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宮司のちょっといいはなし

平成29年 干支のお話 『酉』

平成29年 『(とり)』年




『酉(とり)』…時刻でいうと午後6時、
いよいよ「子歳」の「種子」から始まった植物の成長も結実の時を迎える事となります。

収穫の時となったのです。

『酉』はその収穫物を貯蔵する「壺(つぼ)」を表す象形文字なのです。

そして、その「壺」の中に蓄えられた収穫物が発酵し、
水が出た状態を表すのが「酒」となります。

ちなみに、「配」という字は「壺」の中にある収穫物を、
集まり来る人々に公平に「配る」という事なのです。

つまり、今日までの努力が結実し、
それを自分の手柄とするのではなく、世の為人の為に「分け与え」、
人々の役に立つよう「配る」ということを教えてくれています。
もちろん、物だけではなく「目配り」「気配り」「心配り」も年頭の心構えとすることも、
豊かな1年を過ごせる事につながるでしょう。

動物でいうと「鳥」ということになりますが、
あくまでも日本の場合は「鶏 (にわとり)」なのです。

うぐいすでも鷹でもありません。

なぜなのでしょうか?

これは古く古事記まで遡ります。

天の岩戸の段の中で大事な役目を担っていたからなのです。

日本の最高神である天照皇大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸にお隠れになった時、
如何にしたらお出まし頂けるのかと八百萬(やおよろず)の神々が相談した結果、
「太陽を呼ぶ事が出来て神を招く事の出来る鶏」
に鳴いてもらって岩戸から出てきてもらおう」ということになり、
沢山の「鶏」を集め鳴かせた…
という、いわれから日本では「鳥」といえば大いなる力を持った「鶏」なのです。

めでたく天照皇大神がお出ましになり、
そのことから「鶏」は太陽を迎え、神を招く「刻(とき)告げ鳥」として尊ばれてきました。

現在でも天照皇大神をお祀りする「伊勢神宮」境内には、
「神鶏」として放し飼いになっています。

『酉歳』は「結実」「夜明け」「刻(とき)」がキーワードとなる年になるでしょう。

より良い年になりますよう心よりお祈り申し上げます。





宮司のちょっといい話は…鎮守氷川神社

Posted at 2017年02月28日 15時12分26秒

平成28年 干支のお話 『申』

平成二十八年 『(さる)』年



平成28年丙(ひのえ)申年は日本の伝統的な数え方で言うと、
皇紀2676年、西暦でいうと2016年ということになります。

時刻でいうと午后4時。

植物の成長になぞらえると、そこには成長の過程としてきれいな花が咲き、
美味しい実が付きます。

その花が美しければ美しいほど、
その実が大きければ大きいほど中心部の「茎」がゆがみます。

そこで、その「茎」がゆがまぬよう「芯」を真っ直ぐに両手で支え、
両手で伸ばす象形文字が『申』なのです。

文字通り、人偏を付けると「伸ばす」という意味になるのです。

「芯」が自分の心であるならば、
曲がらないように支えてくれるのは「親」であり「友」ではないでしょうか?

そして、真っ直ぐな「芯」にしてくれた方々に「感謝」が生まれます。

家であれば「家長」、会社であれば「社長」であり、
支えてくれるのは家族であり社員なのです。

しかし、支えるものが何なのかというより、支えてくれている人々を思い、
やはり「感謝」を感じることが必要と考えます。

今年はいつもと違う見方で周りを見てみてはいかがでしょうか?

自然と「支え」「支えられ」ている事に「感謝」の気持ちがこみ上げる事でしょう。



動物でいうと「猿」が当てられます。

「猿」といえば「見ざる・言わざる・聞かざる」をよく耳にします。

「ざる」は打ち消す言葉ですから、心を惑わすようなものや、
また、他人の過ちや悪いところを「見ざる・・・」といった心を持って、
自分を戒めるということなのです。

また、この年には「赤い下着」を身に付けると厄が「去る」、病が「去る」とか…。

そうです。「赤」は厄除けの色として古来から親しまれている色で

当社(鎮守氷川神社)の稲荷社の「赤の鳥居」をくぐるのも
厄除けの御利益があると言われております。






ちょっといい話・干支のお話・初詣・新年のお祓いは・・・鎮守氷川神社

Posted at 2016年02月10日 11時09分33秒

平成27年 干支のお話 『未』

平成二十七年 干支のお話し『未(ひつじ)』

鎮守氷川神社 三十六世宮司 鈴木邦房


昨年の『午(うま)』は、折り返しや、二つのものを分けるという意味があり、
吉と凶、陰と陽、明と暗など分岐に立つことを暗示します。

私たちが岐路に立たされたり、判断を必要とされたときの「慎重さ」や、
必要に応じた「判断力」が試された年ではなかったでしょうか?

