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粥菜坊パパのよろずのフロク

料理教室で肉まん、宇都宮で広東料理 【粥菜坊パパのフロク】

2011年4月11日(月)
招杏明の広東料理教室

今日の料理教室は、肉まんを作りました。参加者全員で、小麦粉から練り上げた生地に、にんじんと豚挽肉をベースにした具材を生地の中に包み込んでいきます。「わぁ、家で肉まんが作れるんだぁ」と驚いている人もいます。

生地づくりには、うちのかみさんが、小麦粉やパウダーの原料を量りで量っていたので、みんなビックリ。というのは、彼女はどんな料理でも、普段は全く量りを使いませんから。そういえば、腸粉を作る時も量りを使っていたっけ。どうやら、生地などのベース作りと、料理で調味料を加えるのとは全くべつなことのようです。

さて、生地作りは力が勝負です。残念なことに、パスタを作る器具を持ち込む予定でしたが当日見当つからず、結局、麺棒を使いました。これが、苦労で、体重を乗せ腕に力を入れ、空気をめ〜いっぱい出さなくては、美味しい肉まんができません。何回も何回も麺棒を回し、空気を出し切ることで、もちもちの萬頭ができます。実験に、全く麺棒で押さない肉まんも作ってみました。なるほど、萬頭の部分はすかすかでした。みんなで試行錯誤しながら色んな肉まんを作り、発酵させ、ふかして、おなかいっぱい食べました。うちのかみさんは、腱鞘炎再発ぎみですが、このあと10日間のお休みに入るので、まぁいっか。


(左から)ふかす前、ふかすとこんなに大きくなります。


2011年4月7日(木)
金萬福氏のお店で広東料理

福島県での炊き出しの帰りに、常磐道から東北道へ出て、宇都宮に寄りました。宇都宮餃子を食べてみたかったものの、今回は2年ぶりに金萬福氏に会いに彼のお店へ。以前は、テレビや映画で活躍していて、ちょっとした人気者だった彼は、今は宇都宮の『竹園』で総料理長を務めています。

夕方の開店前に、彼と近くの台湾スィーツのお店で合流。開店に合わせ、お店に席を移します。食事の注文は、金氏と直接やりとり。綿密?に味付けを打ち合わせして、そのあとは、どんどん料理が出てきました。うちのかみさんが、金氏に料理を習いたいと感じるほどの数少ない本物の味だそうです。でも、夜ごはんは帰宅後、子供と一緒に食べる約束もあったため、そこそこで切り上げ、車で帰宅の途に。美味しい紹興酒が飲めなかったのが残念でした。


金萬福氏と記念写真

Posted at 2011年04月16日 09時37分25秒  /  コメント( 0 )

頑張れ いわき市! 【粥菜坊パパのフロク】

2011年4月7日(木)

4日に続き、今日も福島県いわき市で炊き出ししてきました。行ったのは草野小学校という場所で、沿岸部の四倉地区、原発から32kmのところにあります。原発30km圏内にすぐ近くなので、常磐道もここから北は通行止めです。

今回は、まとめ役の人から直接応援要請を受け、定休日の月曜日はしばらく利用できないため、お店を臨時休業して出かけました(突然の休業で、来店してくれたお客様、ごめんなさい。)被災者40〜50人と規模は大きくないので、昼食に加え、夕食のおかずも一品作ってきました。

昼食は、前回平工業で作ったのと同じ「中華もつ煮&粉皮(フンピー)」、そして夕食に作ったのは「ザーサイと豚肉の炒め」です。もつ煮には、風邪予防に桂皮(シナモンのこと)もたっぷり入れて、健康にも配慮しました。もつ煮はスープまでしっかり飲んでくれたようで、ちょっと安心です。「白ご飯は用意できるがおかずがなくて」と事前に聞いていたので夕食の分も用意することができ、電子レンジはあるので温めればOKのようにして置いてきました。

屋外で炊き出しをしていると入れ替わり立ち替わり覗きに来て、とても楽しみという顔を見せてくれました。川崎から来たと言ったら、とても喜んでくれて、「記念写真撮ろう撮ろう」とはしゃいでくれました。いろんな被災者の方とお話もできて、とても楽しかったです。「ちょうどお肉が食べたいって皆で言ってたの」と4人のおじいちゃん・おばあちゃんが顔をくしゃくしゃにしてくれて、夕食も用意してきて良かったとつくづく思いました。皆さん、被災後、炊き出しの温かいものは食べていなかったようです。

いわき市といえば、一時期は市全体が被曝しているという風評被害があり、物資もなかなか行き渡らないとされていました。でも今では、いちおうの物資は揃っていて、特に必要なものはほとんどないようです(あくまで、自分で聞いてきた範囲ですが)。ガソリンスタンドも並ばずに給油できています。どこでも、とりあえずの食事はありそうなので、一安心。でも、これから、いかに温かいもの・栄養あるものを採っていくのか、心配ではあります。時間を作れたら、料理を作って、真空パック&冷凍して送ることを言い出て、避難所を後にしました。

頑張れいわき! 頑張れ福島! 頑張れ東北! 頑張れ日本!


