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粥菜坊パパのよろずのフロク

東北応援レク・ツアー (4)名足仮設“わかめ餃子”教室編 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2012年8月4日(土)夜&5日(日) 

旭が丘学園を後にして、のんびりする暇もなく…首を長くして待っている南三陸町歌津名足地区の区長Sさん宅へ車を飛ばします。昨年10月以来約1年ぶりです。到着すると、庭にはBBQの用意が。さらに、家の中には船盛りが。毎回私達の支援グループが来ると、気を使っていろんな用意をしてくれます。申し訳ないと思いながら、遠慮せずにグビッといってしまいました。火の上には大きなホタテが(でも、本当はもっと大きくてその倍ぐらいになるそうです)。「ホタテは一人1個だよっ」と言われていたのに、ちゃっかりうちのかみさんは区長さん御夫妻の分2個貰ったそうな。でも、良心が痛んだのか、うち1個を庭野総理にあげたとか。この2人、ずり〜ぃっ!

少し高台にある区長さんの自宅は、震災時自宅が流された人達の避難場所となり、大勢の人のお世話をします。衣服も全部配ってしまったそうです。6月初旬まで3カ月近く、電気も水もなかったこの名足。岩手に住む娘さんが4月末にネットを通して支援を呼び掛けると、ようやく物資が集まり始めます。それらを各戸に配る取りまとめ役をして、それだけでも大変な苦労だったと思います(仕分け作業って、とても大変なんです)。「それを悪く言う人もいないことはないけれど、私の一番の自慢は、こうして皆さんがまた会いに来てくれることだ」なんて言ってくれました。自分のことより、周りの人のことをいつも気遣う区長さん、人望の厚い方なんです。あっという間に時間が過ぎ、明日に備えて、宿泊先ニュー泊崎荘へ戻りました。



さて、次の日は名足地区の仮設住宅で餃子&中華菓子教室のレクリエーションです。区長さんに協力して頂き、事前に仮設の皆さんに声をかけておいて頂きました。名足では、昨年6月に2日間、炊き出しをしているので皆さんは粥菜坊をご存知です。

今回教えたのは、餃子はただの餃子ではありません。南三陸産の塩蔵わかめを使った“わかめ餃子”です。わかめで餃子(?)なんて変に思った人もいたでしょうが、粥菜坊のお店でも常時作っている餃子なので、自信を持って教えることができる餃子です。実は、わかめ餃子を作ったのには理由があります。肉がなくても、皆さんの身近な食材のわかめで餃子は作れるということを教えたかったことです。S区長のおかんからは、「こっちから送ってやったわかめを、また持ち帰ってきてバカか」なんて言われましたが(笑)。

先ずは腹ごしらえ。餃子の包み方を教えた後に、皆さんにどんどん包んで頂いて、キッチンで私と庭野官房長官(庭野総理のご主人)がどんどん焼き、そしてどんどん食べて頂きました。実に、包んだ餃子はおよそ800個。そして、なんと食べ終わって落ち着いた後に、やっとレシピに基づいて餃子の具の作り方と薄餐(広東語でボッツァンと発音)というココナッツ入りの餅ロールを勉強です。


写真:(左から)談話室に張られた案内。どんどん手にとって。どんどん包んで。


写真:(左から)どんどん焼いて。どんどん食べて。それから、やっと具の作り方の勉強です。

さて、その間、香港クルーは相変わらず撮影&インタビュー。S区長さんのおかんも震災時のことや現在のことをインタビューを受けていました。


写真:(左から)教室の様子を撮影。S区長おかんのインタビュー。談話室から抜け出して名足漁港でかみさんのインタビュー。

実は、わかめ餃子を作った目的はもう一つあります。誰か南三陸産のわかめ餃子や茎わかめ餃子で事業を起こさないかなぁと考えていることです。南三陸のわかめといえばブランドだし、他店ではやっていないので挑戦してみるのも面白いに違いない。お客さんは、南三陸の観光客はもちろん、もっと大きく、ネットを使って全国の人達が相手です。そして粥菜坊では、ネット販売も含めた経験や調理技術を無償提供するし、場合によっては資本参加も考てもよいと思っています。一緒に挑戦してみたい人を探す糸口として、今回の餃子教室でわかめ餃子を採り上げたのです。急がずに、時間をかけて興味がある人を探したいと思っています。

