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2011-10

23日(日)は急用により...

申し訳ございませんが、急用により23日(日)はお店をお休みさせて頂きます。24日(月)は定休日ですので、連休になります。よろしくお願い申し上げます。

Posted at 2011年10月23日 00時26分27秒  /  コメント( 0 )

臨時休業のお知らせ

10月17日(月)〜19日(水)は、お店を休ませて頂きます。東松島と南三陸町に行って参ります。ご了承頂けますよう、よろしくお願い致します。

Posted at 2011年10月17日 05時23分26秒  /  コメント( 0 )

宮城炊き出し行脚 II (...

プロローグ それはアヒルの一声で始まった
第1章 テーマ『交流』と炊き出しメニュー
第2章 支援が繋ぐ熱き仲間たち
第3章 誰でも受け入れるオープンな青空食堂
第4章 たかが炊き出し、されど炊き出し
第5章 次なるステップへ=『今、粥菜坊にできること』

第6章 虹のフィナーレ、そして南三陸へ

美味しいものを食べれば、頬も緩んで会話も弾む。たくさんの人の笑顔が見れたし、MKさんにも会えたし、アイスパフェも食べたし、おなかも心も満足満足。今回の炊き出しがきっかけで、とにかく少しでも多くのコミュニティができて、一人ぼっちに置き去りにされる人が出ないよう、心から願っています。食の力って大きい、改めて感じました!

おっと、こんなイベントまで付いていました。どこから呼んで来たんでしょう? サポートチームGの代表が連れて来たんだそうです。民族衣装をまとった民族の踊りって、見ているだけで楽しいですよね。のぼりを見ると漢字だけですが、中国からではありません。お間違いのないように。日本にすんでいる韓国人の方たちだそうです。


日本に住んでいる韓国人の方たち舞い。

それと、炊き出しのことに夢中で書き逃しましたが、今回のイベント、有料・無料のバザーもあったんです。たんすなどの家財も、多く並んでいました。購入者には家まで運んでくれたそうです。支援物資を集めて送っていると、運搬の問題によくぶつかります。家財の場合、物はあるけど運送手段がないということがよくあるので、今回のバザーは多くの方が喜んだのではないでしょうか。

ちょうどその頃、仕事から帰って来たボランティアの方たちが続々と現れて、また賑やかになります。温め直して味を整えたお粥やビーフンを「ご苦労さまでした」とお出ししました。最後は、パーフェクトな虹も、応援してくれるかのように現れたんです。写真に入りきらないのですが、端から端までパーフェクト、こんな虹を見るのは初めてでした。虹のフィナーレに、うん、なんか納得してしまいました。



さて、今日の東松島での炊き出しはここまで。アヒルさんも戻って来て、「思い描いた通りの炊き出しが出来たね。」と満足してくれていました。アヒルさんの一声で始まったこの炊き出し。彼が喜んでくれて、支援仲間と力を結集して頑張った甲斐がありました。人を集めるために走り回ってくれた地元の自治会や消防団の皆さま、集まってくれた東松島の皆さま、本当に感謝しています。こんな気持ちで、東松島を後にして、次なる炊き出しの場所、南三陸の港仮設住宅へ向かいました。



港仮設。こちらは、もともと一緒の地区に住んでいた方々だそうで、交流という意味ではあまり心配がいらないそうです。ただ、8月に訪れて中華粽を配った際(その時は、かみさんは中国へ帰省中で、同行していません)、中国の人がいることに気が付きました。その際は、ちょっとしか会話できず、帰京後、随分気になりました。だって、外国から来て、日本でこんな目に遭っているんです。言葉の問題で溜めているストレスがあるかもしれない、中国の食材が欲しいかもしれない、きっと自分の言葉で話ができる相手が必要に違いない。こう思って、アヒルさんに相談すると、すぐに連絡先を調べてくれたんです。かみさんは日本に戻ってくるとすぐに電話しました。


