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ブログ編 (被災地支援含む)

被災地での無料バザー 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

かみさんは、中国での年金手続のため、広州へ帰省中。自分は自宅の片づけでもしてのんびり過ごすはずだったのに、ボランティア仲間が無料バザーをするとの情報。のんびりなんかしてられない。すぐに「ママs ハートプロジェクトチーム」メンバーに仲間入り。さっそく、粥菜坊の店頭でも物資の募集を呼び掛けると、たくさんの方々が物資を持って来て下さいました。

今回のバザーは、個人4グループ(総勢8人)で開きましたが、バックには、そのような応援して下さる方々が大勢いて、大成功に終わったこと、先ずはご報告させて頂きます。そして、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。


道のあちこちに貼ってあった宣伝

今回のバザーを開いた場所は、南三陸町の歌津地区の名足で、粥菜坊が6月の炊き出し行脚で2日間炊き出しをした場所です。そして、そのあとも『被災地食事支援プログラム』で応援し続けた所でもあります。6月の当時は、被災から3カ月近く経って、やっと電気がつながった、やっと水道から水が出た(飲料や調理には不可)程度でした。行政からの支援もほとんどないうえ、町の商店は全滅で、多くの個人の支援者が必死に支えた場所です。その支援者20人ぐらいがいつの間にかネットでつながり、会った事もないのに力を合わせたのが今回のバザーでした。


瓦礫の片づけは随分進んだようです。

2011年8月8日(土)
前日7日の夜10時過ぎに相棒H君の家がある三軒茶屋を出発。東北道を北上するも、いつまでも車、車、車。そうだ、今週末は仙台の七夕まつりだ。一瞬、帰りの大渋滞が頭をよぎります。サービスエリアは夜中1時2時でも、駐車スペース探しにひと苦労。帰りの渋滞はどう避けよう…そんなことを考えながら、東北道を北上します。


夜中でもSAは車でいっぱい

三陸道から志津川へ出て、歌津に向かいますが、2か月前に比べ瓦礫はかなり片付いた様子。お店もちらほら、仮設の場所やら間借りの場所で始めているのを見かけます。


(左から)8月6日朝オープンの志津川のセブンイレブン。こんな食堂もちらほら。ファミリーマート歌津升沢店も普通のファミマと何ら変わりません。

そして、集合場所の地元の漁協に到着。今回のメンバーとは、ネットやメールでやりとりはあるものの、初顔合わせで「初めまして」とご挨拶。ちょっと歓談して休憩した後は、さっそく準備に取り掛かります。


強い日差しの中、ダンボールを開いて準備中。


(左から)タオル&食器箱ものコーナー、日用雑貨コーナー、衣類コーナー


(左から)食器ばらコーナー、食品コーナー、特選品コーナー


会長さん(左)と区長さん(右) 奥の軽トラの荷台、なんとメンバーの手作りなんです。
そして、この軽トラも名足に差し上げました。

いよいよ始まる前に腹ごしらえ。昼食は、もちろん粥菜坊の餃子でした。ビールなしが残念でなりません。



そして、人がぞくぞくぞくぞく…。始まる30分も前から並んでるぞ〜。そして、ほぼ準備終了して、「どうぞ、順番に進んで下さ〜い。」となりました。



並べるのに4時間、なくなるのに30分。皆さんマナーを守って、規則正しく流れましたが、何ともすごい勢いでした。大きな袋を持ってくる人、軽トラックにおっちらおっちら運ぶ人、迷いまくって選べない人、いろんな人がいました。たくさんの笑顔が見れて、充実感いっぱいのバザーでした。


