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宮城炊き出し行脚 II (7)虹のフィナーレ、そして南三陸へ 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

プロローグ それはアヒルの一声で始まった
第1章 テーマ『交流』と炊き出しメニュー
第2章 支援が繋ぐ熱き仲間たち
第3章 誰でも受け入れるオープンな青空食堂
第4章 たかが炊き出し、されど炊き出し
第5章 次なるステップへ=『今、粥菜坊にできること』

第6章 虹のフィナーレ、そして南三陸へ

美味しいものを食べれば、頬も緩んで会話も弾む。たくさんの人の笑顔が見れたし、MKさんにも会えたし、アイスパフェも食べたし、おなかも心も満足満足。今回の炊き出しがきっかけで、とにかく少しでも多くのコミュニティができて、一人ぼっちに置き去りにされる人が出ないよう、心から願っています。食の力って大きい、改めて感じました!

おっと、こんなイベントまで付いていました。どこから呼んで来たんでしょう? サポートチームGの代表が連れて来たんだそうです。民族衣装をまとった民族の踊りって、見ているだけで楽しいですよね。のぼりを見ると漢字だけですが、中国からではありません。お間違いのないように。日本にすんでいる韓国人の方たちだそうです。


日本に住んでいる韓国人の方たち舞い。

それと、炊き出しのことに夢中で書き逃しましたが、今回のイベント、有料・無料のバザーもあったんです。たんすなどの家財も、多く並んでいました。購入者には家まで運んでくれたそうです。支援物資を集めて送っていると、運搬の問題によくぶつかります。家財の場合、物はあるけど運送手段がないということがよくあるので、今回のバザーは多くの方が喜んだのではないでしょうか。

ちょうどその頃、仕事から帰って来たボランティアの方たちが続々と現れて、また賑やかになります。温め直して味を整えたお粥やビーフンを「ご苦労さまでした」とお出ししました。最後は、パーフェクトな虹も、応援してくれるかのように現れたんです。写真に入りきらないのですが、端から端までパーフェクト、こんな虹を見るのは初めてでした。虹のフィナーレに、うん、なんか納得してしまいました。



さて、今日の東松島での炊き出しはここまで。アヒルさんも戻って来て、「思い描いた通りの炊き出しが出来たね。」と満足してくれていました。アヒルさんの一声で始まったこの炊き出し。彼が喜んでくれて、支援仲間と力を結集して頑張った甲斐がありました。人を集めるために走り回ってくれた地元の自治会や消防団の皆さま、集まってくれた東松島の皆さま、本当に感謝しています。こんな気持ちで、東松島を後にして、次なる炊き出しの場所、南三陸の港仮設住宅へ向かいました。



港仮設。こちらは、もともと一緒の地区に住んでいた方々だそうで、交流という意味ではあまり心配がいらないそうです。ただ、8月に訪れて中華粽を配った際(その時は、かみさんは中国へ帰省中で、同行していません)、中国の人がいることに気が付きました。その際は、ちょっとしか会話できず、帰京後、随分気になりました。だって、外国から来て、日本でこんな目に遭っているんです。言葉の問題で溜めているストレスがあるかもしれない、中国の食材が欲しいかもしれない、きっと自分の言葉で話ができる相手が必要に違いない。こう思って、アヒルさんに相談すると、すぐに連絡先を調べてくれたんです。かみさんは日本に戻ってくるとすぐに電話しました。


港仮設住宅。8月に中華粽を配りました

最初は、当たり障りのない話で終わり、食べ物も服も足りているから心配いらないとのことで電話を切ります。それから、2-3日して、急に寒い日があり、携帯が鳴ります。「子供の服を送って欲しい」。8月の時にも二人のお嬢ちゃんにお会いしています。速攻でかき集め、次の日には30数着の冬服を送ったんです。それが、信頼関係を生んだのか、段々と話をしてくれるようになりました。地震があった時は、子供と中国にいたそうです。多くの中国人が帰国する中、彼女は日本の旦那さんの元へ戻って来ることを選びます。津波で家は流されたそうです。何回か電話を重ね、一度かみさんと会わせた方が、今後の相談もしやすいに違いない。その機会を探していました。この機会に行くしかない、他の支援仲間も同行してもらって、港仮設に行くことになったんです。実は、港での炊き出しは、そのついででした。その中国人ママは、ぼくらが行くとなると大喜び。かみさんも心待ちです。そして、いよいよ南三陸へ。運転は、やっぱり岐阜からのIさんがしてくれました(感謝)。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年10月14日 09時09分29秒

 
この記事へのコメント



忘れられない!

あの虹は忘れられません!
そしてもちろん、たの炊き出しも!
同じ炊き出しをしてくれと言われても、きっとできないでしょう。
それぐらい、皆さんのすべての力を出したように思います。
思い出しても本当に充実して、楽しかったですね!
しかし、あの中国の方は、旦那さんがいる日本に戻ってこられていたんですね。家族愛・・・♪ちょっと感動しました!
Posted by 総理 at 2011/10/14 14:15:07



庭野総理様へ

そうなんです。ちょっと感動ですよね。だって、この震災をきっかけに、別々になっている日本人と中国人の夫婦って大勢いるんです。彼女より、うちはちょっと年上なので、お姉さん・お兄さん気分で見守りたい気持ちです。
Posted by 粥菜坊パパ at 2011/10/15 01:21:47

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