(左から)「ザーサイと豚肉の炒め」、炊き出し中

Posted at 2011年04月10日 01時58分22秒  /  コメント( 0 )

頑張れ福島、頑張れ東北。 【粥菜坊パパのフロク】

2011年4月4日(月)

福島県いわき市に昼食の炊き出しに行ってきました。段差がところどころ残る常磐道を北へ3時間半、目的地の平工業高校に到着。この避難所は、主にいわき市の海岸沿いに住んでいて津波で家を失った160名ほどが避難しているところです。今回は、プロパンガスや調味料、仕込み済みの食材を持ちこんで現地で調理し、熱々の中華もつ煮&粉皮(フンピー)をふるまいました。

地震発生後もう3週間半が経つというのに、温かい食事ができたのがつい2〜3日前だそうで、熱々のものを現地で作って「ああ、良かった」とつくづく思いました。水さえ通ったのがつい4〜5日前だそうです。それまでは貴重な水はお茶用に確保して、各地から送られてくるカップ麺さえ食べれなかったそうです。

まとめ役の人も東京から駆けつけたボランティアの方でした。東京に戻ったりもするので、市の職員の方々と取っかえ引っかえ状態でまとめていて、引き継ぎが難しいながらやっと少し軌道に乗ってきたそうです。早くまとめ役2人体制を取りたいと言っていました。

食事の準備に付いてくれた3名のボランティアの方は、避難指示が出ている原発20km圏内にある高校の先生で、被災者・避難者でもありました。当初は、まさか原発の問題がこんなになるとは思わず、何も持たずに避難したそうで、それを悔やんでいました。学校ももう始まる時期ですが、校舎が使えないのはもちろん、生徒もいろんな避難所に散らばっているので、どうしたものか悩んでいるそうです。今は生徒の状況把握が精一杯で、場合によっては各避難所に先生が飛んで授業をすることもありうるそうです。福島の教育が一番マヒ状態とのことでした。また、原発近くは立ち入りできないことから、津波被災地の報道もほとんどないけれど、手つかずなのはもちろん、千ぐらいは遺体が残されているだろうと言っていました。なんと惨いことでしょう……。

勇気づけてくれたのは、平工業高校の野球部の球児たちです。到着時、グランドで大きな声をあげて元気に練習していて、練習後は給仕を手伝ってくれました。いつも練習後はボランティア活動をしているそうで、幸い炊き出しは多めに作ったので、彼らにもふるまってあげることができました。受け取るたびに「ありがとうごいざいます」と力強い挨拶に、これから東北を立て直してくれるであろう彼らの元気に力強さを感じました。

頑張れ福島、頑張れ東北。今日また一つ、いわき市のある避難所からSOSが入りました。今週か、来週、なんとか時間を作って行こうと思っています。


(左から)中華もつ煮&フンピー、炊き出し中

Posted at 2011年04月05日 08時58分09秒  /  コメント( 0 )

4月4日(月) 福島県いわき市で炊き出しします 【粥菜坊パパのフロク】

2011年3月31日(木)

炊き出しマップなるものが出て、支援に少しずつ動けるようになってきました。福島県内で炊き出しできる場所を探して、災害救援ボランティアセンターに連絡をとったところ、4月4日(月)にいわき市に行くことになりました。温かいものを作って配ってこようと思います。

いわき市のかたで、もしこのブログを見られた方は、4月4日の昼食に平工業高校で炊き出しをします。一生懸命作りますので、是非お越し下さい。

また、当店の近辺で福島県南部に物資を届けたいと思っている方、おられましたら私が届けられるかもしれません。是非、粥菜坊までご連絡下さい。

Posted at 2011年04月01日 09時09分48秒  /  コメント( 0 )

とどろきアリーナにいる方の様子を見てきました 【粥菜坊パパのフロク】

2011年3月28日(月)

定休日を使って、川崎市の被災者を受け入れているとどろきアリーナで、皆さんに広東粥と餃子を配ってきました。アリーナに移動して、約1週間経つこともあって、それなりに落ち着かれた印象です。情報サロン室が食堂として常時開放されていて、川崎市民からの支援のカップめん類、菓子類、飲料水等もそこそこ集まって、いつでも自由に飲食できるようになっています。実際に皆さんがくつろいでいる所を垣間見ることができて、少し安心しました。何人かの人と話をしてみると、支援物資も結構集まって、暖房やシャワーもあるので、とりあえずはひと段落だそうです。

