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宮城炊き出し行脚 (9)帰京&総括編 【粥菜坊パパのフロク】

2011年6月25日(土)

ここまでの経過は各編をクリック >(1)準備編 (2)出発編 (3)南三陸町歌津編
(4)NHK報道裏話編 (5)南三陸町歌津編2 (6)中休み編 (7)牡鹿半島鮎川編 (8)石巻市内編

●行脚七日目 6月13日(月) 川崎の自宅へ

炊き出しの全日程が終了し、片づけをして、神様が宿るキャンプ場を後にします。管理人さんには本当お世話になりました。また、いつの日か来たいキャンプ場です。自宅に送る荷物はないものの、車の中は未だ荷物でいっぱいです。


帰りも荷物だらけでした

高速に入る前に、残った未開封のお米10キロ、スパゲティ20キロ等、食材計40キロを歌津の会長さん宛てに送りました。それでも、まだ車の中は荷物でいっぱいです。

さて、三陸自動車道を使って、仙台を通過、東北自動車道で帰りますが、三陸自動車を使う方がいたら要注意です。まだまだでこぼこなのも、もちろん注意ですが、東北自動車道に入るまでパーキングやサービスエリアがありません。三陸道に入る前にトイレに行っておいて下さい。結構、厳しいものがありました。

◆総括◆

言葉になかなか表せないほど充実した一週間で、たくさんの人に食べて頂いた分、たくさんの笑顔を見ることができました。これも、周りの皆さんのおかげです。

日頃から粥菜坊を応援して下さるたくさんのお客さん、一週間息子の面倒をみてくれた友人夫妻、息子の呼びかけでメッセージを書いてくれた上丸子小学校6年生の皆さん、呼びかけに応じて薬を持ち寄ってくれたお客さん、炊き出しに導いてくれた人たち、粥菜坊の炊き出しを食べて下さった人たち、そしてうさちゃん・りささん、うさちゃんを一週間も貸し出してくれた旦那さん。。。
周りの皆様にいっぱいいっぱいの感謝です。ありがとうございました。

そして、今回はたくさんの写真を撮って来て、たくさんの出来ごと・思ったことを9回にもわたって綴りました。一生懸命綴りました。4月に福島へ行った時には、写真を撮ることも気が引けたし、たくさんの思いも心に封じ込めたのに。今回こうした変化があるのは、情報発信を一生懸命している人達のおかげで、自分が少しでも現地の役に立てたかなと思うからです。だから、自分も情報を大いに発信することで、他の人も現地に役立つことができるかもしれません。現地が前に進めるなら、という思いで今回は一生懸命綴りました。

また、実感した心配ごととして、現地の復興がいつになるんだということです。人影があっちこっちで見られ、着実に一歩一歩進んでいるという印象の所もあれば、被災面積に比べ見える人影があまりに乏しく、まだまだの所もあります。大きな復興格差があるのです。今後、メディアでは、復興場面が多く報じられ、見る側の人も安心していくでしょう。だから、余計に心配です。。。復興の後手になる地域の方の生活が、そして健康状態が。

だから、炊き出しを単発で終了させたくありません。何としても、次に繋げたい。現地の連絡先はあるんだし…。そして、一生懸命考えました。アドバイスをくれた方もいました。そして、組み立てたのが、被災地食事支援プログラムです。

店頭でも、ホームページのオンラインショップでも、ご注文頂けます。是非、粥菜坊の『被災地食事支援プログラム』よろしくお願い申し上げます。


◆余談◆
南三陸からの帰途、たまたまこんな看板を見つけました。


“今波に乗る”ホテル観洋

洒落にならない。カメラに収めたものの、不謹慎と思い、ブログに載せるのは控えました。津波で壊滅したものと思い込んでいたからです。ところが、ひょんなことからこのホテル、頑張っていることが分かりました。きっと、遠くに見えたあの丘の上で電気がたくさん灯っていた大きな建物だ。ホテルだったんだ…。

なんか、すごい嬉しくなってしまいました。どんな営業の仕方かは調べ不足ですが、HPをみると、上水道がまだだけど、少しずつ復旧しているとあり、営業している模様。レストランも営業しているようです。是非、頑張って復興を引っ張る役割を担って頂きたいと思います。いつか、宿泊に行ってみたいです。


(完)

Posted at 2011年06月25日 07時32分41秒

 
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