(左から)バザー品ほぼなくなりました。最後にメンバーを含め集合写真。

注目!!
さて、嬉しいことに、今回のバザーを最後に「これからは自分達でやってみる」との申し出を区長様より頂きました。ものすごく、ものすごく嬉しいことです。今までボランティアサイトに物資を募集して、個人からの支援に頼らざるを得なかった名足ですが、数日前やっと飲める水が水道から出るようになり、行商もちらほら始まって、頑張れそうだという気になったのでしょう。震災前の状況にはまだまだ程遠いものの、今後は支援者も少し離れたところから見守ることになります。多くの人たちの協力により、一つの村でこうした実を結んだ、とてもすばらしいモデルケースといえるのではないでしょうか。

ひと区切りに、区長さんも嬉しかったようです。夜には、私達8名をご自宅に招いて下さり、気仙沼に車を走らせて買ってきた刺身を御馳走してくれました。刺身は、今まで食べたことがないほどの美味しさで、特別な特別な乾杯になりました。めかぶで餃子を作ってみてだの、何々を送るから、中華で料理してみてだの、区長さんかなり上機嫌。将来、名足の海鮮物と粥菜坊のコラボ…あるかもしれません。粥菜坊の新しい夢、ここに誕生です。



TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年08月09日 23時41分56秒  /  コメント( 0 )

【緊急大募集】 被災地無料バザー品提供のお願い 

8月初旬、宮城県南三陸町で無料バザーを開くため、バザー品の提供を募集します。

避難所にいた人達、近隣に身を寄せていた人達の仮設住宅への入居がどんどん始まっています。津波で全てを失った人たちが、今、日常品を必要としているため、無料バザーを開きに8月初めに南三陸町に行きます。もらったけど自宅で眠っている物、サイズが合わなくて着てない衣類などなど、当店にお持ち頂けたら助かります。7月末まで募集します。よろしくお願いします。

募集品の目安:

<保存食となるもの>
レトルト、カレーやシチュウのルー、乾物、缶詰、ふりかけ 
(調味料)しょうゆ、砂糖、塩・こしょう、サラダ油、めんつゆ、みりん、料理酒、スープの素、コンソメ、チューブわさび・からし・しょうが       
焼肉のたれ、天ぷら粉、乾麺(そば・うどん・そうめん・スパゲッティ)、麦茶パック、日本茶・コーヒーなど、大人用のお菓子

<日用品>
<衛生用品> シャンプー(詰め替え用)、リンス(詰め替え用)、石鹸、歯磨き粉
<台所用品> サランラップ、アルミホイル、ゴミ袋(45L)、食器洗い洗剤
<その他> 洗濯洗剤、靴下(新品)、除湿剤、夏服(Tシャツ類)新品・新中古、エプロン(新品)、傘、スニーカー(新品・新中古)、ドライヤー、アイロン、サンダル、扇風機、空気清浄機、タオルケット、タオル、シーツ類
<虫対策用品> 網戸の虫コナーズ、ハエ取りのグッズ、蚊取り線香、吊るすだけのバポナ、虫コナーズのような物、ハエ取りリボン、蚊帳
<夏対策品> ひんやり枕、首に巻くと涼しいひんやりベルト

Posted at 2011年07月24日 23時40分01秒  /  コメント( 4 )

なんとなく忙しい日々 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

本格的な夏になって、徐々に時間をもてあますスローな時期のはずですが、今年はなんとなく忙しい。

2011年7月12日(火)

東急沿線のケーブル・テレビ、イッツ・コムさんの『地モトTV おかえり!』という番組の取材を受けました。番組の中で、「ココ コレ!」というコーナーで2分半ぐらい、写真を交えながら当店が紹介されるそうです。放送日は、7月28日(木)17:00〜(再放送 19:00〜、21:00〜)ですので、加入者の方、是非ご覧ください。



2011年7月7日(木)

フジサンケイグループが出しているOL向け情報誌『シティ・リビング』さんが取材にやってきました。「オトナの電車旅」というページで当店を紹介するそうです。ところが、ちょっとしたハプニング。お粥の写真を撮りに来たはずが、カメラが御機嫌ななめ。粥菜坊のカメラをお貸しして事なきをえましたが、立派なカメラだったのでもっと良い写真が撮れたはずだった…のに、残念。「朝鮮人参粥」と粥菜坊の人気もの「豚肉腸粉」が紹介されます。