いずれにしても、良いときは謙虚に、かつ慎重に。悪いときは前向きに、
という信念も培われたのではないかとご拝察いたします。



さて、 未(ひつじ)は、時刻でいうと、午後二時

その昔「昼休み」に当てられた時刻だそうです。

という字を解説すると・・・
植物が成長する過程で「結実」するために、
伸びきらず待ち構えていることを表しています。

そして、その準備として「折れぬよう」「倒れぬよう」支えている象形文字なのです。

また、「現状維持」という意味もあり、
成長し続けた植物も一見「休んでいるように」、
また、「状態が変化してないように」見えるときなのです。

しかし、これはやがて「大輪の花」を咲かせるために
「英気を養って」いるということになるのです。



勢いよく走ってきた人生も少し休んで、
次のステップに向かう準備をするときと言えるでしょう。

今まで歩んできた道を振り返り、良かったところ、
また、悪かったところを良く見極めて、前に進む準備をするのです。

日々の仕事や人生において、停滞しているように感じたり、
同じことの繰り返しによりマンネリ化しているように思えても、
それは明日への発展のためと信じ、忍耐と努力で乗り切ることが肝心です。

結果が出るのが遅いかもしれません。

また、すぐそこまで来ているのかもしれません。

しかし、必ず良い結果をもたらしてくれると言われているのが未年なのです。

そして、こうしてやっていけるのも多くの支えがあったればこそと再確認し、
天の恵み、地の恵み、人と人とのお陰様への感謝の心を抱きつつ、
一日一日を大切に過ごしましょう。

それが積み重なり、週・月・年となっていきます。



動物でいうと羊(ひつじ)が当てられます。

「羊は祥なり」と、古書に出ております。

つまり、は古い時代から神聖なものと考えられてきました。

美・善・儀等の一部を成すところからはめでたく、

性質が善いとされているのが伺えます。

このことから言うと、本来群(むれ)は、
性質の良いものがまるくまとまる・・・という意味なのですね。



本来はこの温順で、やさしい心の象徴でもあるのように、
穏やかに潤いのある心で未来を考える年にしたいものです。

ささやかな幸せを大きな幸福へ、わずかな達成感も大きな喜びに・・・

やがて美しい花や、美味しい実を付ける為に・・・。




ちょっといい話・干支のお話・初詣・新年のお祓いは・・・鎮守氷川神社

Posted at 2014年12月28日 12時11分50秒

干支のお話 平成26年 『午(うま)』

昨年の『巳歳』、皆様は上手く脱皮ができましたでしょうか?

そして、頭を上げて前に進むことができましたでしょうか?


我が国におきましては、政治・経済、また、オリンピック招致等など、
少しずつではありますが状況に脱皮のような変化があったように思えたのは
私だけではないと思います。


さて、本年『午(うま)歳』、方角でいうと南。

時刻でいうと、昼の12時に当ります。

それより前が【午前】で、それより後が【午後】という具合です。

「今、なん時(どき)だい?」
落語によくでてくる時間の尋ね方ですが、現代では使いませんし、
その答えに「丑の刻です」とか「巳の刻です」などとは使いませんよね!

