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粥菜坊パパのよろずのフロク

宮城炊き出し行脚 II (2)テーマ『交流』と炊き出しメニュー 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

プロローグ それはアヒルの一声で始まったはこちら

第1章 テーマ『交流』と炊き出しメニュー

さて、日程は9月23日の祝日と決定。テーマは「交流」、アヒルさん希望の「目指せ!石原軍団」、そして、粥菜坊の『日本であまり知られていない美味しい中華を、広く楽しんでもらいたい』というコンセプト。頭の中で、これらがぐるぐる回ります。

広東粥を作るのに専念すれば、700〜800人分は作れる。でも、それでは交流が図れない。今回はたくさんの人が協力してくれる…。よし、ブースを数か所に設けよう。ワイワイガヤガヤと長居してもらうには、テーブル・椅子があったら良い。でも、そんなに数は用意できないから、ブルーシートを広げよう。ビールケースをテーブルにしてフライパン・卓上コンロを用意すれば、各自餃子を焼いて楽しめるし、餃子包み教室も可能かも(これは後に断念)。そして、料理は何品か用意して、提供に時間差を作れば、それだけ長居してもらえるはず…。

こんなことを考えながら、料理4品を時間差を設けて作ることに決定しました。1品作って長蛇の列ができるより、作る側も負担が少ない。そして、何より食べる側が楽しいに違いない。こうして、何を作るかを決めていきます。

うぅ〜ん。やっぱり、広東粥。お粥屋さんだし、日本のお粥とは違うところを、多くの人に知ってもらいたい。初めに400〜500人分ぐらい作れば、一日中いつでも出せるように準備できる。具材は? ピータンと豚肉を入れよう。ピータンを知らない人も結構いるし、食べてもらういいチャンス。問題は、朝7時頃から調理を始めないと、12時に間に合わないが、到着できるだろうか?


(左から)ピータン(アヒルの卵です)。豚肉は事前に15キロを切って冷凍。

そして、焼き餃子。事前に作って、冷凍してしまえばよい。ただ、発泡スチロールで運ぶとなると、皮が溶けてしまうのが心配。それならば、ヤマトのクール便で現地に午前着で送ることにしよう。フライパン6個ぐらい使えば、量産もできるはず。


サイズはこのサイズ(ちょっと小さめ)

中華あんかけ麺/ごはん: 誰も知らない粉皮(フンピー)という太い春雨を使うのも手だけど、お年寄りには腰がありすぎるかもしれない。ここは、無難にスパゲッティを使おう。でも、あんにはハチノスを入れて、なんだこれって思ってもらうのも楽しい。よし、ハチノスでだしをとった中華もつ煮をあんかけにしてしまえ〜ぃ。ごはん党のために、日本にはない大きな圧力鍋を中国へ発注。それさえあれば、手持ちの炊飯器(プロパンガスでは使えない)がなくても大量にご飯を炊くことができるのです。


ハチノス。蜂の巣ではなく、牛の胃袋です。40キロを事前に切り冷凍して持ち込みました。

カレー味焼きビーフン: 香港や広州ではシンガポール・ビーフンと呼ばれているもの。カレー味とはいっても、酢を入れて酸味を付けているので、日本のカレー味とはまた違う。こんなカレー味ってあるんだとちょっと不思議な感じを味わってもらおう。


カレー味ビーフン

蛋散(中華菓子): 腐乳(漬け豆腐)を用いたお菓子。小麦粉を練って、腐乳を入れ揚げて作ります。お粥にも、ビールにも相性抜群。そのまま食べてももちろんいける、多くの人がくせになると言うお菓子です。事前に全部作って、当日は持ち込むだけにしました。


蛋散。くせになる中華菓子。12キロ作りました。

こんな感じで、料理4品とお菓子を決めました。広東粥と中華菓子は1日中、中華あんかけパスタは12時〜、餃子は1時〜、カレー味焼きビーフンは2時〜と、時間差攻撃。どうだ、これなら長居してもらえるか? 広東粥は400〜500人分作って、あとの3品は各200〜300人分ぐらい作れば、足りないってこともないだろう。これなら、作るのもそれほど大変でないし、持って行く寸胴鍋も小さくて済む。どうだ、アヒルさん、これでいいか? よし、あとはもくもく準備して、現場に持ち込むだけだぃ。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年10月04日 09時18分50秒  /  コメント( 4 )

