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粥菜坊パパのよろずのフロク

明けましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
新年は伊豆高原で過ごし、朝早く起きて大室山から初日の出も見てきました。
感動的でした。

今年もよろしくお願いいたします。新年の営業開始は8日(木)となります。

Posted at 2015年01月04日 08時59分11秒  /  コメント( 0 )

BS-TBS でわかめ餃子が取材されました【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2014年3月30日(日) 

朝10時、BS-TBSの東北3県物語HIKARI という1時間番組で、"わかめ餃子"が10分にわたり紹介されました。石巻市十三浜の漁師西條さんがチャレンジしている餃子で、粥菜坊が復興の一助にならないかと作り方を伝えた餃子です。今では石巻市の給食でも出されていて、評判は上々のようです。西條さんの頑張っている姿に感動しました。マルイチ西條水産の"わかめ餃子"、楽天にも出店しています。興味ある方、是非お取り寄せをお願いします。(http://www.rakuten.co.jp/wakamegyouzashop/)

Posted at 2014年06月01日 08時29分30秒  /  コメント( 0 )

小学校の街中探検【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2014年2月26日(水) 

今年も近隣の小学生達がお店にやって来ました。町中探検をする授業があって、グループに分かれて商店街を巡るようです。事前に学校の先生から訪問お願いの電話があり、毎年協力させて頂いています。子どもたちは事前に質問を準備していて、ちょっと恥ずかしがりながら質問を繰り出してきます。そうだ、今まで質問を受けるだけだったけど、来年から逆に質問するのもいいかもしれない。よし、やってみよう!

Posted at 2014年06月01日 08時13分32秒  /  コメント( 0 )

お台場のスーパーマーケット・トレードショウ【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2014年2月12日(水) 

お台場で開かれているスーパーマーケット・トレードショーに行ってきました。お目当ては、地方からのこだわり物産。お店を臨時休業してまで来る目的は、滅多に探し出せない優良な食材を見つけ出すこと。そして、いろんな新しい料理の発想を巡らせることです。生産者と直接お話しできるし、サンプルもいっぱいもらえるので、実験もたくさんできるんです。実は、こうした時間が、粥菜坊が他店には無い料理がいっぱいあるひとつの理由です。


写真:2年前からお世話になっている卵の生産者のかたのブース。楊枝を何本刺しても立つ、栄養や水にこだわって鶏を育てている愛知県の方です。

Posted at 2014年06月01日 08時06分06秒  /  コメント( 0 )

明けましておめでとうございます。

2014年1月1日(水)

明けましておめでとうございます。皆様にとって、素敵な一年になりますように。

今年もよろしくお願い申し上げます。

(3日より中国へ帰省しているため、新年は15日(水)からの営業となります。)


写真: 小杉の地元スーパー大野屋さんの"川崎のおせちオードブル"。小杉近辺にある9つのお店の味が一度に楽しめる楽しいおせちです。粥菜坊が担当した一角は、写真左上に写っている焼売と蒸し鶏です。

Posted at 2014年06月01日 07時52分34秒  /  コメント( 0 )

国際交流センターのイベントで講話をしました【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2013年12月14日(土) 

今日は、川崎市国際交流センターのイベントに参加しています。会場の後ろでは中国茶・中華菓子を振る舞い、壇上では異文化経験やどうやって海外を渡り歩いたかのお話し、お粥のお店を開いたいきさつなんかをお話ししました。


(左から) 異文化経験について講話中。中国茶と中華菓子を振る舞いました。お出しした中華菓子。

Posted at 2014年06月01日 07時49分49秒  /  コメント( 0 )

料理の神様への御詣り【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2013年12月2日(月) 

日本で唯一、南房総にある料理の神様を祀る高家(たかべ)神社に行って来ました。毎年、手を触れず包丁と箸だけで魚をさばく平安時代の宮中行事「庖丁式」が行われ、多くの料理関係者が訪れる神社です。その舞台に襖絵を奉納した、画家で千葉在住の村主先生が案内してくれました。この村主先生、毎週粥菜坊に来てくれるお客さんなんです。「太陽の塔」の顔の部分を実際に彫刻した彫刻家でもあります。やっと料理の神様へのお参りできた素晴らしい一日でした。


写真: 手前は庖丁式で魚をさばくまな板、奥の襖絵を描いたのが左の村主先生です。

Posted at 2014年06月01日 07時48分46秒  /  コメント( 0 )

東北応援の旅 (2)被災地の今【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2013年11月18日(月)〜19日(火) 

今年も東北の応援のために4度足を運びました。震災から2年半、被災地が今どうなっているのか、今年の訪問をもとに短くまとめてみました。

(1)各地で瓦礫はほぼ撤去され、比較的大きな都市ではかさ上げのための土砂がほうぼうで積まれています。多くの工事車輌が目に入り、工事が急ピッチで進められているようです。