ひと安心とはいえ、どうしても、皆さんの今後がどうなっていくのか考えると心配でなりません。復興まで長期にわたるのは間違いないですから、今だけでなく長い目でできるだけの恩返しをしたいと思っています。

Posted at 2011年03月29日 01時05分42秒  /  コメント( 0 )

在日広東文化交流会が義援金募集中です 【粥菜坊パパのフロク】

2011年3月28日(月)

うちのかみさんの呼びかけで、在日広東文化交流会が義援金を募集しています。震災後、あっという間に多くの中国の人が帰国してしまうのを見て、つらくなって呼びかけたものです。会長の羅鳴氏も賛同してくれて、忙しい中、多くの人に声をかけてくれています。中国人のネットワークのひとつである東洋鏡には、今日までの経過が載っていますので、見てみて下さい。

粥菜坊でも取り次ぎますので、よろしくお願いします。

Posted at 2011年03月29日 00時49分23秒  /  コメント( 0 )

とどろきアリーナに避難所が設置されています 【粥菜坊パパのフロク】

2011年3月24日(木)

東北地方太平洋沖地震の発生以来、何か役に立ちたいと思いつつも、個人からの支援物資は受け付けていなかったり、ボランティアの受入態勢が未整備等、何もできずに歯がゆい思いをしている方も少なくないかと思います。

原発事故により、多くの方が各地方へ避難されておりますが、川崎市でも正式な受け入れ場所として19日より「とどろきアリーナ」に避難所が設置されました。既に100人超の被災者の方が避難しており、ボランティアや支援物資も川崎市社会福祉協議会(TEL:044-739-8710)で募集しております。被災者の方々が何が必要なのかが直にわかるので、ここの方々への応援なら、とてもしやすいと思います。関心のある方は、社会福祉協議会ボランティア活動振興センターの方へ、是非電話をしてみて下さい。

私も、昨日とどろきアリーナに出向き、係の方と炊き出しのスケジュールを話し合い、来週お粥を作って配ることにしました。粥菜坊のお粥で一人のかたでも心を和ませてくれたら、とてもとても嬉しいです。

少しでも早く、一日も早く、原発の問題が収束し、被災された方々は元通りの生活にいくらかでも近づけて、心休まるよう願ってやみません。

Posted at 2011年03月25日 08時41分51秒  /  コメント( 0 )

よもぎ伝説 【粥菜坊パパのフロク】

よもぎが体に良いという話は、よく聞くと思いますが、実際にそれを体感した人から話を聞くことは少ないと思うので、うちのかみさんのお話を紹介したいと思います。

うちのかみさんが8歳の頃、体に変調が現れて全身動けなくなり、顔もひきつって全身麻痺に陥ったそうです。家族・親戚が広州じゅうの多くの医師を訪れましたが、原因不明でなす術なく、諦めざるを得ない状況となって数か月・・・唯一、姉の旦那さんが諦めずに走り回り、ある話を聞きつけて持ち帰ったのがよもぎだったそうです。よもぎと生姜に他の漢方を混ぜて煮込んだお湯に浸かったり、お灸にしたり体に擦り込んだり、煮だして飲んだりと色々しているうちに、体はゆっくりと徐々に回復。40日後、アパートの6階から、手すりを伝わりながら、ゆっくり1階まで下りれるほどまでになったそうです。

これを機会に、うちのかみさんの漢方研究が始まります。その後、看護師の道に進んで、広州赤十字病院で何年も働くことになりますが、今でも愛読書は漢方や医学の本で、暇があると読んでいます。粥菜坊のメニュー・料理が、医食同源を考えたものになっているのは、その知識・経験が活かされて、多くの人の健康を願っているからです。

実際にあったよもぎの奇跡的な話を紹介しましたが、もっと詳しいことを知りたい方は、粥菜坊で、直接うちのかみさんに話を聞いてみて下さい。(粥菜坊パパのよろずのフロク


これがよもぎです

Posted at 2011年03月24日 01時07分25秒  /  コメント( 0 )

頑張れ、日本!! 【粥菜坊パパのフロク】

2011年3月21日(月)

東日本大地震が発生して約十日、被災地の方々はもちろん、被災地に親戚・友人がいる方々の気持ちを考えると、未だにやるせなく、やり場のない気持ちでいっぱいです。

亡くなられた方々にお悔やみ申しあげますとともに、被災され未だに困難な状況にいる方々には、言葉も見当たらず、ただただ良くなるように、少しでも安心できるように祈るしかありません。

ここ数日、お粥をお持ち帰りになるお客さんから、被災地から身を寄せて来た方々の話を耳にするようになりました。極度の緊張が続いていて、少しほっとしたためか、体調を崩す方が多いようです。高熱を出す方や、中には救急車で病院に運ばれた親戚を持つ方もいらっしゃいます。該当する方がいらっしゃいましたら、是非注意してあげて下さい。