宮城炊き出し行脚 II (1)それは「アヒルの一声」で始まった 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

プロローグ それは「アヒルの一声」で始まった

9月22日(木)の深夜から宮城へ炊き出しに行ってきました。被災地で今必要なことを考えた、単なる炊き出しに終わらない、とても素晴らしいイベントができました。炊き出し、捨てたもんじゃない、飲食店をやっててよかったとつくづく思うほど、自分でも感動できるイベントでした。震災から多くの人の関心が離れる中、何を考え何をしてきたのか、皆でこれから何が必要なのか、これから数回にわたり、綴りたいと思います。

東松島。日本有数の景勝地に松島がありますが、被害は比較的小さく、すでにあまりその傷跡を感じさせないほど復旧しています。でも、その代わりといいますか、その手前にある東松島が甚大な被害を受けています。メディアへの登場も少ないせいか、支援の手もあまり伸びず、静かにその苦痛に耐え続けているという感じの地域です。


東松島の野蒜海岸。海岸線の長い素晴らしい場所であったことが想像できます(8月撮影)

8月に訪れた際は、あっちこっちで雑草が目立ち随分荒れ放題という印象でした。ボランティアセンターも既に閉じられ、行政も手が回らず、地元の人もてんでバラバラになって・・・。
でも、「じゃ、一体どうすんだ!」と必死になっている人がいます。アヒルさんといいます。彼は、アヒルEXPRESS という運送会社を営んでいますが、本業の運送業をしながら、時間を作っては支援物資を東北じゅうに運び、週末には東松島で、泥出し、瓦礫整理、草刈りという作業を黙々とやっています。もちろん、全部ボランティアです。ボランティアセンターがなくなった今では、サポート・チームGというチームの中心で動いており、週末は数十人〜数百人のボランティアを受け入れて、そうした作業に当たっています。そのサポート・チームGの活動は、9月12日の日本テレビ、ニュース『ゼロ』でも紹介されたので、見た方もいるのではないでしょうか?


(左から)震災前、震災直後の仙石線東名駅(駅前が炊き出し場所になりました)、8月上旬に撮影した荒れ放題の線路

アヒルさんは、運送業という業種がら、まさに震災直後から走り回っていて、直後の本当に悲惨な凄まじい現場も体験しています。彼は、そういう現場を見てきているから、放っておく訳にはいかないといいます。被災地の人たちも、支援者の方たちも、かなりの人たちが彼のお世話になったはずです。

そんな彼が8月の中旬、炊き出しをしたいと言い出しました。粥菜坊、もちろんOKです。彼の希望なら、お店を閉めて駆けつける(お客様さん、ごめんなさい)。一緒にやろう、全力をつくすよ。こうして、9月23日の炊き出しに向け、動き出しました。

実は、彼の意図は、単なる炊き出しではありませんでした。ボランティアと地元の人のコミュニケーションがなさすぎる。地元の人も、バラバラ。本来は、ボランティア活動はサポートであるべきで、もっと地元の人と力をあわせて活動したいし、地元の人にもっと活き活きして欲しい、こんな思いがあったようです。「目指せ!石原軍団!」と彼は冗談で言いましたが、彼が本腰をいれていること、しっかり受け止めました。


炊き出し当日も、大型バス数台に乗ったボランティアさん達が集まってきました

炊き出しのチラシも事前に配られ、朝は地元の消防団の方々が消防車で「炊き出しありま〜す」って放送して回ってくれるとのこと。当日、予定されているボランティアの方、百数十名。地元の方、おそらく三百数十名、計400人〜500人が粥菜坊の食事をしてくれるはず。これで、やる気が出ないわけありません。「よし、やるぞ」心に火が付き、炊き出し計画に入っていきます。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年10月03日 10時35分35秒  /  コメント( 0 )

炊き出しの新しい目的 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2011年9月22日(木)