(左から)2013年11月岩手県釜石市:手前がかさあげ前、むこうがかさあげ後と思われます。2013年8月宮城県南三陸町志津川:あっちこっちで、かさあげのための土砂が積まれています。2013年11月岩手県山田町:沿岸部では湾岸工事もほうぼうで見られます。

工事が進んでいるとはいえ、範囲があまりに広大で、全体で見ると工事車輌もポツリポツリと見えるだけ。途方もなく長い道が待っている感じも否めません。

(2)一方で、まだ何も進んでいない場所も多くあります。仮設住宅・商店街の貸出期限も迫って、住民の方々の苦悩や不安も続いています。

(左から)2013年11月岩手県大槌町:まだ解体されていない、廃墟となった建物もちらほら残っています。2013年11月宮城県石巻市:甚大な被害があった石巻門脇地区。やっと瓦礫がなくなりました。2012年8月南三陸町歌津名足:現在、左の建物は撤去されましたが、それ以外何も進んでいない小さな漁村。


(左から)2011年10月南三陸町仮設住宅:支援活動を通じて知り合った中国人女性。今でもよく連絡を取り合っています。2013年11月牡鹿半島鮎川浜:建築予定の防潮堤高さ6mを示す表示。県の強引な計画に住民が反発している地域も少なからずあります。2013年5月保養ピクニックにて:福島の人同士でも、放射能を気にする人と気にしない人との間に軋轢が生じていて大きなストレスになっています。

(3)震災後に残った建築物は、残すか取り去るか住民の賛否両論があり、難しい選択がありました。

●宮城県気仙沼市鹿折地区に打ち上げられた大型船 「共徳丸」
 (2013年8月撮影)解体か否か、紆余曲折を経て2013年10月遂に解体されました。





●宮城県南三陸町志津川 「防災センター」
 (2012年8月撮影)町職員42人が犠牲となった庁舎。最後まで避難誘導の放送を叫び続けた女性職員の話は特に有名。
この庁舎も、紆余曲折を経て年内解体が決定していましたが、現在また凍結されています。



●岩手県陸前高田市 「奇跡の一本松」
 (2013年8月撮影)津波に耐え、松原の中で一本だけ生き残った松。多くの人の願いも虚しく、生き残ることはできませんでした。それでも、一度切断して防腐処理を施し、復元した松が今でも残っています。




●宮城県石巻市 大川小学校
 (2013年11月撮影)多くの小学生・教職員が犠牲になった小学校。今でも崩壊した校舎、片隅にある祭壇はそのままでした。2年半経過した今でも、祭壇にお線香をあげに来る人が絶えません。




●宮城県南三陸町歌津伊里前地区 歌津大橋
 (2013年8月撮影)2013年8月解体撤去されました。さらに今後は、そこにつながる伊里前川に防潮堤が作られます。そこで漁を営む若者が、自然を守るため県を相手に奮闘しています。




●宮城県東松島市野蒜 JR仙谷線野蒜駅
 (2013年11月撮影)線路は撤去され、枕木も片付けられて片隅に積まれていました。曲がった鉄柱や崩壊したホーム・駅の構内は片付いてはいるものの、そのままです。ルートが内陸に移され、野蒜駅は資料館になる予定とお聞きしています。




(4)震災年は、10か所で炊き出しを行いました。今年その同じ場所を、当時を思い起こしながら何箇所か訪問してみました。

●宮城県牡鹿半島 鮎川浜公民館

(左から)2011年6月撮影。2013年11月撮影。
津波で廃墟と化した公民館は、当時ボランティアの拠点になっていました。その中で炊き出しもやりました。今では更地(写真手前部分)になっていて、昨年の冬に解体されたと地元の方にお聞きしました。

●宮城県南三陸町歌津 名足小学校

(左から)2011年6月撮影。2013年11月撮影。
一昨年は危険で中に立ち入れないほどでしたが、今では2階部分を修繕して自治体が使用しています。1階は瓦礫の整理はされているものの、窓も入っておらず使用されていないままです。

●宮城県東松島 JR仙石線東名駅前

(左から)2011年10月撮影。2013年11月撮影。
2年前に炊き出しをした時とほとんど変わらず、何もない寂しい風景でした。東名駅は野蒜駅とともに内陸に移される予定で、もうこの場所には駅は設置されないそうです。

(5)来年もまた…
動きは遅いものの、着実に少しずつ前進はしています。被災者でない自分たちにできるのは、忘れないで応援する気持ちを持ち続けること。来年もまた、東北を訪れたいと思います。

Posted at 2014年06月01日 07時48分35秒  /  コメント( 0 )

ザーサイの雑学

粥菜坊の"いけてるザーサイ"は、なかなかのヒット商品です。が、テーブルから「ザーサイって何?」とひそひそ話しているのをよく耳にします。実は、下の真ん中の写真で持っているのがザーサイで、日本でも茨城県や神奈川県で作られています。だから、近くのスーパーでも置いてることがあるんです。