そうこうしているうちに、地元の人よりも歌津に詳しいかもしれないレスキュー横浜・オーファの島田さん、そして中山仮設のMさんも仕事を抜け出して遊びにやってきました。島田さんは、粥菜坊が『被災地食事支援プログラム』を立ち上げて間もなく、「100食分名足にお粥を送って下さい」と送金してきた方、Mさんは同プログラムで粥菜坊がお粥を送った事がある方です。島田さんこそ、わかめ餃子の事業展開の話を頭の片隅に置いておいて頂く適任者、と高野さんにアドバイスを受け、島田さんに相談すると面白そうだとのこと。是非、島田さんにもご協力頂きたいとお願いしました。


写真:左から庭野総理、島田さん、Mさん

私は、餃子を焼き終えると、この仮設のO副区長さんの話に聞き入ってしまいました。震災当日、気仙沼の漁港にいて地震に気が付くと、一目散に沖に向かって船を出したそうです。安全圏というのがあって、海底の深さによって一気に波が盛り上がるラインがあり、一刻も早くそこを脱出するため、波に向かって行ったとのこと。そのラインを越えて振り向くと、間一髪、後方では波が大きくうねっていたそうです。地上に戻れず、2晩海で過ごし、名足へ回ると瓦礫で海から陸へは簡単に近づけず、同様の漁師さん達と一列になって、瓦礫をよけながら、やっと陸に船を付けたそうです。食や暖は、短期間ならどんな船でも準備してあるので、それは問題なかったとのこと。家は流され、その後、仮設に入るまで自分の倉庫に寝泊まりして暮らしたそうです。なんと、チリ地震でも家を流されていて、家を流されたのは2度目だとか。もう漁師は辞めたそうで、今では漁の道具を作っているとのこと。早く漁が昔のように活発になって、道具もたくさん必要になることを願ってやみません。


写真:O副区長の話に聞き入ってしまいました。

中華料理の高級食材といえば、フカヒレもその一つですが、中国もそのほとんどを気仙沼から輸入しています。その行く末が気になって聞いてみました。サメの漁獲量が激減して、大打撃かと思いきや、サメというのはもともと獲ろうとしてとっているのではなく、マグロを獲ろうとすると、ついでに混じって獲れちゃうものだそうです。価格はざっとマグロの10分の1だとか。以前はヒレを切って胴体は捨てたらしいですが、今では蒲鉾に使うとのことです。
フカヒレがあんなに高価なのは、ヒレが高いというよりも、ヒレから余計な物を取り省く労務費が高いのかもしれません。今では、サメの漁獲量も少なくなっていますが、マグロとともに徐々に元通りになってゆくのでしょう。

おなかいっぱいになって、お部屋にも焼いた餃子や作った餃子の具を持ち帰って頂いて、皆さん楽しめたと思います。ここでも、たくさんの笑顔を見ることができました。「今度はわかめを使って作ってみる」と意欲的な声もたくさん聞きました。是非、時間を見つけて、楽しく笑ってわかめ餃子を作って頂きたいと思います。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2012年08月14日 09時07分25秒  /  コメント( 0 )

東北応援レク・ツアー (3)気仙沼『旭が丘学園』午後編 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2012年8月4日(土)ランチ〜 

子供たちが食後のデザートのぶどうを食べ終えると、我々はゆっくり食事をする暇もなく…うちのかみさんの「スイカ割りでもやろうか」の一声に、みんなが「は〜い」の返事。スイカは3個あるものの、スイカ割りの準備はしていなかったので、大慌て。Mさんは、棒を探しに学園の周りを駆け回ってくれましたが見つかりません。先生がブルーシートを速攻で用意してくれて、棒も干し竿を探してきてくれました。さて、いよいよスタート。順番に繰り返しますが、なかなか当たりません。全然違う方向へ誘導された小さな子もいて、泣き出してしまいました。物にあたり出して、ちょっと心配。すると、大きな子に「物にあたるんじゃない!」と叱られて、すぐにけろり。そして再度順番待ちに並びます。1個めのスイカはそこそこ割れた程度でしたが、2個めは木っ端みじん。すると、それに駆け寄って粉々のスイカにかぶりつくその勢いにビックリしました。スイカって、包丁で切るより、ぐしゃっと割った方が美味しいって聞いたことがあります。圧縮されて甘みが増すとか。とうとう、干し竿は曲がってしまいました。でも、学園の方が率先して持ってきてくれたものだから、まぁいいか。