しかし『午』だけは、日常なにげなく使用している時間の単位で、
【午前・午後】が今もなお使われ続けているのです。

こう考えると、「文化や歴史」の「継承」を深く感じますね。

また、『午(ご)』は、五月や五という数字を表します。

「五月五日」を「端午の節句」というのもうなずける話です。


以上のように、「午」は、前半と後半の交差するその時であり、
折り返しや、二つのものを分けるという意味があるのです。

吉と凶・陰と陽・明と暗など分岐に立つということで、
現実に正午は、太陽が「昇る」「沈む」の中間となるのです。


以上にみえる『午』の概念は、私たちが岐路に立たされたり、
判断を必要とされるときの、「慎重さ」や、必要に応じた
「判断力」の重要性を教えてくれるのです。

また、「ブレない信念」にも通じるところでしょう。

今年は、より慎重な判断を必要とされる機会が増える年となるでしょう。

良い時は謙虚に、かつ、慎重に。悪い時は前向きに。

というのを心構えのひとつにしていただけたらいいのではないかと思います。


昔から、「何が起こるか分からない、慎重な判断が必要である。」
ということを物語で教えてる一節に「人間万事塞翁が馬」というお話があります。


要塞近くに住む老人と馬のお話です。

当時の「馬」といえば、一頭で多くの家族が生活できる大変貴重な家畜でした。

ある日、とても大切にしていた老人の馬が逃げ出しました。

近所の人がお悔みに来ると、彼は狼狽せず「これがどうなるか・・・」
と厩(うまや)の掃除を始めました。

するとどうでしょう、逃げた馬が野生の駿馬を連れて帰ったのです。

村人たちがお祝いに駆けつけると、「これがどうなるか・・・」と浮かぬ顔。

その後、老人の子がその馬を馴らしているうちに
落馬して怪我をしてしまいました・・・(略)。
という故実ですが、なにかいろいろな意味がありそうですね。



いずれにしても、前述のとおり人生吉凶半々!

良いことがあっても調子に乗らず!

悪いことがあってもくじけず前を向いて進め!という具合に、
皆様方が「馬」のように駆け巡り、健康で、
活躍できる年となるよう心からご祈念申し上げます



宮司のちょっといい話は・・・鎮守氷川神社

Posted at 2014年01月02日 16時23分59秒

宮司ちょっといい話 『おもてなし』

宮司のちょっといい話
『おもてなし』


 デパートの開店は午前十時が定番です。
もちろん早いうちから準備が始まり、
開店少し前には定位置に着き、
手は身体のほぼ中央で合わせ、腰を約45°に曲げ、
お客様をお招きする…。

これが日本全国の百貨店開店の「形」であります。

私達日本人にとってはあたりまえの光景ですが、
外国人にとってはとても珍しく映るようで、
まるで「王子様か女王様になったような気分です。」と絶賛します。

それもそのはず、
あの「夢の国」ディスニーランド(カリフォルニア)から
「三越デパート」に勉強をしに来るほど、
日本のデパートの「おもてなしの心」は徹底したものなのです!


 今回は、この日本人独特の「おもてなし」を考えていきたいと思います。


 まず、「おもてなし」を辞書で引いてみると
「もてなし」に「お」の丁寧語をつけたものなので出てきません。

そこで、「もてなし」を調べてみると
「とりなし、とりつくろい、取扱い、待遇、馳走」などと解説され、
私たちが普段考える「おもてなし」とは少し違っていることが分かります。

つまり、「おもてなし」は辞書に載っていない「日本人の心」ということになるのです。


 「おもてなし」を私なりに解析してみると次のようになります。

一言でいえば「客人が満足する主人(あるじ)の心遣い」
というようなものではないでしょうか。

それでは「主人の心遣い」とは何でしょうか。

それは、日本人が古くから培ってきた、
人と人とのお陰様から生まれた感謝の心、
つまり、「しつらえ(きちんと美しく装う)・たしなみ(気遣い・慎み・謙虚)
そしてふるまい(行動・作法)」なのです。

そして、これらのどれか一つでも足りないと「おもてなし」にはなりません。

たとえば、よそのお宅にお邪魔したり、店に買い物に行ったとしても、
そこが汚れていたり、気遣いが出来ていなかったり、
雑な仕事をしていたらどういう気分になるでしょうか?