港仮設住宅。8月に中華粽を配りました

最初は、当たり障りのない話で終わり、食べ物も服も足りているから心配いらないとのことで電話を切ります。それから、2-3日して、急に寒い日があり、携帯が鳴ります。「子供の服を送って欲しい」。8月の時にも二人のお嬢ちゃんにお会いしています。速攻でかき集め、次の日には30数着の冬服を送ったんです。それが、信頼関係を生んだのか、段々と話をしてくれるようになりました。地震があった時は、子供と中国にいたそうです。多くの中国人が帰国する中、彼女は日本の旦那さんの元へ戻って来ることを選びます。津波で家は流されたそうです。何回か電話を重ね、一度かみさんと会わせた方が、今後の相談もしやすいに違いない。その機会を探していました。この機会に行くしかない、他の支援仲間も同行してもらって、港仮設に行くことになったんです。実は、港での炊き出しは、そのついででした。その中国人ママは、ぼくらが行くとなると大喜び。かみさんも心待ちです。そして、いよいよ南三陸へ。運転は、やっぱり岐阜からのIさんがしてくれました(感謝)。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年10月14日 09時09分29秒  /  コメント( 2 )

広東家庭料理教室 11...

料理教室を月1回、月曜日に川崎国際交流センターの調理室で実施しています。第13回を11月7日(月)、第14回を12月5日(月)ともに午後1時〜実施します。第13回の料理内容は以下の2点で、調理の模範をお見せして試食した後、グループ分けして実習、そして参加者で会食する楽しい会です。ご参加を希望の方は、参加費とともに粥菜坊でお申し込み下さい。参加費は2500円(食材費、施設利用料込)です。第14回の料理内容は後日お知らせします。
(1)中華おこわ(+中華干し肉のレシピ)
(2)さつま芋のデザート

たっぷり作るので、通常は会食で食べきれない分がでます。お持ち帰りできるよう、容器をお持ち下さい。

Posted at 2011年10月12日 07時22分48秒  /  コメント( 0 )

10月の営業スケジュール

10月の臨時休業:10月18日(火)および19日(水)は、お休みさせて頂きます。17日(月)と合わせ3連休となりますので、ご注意くださいませ。

定休日および営業時間は通常通りです。
定休日:月曜日
営業時間:11:30〜15:00、17:00〜23:00(LO22:30)

Posted at 2011年10月12日 07時16分04秒  /  コメント( 0 )

宮城炊き出し行脚 II (...

プロローグ それはアヒルの一声で始まった
第1章 テーマ『交流』と炊き出しメニュー
第2章 支援が繋ぐ熱き仲間たち
第3章 誰でも受け入れるオープンな青空食堂
第4章 たかが炊き出し、されど炊き出し

第5章 次なるステップへ=『今、粥菜坊にできること』

前述しましたが、炊き出しなんて所詮一回分の食事。何とか次に繋げられないか? ずっと葛藤がありました。そこで、6月に立ち上げたのが『被災地食事支援プログラム』です。「粥菜坊さんはネット販売もしているから、地方からも注文できるし、こんなプログラムってどう?」と素案を提供してくれたのは、支援仲間の総理です。ちょうどその頃、“被災地炊き出し行脚”を終えて、知り合った方々へ冷凍のお粥を送り続けようかと考えていた時でした。彼女の案が斬新だったのは、粥菜坊のお客さんが購入するという点です。確かに、粥菜坊単独でやるよりも、お客さんにも協力を得た方が、無理なく運営できます。周りの人たちに忘れないで!と呼びかけにもなるし、息の永いプログラムにしたいとの思いもありました。早速、プログラムの内容を詰め、店に貼るパネルを作って、ネットショップにも組み入れ、『被災地食事支援プログラム』が始まったわけです。


(左から)ネット上の注文画面。NHKのカメラに宣伝を試み中(結果はボツ。やはり宣伝はだめか?)

さて、手がかかった食事をしてもらいたい、少しでも栄養あるもの食べてもらいたいと思って始めたこのプログラム。それらが解消されたとは思ってませんが、半年経った今では、新たなステップとして重要な役割を担えると思っています。このプログラムを活用して食事会を設けてもらったり、見回りボランティアのツールとして活用頂くというものです。7〜9月に数多くの人が仮設住宅に入居してますが、いろんな事情でコミュニティがバラバラになり、残念ながら自ら命を絶つニュースも耳に入ってきています。なぜ、東北の人が何度も何度もこんなつらい目に遭わなければならないのか。地震・津波・別れ・孤独・厳寒……粥菜坊ができること、せめてコミュニティづくり、孤独化防止にちょっとだけお手伝いさせて頂きたい。せめて、まだまだ多くの人が心配していること伝えたい。強くそう思っています。