本日9月22日(木)の夜から週末にかけて東北に行って参ります。行く場所は、東松島と南三陸町。東松島では、地元の消防団、ボランティア・チーム(サポート・チームG)、個人の支援者の方々と組んで、400〜500人相当規模の炊き出しが予定されています。個人の支援者というのは、ママ'sハートプロジェクトというブログがあって、そのブログに集まる支援に熱心な方々です。粥菜坊は今までの炊き出しは全て単独だったので、ほかの人たちと手を組んで炊き出しに出かけるのは、ちょっと緊張(?)。今回の炊き出し品目はとても豊富で、粥菜坊が提供する4品目に加え、パフェやクッキー等の手作りお菓子のカフェ・コーナーもあったりするんです。つまみ喰いもしちゃえぃ、それもめちゃくちゃ楽しみです。


チラシ。炊き出しの名前は『ママ'sハートキッチン』、
粥菜坊ママとママ'sのコラボということでこうしました。

さて、時間の経過とともに、炊き出しの目的も少しずつ変化してきました。今回は、被災者の方々に温かい食事をして頂くだけでなく、コミュニティを繋げようという大きな目的が加わっています。地元の人たちとボランティアの人たち、また、ばらばらになってしまった地元の人たち同士、そうした繋がりをつけるきっかけに炊き出しを使おうというわけです。だから、長居していろんな話をしてもらえるよう、炊き出し品目も豊富にそろえ、時間差で色んな食事を出していく工夫をしました。座れる場所もブルーシートで広くとります。アンケートも準備していて、今必要なこと・物も探ります。炊き出しとはいえ、実はコミュニティづくりという目的がある、成果を上げたい炊き出しなのです。


炊き出し場所の東名駅前。津波で何も無くなってしまいました。

なんと、地元では既に300枚のチラシが配られていて、当日の朝も消防団の人たちが消防車で「今日は炊き出しありま〜す」って放送して回るそう。なんだか、凄い! でも、炊き出し場所の東名(とうな)という駅前はまだ街灯もないそうで、もう夕方4時は暗いとのこと。半年経った今の駅前でさえそんな感じなんです。先月訪れた際は、線路もわからないぐらいに雑草がぼうぼうでした。今ではどんな状況なのか、どんな炊き出しになったのか、宮城から帰ったら、また報告させて頂きます。

Posted at 2011年09月22日 07時54分16秒  /  コメント( 0 )

川崎国際交流センターニュースで紹介されました 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2011年9月17日(土)

川崎国際交流センターで料理教室を始めたのはもう8年も前。粥菜坊のお店を開く前のことになるので、とても長くお付き合いさせて頂いていることになります。たくさんの国際的な交流活動をされていて、当店も夏のインターナショナルフェスティバルで出展させて頂いたり、交流センター主催の料理教室では講師として声をかけて頂いたりしています。

さて、その国際交流センターが年に4回発行している『Signal』という小冊子があります。先日発行された秋号では、「東日本大震災後、外国人市民は何を感じ、どう行動したか?」が特集されていて、「日本で活躍している外国人」のコーナーでは、当店の被災地支援が紹介されています。機会がありましたら、是非手に入れてみて下さい。また、国際交流にご関心がありましたら、川崎国際交流センターのホームページをご覧になってみて下さい。


(クリックで大きくなります)

Posted at 2011年09月17日 09時17分41秒  /  コメント( 0 )

9・11と脱原発 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2011年9月11日(日)

あの地震の日から半年、東北各地では追悼の式典が行われました。奇しくも、あの9・11から10年、ニューヨークでも追悼式が催され、世界各地でもまたテロが発生するのではと心配され、今年の9月11日は随分と心不安な一日でした。

実は、9・11よりさらに10年さかのぼった1991年の1月、湾岸戦争がまさに始まった時、私は毎日のように、仕事で世界貿易センターに通っていました。当時は、KPMGという世界有数の会計事務所のニューヨーク事務所で働いており、会計監査でいろんな会社に出向きます。世界貿易センターには日系の金融機関のクライアントが多く、1月には毎年通うはめになるのです。世界貿易センターやリンカーン・トンネルの爆破の噂は当時からよく耳にしてましたが、湾岸戦争でいよいよ実行されると言われ、不安な日々を送ったのを思い出します。まさかその10年後、現実になるなんて、夢にも思いませんでした。テレビを見ながら、仕事の思い出や、数多くの友人と訪れた思い出が走馬灯のように頭を駆け巡り、ビルの崩落は知人が突然亡くなった知らせを聞くようでした。あらためて、亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。