このように、「おもてなし」は気配り、目配り、心配りという心遣いがあって
始めて成立するものなのです。

ところで、この「おもてなし」の心遣いは、実は親から子、
子から孫へと受け継がれるべき日本特有の規範で、
今でいう道徳心にも通じるものなのです。

ここで、江戸時代に作られ、少し前のテレビでの公共広告機構(AC)の
マナー啓蒙CMで広く認知されるようになった「江戸しぐさ」をご紹介したいと思います。

この「江戸しぐさ」は、文字通り江戸時代にまとめられたものですが、
その「心遣い」は奈良、平安までもさかのぼる「日本固有の心」なのです。

当時江戸の町は、日本各地から様々な人が集まっていた事から、
お互いに気持ち良く暮らすための「工夫」が必要だったのです。

文書としては残されていないものの、
口承されて今日「江戸しぐさ」として知られるようになったものです。

 ○傘かしげ・・・・・雨の日に互いの傘を外側に傾け、濡れないようにすれ違うこと。

 ○肩引き・・・・・・道を歩いて、人とすれ違う時左肩を路肩に寄せて歩くこと。

 ○時泥棒・・・・・・断りなく相手を訪問し、
           または、約束の時間に遅れるなどで相手の時間を奪うのは
           思い罪(十両の罪)にあたる。

 ○うかつあやまり・・たとえば相手に自分の足が踏まれたときに、
          「すみません、こちらがうかつでした」
           と自分が謝ることでその場の雰囲気をよく保つこと。

 ○七三の道・・・・・道の、真ん真ん中を歩くのではなく、自分が歩くのは道の三割にして、
           残りの七割は緊急時などに備え他の人のために空けておくこと。

等、まだまだ1000近くあると言われています。


 いかがですか。明日の学校の教科書に載せてもいい内容ではありませんか。


 「おもてなし」の「心」が生まれる背景には「江戸しぐさ」にみられる
奥深い日本人らしい「気遣い」があると、わたしは見ています。

それに「しつらえ」や「たしなみ」そして「ふるまい」が合わさり、
はじめて日本特有の「おもてなし」の「心」になるのです。


 「江戸しぐさ」の心を回復させ「おもてなし」の心を
日本全体によみがえらせる事こそ、現代において問題視されている、
道徳心の欠如への最善の解決策になるはずです。

その時に初めて、真に明るい未来が見えてくるのではないでしょうか。

早速「江戸しぐさ」をひも解いて、多くの人たちに伝えて下さい。

日本を再生するのはまず「私たち」からなのです。



ちょっといい話は・・・鎮守氷川神社

Posted at 2013年04月21日 17時47分29秒

平成25年 干支のお話 『巳』

平成二十五年 干支のお話し『未(ひつじ)』



鎮守氷川神社 三十六世宮司 鈴木邦房


『巳(み)』は、時刻で言うと午前10時頃に当ります。

十二支の動物では『蛇(へび)』が当てはめられています。

『蛇』は世界中の至るところで生息しているため、
これにまつわる話も枚挙にいとまがありません。

しかし、その大凡は日本と同じように「不気味なもの」「執念深いもの」とされていて、
『蛇』といたしましても、とても不本意な形容が多いようですね。

一方、「縁の下に白い蛇を見つけると、家内安全の家となる!」
「白い蛇の夢を見ると・・・お金が舞い込んでくる!」とか、
また、歴史的に見ても、古代エジプト第18王朝12代目の王、
ツタンカーメンの黄金の覆面には『蛇』が飾られているように・・・
守り神や、その使いとされる「神秘的な動物」として扱われているところもあるようです。

また、『蛇』は「脱皮」する生き物という特徴を持ちます。

「脱皮」とは、成長につれて古い外皮を脱ぎ捨てるという意味で、
転じて、進歩・発展のために過去の考えを捨てるという意味でもあります。

現在の我が国も、様々な分野で「脱皮」が必要な時期に来ているのかもしれませんね。



また、干支が示す『巳(み)』には、
「興す」という大変力強い意味があることを聞いたことがあります。

『巳』は「己(おのれ)」と微妙に異なりますが、
両方共に「曲がりくねった物の象形文字」ですから、
同義と考えることができます。

そこで、その「巳」に「走」を付けると「起」という文字となり、
「興きる」に通じる働きをしているのが分かります。

「起きる」というのは、
「目を覚ます」「身をおこす」「もちあがる」という意味があり、
ここで、その『巳』=「起きる」を植物の成長と干支の成り立ち

(子は種子の子。丑は種子から根が出る。
寅はエネルギーを蓄える。
卯は扉を開けて土から出ようとする。
辰は土から芽を出す。※詳しくは『ちょっといい話第二章参照』)