スイカを食べ終わると、次はビンゴ大会。次から次へとイベントが続きます。景品の箱を持ってきて、机に置くと子供たちがわぁと群らがって圧倒されました。景品は、パズル、知恵の輪、けん玉などのおもちゃ、文具といったもの。最低でも全員分ありますが、各人やっぱりお目当てが欲しい。カードの穴が並んだ人から順番に景品を持っていけることにしたので、子供たちはテーブルにかぶりついて、狙った景品の行く末を見ます。自分が揃うまで誰も持って行きませんように…なんて祈っていたのかもしれません。


(一番右の写真は、アイスではありません。パズルです。)

簡単な仕組みだけど、結構難しい時計のクイズも出しました。丸い厚紙の表にも裏にも時計が書いてあります。表が12時です。一番上と一番下(12時の部分と6時の部分)を持ってくるっと回すと、裏の時計は2時です。では、表が1時の時、裏は何時でしょう?…答えは1時です。表が9時の時、裏は何時でしょう?…5時です。みんな頭がこんがらがりました。表が4時の時、裏は…10時。ほとんどの人が何故だかわからなかったようです。どうです、わかりますか?

そのほか、中国の毽子(ジェンズ)という数人で羽根を蹴り合う中国の伝統的な遊びや、一斉に私とじゃんけんをして、勝ったら飴の掴み取りなんていうのもやりました。掴み取りも盛り上がりました。


写真:(左から)時計のクイズ出題中。ジェンズを蹴って遊んでいます。飴のつかみ取り。

最後は、皆の前で「楽しかったです。有難う」と挨拶させて頂いて、チーズケーキとお菓子でお開きです。時計は4時を回っていました。餃子を十何個も食べましたと言っていた子がいて、学年を聞いてみると高校3年生。来春は東京の専門学校に行く予定といいます。「是非、連絡下さい」と粥菜坊のカードを渡しました。連絡をくれたら、喜んで彼のサポートをしたいと思います。そこでまた繋がったら素敵ですね。



とても感動的な一日でした。子供達と先生方、すばらしい一大家族という感じ、ちょっと驚きでした。子供たちは温かく私達に接してくれて、礼儀正しく、素直で、親切で。上の子も下の子のめんどうをよく見ているし、先生も子供達に溶け込んでいて、素晴らしかったです。想像をはるかに上回る繋がりでした。たくさんの無邪気な笑顔に触れ、大津のいじめ事件以降の連日のいじめ報道に傷めている心が洗われる思いでもありました。

ある先生とお話してみると、『一緒!』を大切にしているとのこと。そんな感じがしました。一緒に居て、一緒に考えて、一緒に食べて、一緒に歩む。今月見ようと思っている『隣る人』という映画があります。この映画は、ある児童養護施設の様子を8年にわたり追い続けたドキュメンタリー。この「一緒」の意味が、「隣る人」の意味と重なりました。



また、その先生は今回のように外部の人が来てくれるのは、とても歓迎とも仰っていました。何か注意されることがあれば、内部の人から言われるよりも外部の人から言われる方が、「子供達もそうなのかなぁ」って思うからだとか。そして、「こうして優しくされることが、大人になると今度は優しくする方の人になってくれると思う」とも。確かに、今回の訪問が子供たちの将来の優しさに繋がるなら、とても価値あることです。そうなって欲しいと思いました。

帰り際は、学園長も含めたくさんの子供たちが外に出てきてくれて、手を振って送り出してくれました。飛び出てくる子や、車を追っかけてくる子。感激です。突然のできごとに、ビックリしてカメラも用意できずにいました。旭が丘学園の子供達、先生たち、そして、支援の仲間の人達、すばらしい一日を有難うございました。

最後は、子供たちが作ったペーパークイリングの作品展です。(庭野総理が撮った写真から拝借)