食事支援プログラムでは、朝鮮人参粥、餃子、中華粽のいずれかを送っています。

そのためにも、今回の炊き出しでお会いしたかった方が2名いました。

1名は野蒜(炊き出し場所から車で5分ぐらいのところ)のMKさんというおばちゃんです。震災当日は、天井まで押し寄せた津波に沈み、ご主人は車ごと流され、それでも助かったお二人。当日、MKさんは裏山に逃げ込み、真っ暗の中一晩過ごされたそうです。その後、3カ月、2人は避難所から自宅に通い、泥出しから修理に明け暮れたものの、それがほぼ終了すると、張り詰めた糸も切れ、周りの人たちはほとんど戻らず(420世のうち、20世帯しか戻っていません)、落胆の日々を過ごします。そんなことではいけない、と支援仲間の高野さんが心配して8月に訪れた際、同行させてもらったわけです。このおばちゃん、かなり面白くて求心力がある。何とか先ず、MKさんが元気になれば、きっと周りを元気にさせるはず。皆でこう確信しました。そして、ある仕掛けを残した結果、現在実際にそうなりつつあるのです。支援仲間でどれだけ歓喜したことか。その仕掛け・いきさつは総理のブログをご覧ください。


8月に支援仲間8人でMKさんを訪ねました

さて、今後毎月一回、近所のおばちゃんで集まって手芸・裁縫を楽しむことになったらしい。粥菜坊は、「是非、粥菜坊の食事支援プログラムを使って、皆さんでお粥をお食べ下さい」と直接お話ししたかったのです。お会いできて話をしていると、MKの目に涙がバッと浮き上がるのが見えました。皆が一斉に応援したので、感極まったのだと思います。自分も声を詰まらせてしまいました。MKさんは、炊き出しのお粥を美味しい、美味しと何回もおかわりしていたので、ちょうどタイミングばっちりでした。もちろん、「わぁ、嬉し〜い」との返事。会えてよかった。これからは、そのコミュニティがしっかり根付くこと、粥菜坊も見守りたいと思います。

そして、もう1名は、仮設住宅を見守りボランティアをしているMTさんという若い女性です。看護婦さんという多忙な仕事をしていながら、仕事の合間をぬって仮設住宅を回っている方です。現在、食事支援プログラムのお粥を送っている一人で、見回りの際に「これ食べて下さいね。」って具合に置いてもらっています。かなりの寒さになった今、かなり喜ばれていると聞きます。8月にお会いしていますが、できるなら、またお会いして要望なり、必要な事なり、直にお聞きしておきたかったのです。でも、残念ながら、当日は都合つかず炊き出しに顔は出せませんでした。またメールや電話でやりとりします。


8月支援仲間8人でMTさんの所も訪ねました

今後は、粥菜坊の『食事支援プログラム』を見回りツールにして、見守りボランティアを始める方を見つけたいと思います。お粥のプレゼントがあれば、知らない人でも訪ねやすいと思うんです。そして、あちこちでコミュニティづくりが進み、孤独に悩むお年寄りの方々が少しでも少なくなるよう、心から願っています。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年10月11日 07時39分00秒  /  コメント( 0 )

宮城炊き出し行脚 II (...

プロローグ それはアヒルの一声で始まった
第1章 テーマ『交流』と炊き出しメニュー
第2章 支援が繋ぐ熱き仲間たち
第3章 誰でも受け入れるオープンな青空食堂

第4章 たかが炊き出し、されど炊き出し

粥菜坊の炊き出しもこれまで7か所、8回。心にずっとすっきりしないものがありました。食材、器具を持って行くなら、物資を満載にして持っていった方がいいんじゃないか? 炊き出しなんて、所詮一回分の食事。5時間もすれば後に何も残らない。確かに、喜びを伝えてきてくれる人もいるが、ほんの一握り。全体的にはわからない。お粥を作れば、食べないであからさまに拒否されることもある。日本のお粥をイメージすれば、あっても仕方ないこと。へこまないわけではない。……こんなことの連続でした。