夜景も綺麗だったWTC

さて、こうしたテロが起こりうることを考えると、日本の原発大丈夫なんですかと考えざるを得ません。社会は、脱原発派と推進派に分かれています。推進派は安全を確認・確保すれば大丈夫というわけですが、こうした空からの攻撃がありうる以上、100%の安全確保なんて到底無理なのです。いくら大きな地震、津波や事故を想定して対策を練っても、北朝鮮からのミサイル射程圏に入る以上、完全な安全確保なんてありえないのです。世の中の論争を聞いていると、ほとんど、この点には触れられません。今でも、玄海原発の現実的な脅威は、地震や津波以上に北朝鮮ではないかと思います。どこの原発であれ、今のところ、それほどの脅威は感じてないでしょうが、短期間に世界情勢が変わりうる昨今、ある日突然、その恐怖に晒される毎日が来ないとも限りません。まず、国民が安心して生活できる国づくり、長期的な脱原発に私は一票です。

Posted at 2011年09月13日 08時22分01秒  /  コメント( 0 )

NHKラジオに出演します(8月21日) 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2011年8月18日(木)

8月21日(日)の18:20頃から約10分間、NHKラジオ第一放送の『地球ラジオ』という番組に生出演します。「マイジャパニーズライフ」というコーナーで、東北の被災地支援についてインタビューを受けます。今日は、その打合せがありました。

その番組、ラジオで聞けるのはもちろんですが、『地球ラジオ』の ホームページ http://www.nhk.or.jp/gr/ では、放送中の番組を聞きながら、動画まではいかないまでもウェブカメラでスタジオ内を見ることができます。ラジオで聞くより面白いかもしれません。(ホームページの右手中ほどにある"放送中に番組を聞く"&"放送中のスタジオを見る"ボタンをクリック) また、聞き逃した人は、放送後一週間は再放送を聞くことができるそうです("前回の番組を聞く"をクリック)。スタジオ内が見れるなんて、ラジオも長いこと聞かない間に、時代に合わせた変化をしているものだと、妙に感心してしまいました。

なにせ生放送です。かみさんもきっと超緊張してしまうに違いありません。変なこと言ってしまわないか心配ですが、キャスターの方に上手に補って頂けると思います。粥菜坊の『被災地食事支援プログラム』も紹介されることになっています。

私もどんな展開になるのか、楽しみです。時間のある方は、是非聞いてみて下さい。


打ち合わせ中

Posted at 2011年08月20日 07時53分51秒  /  コメント( 0 )

被災地無料バザー(後篇)&被災地視察 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2011年8月8日(土) - 続き

8日の日は、実はもう1か所、名足の隣りにある港地区仮設住宅でも無料バザーを開きました。
運んだのは衣類が中心ですが、すごい勢いでなくなりました。状況からみて、今までほとんど支援がなかったのかもしれません。



ここの水は、まだ飲めるようなレベルではなく、皆さんペットボトルを持って給水タンクから水を取っていました。名足ではほぼ水が飲めるから歌津全体でもそうだろうと思いきや、そうでもないんですね。回りに店は全くありませんから、行商が頼りで、不便極まりない状況に見えました。


(左から)港地区仮設住宅。行商の車。

粥菜坊は、やっぱり食事の支援がしたいんです。川崎から運んできた中華粽を一軒づつ、調理の仕方を伝えながら配って回りました。それでも、家族で分けたら一人当たりほんのちょっと。申し訳ない思いで、お粥でももっと運べば良かったとちょっと後悔。これにて、今回のバザーの任務終了です。


粽を渡して、調理法を説明。


2011年8月9日(日)

さて、二日目、朝食を取った後は、とりあえず名足地区の仮設住宅へ。仮設住宅・・・こんな感じです。味気のない仮設、少しでも手作りの物を飾って温か味を添えたいものです。


