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広州の変貌ぶりにビックリ 【粥菜坊パパのフロク】

2011年4月18日(月)〜27日(水)

10日間ほど、かみさんの故郷中国広州へ帰省してきました。親戚が集まってお墓参りが主な目的ですが、知人・友人を訪ねたり、積りに積った諸用事をこなしたりと、大忙しの日々でした。


親戚・友人60人を集め会食

広州の変貌ぶりには毎年驚くのですが、昨年アジア大会があったためか、大都市としての機能が整い、例年にも増しての大変貌です。10本近い地下鉄が市内から郊外・新飛行場まで張り巡らされ、70階・80階の高層のオフィース・ビル群だけでなく、何百・何千とある30階・40階の高層マンションもライトアップして、色とりどりに煌々と光を放っています。無料の自動車専用道路(首都高に相当)も街の空間をかけ巡って街中を走っています。しかも、まだまだあっちこっちで建設中のビルがあるんです。

10年前に自分が住んでいた時は、地下鉄は1本目を着工し始めたばかりだたのに…。そして、空中をめぐる自動車専用道路も手掛けたばかりだったのに…。毎月のように停電があり、電力事情が悪さを感じたものです。それが、今や超立体的の夜景は未来都市を見るようです。東京が負けると初めて思いました。


(左から)高さ610mの広州タワー、新旧入り乱れるマンション群(知人の部屋から撮影)、まだまだ続く建設

古き良き時代を楽しめる西関地区も綺麗に再開発されていました。もともとあった運河が再生されて小舟が往来し、骨董店も運河沿いに移転されていました。花もきれいに植えられ、広州老家も楽しめる博物館もあります。泮渓酒家で食事をしたり、茘枝湾を散策したりと新旧を十分楽しめる街並みに変貌しました。

再開発された西関地区の一角

保険の手続きのため、マカオにも行きました。香港に住んでいた頃には、毎月のように行ったいたマカオ、15年もたつと想像通り大違いでした。ニュー・リスボアは金キラ金に輝き、オフィース・ビルが立ち並び、カジノは中は覗かなかったものの、立派なのが容易に想像できるほどです。15年前はニューヨークにあるコニー・アイランドの方がましだと思ったぐらい、田舎っぽいカジノだったのに…。


聖パウロ寺院跡にお土産さんが続く光景(大三巴街)は昔のままでした
(日本ではよくある「お土産屋さんが立ち並ぶゆるやかな坂道を登って観光スポットが見えてくる」光景は、海外では珍しいと思います)

広州にいた期間は、入れ替わり立ち替わり知人に会っていたので、みんなが食べろ、食べろとうるさいため、毎日3食おなかいっぱい食べるはめに。おなかのふくらみが気になりつつ、帰ったら腹筋を鍛えようと思いながら、お言葉に甘える毎日でした。最近はあまり聞かれない言葉になりましたが「中年太り」とか、「ビールっ腹」だけは避けたい!

Posted at 2011年05月02日 07時20分26秒

 
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