(左から)朝鮮人参粥、豚肉腸粉

2011年7月6日(水)

NHKさんから南三陸で炊き出しした時のDVDが送られてきました。その日のニュース、『てれまさむね』という番組で報道されたのに、自分では見損なったので、お願いしておいたものです。改めて、映像を見ると熱そう。そういえば、結構日焼けしたっけ。作っている時は、無我夢中で熱いのも気にならなかったのかも。いい記念となりました。


右のブルーのTシャツが私、粥菜坊パパ

2011年7月4日(月)

月に一度開いている広東料理教室。左の写真、今日はたこ焼き・・・ではなく、これ厚揚げなんです。豆腐の部分を残しながらくり抜いて、肉を詰めてあんかけに。真ん中の写真は、れんこんの漬け豆腐(腐乳)炒め。これ、作るのめちゃくちゃ簡単そうです。腐乳というのは、沖縄の豆腐ようみたいなもので、今日は料理に使いましたが、そのままビールのつまみによし、ご飯に乗せてもよしです。初めは見た目でとっつき難いかもしれません。が、是非トライをおすすめする調味料です。そして、右の写真は中国のり。日本のようにそのまま食べることはしませんが、スープに入れると、プリプリした食感があって、食べ応えあり豊かな味わいありの食材になります。



2011年7月3日(日)

国際交流センターのインター・ナショナルフェスティバルに出店しました。国際交流がテーマなので、粥菜坊も毎年参加しております。日本人だけでなく、日本に住む多くの外国の方が様々なイベントで盛り上げます。音楽あり、踊りあり、買い物ありと、今年もとても楽しそうでした。それにしても、バカ熱い一日。でも、雨が降らなくてよかったぁ。


オープニング前にフロンタ君と記念撮影

2011年6月29日(水)

川崎国際交流センターが季刊紙『signal』に「日本で活躍する外国人」というコーナーがあります。そのコーナーにかみさんを掲載したいということで、取材を受けました。国際交流センターとはもう8年ぐらいのお付き合いでもあり、簡単にいいですよと答えたものの、過去の掲載を見ると、映画監督であったり、楽器演奏者やフロンターレ選手といった広く活躍されている方々。うちみたいなローカルな一飲食店が載っていいものだろうか?と取材を受けて見ると、なるほど、災害関係の活動のお話が中心でした。この話になると、私達も熱が入ります。自然、粥菜坊の『被災地食事支援プログラム』を宣伝してしまいました。発行は、秋になります。


インタビュー中

Posted at 2011年07月16日 04時30分34秒  /  コメント( 0 )

FM横浜に生出演! 【粥菜坊パパのフロク】

2011年6月28日(火)

FM横浜、平日13−17時に放送されている『E-ne!〜good for you 〜』という番組に出演しました。15:40〜のホズミングという穂積ユタカさんがレポートしているコーナーです。わずか5分間という短い時間ですが、生放送。それなりに緊張しました。

内容は、7月3日に開催されるインターナショナル・フェスティバルに先立って、その仕込み場面をレポートするというもの。穂積レポーターは入店するや、テンションを上げるための雄たけび。そして、インタビューに入って行きます。出店で出す全9品を紹介した後、中華ちまきの仕込みを実際にしながら、中に入る食材や作り方を紹介。そして、準備しておいた蓮根春巻を穂積レポーターが、マイクに向けてぱくつきます。パリパリサクサク、パリパリサクサク・・・かなり美味しそうな音が、電波を伝わって流れたのではないでしょうか?