茎の肥大した部分を漬物にしたのが、いわゆる"ザーサイ"ですが、炒めものにして全体を食べることもできます。肥大した部分は、ブロッコリーの茎のような甘さがありますが、葉や茎の部分は菜の花のような苦味があります (実はザーサイは、菜の花と同じアブラナ科です) 。"野菜としてのザーサイ"も、甘味あり苦味あり、面白い食材なんです。ザーサイの雑学でした。


写真:(左から)粥菜坊の"いけてるザーサイ"、野菜としてのザーサイ、ザーサイの炒め

Posted at 2014年01月16日 23時55分21秒  /  コメント( 0 )

東北応援の旅 (1)希望のあかり

2013年11月18日(月)〜19日(火) 

一泊二日で東北被災地に行ってきました。目的は、(1)軽食を出すお店を作りたいという方の応援と、(2)“わかめ餃子”を手掛けてくれた漁師さんの様子伺いです。

今回は、目的とは別に岩手県の海沿いの様子を見てみようということで車での往復は避け、初めて東北新幹線を利用しました。先ずは、新幹線で盛岡へ。盛岡でレンタカーをして宮古に向かいます。宮古到着がおよそ12時。お昼は、魚市場の食堂でもちろん海鮮をお腹いっぱい食べて、初めて岩手県の被災地を巡りました。宮城県同様、工事車両が多く見られ、急ピッチで工事は進んでいる様子ですが、手つかずの場所や廃墟となったままの建物もまだまだ目につきました。


(写真左から右へ)宮古の市場で腹ごしらえ。未補修がいっぱいある山田湾。撤去され更地の陸中山田駅前(山田町)。破壊されたままの大槌町役場。新しい建物と破壊されたままの建物(釜石)。手前がかさあげ前、むこうがかさあげ後がわかる道路(釜石)。

一日目最終目的地は東松島野蒜の門馬ご夫妻宅。晩ご飯は粥菜坊のものが食べたいというリクエストにより、すぐに用意できるものを冷蔵で事前に送っておりました。到着早々、“牡蠣のお好み焼き”をさっさっと焼き、既に味付けしてあるビーフンをさっさっと炒めます。宮古で買ってきた烏賊のはらわたと刺身をつまみに、皆で乾杯。話し好きな門馬ご夫妻との話しは弾み、もうご高齢なのに話しは止まらず、お開きにしたのは夜中12時半でした。

さて、この野蒜。震災で壊滅して店が1件もなくなり、自宅を修繕して戻る人も少ない場所。そんな中、半年経った頃に、ご夫妻は手芸を通してコミュニティの再構築に立ち上がります。粥菜坊はその頃からのお付き合いで、コミュニティの人たちを集めて炊き出しもやりました。その集りはその後、チーム“サークルはーと”というグループとなり、さらにご夫妻はボランティアの力を借りながら、とうとうコミュニティ集いの場&観光客の休憩処“希望のあかり”を建設してしまったのです。震災後2年半経って、野蒜にできた初めての商店と思います。現在は、手芸品と海産物、少しの日用品しか置いてませんが、軽食を出すお店を作りたいとの希望があって、現在キッチンも設計中。粥菜坊にメニューと厨房設備の配置の相談があったわけです。メニューの提案の意味もあって、今回は簡単に調理できる“牡蠣のお好み焼き”や“ビーフン”を前日の夕飯に持ち込んだのです。


(左から)希望のあかりの外観。右2枚は内観。

相変わらず、ご高齢なのに元気なお二人。津波に沈みながら生き延びた門馬かあさん、津波で車ごと流されながら生き延びた門馬とうさん。今後のご活躍も楽しみです。


(左から)希望のあかり前で門馬とうさんと。門馬ご夫妻と記念写真。

もう1件の目的が、“わかめ餃子”の様子伺いです。作業場を訪れてみると、ちょうど具を包み始める所でした。粥菜坊ママは、具を見るなりもっと水分があった方が口当たりが滑らかとアドバイス。自分で水を足して、従業員の皆さんに触って頂きました。手触り感をしっかり覚えて頂くためです。8月に交渉した地元の大手スーパーに置いてもらう話は不調に終わりましたが、11月からなんと石巻市の学校給食に納品し始めているそうです。11月だけで2万個納品するそうで、暫くはこの仕事で手いっぱい。大手コンビニからの商談もありましたが、全国に何百店舗もあるので、やめておくそうです。まず目の前の着実な一歩が大切だから賛成です。従業員の方々がやる気満々だったのを嬉しく思いました。飲食店やお土産屋さんにも少しづつ置き始め、前述の“希望のあかり”でも販売しています。“わかめ餃子”来年どうなっていくのか、また様子を伺いに行くのが楽しみです。


(写真左から)指の感覚で味をチェックすることをアドバイス。“希望のあかり”でもわかめ餃子販売してます。

Posted at 2013年11月28日 10時58分44秒  /  コメント( 0 )

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