(左から)名足地区仮設住宅。区長さん(赤いシャツ)とサヨナラ前の記念撮影。

そして、一行は石巻へ。石巻に住むボランティア仲間の所へいって、こんなの作りましたというサンプルを拝見します。手作りのもので、部屋を温めようとするって、さすが女性です。これをサンプルに多くの人が、手作り作業を始めたら、作る人ももらう人も楽しいに間違いなしです。



次は、東松島方面、矢本・野蒜(のびる)・宮戸島へと向かいます。ここは甚大な被害を受けたものの、情報の発信が上手くできていないせいか、相当支援の遅れている場所だそうです。平らな田んぼが続く分、津波でやられた範囲も広大で、松林も無残な姿でした。草もぼうぼうで荒れ放題な場所も目立ちます。
同行したメンバーと面識ある人に、お話を伺うことができました。そんな中でも、忙しい仕事の傍ら、物資を集めて配って、多くの人の世話をしている人がいます。何とか力にならなくてはいけない。やっぱり、そうした思いがこみ上げてきました。


野蒜海水浴場 積み上げられた瓦礫となぎ倒された松林


同行したメンバーと面識ある被災者の方々ともお話しました

最後に、自分と相棒H君の二人は、松島観光。先に見た宮戸島などが、防波堤になって、松島は他に比べれば被害は軽かったようです。ぱっと見、被災していたとはわからないほど、既に復旧していました。夜は、瑞巌寺(ずいがんじ)で慰霊のお参りして、「鎮魂・供養の灯道」を歩いてきました。早く元通りになること、それが亡くなった方への最善の供養かもしれません。


(左から)松島、瑞巌寺の「鎮魂・供養の灯道」

今回のツアーでは、たくさんの人に助けて頂きました。そして、熱い心を持った素晴らしい仲間に出会えました。感謝でいっぱいです。粥菜坊はたくさんの人が応援してくれます。だから、粥菜坊はたくさんの人を応援します。感謝の気持ちを持ち続け、社会に恩返しします。

Posted at 2011年08月12日 09時44分56秒  /  コメント( 2 )

被災地での無料バザー 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

かみさんは、中国での年金手続のため、広州へ帰省中。自分は自宅の片づけでもしてのんびり過ごすはずだったのに、ボランティア仲間が無料バザーをするとの情報。のんびりなんかしてられない。すぐに「ママs ハートプロジェクトチーム」メンバーに仲間入り。さっそく、粥菜坊の店頭でも物資の募集を呼び掛けると、たくさんの方々が物資を持って来て下さいました。

今回のバザーは、個人4グループ(総勢8人)で開きましたが、バックには、そのような応援して下さる方々が大勢いて、大成功に終わったこと、先ずはご報告させて頂きます。そして、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。


道のあちこちに貼ってあった宣伝

今回のバザーを開いた場所は、南三陸町の歌津地区の名足で、粥菜坊が6月の炊き出し行脚で2日間炊き出しをした場所です。そして、そのあとも『被災地食事支援プログラム』で応援し続けた所でもあります。6月の当時は、被災から3カ月近く経って、やっと電気がつながった、やっと水道から水が出た(飲料や調理には不可)程度でした。行政からの支援もほとんどないうえ、町の商店は全滅で、多くの個人の支援者が必死に支えた場所です。その支援者20人ぐらいがいつの間にかネットでつながり、会った事もないのに力を合わせたのが今回のバザーでした。


瓦礫の片づけは随分進んだようです。

2011年8月8日(土)
前日7日の夜10時過ぎに相棒H君の家がある三軒茶屋を出発。東北道を北上するも、いつまでも車、車、車。そうだ、今週末は仙台の七夕まつりだ。一瞬、帰りの大渋滞が頭をよぎります。サービスエリアは夜中1時2時でも、駐車スペース探しにひと苦労。帰りの渋滞はどう避けよう…そんなことを考えながら、東北道を北上します。


夜中でもSAは車でいっぱい

三陸道から志津川へ出て、歌津に向かいますが、2か月前に比べ瓦礫はかなり片付いた様子。お店もちらほら、仮設の場所やら間借りの場所で始めているのを見かけます。


(左から)8月6日朝オープンの志津川のセブンイレブン。こんな食堂もちらほら。ファミリーマート歌津升沢店も普通のファミマと何ら変わりません。

そして、集合場所の地元の漁協に到着。今回のメンバーとは、ネットやメールでやりとりはあるものの、初顔合わせで「初めまして」とご挨拶。ちょっと歓談して休憩した後は、さっそく準備に取り掛かります。