有意義な一日でした。

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今回のイベントは、寄付金以外にも、イベントを盛り上げるたくさんの応援品を頂きました。この場を借りて、お礼申し上げます。

・伊豆から水栽培で作ったしゃきしゃきレタス ・伊東里山クラブのY様からとろけるようなスイカ
・青梅のM様から新鮮なデラウエア ・神奈川のY様から各人に結いっこしたお菓子セット
・神奈川のK様から喉を潤すジュース ・千葉のE様&U様からチーズケーキや掴み取りの箱
・庭野総理のお母さんとその友人K様からノートや駄菓子
・庭野総理の後輩の方からペーパークイリング素材 ・神奈川のM様から水鉄砲
などなど

Posted at 2012年08月12日 09時27分48秒  /  コメント( 0 )

東北応援レク・ツアー (2)気仙沼『旭が丘学園』午前編 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2012年8月4日(土)朝〜ランチ 

いよいよ楽しみにしていた気仙沼にある児童養護施設『旭が丘学園』訪問の日です。どんな子供たちがいるんだろうとワクワク。朝9時に学園に到着すると、支援仲間ママsハートの庭野総理一行も既に到着していました。自分の車が5人、庭野総理一行が4人、香港クルー6人を合わせると総勢15人での訪問です。

実は、一昨年に起きた伊達直人現象(日本各地の児童養護施設にランドセルや寄付が連鎖的に贈られた現象)以来、児童養護施設という存在がずっと気になっていました。何か役立ちたいと考えていたものの、最初の一歩を踏み出せないままで、東日本大震災が起きてしまいます。でも、被災地での炊き出しで何度も知らない人に電話をかけ、炊き出しを申し出た経験が、最初の一歩を踏み出す勇気を与えてくれました。何か物を持って行くだけでなく、子供達の中に入っていって、顔を見て、お話をして、心を通わせた上で何か役立ちたいと考えているので、今回のように食事を食べてもらって、レクリエーションをするのは、絶好のチャンスです。そして、粥菜坊の突然の申し出を学園長が快く受けて下さり、今回の訪問が実現したわけです。

さて、学園に到着して、先ずは学園長にご挨拶。粥菜坊が訪問するに至った経緯を説明し、「一ヶ月間お店で一生懸命募金しました!」と235,982円を手渡しました。被災により少なくなった企業からの寄付の埋め合わせや、地震で壊れた家財の修理に役立てて頂きたいと思います。当方のスタッフや香港クルーを紹介して、一日の段取りをお話しすると、調理具の場所等の案内のため学園の栄養士さんの紹介を受け、さっそく食事の準備に取り掛かります。栄養士さんが常駐していることにちょっとビックリしました。


写真:(左から)粥菜坊店内に置いた募金箱、学園長にご挨拶、そして募金箱を手渡し。

さて、食事の準備に取り掛かりながらレクリエーションを始めます。10時半に学園長に子供たちの集合をかけて頂きました。集まった子供たちの前で、「一日大いに楽しみましょう。よろしくお願いします」とご挨拶。50人〜60人の子供たちは思い思いのレクリエーションに散らばって行きました。


写真:(左から)皆の前でご挨拶。献立表に粥菜坊の名を発見。粥菜坊メニューの調理も開始。

●餃子教室班
粥菜坊は、昼ご飯の準備をしながら、餃子教室を開きます。子供たちは餃子を包むなんて初めてだろうし、将来おうちで、この時を思い出して餃子を作ってくれたらいいなぁなんて思いました。


●ペーパークラフト班
ペーパー・クイリングの教室。クイリングのパーツを思い思いにカードに貼り付けて、オリジナル・カードを作ります。赤ちゃんが生まれたばかりの先生にカードを作った子もいました。(クイリングの材料は、nacoさん(http://papermoonplus.ldblog.jp/)から寄贈頂きました)


●工作班
竹をベルトサンダーで削って、マイ箸を作る教室。先生は、伊豆で里山づくりをしている高野さん。あらかじめ材料を準備して、しっかりサポートしてくれました。さすがプロ!


