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東北応援の旅 (2)被災地の今【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2013年11月18日(月)〜19日(火) 

今年も東北の応援のために4度足を運びました。震災から2年半、被災地が今どうなっているのか、今年の訪問をもとに短くまとめてみました。

(1)各地で瓦礫はほぼ撤去され、比較的大きな都市ではかさ上げのための土砂がほうぼうで積まれています。多くの工事車輌が目に入り、工事が急ピッチで進められているようです。

(左から)2013年11月岩手県釜石市:手前がかさあげ前、むこうがかさあげ後と思われます。2013年8月宮城県南三陸町志津川:あっちこっちで、かさあげのための土砂が積まれています。2013年11月岩手県山田町:沿岸部では湾岸工事もほうぼうで見られます。

工事が進んでいるとはいえ、範囲があまりに広大で、全体で見ると工事車輌もポツリポツリと見えるだけ。途方もなく長い道が待っている感じも否めません。

(2)一方で、まだ何も進んでいない場所も多くあります。仮設住宅・商店街の貸出期限も迫って、住民の方々の苦悩や不安も続いています。

(左から)2013年11月岩手県大槌町:まだ解体されていない、廃墟となった建物もちらほら残っています。2013年11月宮城県石巻市:甚大な被害があった石巻門脇地区。やっと瓦礫がなくなりました。2012年8月南三陸町歌津名足:現在、左の建物は撤去されましたが、それ以外何も進んでいない小さな漁村。


(左から)2011年10月南三陸町仮設住宅:支援活動を通じて知り合った中国人女性。今でもよく連絡を取り合っています。2013年11月牡鹿半島鮎川浜:建築予定の防潮堤高さ6mを示す表示。県の強引な計画に住民が反発している地域も少なからずあります。2013年5月保養ピクニックにて:福島の人同士でも、放射能を気にする人と気にしない人との間に軋轢が生じていて大きなストレスになっています。

(3)震災後に残った建築物は、残すか取り去るか住民の賛否両論があり、難しい選択がありました。

●宮城県気仙沼市鹿折地区に打ち上げられた大型船 「共徳丸」
 (2013年8月撮影)解体か否か、紆余曲折を経て2013年10月遂に解体されました。





●宮城県南三陸町志津川 「防災センター」
 (2012年8月撮影)町職員42人が犠牲となった庁舎。最後まで避難誘導の放送を叫び続けた女性職員の話は特に有名。
この庁舎も、紆余曲折を経て年内解体が決定していましたが、現在また凍結されています。



●岩手県陸前高田市 「奇跡の一本松」
 (2013年8月撮影)津波に耐え、松原の中で一本だけ生き残った松。多くの人の願いも虚しく、生き残ることはできませんでした。それでも、一度切断して防腐処理を施し、復元した松が今でも残っています。




●宮城県石巻市 大川小学校
 (2013年11月撮影)多くの小学生・教職員が犠牲になった小学校。今でも崩壊した校舎、片隅にある祭壇はそのままでした。2年半経過した今でも、祭壇にお線香をあげに来る人が絶えません。




●宮城県南三陸町歌津伊里前地区 歌津大橋
 (2013年8月撮影)2013年8月解体撤去されました。さらに今後は、そこにつながる伊里前川に防潮堤が作られます。そこで漁を営む若者が、自然を守るため県を相手に奮闘しています。




●宮城県東松島市野蒜 JR仙谷線野蒜駅
 (2013年11月撮影)線路は撤去され、枕木も片付けられて片隅に積まれていました。曲がった鉄柱や崩壊したホーム・駅の構内は片付いてはいるものの、そのままです。ルートが内陸に移され、野蒜駅は資料館になる予定とお聞きしています。




(4)震災年は、10か所で炊き出しを行いました。今年その同じ場所を、当時を思い起こしながら何箇所か訪問してみました。

●宮城県牡鹿半島 鮎川浜公民館

(左から)2011年6月撮影。2013年11月撮影。
津波で廃墟と化した公民館は、当時ボランティアの拠点になっていました。その中で炊き出しもやりました。今では更地(写真手前部分)になっていて、昨年の冬に解体されたと地元の方にお聞きしました。

●宮城県南三陸町歌津 名足小学校

(左から)2011年6月撮影。2013年11月撮影。
一昨年は危険で中に立ち入れないほどでしたが、今では2階部分を修繕して自治体が使用しています。1階は瓦礫の整理はされているものの、窓も入っておらず使用されていないままです。

●宮城県東松島 JR仙石線東名駅前

(左から)2011年10月撮影。2013年11月撮影。
2年前に炊き出しをした時とほとんど変わらず、何もない寂しい風景でした。東名駅は野蒜駅とともに内陸に移される予定で、もうこの場所には駅は設置されないそうです。

(5)来年もまた…
動きは遅いものの、着実に少しずつ前進はしています。被災者でない自分たちにできるのは、忘れないで応援する気持ちを持ち続けること。来年もまた、東北を訪れたいと思います。

Posted at 2014年06月01日 07時48分35秒

 
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