驚いたのは、実際使用したのはマイクではなく、普通の携帯電話ということ。携帯電話を渡し合いながらの中継でした。音声が途切れることはないのだろうか? 聞いてみると、めったにそんなことはないそうです。万一に備えて、もう一本用意しているそうですが、まず使わないとのこと。あらかじめ電波状況が悪い時や絶対に失敗が許されない時は、固定電話や公衆電話を使うこともあるそうです。


生放送中。なんとマイクは携帯電話です。

以前、FMかわさきで一時間の生放送に出演した時があります。その時も思いましたが、パーソナリティやレポーターの方は実に上手。番組中、出演者に全く不安を感じさせず、むしろ楽しませてくれます。そして、時間を見ながら、ぴったり収めるのはさすがプロ。それも、平然と余裕でやってのけるから驚きです。今日も楽しい経験をさせて頂きました。

Posted at 2011年06月29日 07時18分37秒  /  コメント( 4 )

横浜中華街食材探検ツアー 【粥菜坊パパのフロク】

2011年6月27日(月)

料理教室の生徒さん達と16名で、横浜中華街を歩きました。食材探検は今回で約5年ぶり3回目です。“食材探検ツアー”と命名している通り、食材店にどどっと入っていって、うちのかみさんがいろんな品を説明していきます。これは粥菜坊で使っているビーフンで他とはここが違うとか、前回の料理教室で使った笹の葉はここで買えるとか、腐乳はこういうポイントで選ぶとよいとか…。漢方を結構置いてある食材店もあるので、効能や飲み方を教えたりもします。決して、日本人一人では入れないような、地下にある物産店にも案内したりして。かみさんの説明を聞いているだけでも楽しいですが、皆さんの手荷物もどんどん溜まっているようでした。

何店か歩いて行くと気が付きますが、全く同じ品物でもお店で値段が随分違います。ものによっては、2倍3倍も違うのです。これには、皆さんビックリです。

途中で、ランチタイム。中華街の中でも、数少ない私達夫婦がお気に入りのお店、大珍楼さんに皆をご案内。食べ放題を選びますが、他店の食べ放題とは相当違います。伝統的な広東料理の作り方がされていて、かみさんはここのレストランだと広州に戻った気になるそうです。私は生ビールを3杯も飲んで、美味しい料理を腹いっぱい食べて、皆さんとの会話もはずんで、久しぶりに中華街を楽しみました。ごちそうさまでした〜。


(左から)店内で中華食材を説明中。皆さんで“ハイ、茄子(チエズ)”

Posted at 2011年06月29日 01時13分01秒  /  コメント( 0 )

NHKドキュメンタリー撮影進行中 【粥菜坊パパのフロク】

2011年6月25日(土)

6月8日の炊き出し場面に続き、NHKの方とCCTVの方が粥菜坊の店舗へ取材に来られました。かみさんへのインタビューが主目的ですが、なんと発動したばかりの『被災地食事支援プログラム』にも関心が向けられ、粥菜坊パパにもマイクが向けられることに。

促されるまま、カメラの前でプログラムを紹介しましたが、突然のことで、何をしゃべったか覚えていません。ずいぶん時間を取って頂けて、長々と説明してしまったような…。予期せぬ出来事に、せっかくのチャンスでありながら、ただの紹介に終わってあまり宣伝風ではなかった気がします。こういえば良かった、ああ言えば良かった、とちょっと後悔。NHKさんで、スーパーを入れるなりして、全国から支援の注文が入るよう導いてくれたらいいなぁ。


(左から)かみさんへのインタビュー、パパが『被災地食事支援プログラム』を紹介。
ともにカメラの前でだいぶ緊張しています。

さて、現在作成中のこのドキュメンタリー、8月に中国、9月に日本で放送される予定です。その際は、お知らせしますので、皆さん是非ご覧下さい。

Posted at 2011年06月26日 08時11分40秒  /  コメント( 2 )

宮城炊き出し行脚 (9)帰京&総括編 【粥菜坊パパのフロク】

2011年6月25日(土)