でも、炊き出しって誰もが出来ることじゃない。自己満足でも構わない。100人に食べてもらって1人でも喜んでくれる人がいればいいじゃないか、お金をとるわけじゃないし。よし、やり続けよう。粥菜坊だからできること、見つけよう。こんな心の葛藤が何回かありました。

さて、話は元に戻りますが、餃子を焼き始めると、また行列が。6つの卓上コンロとフライパンを使って、2つは蒸し焼き用、4つは仕上げ用でパリッと焼きあげます。蒸し焼き用→仕上げ用の流れを作って、どんどん焼いていきます。多くの人が、餃子は最初に油を入れるものと思い込んでいますが、そんなことありません。最初は水だけで蒸し焼きして、最後に油を入れて焦げ目を付ける方がずっと失敗は少なくて済むのです。どんどんどんどん焼きあげていきます。


餃子を焼きながら現地の人と談笑

すると、たくさんの人たちが餃子を受け取りながら、話しかけてくれ始めます。お粥・もつ煮を既に食べた人たちも多いので、「こんなお粥が美味しいなんて知らなかった」、「お粥、美味しかったよぉ〜。感動しちゃった。」「もつ煮に入ってた、あれって何?」(答えはハチノス)なんて言いながら、餃子を貰って行きます。お粥をおかわりする人もたくさんたくさんいました。社交辞令でなく、ホントに美味しんだって心に響き、感激が止まりません。若い女性で、何回もおかわりしながら「こんな美味し餃子初めて。生きててよかった」なんて言ってくれた人もいました。重い言葉です。また涙が溢れてきました。

心の葛藤から、解き放されるようでした。そうだ、今までも実はこんなに喜んでくれていたんだ。今までは、食べる場所がなくて持ち帰っていたから、そんな会話をする場所もなかったんだ。自分達も3−4人で、作るので精一杯。そんなチャンスもなかったわけです。涙が止まらず、こそこそ裏手に回りました。炊き出し、やっててよかった。たかが炊き出し、されど炊き出し。捨てたもんじゃないじゃん。裏手で涙を拭っていました。
餃子は約1000個用意しましたが、またたく間に完売。焼きあげの失敗は1個もなく、自分は食べ損ねてしまったのが、残念でした。

さてさて。ママ'sハートキッチンはこれで終わりません。この後も凄い。なんと、飲物コーナーの一部がデザートコーナーに。メンバーのEさんが張り切って用意してくれました。こんな炊き出し、なかなかない!


わあ〜、美味しそう。

このほか、飲み物も一日中飲み放題。そして、Uさんが岐阜から持ってきたクッキー。なんと、幼稚園の関係者が焼いてくれたもので、子供たちのメッセージ付きでした。こんな嬉しいものまで、配られたんです。


園児からのメッセージには、“頑張ってね、負けないでね”とありました。

いやいや、それでもまだ終わりません。遅れて来た人、食べ足りない人、きっといるはず。そして、仕事を終えたボランティアの人も、どっと来るはず。お粥を温め直したり、ビーフンの調理にかかります。


(左から)ビーフンの用意、ボランティアの方に温かいお粥渡してます

次の写真。ちょっとした広場がありますが、少し前まで雑草が伸びっぱなしだったんです。炊き出しをするからというわけではないのですが、駐車場に使った別の場所も含めて、草刈りをしてくれたのはボランティアの人たちです。この炊き出しの日も、この会場に隣接する東名駅の周りの雑草を大勢のボランティアの方々が取り除いてくれていました。今回、こうした炊き出しができたのも、ボランティアの方々の力が大きいのです。テーマは交流。ボランティアの方の食事の際には、現地の人に交じって、お話しながら食事をして頂いた人も大勢います。たまたまこの日に参加していた方々だけですが、粥菜坊の炊き出し、食べてもらえて嬉しかったです。ボランティアの人たち、本当に有難う。



TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年10月08日 09時23分14秒  /  コメント( 0 )

宮城炊き出し行脚 II (...