強い日差しの中、ダンボールを開いて準備中。


(左から)タオル&食器箱ものコーナー、日用雑貨コーナー、衣類コーナー


(左から)食器ばらコーナー、食品コーナー、特選品コーナー


会長さん(左)と区長さん(右) 奥の軽トラの荷台、なんとメンバーの手作りなんです。
そして、この軽トラも名足に差し上げました。

いよいよ始まる前に腹ごしらえ。昼食は、もちろん粥菜坊の餃子でした。ビールなしが残念でなりません。



そして、人がぞくぞくぞくぞく…。始まる30分も前から並んでるぞ〜。そして、ほぼ準備終了して、「どうぞ、順番に進んで下さ〜い。」となりました。



並べるのに4時間、なくなるのに30分。皆さんマナーを守って、規則正しく流れましたが、何ともすごい勢いでした。大きな袋を持ってくる人、軽トラックにおっちらおっちら運ぶ人、迷いまくって選べない人、いろんな人がいました。たくさんの笑顔が見れて、充実感いっぱいのバザーでした。


(左から)バザー品ほぼなくなりました。最後にメンバーを含め集合写真。

注目!!
さて、嬉しいことに、今回のバザーを最後に「これからは自分達でやってみる」との申し出を区長様より頂きました。ものすごく、ものすごく嬉しいことです。今までボランティアサイトに物資を募集して、個人からの支援に頼らざるを得なかった名足ですが、数日前やっと飲める水が水道から出るようになり、行商もちらほら始まって、頑張れそうだという気になったのでしょう。震災前の状況にはまだまだ程遠いものの、今後は支援者も少し離れたところから見守ることになります。多くの人たちの協力により、一つの村でこうした実を結んだ、とてもすばらしいモデルケースといえるのではないでしょうか。

ひと区切りに、区長さんも嬉しかったようです。夜には、私達8名をご自宅に招いて下さり、気仙沼に車を走らせて買ってきた刺身を御馳走してくれました。刺身は、今まで食べたことがないほどの美味しさで、特別な特別な乾杯になりました。めかぶで餃子を作ってみてだの、何々を送るから、中華で料理してみてだの、区長さんかなり上機嫌。将来、名足の海鮮物と粥菜坊のコラボ…あるかもしれません。粥菜坊の新しい夢、ここに誕生です。



TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年08月09日 23時41分56秒  /  コメント( 0 )

【緊急大募集】 被災地無料バザー品提供のお願い 

8月初旬、宮城県南三陸町で無料バザーを開くため、バザー品の提供を募集します。

避難所にいた人達、近隣に身を寄せていた人達の仮設住宅への入居がどんどん始まっています。津波で全てを失った人たちが、今、日常品を必要としているため、無料バザーを開きに8月初めに南三陸町に行きます。もらったけど自宅で眠っている物、サイズが合わなくて着てない衣類などなど、当店にお持ち頂けたら助かります。7月末まで募集します。よろしくお願いします。

募集品の目安:

<保存食となるもの>
レトルト、カレーやシチュウのルー、乾物、缶詰、ふりかけ 
(調味料)しょうゆ、砂糖、塩・こしょう、サラダ油、めんつゆ、みりん、料理酒、スープの素、コンソメ、チューブわさび・からし・しょうが       
焼肉のたれ、天ぷら粉、乾麺(そば・うどん・そうめん・スパゲッティ)、麦茶パック、日本茶・コーヒーなど、大人用のお菓子

<日用品>
<衛生用品> シャンプー(詰め替え用)、リンス(詰め替え用)、石鹸、歯磨き粉
<台所用品> サランラップ、アルミホイル、ゴミ袋(45L)、食器洗い洗剤
<その他> 洗濯洗剤、靴下(新品)、除湿剤、夏服(Tシャツ類)新品・新中古、エプロン(新品)、傘、スニーカー(新品・新中古)、ドライヤー、アイロン、サンダル、扇風機、空気清浄機、タオルケット、タオル、シーツ類
<虫対策用品> 網戸の虫コナーズ、ハエ取りのグッズ、蚊取り線香、吊るすだけのバポナ、虫コナーズのような物、ハエ取りリボン、蚊帳
<夏対策品> ひんやり枕、首に巻くと涼しいひんやりベルト