ここまでの経過は各編をクリック >(1)準備編 (2)出発編 (3)南三陸町歌津編
(4)NHK報道裏話編 (5)南三陸町歌津編2 (6)中休み編 (7)牡鹿半島鮎川編 (8)石巻市内編

●行脚七日目 6月13日(月) 川崎の自宅へ

炊き出しの全日程が終了し、片づけをして、神様が宿るキャンプ場を後にします。管理人さんには本当お世話になりました。また、いつの日か来たいキャンプ場です。自宅に送る荷物はないものの、車の中は未だ荷物でいっぱいです。


帰りも荷物だらけでした

高速に入る前に、残った未開封のお米10キロ、スパゲティ20キロ等、食材計40キロを歌津の会長さん宛てに送りました。それでも、まだ車の中は荷物でいっぱいです。

さて、三陸自動車道を使って、仙台を通過、東北自動車道で帰りますが、三陸自動車を使う方がいたら要注意です。まだまだでこぼこなのも、もちろん注意ですが、東北自動車道に入るまでパーキングやサービスエリアがありません。三陸道に入る前にトイレに行っておいて下さい。結構、厳しいものがありました。

◆総括◆

言葉になかなか表せないほど充実した一週間で、たくさんの人に食べて頂いた分、たくさんの笑顔を見ることができました。これも、周りの皆さんのおかげです。

日頃から粥菜坊を応援して下さるたくさんのお客さん、一週間息子の面倒をみてくれた友人夫妻、息子の呼びかけでメッセージを書いてくれた上丸子小学校6年生の皆さん、呼びかけに応じて薬を持ち寄ってくれたお客さん、炊き出しに導いてくれた人たち、粥菜坊の炊き出しを食べて下さった人たち、そしてうさちゃん・りささん、うさちゃんを一週間も貸し出してくれた旦那さん。。。
周りの皆様にいっぱいいっぱいの感謝です。ありがとうございました。

そして、今回はたくさんの写真を撮って来て、たくさんの出来ごと・思ったことを9回にもわたって綴りました。一生懸命綴りました。4月に福島へ行った時には、写真を撮ることも気が引けたし、たくさんの思いも心に封じ込めたのに。今回こうした変化があるのは、情報発信を一生懸命している人達のおかげで、自分が少しでも現地の役に立てたかなと思うからです。だから、自分も情報を大いに発信することで、他の人も現地に役立つことができるかもしれません。現地が前に進めるなら、という思いで今回は一生懸命綴りました。

また、実感した心配ごととして、現地の復興がいつになるんだということです。人影があっちこっちで見られ、着実に一歩一歩進んでいるという印象の所もあれば、被災面積に比べ見える人影があまりに乏しく、まだまだの所もあります。大きな復興格差があるのです。今後、メディアでは、復興場面が多く報じられ、見る側の人も安心していくでしょう。だから、余計に心配です。。。復興の後手になる地域の方の生活が、そして健康状態が。

だから、炊き出しを単発で終了させたくありません。何としても、次に繋げたい。現地の連絡先はあるんだし…。そして、一生懸命考えました。アドバイスをくれた方もいました。そして、組み立てたのが、被災地食事支援プログラムです。

店頭でも、ホームページのオンラインショップでも、ご注文頂けます。是非、粥菜坊の『被災地食事支援プログラム』よろしくお願い申し上げます。


◆余談◆
南三陸からの帰途、たまたまこんな看板を見つけました。


“今波に乗る”ホテル観洋

洒落にならない。カメラに収めたものの、不謹慎と思い、ブログに載せるのは控えました。津波で壊滅したものと思い込んでいたからです。ところが、ひょんなことからこのホテル、頑張っていることが分かりました。きっと、遠くに見えたあの丘の上で電気がたくさん灯っていた大きな建物だ。ホテルだったんだ…。