に当てはめてみると、
大地からの栄養と、太陽のエネルギーを蓄え、いよいよ芽が「起きて」、
元気良くグングン伸びていく様を表しているのです。



私たちに置き換えてみると・・・
今までひたむきに頑張ってきた仕事、実績を信じて前向きに行動することにより、
周りの人々から、より多くの援助や協力を得て、眠っていた様々な能力を
「目覚めさせ」「起き上がる」
年になる事を暗示しているように思えます。

そういえば『蛇』が動くときも・・・頭を「起こして」から前に進みますよね。



平成25年癸(みずのと)巳年・・・
キーワードは「脱皮」「起きる」にあるようです。

今の日本・政治・経済・企業・・・
また、東北を始め災害に遭われた被災地・被災者の方々・・・
そして、私達。それぞれにこの干支が示唆するキーワードが、
勇気と希望と再生に大きな力となりますよう心よりお祈り申し上げます。



宮司のちょっといい話は…鎮守氷川神社

Posted at 2013年01月01日 14時24分40秒  /  コメント( 0 )

ちょっといい話 建物と神様(最終章) た醒と家庭の神様

ちょっといい話 建物と神さま(最終章) 

た醒と家庭の神さま



「建築と神さま」の最終章となりました。

地鎮祭から始まりましたこの章では、
日本の場合「家を建てる」ということは、
ただ単に「建築」をするということではないと言うことでした。

そこには、数々のお祭りがあり、様々な意味や意義が含まれているのです。

このしめくくりとして、いろいろな「家庭の神さま」をご紹介申し上げたいと思います。


家の「竣工」の後、
「神棚」を設けて「神さま」をお祀(まつ)りするということは
「工事の結び」というけじめもありますが、
最も重要なのは・・・
「この家が末代までも栄えますように!」ということにあります。

また、常日頃から「神さま」を感じて、
御守護(おまもり)されていること・
何事も無く過ごさせて頂いていることへの感謝等々、
先祖から私たち、私たちから子孫に伝えていくべき
「日本人のこころ」や「感謝」がそこにはあるのです。

そしてその「祈りや感謝」の情操や姿勢こそが、
物や人を大切にできる誠実な人間へとを育てる原動力となるのではないでしょうか。


さて、ここで、「神棚」について解説していきましょう。

神棚をお祀りする方角は基本的には「南向きか東向き」ということですが、

現代の住宅事情により「西向きや北向き」でも
いけない理由はありませんので、ご安心下さい。
(お祀のしかたは前章参考)。

次に、「お祈りの作法」です。

これは、別に決まりがあるわけではありませんが、
基本的には始めに「二礼・二拍手・一拝」をしてから祈ります。

そして、「感謝」の気持ちを伝えてから「祈る」という順番がよいでしょう。

その「形」になって伝えられていくものです。


次に、
「あの家には『荒神様(こうじんさま)』がある」
「あのお宅には『稲荷様(いなりさま)』が庭にある」
という話をお聞きになったことはありませんか?

このように根強い信仰を集める「家の神さま」をご紹介して
「建築と神さま」を結びたいと思います。


『荒神様(こうじんさま)』

「竈神(かまどかみ)」「三方荒神(さんぽうこうじん)」
「火の神」など様々な呼称があり、主に竈(かまど)・台所を中心とした各家の「火」を扱う場所にお祀りされる神さまです。食物の煮炊きに用いられる竈は通常一軒に一カ所であったため、家を象徴するものと考えられました。分家することを「竈を分ける」などいうのも、こうしたことによるものです。「竈神」は、単に火伏せ(防火)の神というだけではなく、農作の神やその家の富や生命など生活全般を司る神として広く信仰されています。松や榊を竈神の依り代(よりしろ)とするのも特徴的です。