プロローグ それはアヒルの一声で始まった
第1章 テーマ『交流』と炊き出しメニュー
第2章 支援が繋ぐ熱き仲間たち

第3章 誰でも受け入れるオープンな青空食堂

誰でも受け入れるオープンな青空食堂---それが『ママ'sハートキッチン』です。実は、これって大きなことなんです。残念なことに、物資を配布する際あるいは炊き出しをする際、ここの仮設の人だけとか、他の地区の人は来ちゃダメとか、数の限りからどうしてもそうした制限が必要になります。そこに嫉みややっかみが生まれ、ボランティア活動がマイナス要素を生み出すことも少なくないのです。今回はそんなことがあってはならない。『ママ'sハートキッチン』は誰でも何回でもOKにしました。しかも、ボランティアの人までも。だって、テーマが「交流」だから。けち臭いことをしているわけにはいきません。

だから、食べ物足りなくなっちゃった、なんてことしたくありません。どんどん作ります。まずは、食材を車から降ろして、広東粥、中華もつ煮の準備から。お粥を作るには、生米からグズグズ煮込んで5時間。屋外ですから、へたをするとそれ以上。風の強さで調理時間が全然違うんです。火が弱まらないよう、コンロの周りをしっかりガードしなければなりません。


食材を降ろし、寸胴に水を入れ、火を付けた鍋は周りをしっかりガード。

ぐずぐず、グズグズ… お粥を焦がすわけにはいきません。ちょっと焦げても、その匂いが全体について、全部台無しです。出来上がるにつれ、だんだん重くなって回すのもひと苦労です。回すのは時計の逆回し、でないとお粥のトロミがしっかり出ません。地球の自転に伴う自然の摂理です。それに逆うと、水が分離していトロミが失せてしまうのです。


ピータン豚肉のお粥と中華もつ煮、出来上がってきました。

椅子も並べ、ブルーシートも敷いて、語らいスペースも準備開始。即席の看板も炊き出しメンバーEさんがささッと作ってくれて、12時のスタートに備えます。



さあ、『ママ'sハートキッチン』の始まり始まり。先ずは、広東粥と中華もつ煮あんかけパスタ/ご飯のご提供。ぞろぞろゾロゾロ…わくわくワクワク…。炊き出しを手伝ってくれるボランティアの方もいました。



そして、語らいスペースには、入れ替わり立ち替わり大勢の人が……。やったぁ、これが欲しかった。これが。こんな当たり前のこと、被災地ではそれがなかなかできないのです。公園はなくなり、○○会館は流され、仲の良かったご近所さんはどこに行ったかわからない。集まる場所もないし、人もてんでバラバラ、こんな状況なんです。



たくさんの人たちが、本当にうれしそうに話をしているのを目の当たりにしました。住所交換をしている人もたくさん見ました。聞いてみると、お互いどこに行ったかわからず、半年ぶりに見つかったなんて言っていました。まだまだ餃子、ビーフン、デザート、飲み物、たっぷりあります。どうぞ、ゆっくりしていって下さい。この盛況ぶりに目を向けるたび、何度も何度も涙がこみ上げてくる自分がいました。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年10月07日 09時02分29秒  /  コメント( 2 )

募集!福島の除染に必...

そのタオル、捨てる前に待った!南相馬市に大量の古タオルを送りこみます。先日、原発避難警戒区域が解け、これから小学校などの建物の除染作業が始まります。建物の除染作業は、高圧洗浄機でブアァーーーッと水洗いし、布でひたすら拭き取る作業なので、とにかく古タオルが必要というわけです。除染拭き取りタオルは、1回拭いたら捨てるしかないため、捨てる寸前のぼろタオルがむしろ有難いとのことです(使う人のことを考えて、洗濯済みであることは必要)。是非、よろしくお願いします。

Posted at 2011年10月07日 09時01分41秒  /  コメント( 2 )

宮城炊き出し行脚 II (...

プロローグ それはアヒルの一声で始まった
第1章 テーマ『交流』と炊き出しメニュー

第2章 支援が繋ぐ熱き仲間たち

メニューも決まり、もくもくと準備に入りますが、今回は今までの炊き出しとは圧倒的に違う点がありました。すばらしい「仲間」の存在です。支援活動をしていくにあたって、粥菜坊はなんら団体や組織に属しているわけではなく、あくまで個人でやっています。だから、これまでは炊き出し場所を探すのでさえ苦労し、炊き出しメンバーを揃えるのだって簡単ではありませんでした。