なんか、すごい嬉しくなってしまいました。どんな営業の仕方かは調べ不足ですが、HPをみると、上水道がまだだけど、少しずつ復旧しているとあり、営業している模様。レストランも営業しているようです。是非、頑張って復興を引っ張る役割を担って頂きたいと思います。いつか、宿泊に行ってみたいです。


(完)

Posted at 2011年06月25日 07時32分41秒  /  コメント( 0 )

『横浜ウォーカー』の餃子特集

2011年6月24日(金)

7月19日発売の『横浜ウォーカー』に粥菜坊の餃子が掲載されます。今までも雑誌の取材をそこそこ受けてきましたが、餃子にスポットがあてられることは始めてです。雑誌側にとっては、お粥のお店なので、お粥を取材したいからですが、餃子も他店とは全然違うので取材があってもいいのになぁとは思っていました。種類もあるし、1個から注文できるし・・・。ということで、待望の餃子特集に登場の予定です。

餃子の餡の食材を切っている場面から焼く場面まで、作業の流れを切る・練る・包む・焼くで4カットを撮影していきました。また、焼きあがりの餃子の断面も、セロリの餃子、にんじんの餃子、おくらの餃子と3種類撮っていきました。紙面はどのようにできあがるのだろうか?ちょっと気になるし、完成が楽しみです。


カメラマンさん撮影中です

Posted at 2011年06月25日 06時28分17秒  /  コメント( 0 )

宮城炊き出し行脚 (8)石巻市内編 【粥菜坊パパのフロク】

2011年6月22日(水)

ここまでの経過は各編をクリック >(1)準備編 (2)出発編 (3)南三陸町歌津編
(4)NHK報道裏話編 (5)南三陸町歌津編2 (6)中休み編 (7)牡鹿半島鮎川編

●行脚六日目 6月12日(日) 石巻市内釜小学校へ

いよいよ炊き出し最終日です。この日の釜小学校では水も出るというし、メニューは粉皮(フンピー)一品なので、荷物は比較的少なめ。運ぶ寸胴鍋も一つあれば大丈夫。



前日、石巻市内をぐるぐる廻って、釜小学校も下見をしておいたので、楽勝に到着。石巻市内は、被災後3カ月に合わせ、あちこちでお葬式の案内板は見るし、大規模な合同葬儀も行われていました。私の知人も親戚が石巻で被災し、合同葬儀に参加するため、石巻に来ていました(会えなかったけど)。その知人の親戚という方は20歳の娘さんで、他の家族5人全員亡くされたそうです。辛い事情な上に、いっぺんに5人となると戒名だけでも莫大な金額だそうで、こんな時ぐらい、お坊さんも何とかしてあげられないものだろうか?と思ってしまいます。

さて、この日の炊き出しは、釜小学校に避難している約100名+外部100名への慰安のイベントに便乗させて頂くもの。吉本興業の芸人さん(5GAPさん、ネゴシックスさん、鉄拳さん)が来られ、皆さんを楽しませていました。



イベントを横目に、炊き出しの準備も着々と進み、12時に合わせ用意ができます。しばらくすると、中国国営の中国新聞社東京支局長の孫さんが現れ、インタビューを受けます。その際の模様は、中新綱のテレビチャンネルで見ることができます。


(左から)炊き出し準備中、インタビューワーが写真撮影、中華スープ粉皮(フンピー)

そこそこ終わりが見えてきた頃、他の100人ほどの避難者がいる中学校から緊急要請が…。ええぃ、最後だ行っちゃえ。ばたばたと片付け、次の場所でどたどたと用意します。最後に、炊き出しの梯子のおまけが付くとは。


炊き出しの梯子となりました

そして、遂にやりました。順調に炊き出しの全日程終了。全身、充実感でいっぱいです。今夜は飲むぞぉ〜、と日本酒を買い込み、夕食はすっかり病みつきになった油ふのお鍋で乾杯!