●水鉄砲班
天気も良く、一番人気で参加者はみんな大はしゃぎ。水鉄砲は9つもあったのに、参加者数に比べて不足だったので、そのやりくりに苦労しました。


●紙芝居班
流山市から参加した庭野総理のお母さんとその友人が紙芝居をしてくれました。


どの班にも、職員の先生方も混じって遊んでいました。あまりに無邪気に子供と溶け合っているので、ぱっと見た目、先生なのか子供なのかわからない人もたくさんいたほどです。
水鉄砲をするにあたっては、びしょびしょになって子供に風邪をひかせては申し訳ないという心配があって、そのことを園長先生に言ってみると、「うちの子にそんな弱い子はいません」なんて言われてしまいました。水鉄砲班にも職員の先生が混じって遊んでいて、食事の15分前には終了の合図。「皆、戻って着替えてこい!」なんて号令をかけてくれていたので、安心でした。

その間、香港クルーは、せっせとインタビュー&撮影。


12時も過ぎて、食事の準備も整い、粥菜坊メニューが出されます。今日のお昼は、桂林ビーフン、中華ちまき、そして餃子の3品。私粥菜坊パパは餃子をせっせせっせと焼きましたが、瞬く間になくなっていくので、休む暇もなく大忙しでした。

写真:(左から)本日のランチの3品。職員の先生もお手伝い。皆が食事する大食堂

子供たちの食事もほぼ終わって、やれやれ、我々スタッフも一休み・・・していたら、ゆっくりする暇もなく、午後の部へ突入です。


TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2012年08月10日 09時36分00秒  /  コメント( 0 )

東北応援レク・ツアー (1)準備&前日編 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

8月3日から7日まで、東北3か所(気仙沼、南三陸町、東松島)にレクリエーションをしに出かけました。粥菜坊は飲食店ですから、もちろん食事も振る舞いますが、緊急時を脱した現在は、今さら炊き出しという時期でもありません。なので、3か所とも別々の目的を持って企画していたところ、ちょうど香港のテレビ局から食事支援プログラムの取材をさせて欲しいとの連絡が入り、東北に行く予定の問い合わせを受けます。香港のテレビなら、かみさんの故郷中国広州でも放送されるので親戚・友人にも観てもらえます。取材を承諾して、粥菜坊の計画に合わせて取材陣が来日することとなりました。このテレビ局、来年年初ぐらいにできる新しいテレビ局で、東北震災関連の30分ドキュメンタリーを4本作るとのこと。日本でのできごとを海外にも知ってもらい、できるだけ多くのことを伝えてしっかり記録に残してもらいたい、そう思いました。

2012年8月2日(木) 

出発を控え、前日は朝からその準備に追われた大忙しの一日。3日間分の食材の仕込みをしてクール便で送ったり、買い物に出かけたり、ゲームや景品を箱詰めしたりとドタバタでした。一緒に行く支援仲間の高野ご夫妻も3時頃には到着し、荷づくりを手伝ってくれて順調に進みます。今年は、準備に昨年のような緊張感はなく、随分気楽なものでした。香港のテレビクルーも、準備段階も取材したいと夕方に駆けつけ、荷づくりや発送を撮影していきます。7月27日にはお店に取材に来て、店内の様子やインタビューは収録済み。この日の取材は夜8時過ぎまでかかり、香港クルーとは、夕方南三陸町で待ち合わせということで解散。いよいよ翌日、出発です。


写真:香港クルーが粥菜坊の秘密基地で撮影中。

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2012年8月3日(金) 

早朝6時に粥菜坊を出発。車には、5人が乗車。昨年は毎回、荷物の隙間に人が乗る感じで乗っていましたが、今年はアルファードにゆったり乗って、荷物のスペースも十分に確保。仲良い支援仲間で話もはずみます。途中、Мさんのおすすめにより那須高原SAで「レモン牛乳」をゲット。レモンは分離しちゃうんじゃない?…と思いつつ、飲んでみるとなぁ〜んだ、レモンは入っていません。味は微妙。人それぞれだけど、自分は濃厚な牛乳を飲む方がいいかな。

