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被災地無料バザー(後篇)&被災地視察 【粥菜坊パパのフロク - ブログ編】

2011年8月8日(土) - 続き

8日の日は、実はもう1か所、名足の隣りにある港地区仮設住宅でも無料バザーを開きました。
運んだのは衣類が中心ですが、すごい勢いでなくなりました。状況からみて、今までほとんど支援がなかったのかもしれません。



ここの水は、まだ飲めるようなレベルではなく、皆さんペットボトルを持って給水タンクから水を取っていました。名足ではほぼ水が飲めるから歌津全体でもそうだろうと思いきや、そうでもないんですね。回りに店は全くありませんから、行商が頼りで、不便極まりない状況に見えました。


(左から)港地区仮設住宅。行商の車。

粥菜坊は、やっぱり食事の支援がしたいんです。川崎から運んできた中華粽を一軒づつ、調理の仕方を伝えながら配って回りました。それでも、家族で分けたら一人当たりほんのちょっと。申し訳ない思いで、お粥でももっと運べば良かったとちょっと後悔。これにて、今回のバザーの任務終了です。


粽を渡して、調理法を説明。


2011年8月9日(日)

さて、二日目、朝食を取った後は、とりあえず名足地区の仮設住宅へ。仮設住宅・・・こんな感じです。味気のない仮設、少しでも手作りの物を飾って温か味を添えたいものです。


(左から)名足地区仮設住宅。区長さん(赤いシャツ)とサヨナラ前の記念撮影。

そして、一行は石巻へ。石巻に住むボランティア仲間の所へいって、こんなの作りましたというサンプルを拝見します。手作りのもので、部屋を温めようとするって、さすが女性です。これをサンプルに多くの人が、手作り作業を始めたら、作る人ももらう人も楽しいに間違いなしです。



次は、東松島方面、矢本・野蒜(のびる)・宮戸島へと向かいます。ここは甚大な被害を受けたものの、情報の発信が上手くできていないせいか、相当支援の遅れている場所だそうです。平らな田んぼが続く分、津波でやられた範囲も広大で、松林も無残な姿でした。草もぼうぼうで荒れ放題な場所も目立ちます。
同行したメンバーと面識ある人に、お話を伺うことができました。そんな中でも、忙しい仕事の傍ら、物資を集めて配って、多くの人の世話をしている人がいます。何とか力にならなくてはいけない。やっぱり、そうした思いがこみ上げてきました。


野蒜海水浴場 積み上げられた瓦礫となぎ倒された松林


同行したメンバーと面識ある被災者の方々ともお話しました

最後に、自分と相棒H君の二人は、松島観光。先に見た宮戸島などが、防波堤になって、松島は他に比べれば被害は軽かったようです。ぱっと見、被災していたとはわからないほど、既に復旧していました。夜は、瑞巌寺(ずいがんじ)で慰霊のお参りして、「鎮魂・供養の灯道」を歩いてきました。早く元通りになること、それが亡くなった方への最善の供養かもしれません。


(左から)松島、瑞巌寺の「鎮魂・供養の灯道」

今回のツアーでは、たくさんの人に助けて頂きました。そして、熱い心を持った素晴らしい仲間に出会えました。感謝でいっぱいです。粥菜坊はたくさんの人が応援してくれます。だから、粥菜坊はたくさんの人を応援します。感謝の気持ちを持ち続け、社会に恩返しします。

Posted at 2011年08月12日 09時44分56秒

 
この記事へのコメント



お疲れ様でした!

中身の濃い2日間!やっとお会いできた粥菜坊さんと、こうして無事にバザーも開催できたこと本当に嬉しく思います。
歌津の復旧は早いですね!
現地の方々もやる気あるし、本当に最後にいい支援活動ができたと思います。なんだか、歌津支援活動は一つのドラマみたい!
個性溢れる現地の方々、支援者の方々・・・最後は現地から「大丈夫だよ!」という声も聞けて、こんなにドラマチックな一区切りがつけるなんて嬉しい限りです!
Posted by ママ’sハート庭野 at 2011/08/11 16:12:40



このドラマ、次がありましたね

ママ’sハート庭野 様へ

そうですね。なんかドラマでも見てるみたいな。お互いがお互いを尊重しあって、皆が決して一人相撲をとらなかったのがよかったのではないでしょうか。支援のひとつのモデルケースとして胸張れますね。このドラマ、もう完結かと思いきや、次がありましたという感じ。急がず、あせらず、一人相撲にならないように、次の場所も頑張りましょう。
Posted by 粥菜坊パパ at 2011/08/11 17:54:59

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