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2011-06-23

宮城炊き出し行脚 (8)...

2011年6月22日(水)

ここまでの経過は各編をクリック >(1)準備編 (2)出発編 (3)南三陸町歌津編
(4)NHK報道裏話編 (5)南三陸町歌津編2 (6)中休み編 (7)牡鹿半島鮎川編

●行脚六日目 6月12日(日) 石巻市内釜小学校へ

いよいよ炊き出し最終日です。この日の釜小学校では水も出るというし、メニューは粉皮(フンピー)一品なので、荷物は比較的少なめ。運ぶ寸胴鍋も一つあれば大丈夫。



前日、石巻市内をぐるぐる廻って、釜小学校も下見をしておいたので、楽勝に到着。石巻市内は、被災後3カ月に合わせ、あちこちでお葬式の案内板は見るし、大規模な合同葬儀も行われていました。私の知人も親戚が石巻で被災し、合同葬儀に参加するため、石巻に来ていました(会えなかったけど)。その知人の親戚という方は20歳の娘さんで、他の家族5人全員亡くされたそうです。辛い事情な上に、いっぺんに5人となると戒名だけでも莫大な金額だそうで、こんな時ぐらい、お坊さんも何とかしてあげられないものだろうか?と思ってしまいます。

さて、この日の炊き出しは、釜小学校に避難している約100名+外部100名への慰安のイベントに便乗させて頂くもの。吉本興業の芸人さん(5GAPさん、ネゴシックスさん、鉄拳さん)が来られ、皆さんを楽しませていました。



イベントを横目に、炊き出しの準備も着々と進み、12時に合わせ用意ができます。しばらくすると、中国国営の中国新聞社東京支局長の孫さんが現れ、インタビューを受けます。その際の模様は、中新綱のテレビチャンネルで見ることができます。


(左から)炊き出し準備中、インタビューワーが写真撮影、中華スープ粉皮(フンピー)

そこそこ終わりが見えてきた頃、他の100人ほどの避難者がいる中学校から緊急要請が…。ええぃ、最後だ行っちゃえ。ばたばたと片付け、次の場所でどたどたと用意します。最後に、炊き出しの梯子のおまけが付くとは。


炊き出しの梯子となりました

そして、遂にやりました。順調に炊き出しの全日程終了。全身、充実感でいっぱいです。今夜は飲むぞぉ〜、と日本酒を買い込み、夕食はすっかり病みつきになった油ふのお鍋で乾杯!


(左から)連日プロパンを部屋に持ち込んでのお鍋、病みつきになった油ふ

知らぬ間に心地よい眠りに着いていました。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年06月23日 06時47分58秒  /  コメント( 0 )

宮城炊き出し行脚 (7)...

2011年6月22日(水)

前編シリーズは各編をクリック >(1)準備編 (2)出発編 (3)南三陸町歌津編
(4)NHK報道裏話編 (5)南三陸町歌津編2 (6)中休み編

●行脚五日目 6月11日(土) 牡鹿半島鮎川浜へ

起床朝4時半。眠い目をこすりながら、5時には出発。管理人さんはこんな時間でも、ちゃんと「いってらっしゃい」と外に出て見送ってくれます。



登米から鮎川は、三陸自動車道を南下し、石巻を通過して牡鹿半島に入って行きます。が、三陸自動車道がかなりガタガタ。減速表示が次から次へと出てきます。段差があると、運転手は覚悟ができますが、後ろの席の人は悲惨。狭いところで足を畳んで座っているうえ、車がぼッこんと跳ねて、あちこちに頭をぶつけます。(うさちゃん、りささん、ごめんなさいでした)

石巻も渋滞前に無事通過、順調に半島に入ります。半島の景色は、瓦礫いっぱいの浜を過ぎると、山に入り、また瓦礫いっぱいの浜が出てくる、その繰り返しです。半島先端近くの鮎川浜に着いたのは、朝7時すぎでした。


鮎川浜と炊き出しをした牡鹿公民館

朝7時でも、お粥を作るとなるとぎりぎりの時間。お昼の12時に合わせ、急いで準備にかかります。準備をしていると、ボランティア・チームをまとめている遠藤太一さんが見え、挨拶を交わします。今日のメニューは、歌津二日目と同じで、広東粥と中華あんかけスパゲティです。



さて、牡鹿公民館は、ボランティアの人たちの拠点となっているようで、被災者が避難しているわけではありません。タイルや壁紙ははがされ、コンクリむき出しの廃墟って感じですが、ボランティアの人たちはここに集まり、リーダーさんの指示を受け、その日の作業に散っていきます。


(左から)ボランティアさんたちが集合、牡鹿公民館内部、壁には多くの応援


遺体安置所にもなっていました

ここのボランティアの人たち素晴らしいです!特筆すべきは、“0円フリーマーケット”という支援で集まった衣服がブティックのように並べられた部屋。被災者の方は、気軽に立ち寄って必要なものを選んで持ち帰れようになっています。支援品が集まっても、全員に公平に配布できないからという理由で倉庫に眠らせている所が多くあると耳にする中で、なんと合理的なのでしょう。


ブティックさながら“0円フリーマーケット”

そして、もうひとつ。その隣りの“遺失物展示会”と称して、収集物が陳列されている部屋。この部屋は入った途端、涙が溢れ出てきます。だって、拾われた写真や遺品が大切に綺麗にされて、拾われた浜別に陳列されているんです。ここのボランティアの方の素晴らしさも胸にじ〜んと来ます。もう、涙をこらえようなんて気もさらさらなくなる部屋です。


“遺失物展示会”

そうこうしているうち、12時もせまり、食事も準備OKです。ここも、避難所ではないので、お弁当形式。お持ち帰りできるように用意します。外には待ちわびた人の驚くほど長い行列ができていて、どどっと入ってきたので、ちょっとビックリ。


長い行列も、てきぱきとこなします


(左から)てきぱきてきぱきと配布中。これが1セットです。ボランティアさんにも配りました

この日も無事300食終了。今日の炊き出しはお昼ごはん用だったので、終了はまだまだ早めの時間。帰りは、石巻市内で次の日の現場を下見。ヨークベニマルに立ち寄って、買い物して、三陸自動車道をキャンプ場へ戻ります。さて、いよいよ明日が最後。気を抜かずに頑張ります。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年06月23日 06時47分35秒  /  コメント( 0 )