渋滞が何度かあり、午後1時志津川到着の目標に黄信号。現地に近づくにつれて、車内の話題はもっぱらうに丼。南三陸の「きらきらうに丼」を食べるのが、この日の主な目的だったんです。お昼の閉店時間が気になりだしてお店に電話をしてみると、2時を過ぎても開いているとのことで、一安心。2時半頃には到着して、志津川の商工団地にある静江館でうに丼など、5人で8食をしっかり食べました。


写真:(左から)レモン牛乳&アイス、きらきらうに丼、うに丼を食べた食事処「静江館」

食事後、時間があるので高野さん案で南三陸町入谷地区にあるフロンティア・ジャパン社の南三陸工場を見学させて頂きました。この3月から塩害杉を使ったノベルティ・グッズを作り始めた会社です。東北の沿岸には、塩をかぶって茶色に変わり、腐るのを待つだけの塩害杉がたくさんあります。その塩害杉をなんとか利用しようというわけです。高野さんは、伊豆で里山づくり(伊東里山クラブ)をしている方なので興味津々。質問もいろいろしていました。塩害杉利用の商品もラインナップがそこそこあるので、粥菜坊も東北復興キャンペーンに乗っかって購入を考えてみたいと思います。


写真:(左から)工場が入っている建物、ノベルティのサンプル、レーザーで木を切断中の機械

香港クルーとは5時半に南三陸町「さかなのみうら」で待ち合わせ。そして、近くのH仮設住宅に住む中国人Cさんのインタビューに向かいます。Cさんはご主人が流されて、娘さん2人と住んでいますが、娘さんのために中国には戻らずに日本に居続けることにした方です。粥菜坊が昨秋、支援活動を通じて知り合って交流を続けている一人で、久しぶりにお会いすると元気そうでした。インタビューを終え、宿泊先のニュー泊崎荘に着いたのは夜8時過ぎ。翌日は気仙沼の『旭が丘学園』でレクリエーション。子供相手にレクリエーションをするなんて初めてのことなのでどうなることやら、楽しみにしながら眠りに着きました。


写真:仮設住宅の中でインタビューを受けるCさん

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2012年08月09日 07時40分23秒  /  コメント( 0 )

冷たい食品は控えめに 【粥菜坊パパのフロク - 広州・中国編】

いよいよ夏本番です。暑い時には、冷たい飲み物・食べ物を好みがちですが、体のために冷たい食品は控えめにするべきとはよく言われます。これは、体の臓器は体温で温められているわけで、冷たいものを体内に入れると、それだけ体の負担が増えるからだと思われます。おそらく、夏バテや疲労の原因の一つなのかもしれません。

さて、食から健康を考える中国ではどうかというと、やはり冷たい食品をとることを好みません。夏は日々40度近い、亜熱帯に属する広州でさえ、人の家を訪れた時に出されるのは冷水ではなく、温かいお茶、あるいは常温のお水です。飲食店のデザートも、冷たいものがないわけではありませんが、温かいデザートも多く存在します。飲食店で注文して飲むコーラやジュースのドリンクもほぼ常温です。ビールも、今でこそ都市圏では冷たいのを置いていますが、田舎に行くと冷やされていないこともしばしばです。このように、日常から冷たい食品は控めになるようになっているのです。


写真:広州にある昔ながらのデザート店。全部温かいデザートです。

ここ数年の日本の夏は以前に比べて異常ですが、これから毎年こうなってしまうような気がします。だから、これからは熱帯・亜熱帯に属する地域の食生活を知り、夏の生活に取り入れていくのは、健康管理に重要になっていくかもしれません。まず、“冷たいものは控えめに”これが基本かもしれません。

Posted at 2012年07月30日 09時39分36秒  /  コメント( 0 )

中国のひんやりグッズ 竹席、冬瓜 【粥菜坊パパのフロク - 広州・中国編】

かみさんの故郷、中国広州は亜熱帯地方ですから、昔から夏の熱帯夜は長く続きます。冷房も扇風機も無い中で、生活の中に自然のものを使って熱帯夜を乗り切る工夫がたくさんあります。