Posted at 2011年07月24日 23時40分01秒  /  コメント( 4 )

なんとなく忙しい日々 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

本格的な夏になって、徐々に時間をもてあますスローな時期のはずですが、今年はなんとなく忙しい。

2011年7月12日(火)

東急沿線のケーブル・テレビ、イッツ・コムさんの『地モトTV おかえり!』という番組の取材を受けました。番組の中で、「ココ コレ!」というコーナーで2分半ぐらい、写真を交えながら当店が紹介されるそうです。放送日は、7月28日(木)17:00〜(再放送 19:00〜、21:00〜)ですので、加入者の方、是非ご覧ください。



2011年7月7日(木)

フジサンケイグループが出しているOL向け情報誌『シティ・リビング』さんが取材にやってきました。「オトナの電車旅」というページで当店を紹介するそうです。ところが、ちょっとしたハプニング。お粥の写真を撮りに来たはずが、カメラが御機嫌ななめ。粥菜坊のカメラをお貸しして事なきをえましたが、立派なカメラだったのでもっと良い写真が撮れたはずだった…のに、残念。「朝鮮人参粥」と粥菜坊の人気もの「豚肉腸粉」が紹介されます。


(左から)朝鮮人参粥、豚肉腸粉

2011年7月6日(水)

NHKさんから南三陸で炊き出しした時のDVDが送られてきました。その日のニュース、『てれまさむね』という番組で報道されたのに、自分では見損なったので、お願いしておいたものです。改めて、映像を見ると熱そう。そういえば、結構日焼けしたっけ。作っている時は、無我夢中で熱いのも気にならなかったのかも。いい記念となりました。


右のブルーのTシャツが私、粥菜坊パパ

2011年7月4日(月)

月に一度開いている広東料理教室。左の写真、今日はたこ焼き・・・ではなく、これ厚揚げなんです。豆腐の部分を残しながらくり抜いて、肉を詰めてあんかけに。真ん中の写真は、れんこんの漬け豆腐(腐乳)炒め。これ、作るのめちゃくちゃ簡単そうです。腐乳というのは、沖縄の豆腐ようみたいなもので、今日は料理に使いましたが、そのままビールのつまみによし、ご飯に乗せてもよしです。初めは見た目でとっつき難いかもしれません。が、是非トライをおすすめする調味料です。そして、右の写真は中国のり。日本のようにそのまま食べることはしませんが、スープに入れると、プリプリした食感があって、食べ応えあり豊かな味わいありの食材になります。



2011年7月3日(日)

国際交流センターのインター・ナショナルフェスティバルに出店しました。国際交流がテーマなので、粥菜坊も毎年参加しております。日本人だけでなく、日本に住む多くの外国の方が様々なイベントで盛り上げます。音楽あり、踊りあり、買い物ありと、今年もとても楽しそうでした。それにしても、バカ熱い一日。でも、雨が降らなくてよかったぁ。


オープニング前にフロンタ君と記念撮影

2011年6月29日(水)

川崎国際交流センターが季刊紙『signal』に「日本で活躍する外国人」というコーナーがあります。そのコーナーにかみさんを掲載したいということで、取材を受けました。国際交流センターとはもう8年ぐらいのお付き合いでもあり、簡単にいいですよと答えたものの、過去の掲載を見ると、映画監督であったり、楽器演奏者やフロンターレ選手といった広く活躍されている方々。うちみたいなローカルな一飲食店が載っていいものだろうか?と取材を受けて見ると、なるほど、災害関係の活動のお話が中心でした。この話になると、私達も熱が入ります。自然、粥菜坊の『被災地食事支援プログラム』を宣伝してしまいました。発行は、秋になります。


インタビュー中

Posted at 2011年07月16日 04時30分34秒  /  コメント( 0 )

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