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宮城炊き出し行脚 (7)牡鹿半島鮎川編 【粥菜坊パパのフロク】

2011年6月22日(水)

前編シリーズは各編をクリック >(1)準備編 (2)出発編 (3)南三陸町歌津編
(4)NHK報道裏話編 (5)南三陸町歌津編2 (6)中休み編

●行脚五日目 6月11日(土) 牡鹿半島鮎川浜へ

起床朝4時半。眠い目をこすりながら、5時には出発。管理人さんはこんな時間でも、ちゃんと「いってらっしゃい」と外に出て見送ってくれます。



登米から鮎川は、三陸自動車道を南下し、石巻を通過して牡鹿半島に入って行きます。が、三陸自動車道がかなりガタガタ。減速表示が次から次へと出てきます。段差があると、運転手は覚悟ができますが、後ろの席の人は悲惨。狭いところで足を畳んで座っているうえ、車がぼッこんと跳ねて、あちこちに頭をぶつけます。(うさちゃん、りささん、ごめんなさいでした)

石巻も渋滞前に無事通過、順調に半島に入ります。半島の景色は、瓦礫いっぱいの浜を過ぎると、山に入り、また瓦礫いっぱいの浜が出てくる、その繰り返しです。半島先端近くの鮎川浜に着いたのは、朝7時すぎでした。


鮎川浜と炊き出しをした牡鹿公民館

朝7時でも、お粥を作るとなるとぎりぎりの時間。お昼の12時に合わせ、急いで準備にかかります。準備をしていると、ボランティア・チームをまとめている遠藤太一さんが見え、挨拶を交わします。今日のメニューは、歌津二日目と同じで、広東粥と中華あんかけスパゲティです。



さて、牡鹿公民館は、ボランティアの人たちの拠点となっているようで、被災者が避難しているわけではありません。タイルや壁紙ははがされ、コンクリむき出しの廃墟って感じですが、ボランティアの人たちはここに集まり、リーダーさんの指示を受け、その日の作業に散っていきます。


(左から)ボランティアさんたちが集合、牡鹿公民館内部、壁には多くの応援


遺体安置所にもなっていました

ここのボランティアの人たち素晴らしいです!特筆すべきは、“0円フリーマーケット”という支援で集まった衣服がブティックのように並べられた部屋。被災者の方は、気軽に立ち寄って必要なものを選んで持ち帰れようになっています。支援品が集まっても、全員に公平に配布できないからという理由で倉庫に眠らせている所が多くあると耳にする中で、なんと合理的なのでしょう。


ブティックさながら“0円フリーマーケット”

そして、もうひとつ。その隣りの“遺失物展示会”と称して、収集物が陳列されている部屋。この部屋は入った途端、涙が溢れ出てきます。だって、拾われた写真や遺品が大切に綺麗にされて、拾われた浜別に陳列されているんです。ここのボランティアの方の素晴らしさも胸にじ〜んと来ます。もう、涙をこらえようなんて気もさらさらなくなる部屋です。


“遺失物展示会”

そうこうしているうち、12時もせまり、食事も準備OKです。ここも、避難所ではないので、お弁当形式。お持ち帰りできるように用意します。外には待ちわびた人の驚くほど長い行列ができていて、どどっと入ってきたので、ちょっとビックリ。


長い行列も、てきぱきとこなします


(左から)てきぱきてきぱきと配布中。これが1セットです。ボランティアさんにも配りました

この日も無事300食終了。今日の炊き出しはお昼ごはん用だったので、終了はまだまだ早めの時間。帰りは、石巻市内で次の日の現場を下見。ヨークベニマルに立ち寄って、買い物して、三陸自動車道をキャンプ場へ戻ります。さて、いよいよ明日が最後。気を抜かずに頑張ります。

TO BE CONTINUED・・・

Posted at 2011年06月23日 06時47分35秒

 
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