マージャン牌を敷き詰めたようなこれ、何でしょうか? これは竹席というもので、うちのかみさんの夏のご愛用です。竹チップをワイヤーで繋げてあるもので、熱がこもらず、彼女にとって熱帯夜を乗り切るための必需品のひとつです。壊れやすいこともなく、寝心地が悪いわけでもなく夏の節電グッズとしておすすめかもしれません。小さい頃から中国でも使っていたそうですが、今使っているのは日本で見つけたもので、日本でも購入可能です(日本では、竹シーツと呼ぶようです)。ただ、かなり重いのが厄介なのと、稀れではあるが痛っ(棘?)と思うこともあります。値段も手頃なので、関心のある方はひとつ、お試しを。

そして、冬瓜(とうがん)。冬瓜は熱をとるために、スープを作って飲むのが熱中症の予防に良いのですが、食べるだけでなく、これを抱きかかえて寝るのも涼しくて有効だそうです。確かに、中国にはバカでかい、人間の上半身ほどの冬瓜がその辺のスーパーにありますから、それもありかもしれません。何でもいいから試したみたいぐらいの暑い夜が続きますが、節電しながら乗り切りましょう。


写真:冬瓜。右のきゅうりの大きさと比べてみて下さい。

Posted at 2012年07月28日 09時06分23秒  /  コメント( 0 )

中国での熱中症対策 【粥菜坊パパのフロク - 広州・中国編】

いよいよ夏本番です。緑豆(りょくとう)は、日本ではあまり知られていない食材ですが、中国では夏に取るべき食材として有名です。体の熱を冷まして体内の毒素を排出し、熱中症や日射病の予防になるからです。緑豆を煮込んで、デザートにしたりスープにしたり、お粥にすることもあります。その解毒作用から、肌を美しく保つのにも有効と言われています。

日本の普通のスーパーではまず目にしませんが、中国の食材店に行けばよく置いてあるので、煮込んで食べてみて下さい。小豆よりも緑豆の方がさっぱりした感じです。粥菜坊では、青玄米粥“翡翠”、中華ちまき、緑豆沙(緑豆のデザート)に緑豆がたくさん使われているので、ご来店する機会がある方は、是非食べてみて下さい。中国茶の中では、菊花茶が熱中症の対策に有効です。


写真:(左から)青玄米粥“翡翠“、中華粽、緑豆沙

Posted at 2012年07月24日 08時52分26秒  /  コメント( 0 )

「餃子レクリエーション」 in デイサービス 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2012年7月2日(月)

あるデイサービスの施設で、おじいちゃん・おばあちゃんを相手に、久しぶりに餃子のレクリエーションをしました。餃子の具は、粥菜坊があらかじめ作って用意。粥菜坊の到着前に皆さんの手は消毒して、粥菜坊が来るのを楽しみに待っていてくれました。

始めは「包まないと食べれないよ、自分で作ったやつを食べるんだから」、なんてヘルパーさんにハッパをかけられても、なかなか手を出しません。かみさんが、見本に包んで見せて、具を皮に乗せておばあちゃんに手渡します。「80年生きてきて初めてなんだから」なんて言いながら、照れながらも1枚包むと、隣りのおじいちゃんも手を出します。どうやら、みなさん餃子を包むの始めてだったようです。それでも、1枚包むと、次はもっと上手に、と向上心に火が付きます。器用な人は、徐々にひだひだも付けられるようになって、包むペースも上向き。
恥ずかしくてなかなか手を出さなかったおじいちゃんも、いったん始めるとどんどん夢中になって大はしゃぎ。具が飛び出しているような失敗作なんてありません。あるおじいちゃんは、左手しか動かせませんが、ヘルパーさんに手伝ってもらいながら包めると、とても楽しそうでした。

包んだ餃子は皆さんの目の前で、ホットプレートでじゅうじゅうと焼きます。こんがりときつね色が付いて焼きあがると、皆さんに取り分けます。

味付けした三陸の茎わかめも「支援のお礼にもらったものだよ」と言いながら、配膳します。お粥も作っていったのでお椀にわけて配ります。
おじいちゃん、おばあちゃんはお腹いっぱい。楽しそうに遊んだおじいちゃん、おばあちゃんと見て、粥菜坊も胸いっぱいでした。

さて、この粥菜坊の「餃子レクリエーション」 。時間が許せば、老人ホームや、社会福祉関連施設で皆さんと楽しみたいと思います。もちろん、ボランティアなので費用はかかりません。ここでやって欲しい、あそこでやってみたら、というリクエストがありましたら、是非お教え下さい。

