
これを「万世一系」という。
そして現在の天皇陛下は第百二十五代であらせられる。

神武天皇の即位によってヤマト王権が誕生し、それが後に大和王朝となり、現在の皇室に繋がる。
大和朝廷から現在の皇室までの間には、王朝交替を示す、考古学的事実、文化の断絶、文献資料などは認められず、一つの王朝が継続していることは疑う余地がない。

しかも、王朝だけでなく国家にも断絶は認められない。
確かに政治の仕組みは時代と共に変化してきた。

大和朝廷が成立してから間もなく、政治的実権は天皇の手を離れ、豪族が政権を担った。
平安時代後期には初の武家政権が誕生したことで朝廷から政治的実権が切り離され、それは幕末の大政奉還まで続き、明治維新に至る。
そして大日本帝国憲法発布によって我が国は立憲君主国となり、現在は日本国憲法の体制下にある。

しかし、それら統治機構の変更は「政体」の変更であって、天皇が君臨する状態、もしくは天皇と国民が目に目いない絆で結ばれた状態を示す「国体」は建国から一貫して変更はない。
よって、我が国は朝廷の歴史に断絶がないだけでなく、国家の歴史にも断絶はない。

大和朝廷と現在の日本国は同一なのである。
日本の皇室が世界史上最長の歴史を誇るだけでなく、我が国は現存する国家の中で、最古の国家ということになる。

現在でも正史である『日本書紀』を根拠に、神武天皇即位にちなんだ毎年二月十一日が「建国記念の日」とされている。
国家にとって建国の記念日は最も重要な日だが、日本は「建国記念の日」を『日本書紀』を根拠に設定している。

このことを重く受け止めるべきだろう。
日本人であれば、好むと好まざるとにかかわらず、正史『日本書紀』が建国の歴史をどのように書き記しているか、知っておくべきではないか。

初代天皇の即位によって我が国の歴史が始まった。
日本の歴史は天皇の歴史であり、また天皇の歴史は日本の歴史なのである。

ところが、「万世一系」、脈々と王朝が継承されることは容易ではなく、世界広しといえども、百代以上継承された王朝は日本をおいて他にない。
ヤマト王権が成立した年代については諸説あるが、『日本書紀』を根拠にすると二千六百年以上前、また最も短い説を採用してもおよそ千八百年前となる。

皇室の歴史は約二千年ととらえてよい。
次いで二番目に長い歴史を持つデンマーク王朝は千年余り、また三番目の英国王室は九百数十年の歴史であるから、比較すると日本の二千年がいかに長いかがわかるだろう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

古い王室といえば、戦後左翼がよく主張することに、エチオピア王室は日本の天皇より古い歴史を持つ、というものがあります。

なるほどエチオピアは、古代ソロモン王とシバの女王の子メネリク1世を始祖として、約3000年の歴史を持つ国家ですが、王統は途中何度も別な王統にとって代わられています。
つまりエチオピアでは、支那と同様に、様々な王室が立っています。ですからたとえば愛新覚羅家の大清帝国と今の中国共産党体制が何の血統もないのと同様、エチオピアにおいても、そこに三千年前からエチオピアという国があったのは事実だけれど、国王に血統の同一性はありません。

そもそもソロモン王とシバの女王の間に子がいたという説そのものに無理があるとさえいわれている。
さらにいえば、昭和50年に廃位したエチオピア王家の系図自体、近代になってから書かれたものであり、その信憑性はかなり疑わしとされています。

日本に次いで古いデンマーク王室は、西暦936年頃にいまの王朝が成立していますが、この王朝を開いたのがゴーム老王で、13世紀にはバルデマー二世が北欧のスエーデン、ノルウェーまでをも含む広大なエリアを平定しています。

ところが王室内部の紛争によって、広大なエリアを領土としたデンマーク王国は分裂し、スエーデン等の国々に別れます。
このためいまも続くノルウェー王室は、デンマーク王と同じ家系ですが、家系はデンマーク人であり、ノルウェー人とは民族が異なります。

またスエーデン王室は、デンマーク王の家系をフランス人が打ち破って開いた王朝で、こちらは西暦1523年から続く王朝となっていますが、それでもまだわずか23代を数える王朝です。

また多くの日本人におなじみの英国王室は、日本、デンマークに次いで世界で三番目に古い王室で、1066年に成立していますが、初代王のウイリアム一世はフランス人であって英国人ではありませせん。

要するに2672年の長きにわたり、血統を継続して来たのは日本の天皇だけであり、天皇は世界最古のご皇室である、ということです。

ローマ法王といえば、2000年の歴史を持つ、世界でもっとも権威ある存在のひとりです。
英国国王でさえ、ローマ法王には上座を譲ります。

ところが、そのローマ法王が唯一、自ら上座を譲るのが、日本の天皇です。
わたしたち日本人は、それだけすごい皇室のもとに生まれている。

ちなみに左翼系の教師や評論家は、陛下をまるで税金で養われている暇人のように宣伝するけれど、これも大きな間違いです。

陛下のご公務は、年間2000件にもおよび、その中には閣議決定書類への押捺、国会開会式へのご出席、認証官任命式、外国特命全権大使の信任状捧呈式、勲章親授式などの政治、行政関連のご公務に加え、年間400件を超える海外からの賓客との会見、2700年の伝統に育まれた各種宮中行事、さらには全国戦没者追悼式、日本学士院授賞式、日本芸術院授賞式、日本国際賞授賞式、国際生物学賞授賞式などといった式典へのご出席、国内各地への行幸、海外へのご訪問など、まさに超人的なハードスケジュールを、日々おこなしになられています。

そしてさらにもっと大切なことがあります。
それは、天皇は憲法によって規定された存在ではない、ということです。
ですから「天皇制」という言葉は、それ自体が誤りです。

なるほど天皇の行う国事行為は、法の定めるところによっています。
けれど天皇の存在は、その国法よりさらに高いところにある。
それが我が国の「国体」です。

古くは、鎌倉幕府も、室町幕府も、江戸幕府も、征夷大将軍職は天皇の認可によってはじめて国政を委ねられた存在となっています。
天皇が征夷大将軍に任命するまでは、源家も、足利家も、徳川家も、単なる軍閥にすぎません。

そして大日本帝国憲法が制定された明治国家においても、GHQ以降にはじめられた日本国憲法下の日本においても、政体は天皇の任命と認可によってはじめて機能するように出来ています。

日本という国は、開闢以来一貫して、ご皇室を国家の柱としてきた国なのです。

*関連画像:世界最強の天皇陛下







Posted at 2012年11月26日 11時31分00秒  /  コメント( 0 )

日本を、立て直せ!


 自由民主党千葉県第三選挙区支部長(千葉市緑区・市原市)松野ひろかず先生、応援しています!頑張ってください。o(*⌒O⌒)bふぁいとっ!!




人気ブログランキングへ



Posted at 2012年11月26日 11時05分51秒  /  コメント( 0 )

 1  2  3  4  5  | 次へ