4〜7月はメンバー3〜4人による炊き出しでした

ところが、今回は仲間がいっぱいいました。皆、個人で熱心に支援活動をしている人たちで、自分ができることを精一杯、実行している人たちです。その中心には、ママ'sハートプロジェクトというブログを立ち上げて支援活動をしている、埼玉の主婦の方がいます。行動力といい、統率力といい、情報収集もあまりにすばらしいので、皆で総理と呼んでいます。その仲間たちは、日頃ネット上で情報交換していて、総理を中心に水平に手をつないで輪を作っている感じの仲間たちです。組織とか団体とかいうわけではなく、緩やかな情報交換グループといった感じでしょうか。決して集まることはないのですが、誰かがバザーをするとか、現地に何かを持って行くとなると、よってたかって応援します。結果、現地へ行く支援活動がオフ会になることもあります。今回も、炊き出しをするとなったら、さぁオフ会だ!みたいなのりで、参加可能なメンバーが集まりました。ちなみに、前出のアヒルさんも仲間の一人です。


今回は8人が集結

さて、その仲間たち、炊き出しメンバーを募るとたちどころに手が挙がり、ネット上で盛んにやり取りが始まります。参加メンバーだけでなく、参加できない後方支援の人たちももちろん意見してくれます。
・会社の社内販売でどんどん食品を調達していいか?(入手の都度、○○GETしました〜って報告してくれました)
・ハイエースを出して神奈川経由で宮城に行くがどうか?(なんと、岐阜からです。すると、もう一人、岐阜から参加すると言い出しました)
・クッキーを作って持って行きたいがどうか?
・フルーチェを作ってはどうか?(牛乳を使うので却下)
・どうしたら現地の人の孤立化を防げるか?
・今困っていること、必要なことのアンケートをとってはどうか?
・見守りボランティア募集のチラシを配ってはどうか?
・長蛇の列に餃子を焼くのが追いつかないのではないか?(餃子を出す順番を変更しました)
などなど…
個人的に知っている現地の被災者の方から現地情報を入手してくれる人もいました。現地で事前に配るチラシにも皆、積極的に意見しました。
炊き出しに名前をつけようとなって、自分が ママ'sオープンキッチン か ママ'sハートキッチン を提案。その名前、素敵という意見が立て続けに出ましたが、総理から粥菜坊の名前を入れたほうがいいと異議。結局、粥菜坊ママとママ'sメンバーのコラボということで、『ママ'sハートキッチン』に決まったこともネット上でやり取りされました。


粥菜坊ママとママ'sメンバーのコラボ

そんな仲間たち、ネット上で、日々情報交換をしていて、その熱い行動や思いに、涙してしまうこともしばしばです。覇気を失った人を見つければ何とかしなきゃと皆で考えたり、困窮してそうな仮設を見つければ、たちどころに物資を集めて乗り込んだり送り込んだり。直近の事例では、支援をほとんど受けていないあまりに辺鄙な場所にある仮設住宅を発見。「今、一番何が必要か」聞いてみると、石油ストーブ。総理は、ある団体と交渉の末、数日のうちに石油ストーブ30台を用意しました。日頃から、情報収集を怠らず、人脈を大切にしている賜物だと思います。そして、初回ぐらい灯油を用意しようかと皆でカンカンガクガク。とても熱い仲間達なんです。一部の人がブログを公開していますので、是非ご覧ください。

・ママ'sハートプロジェクト http://blog.livedoor.jp/mhpn/
・NPO法人伊東里山クラブ http://blog.canpan.info/satoyama0404/
・aroaroma(アロアロマ) http://ameblo.jp/aroaroma/
・力JET fr OHANA project http://ameblo.jp/riki-jet/
・サポートチームG http://sinsaisien.blog.fc2.com/(アヒルさんが関わっているチームのブログ。アヒルさんが書いているわけではないそうです)

参加のメンバーも不参加のメンバーも、始まる前からわくワクわくワク。こんなに楽しい支援活動ってあるんだろうか。そして、炊き出し計画も徐々に整い、いよいよ9月23日の朝を迎えます。まずは、こんな状態で炊き出し場所、東松島の東名駅前に乗り込みました。運転手さんは、岐阜から参加のIさん。ほとんど休まず、岐阜から川崎経由で、「主役は休んでて」なんて言いながらずっと運転してくれたんですよ。こんな心熱き仲間ばかりなんです。



TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年10月07日 09時00分11秒  /  コメント( 2 )

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