(左から)連日プロパンを部屋に持ち込んでのお鍋、病みつきになった油ふ

知らぬ間に心地よい眠りに着いていました。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年06月23日 06時47分58秒  /  コメント( 0 )

宮城炊き出し行脚 (7)牡鹿半島鮎川編 【粥菜坊パパのフロク】

2011年6月22日(水)

前編シリーズは各編をクリック >(1)準備編 (2)出発編 (3)南三陸町歌津編
(4)NHK報道裏話編 (5)南三陸町歌津編2 (6)中休み編

●行脚五日目 6月11日(土) 牡鹿半島鮎川浜へ

起床朝4時半。眠い目をこすりながら、5時には出発。管理人さんはこんな時間でも、ちゃんと「いってらっしゃい」と外に出て見送ってくれます。



登米から鮎川は、三陸自動車道を南下し、石巻を通過して牡鹿半島に入って行きます。が、三陸自動車道がかなりガタガタ。減速表示が次から次へと出てきます。段差があると、運転手は覚悟ができますが、後ろの席の人は悲惨。狭いところで足を畳んで座っているうえ、車がぼッこんと跳ねて、あちこちに頭をぶつけます。(うさちゃん、りささん、ごめんなさいでした)

石巻も渋滞前に無事通過、順調に半島に入ります。半島の景色は、瓦礫いっぱいの浜を過ぎると、山に入り、また瓦礫いっぱいの浜が出てくる、その繰り返しです。半島先端近くの鮎川浜に着いたのは、朝7時すぎでした。


鮎川浜と炊き出しをした牡鹿公民館

朝7時でも、お粥を作るとなるとぎりぎりの時間。お昼の12時に合わせ、急いで準備にかかります。準備をしていると、ボランティア・チームをまとめている遠藤太一さんが見え、挨拶を交わします。今日のメニューは、歌津二日目と同じで、広東粥と中華あんかけスパゲティです。



さて、牡鹿公民館は、ボランティアの人たちの拠点となっているようで、被災者が避難しているわけではありません。タイルや壁紙ははがされ、コンクリむき出しの廃墟って感じですが、ボランティアの人たちはここに集まり、リーダーさんの指示を受け、その日の作業に散っていきます。


(左から)ボランティアさんたちが集合、牡鹿公民館内部、壁には多くの応援


遺体安置所にもなっていました

ここのボランティアの人たち素晴らしいです!特筆すべきは、“0円フリーマーケット”という支援で集まった衣服がブティックのように並べられた部屋。被災者の方は、気軽に立ち寄って必要なものを選んで持ち帰れようになっています。支援品が集まっても、全員に公平に配布できないからという理由で倉庫に眠らせている所が多くあると耳にする中で、なんと合理的なのでしょう。


ブティックさながら“0円フリーマーケット”

そして、もうひとつ。その隣りの“遺失物展示会”と称して、収集物が陳列されている部屋。この部屋は入った途端、涙が溢れ出てきます。だって、拾われた写真や遺品が大切に綺麗にされて、拾われた浜別に陳列されているんです。ここのボランティアの方の素晴らしさも胸にじ〜んと来ます。もう、涙をこらえようなんて気もさらさらなくなる部屋です。


“遺失物展示会”

そうこうしているうち、12時もせまり、食事も準備OKです。ここも、避難所ではないので、お弁当形式。お持ち帰りできるように用意します。外には待ちわびた人の驚くほど長い行列ができていて、どどっと入ってきたので、ちょっとビックリ。


長い行列も、てきぱきとこなします


(左から)てきぱきてきぱきと配布中。これが1セットです。ボランティアさんにも配りました

この日も無事300食終了。今日の炊き出しはお昼ごはん用だったので、終了はまだまだ早めの時間。帰りは、石巻市内で次の日の現場を下見。ヨークベニマルに立ち寄って、買い物して、三陸自動車道をキャンプ場へ戻ります。さて、いよいよ明日が最後。気を抜かずに頑張ります。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年06月23日 06時47分35秒  /  コメント( 0 )

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