餃子包むの、結構楽しいですよ。

Posted at 2012年07月03日 07時56分36秒  /  コメント( 0 )

丸って凄い! 【粥菜坊パパのフロク - 広州・中国編】

“四角い机を丸くする”。中国では、さすが14億の人口を抱える国と感心する知恵に出くわすことがあります。その一つがレストランにあるテーブルです。下の左の写真のテーブル、普段は四角で使っているのですが、必要に応じて四辺の折りたたんである部分をガチャンガチャンと持ちあげれば、丸いテーブルに早変わりです。丸くすれば、4人と言わず5人、6人と座ることも可能で、何とも便利なのです。

でも、驚くのはこれだけで済みません。部屋の片隅には、いくつかの大きさの丸い板があって、必要があればころころ転がして運んできます。厚くてとても重いのですが、転がせるので大丈夫なんです。そして、これを小さな丸テーブルの上にポンと乗せれば、大きな丸テーブルに早変わり。テーブルクロスをかけて4人、6人用だった小さな丸テーブルが10人、12人用の大きな丸テーブルに早変わりするのです。詰めればもっともっと座れます。丸って、なんて便利なんだろうと驚いてしまうわけです。お客さんがどんな人数で来ようとも対応できる、さすが人口大国の知恵だと感心させられる技のひとつです。

さて、粥菜坊ではこの発想にちなみ、開店当初から楕円形のテーブルを置いています。これがなかなか成功でした。テーブルは小さいながら、お客さんの収容力抜群です。以前、16人グループのお客さんが一緒に座りたいと申し出てきて、16人で利用されたことがあります。それほど無理せず16人座れていました。また、別の時には、他の2人用テーブル5つを合わせ、総勢31名の宴会をしたこともあります。自分でも驚きましたが、粥菜坊みたいな小さな店でも31名着席できたんです。丸ってすごい!粥菜坊の収入の面でも実際に貢献してくれていることを思うと、丸様様なのです。

 
写真:(左から)丸くなる四角いテーブル、丸い大きな板を転がしています、粥菜坊のだ円形のテーブル

Posted at 2012年06月29日 09時25分44秒  /  コメント( 0 )

日本にあった『ライチ狩りツアー』 【粥菜坊パパのフロク - 広州・中国編】

もう6月も終わりですが、中国広州で6月といえばライチ。街のあちこちで、真っ赤なライチが山のように積まれ、多くの庶民が新鮮なライチを楽しみます。日本でも稀れに食べれることがありますが、冷凍品であることがほとんどです。ライチは「一日で色が変わり、二日で香りが失せ、三日で味が変わり、四日で色・香り・味全てなくなる」と言われるほど鮮度が大切で、冷凍品となると別物になってしまうのです。唐代の楊貴妃が、広東から長安まで人から人へ渡しながら馬を走り続けさせ、わずか3日間で運ばせたというお話があるほどです。

さて、かつて日本発で『ライチ狩りツアー』なんて美味しそうなツアーがありました。木から自由にもぎとれて、もちろん食べ放題。なんと、あのぷりんとした甘い汁の滴る半透明な果実が、いくらでも食べれたツアーがあったんです。2005年から2008年まで年に一回、4年ほどやって今は休止しています。しかも、営業目的ではないので、かかる費用は全て実費のみ。えっ?どういうことって思うでしょうが、主催していたのは粥菜坊です。毎年、料理教室の生徒さんを中心に10数人引き連れて、広州に『ライチ狩り&広東料理満喫ツアー』なるものを催行していました。現地のツアーでもライチ狩りなんてありません。これは、粥菜坊の個人的な知人にライチを育てている農家さんがいるために実現できた、かなり稀れな企画だったのです。ライチ狩りツアー…粥菜坊だからできるこんな珍しい企画、またいつか復活させたいです。


写真:(左から)ライチ狩り風景、第2回ツアーご一行記念写真
※ライチ狩りは、自分も写真を写すのを忘れるほどいつも必死で、真赤なライチがいっぱい成った良いショットが探しても全然ありませんでした…残念。

Posted at 2012年06月27日 09時25分33秒  /  コメント( 0 )

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