先日あった、ハイパーレスキュー隊の方々の会見には、実に感動しました。涙も随分と流してしまいました。恐怖に立ち向かったご本人およびそのご家族の気持ちを察すると想像を絶します。現在なお奮闘を続ける消防の方々、自衛隊の方々、警察の方々等々、日本の誇りです。私は、今まで特に直接お世話になることはほとんどなく、感謝の念を感じたこともなかったですが、日頃から感謝すべき方々であることを今回痛感しました。本当に有難いです。

粥菜坊のお店には、多くの方が立ち寄ってくれたり、電話をくれたりして、大丈夫だったか尋ねて下さいました。幸い、何の被害もありませんでしたが、この場を借りて心配してくださった方々に厚く御礼申し上げます。こうしたお客様がいらっしゃること、本当に有難いです。

水道をひねれば水が出る、外を歩けば道が舗装されている、屋根がある部屋でゆっくり眠れる、日常の当たり前のことが、昔からの多くの方々や先祖・両親の努力があって、今があることに感謝です。日頃の家族と一緒にいる時間や美味しいものを食べれるといった、何でもない小さな幸せに感謝です。

こうしてみると、身の回りが感謝すべきことに溢れています。これも被災したわけでもないから悠長なことを考えられるわけで、先ずは被災地の方々が、安心できる生活に一歩ずつ、前進できますように。頑張れ日本ですね。粥菜坊も、少しでも多くの方の心が癒されますように、美味しいお粥を作ります。

Posted at 2011年03月22日 09時41分40秒  /  コメント( 0 )

広東料理教室、そろばん表彰式、おひな様の顔出し看板 【粥菜坊パパのフロク】

2011年3月7日(月)
招杏明の広東家庭料理教室


昨年10月に料理教室を再開して、今回が6回目になります。月1回、月曜日に川崎国際交流センターで活動しています。今日の料理は、酢豚、肉野菜焼きビーフン、豚ガッツ・湯葉・銀杏のスープの3品を取り上げました。

まず、スープに入れる生の豚ガッツ(胃袋)の切り方、洗い方を紹介、皆さん初めて見るものなので、身を乗り出して興味津々。触ってみたりもしていました。そのほかには、豚肩肉ブロックからの切り方、そして下ごしらえの仕方、野菜の千切りの切り方などなど。その手際の良さに驚くと言っている方もいました。グループ分けして、実習を始めると、油で揚げることが初めてという人もいて、大はしゃぎ。皆さんとても料理を楽しんでいるようで、その様子を見て私も楽しい一日でした。


豚肉の下ごしらえを伝授中


2011年3月6日(日)
そろばん優良生徒の表彰式


息子が、そろばんで表彰されるというので、中原市民館に行ってきました。珠算を習っている子供たちを大勢見て、とても嬉しく思いました。今では、誰でもコンピューターを使う時代ですし、指導者も少なくなっているので、そろばんに関心を持つ機会が少なくなっています。が、しかし、多くの日本人に受け継がれていって欲しい文化であることに間違いはないでしょう!!

さて、表彰に先立ち、フラッシュ暗算というデモンストレーションがあり、初段程度まで何題か出題されて子供たちが次々と答えていました。最後は、難しい問題(九段、3桁15口4秒)が出題されましたが、生徒の中にはできた人がいないので、私が保護者席から答えました。フラッシュ暗算って初めてでしたが、ご名算でした。皆さんをちょっと驚かせてしまったらしく、会場にどよめきが起こりました(ちょっと快感)が、これは私も昔珠算を習っていたからできたことで、30数年そろばんに触れていなくても、暗算力って衰えません。是非、多くのお子さんにそろばんを習うことを勧めて下さい。そろばんは、日本の子供たちの算数力を世界トップレベルに復活させることができると思います。


表彰式には多くのお子さんが参加


2011年3月4日(金)
手作りひな壇の顔だし看板


粥菜坊が仲良くさせていただいている、武蔵新城にあるデイ・サービスの所長さんが、見せたいものがあるから来てよというので、立ち寄りました。大きなひな壇があって立派でしたが、もっと立派なのがその隣りにあって、所長さんが見せたかったのは手作りの顔だし看板でした。なるほど、傑作です。色付けは、小さく切った色紙をモザイク状に貼ったもので、おじいちゃん・おばあちゃんが楽しく作ったのがよくわかる素晴らしい作品です。このデイ・サービスには、時々お昼ごはんを作って運んでいるので、皆さんとも顔なじみ。私たちが伺うと喜んでくれました。僅かな時間しかおじゃまできませんでしたが、笑顔に溢れたおじいちゃん・おばあちゃんを見れて心が癒されました。


手作り顔だし看板、傑作です!

Posted at 2011年03月08日 08時13分39秒  /  コメント( 0 )

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