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2010-03-19 の記事

吉野のHONDA時代

HONDA在籍時代の話をさせていただきます


当時バブル絶頂期でした

世の中は『お金』が溢れていました

各メーカーもこぞって新機種を続々投入し

新機構も様々開発されていました

レースも市場に直結する時代でした・・・販売も勿論直結


私の仕事は販売店様方々が手に負えない

『保証期間内』に発生したエンジンの故障を追及し直すという

ハードな内容を一手に請け負うサービス部門でした

来る日も来る日もエンジンを分解し組み上げ

販売店様に変わってお客様の為に製品を修理するという業務でした

月間の入庫台数は500〜700台という

いまでは信じられない程のマシンが壊れ工場に入庫していました

勿論帰宅は深夜1時は当たり前

社に泊まる事もざらでした

朝は5時に起き寝るのは深夜2時・・・睡眠時間は3時間という毎日

これが在籍中ほとんど毎日繰り替えしでした

担当は重量車重整備・・・中型・大型車のエンジン総分解整備

一週間に3〜4台をこなして行かないとならない状況でした

全てクランクケースまで行き渡る整備でした

お客様方は新車で購入して・・・数ヶ月で異常が発生する訳ですから

メーカーもそれは必死に対応しなければならないわけです

この背景には・・・

バブルという得体の知れぬ怪物の産物

大量生産に人間の能力が付いていけずに起こった問題でした

売れて売れてしょうがないオートバイですから

メーカーの生産ラインも品質管理がおろそかになります

致し方ない時代だったんでしょうね

その煽りが・・・私たちのサービス部門に『クレーム』という形で

現実として襲い掛かってきていたわけです


しかし私は・・・20歳の頃に『エンジンチューナーになりたい』と

公言していましたから・・・それは願ってもない状況でもあったわけです

ホンダ学園を卒業し『エンジンを極めたい』という志一本で入社を決意し

毎日毎日ロボットの様にエンジンに向かい合っていましたから

自然に・・・というのか・・・エンジンが透けて見えるようになりました


80年代〜90年代初頭の話ですのでレプリカ全盛期 黄金時代です

RC30が出てクレームとして入庫した日には競い合って

担当を決めたという事実もあります

RC30はなんていったて前年のワークスマシンに搭載されていた

エンジンがそのものずばり商品となった訳ですから。。。

NSR・VFR・CBR・・・どれもすばらしいオートバイですが

その影には・・・バブルの煽りを受けすぐ壊れてしまう商品も多々あったわけです

GL1500・XLV750・・・など等

それと・・・宮内庁を始め白バイの整備やエンジンOHも一手に引き受ける

HONDA! 本当に様々なオートバイのエンジン分解・整備をさせて頂きました

時には・・・天皇陛下の住まわれる赤坂御所内で

天皇陛下がパレードに出向く直前まで点検をしたり・・・

いい思い出です。。。


このような経験があり今があるわけですが

このHONDA時代は本当に掛け替えのの無い経験でした

日本にエンジンを組む人がどの位いるのかは分かりかねますが

こんなに集中した時期を過ごせた人はそうは居ないと感じます

ゆえに・・・この先の時代に『チューナー』を目指す人は

相当自分自身で追い込まない限り先輩方を越すのは容易では無いと思ってしまいます


HONDA時代はメーカーの看板を背負っている以上

メーカーの方針枠から絶対に出てはいけないという

方針が徹底されていましたから・・・キツイことも多分にありました

しかし・・・その限られた枠の中で編み出したいくつかの方法論を

スケールアップしても来ました

この時代に『本田魂』は私の中に完成したわけです

世のため 人のため・・・自分を犠牲にしてでもお客様の為に動け・・・

本田総一郎氏の信念です

寝る暇があったらエンジンを組まなければ・・・

こんな心境でした・・・やってもっやっても次から次からエンジン修理でしたから。。。

夢にも幾度と無く出てきました


現在 エンジンをチューニングさせて頂いておりますが

こういった数をこなしてきた経験が本当にものをいっています

何しろ・・・メーカー・・・それも世界TOPのHONDAの看板を背負って

エンジンを責任もって組み 絶対に失敗は許されない一発勝負に繰り返し

を毎日繰り返す分けですから・・・

エンジンが得意にならなければ可笑しいわけですよね。。。

このプレッシャーは中々味わえませんし

自己の向上に一役も二役にもなりました

だからこの環境を頂けたHONDAには本当に感謝しています

『ありがとう御座います』という気持ちでいっぱいです


この貴重な経験を元に独立して今を邁進しています

それと・・・本田魂を継承し

KAWASAKIだろうがBMWであろうが

本田総一郎氏の教えを守り皆様のマシンを組み上げている事実を

お分かりださい。。。


私を初めて『チューナー』と呼んで下さったのはMORIWAKI様でした

最初で最後で構わないとも思った至福の一瞬でした

あの日MORIWAKI様が認めてくれた事実があってこそ

本物であり続けたいという表れとも言えます



エンジン・・・そう・・・エンジンだけは

格別に思い入れがある事もお分かりください


吉野が組んだエンジンなら・・・

そう思って頂ける一瞬を求め続けて生きていきたいんです


吉野が組んだエンジン・・・この一言の為に

理想を高く持ち続け仕事をして行きたく思っています


鈴鹿に・・・2人いるんですよ・・・鈴鹿に・・・

かっこいい無口な本物の現役エンジンチューナーが。。。2人。。。

その方達と酒をいつまでも美味しく呑める男でも居たいんですよ・・・

MORIWAKI・モンスターを生んで来たエンジンチューナー2人と

酒が呑み続けられる男で居たいんです。。。


あともう二人の鈴鹿の生き神様・・・

MORIWAKI様の番頭H様となんかしの夜様(某T○RのY氏)

鈴鹿は聖地です・・・吉野の。。。


Posted at 2010年03月19日 00時22分46秒  /  コメント( 2 )