『稲荷さま』

「お稲荷さん」という呼称で親しませているこの神さまは、実は本名があります。「倉稲魂」「宇迦御魂」と書いて『うかのみたま』というのがお稲荷さんの神名です。農村部では五穀豊穣を祈る農業神として、また都市部では商売繁昌や病気平癒などの神さまとして庶民の篤い崇敬を受けています。一方、狐(きつね)をお稲荷さんのお使いとすることですが、これは稲荷神の性格と関連しています。この信仰は、「いなり」の語源を「いねなる」つまり、「稲成る」で稲の稔りの頃になると山から里に現れる狐を神聖視したとも、また、狐の尻尾がたわわに稔る稲を連想するところからともいわれております。このほかにも、春日の鹿や日吉の猿など多くの動物が神のお使いとされており、こうしたことは自然との共存を大切に考えてきた日本人の信仰によるものといえます。



『七福神』

 「七福神」といえば福神が宝船に乗って海を渡っている絵画を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。これらは福や富を呼び寄せる縁起物として、根強い人気があります。七福神には、恵比須(えびす)・大黒天(だいこくてん)・弁財天(べんざいてん)・布袋(ほてい)・福禄寿(ふくろくじゅ)・寿老人(じゅろうじん)・毘沙門天(びしゃもんてん)が配されています。この中で日本の神様は「恵比須様」だけで、他はインドの神様(大黒天・弁才天)、中国の禅僧(布袋)、道教の神(福禄寿・寿老人)、仏教の四天王(毘沙門天)として知られています。このように日本の神様もいれば、外来の神様もおり、別々に信仰されていた神々が集められ、七福神信仰として体系化されました。これには現世利益を望む一般庶民の願いがあり、宗教を越えて広く信仰されるようになったのです。現在、全国各地で盛んな七福神巡りに、神社もあれば、寺院もあるのはこうした理由からなのです。


恵比須=海上・漁業・商売繁盛。
大黒天=福徳、財宝を人々に与える。
弁財天=音楽・弁才・財福をもたらす。
布袋=福を招く。
福禄寿=福・俸禄(ほうろく。職務に対する報酬)・長寿の三徳を与える。
寿老人=長寿を授ける。
毘沙門天=財宝を守り、豊饒をもたらす。


(参考資料・神社本庁・神道いろは)



Posted at 2012年08月29日 02時40分12秒

ちょっといい話 『震災が気づかせてくれたもの 機

ちょっといい話 『震災が気づかせてくれたもの機戞       


 今、震災から一年・・・。
様々な形で、世の中が真の日本の姿によみがえりつつあることを感じています。

被災地では、現代の私たちが忘れかけていた、
日本人の心日本人の誇りの数々が再生しています。

そしてそれが、少しづつ全国に広まりつつあります。

そのいくつかをご紹介しながら、
今後の日本の進むべき道を模索していきたいと思います。


 以前にも書かせて頂きましたように、
稲作文化が培ってきた、結束力、秩序、感謝、
これらは本来の日本人が持ち合わせていた誇り得るべき『和』に象徴され、
世界から称賛を受けることとなった、震災直後の日本人の行動として顕在化しました。

また、多くの方が被災地に「元気と勇気」を届けに行かれましたが、
「逆に元気や勇気を頂いて帰ってくる」という声が多く聞かれます。

これは一体どういう現象なのでしょうか。

その辺りを検証しつつ解説していきたいと思います。


 一言で言うと、これらはすべて『和』の力の復活と捉えることができます。

ともすると、経済至上主義や物質文明が「幸福」を生み出すという価値観が、
日本本来の『和』の力を弱まらせようとしていた現代でありましたが、

この国難を機に意識が変わったのです。

つまり、『和』の力、『和』の文化がいかに「人を救い」、
どれほど「幸福を導くことができるか」、
また、『和』の文化こそ『世界に誇れる精神文化』であるという
本来の価値観がよみがえったのです。

被災地を訪れた人たちが逆に「元気・勇気」を頂くのは
この『和』の力の再生によるものなのです。


 さて、今回は『和』の文化の中で生まれ、
「感謝の念」を背景に持つもったいないという言葉に
焦点を合わせることにしたいと思います。

もったいない

この言葉は、少し前のアフリカ人の方に歌にまでして頂いたほどです。

スワヒリ語や英語でもなく日本語のままでもったいないと歌われたもので、
今や世界の共通語にまでなっている日本人特有の言語なのです。


 日本において、戦後、経済中心や物質文化が主流になり
「使い捨て・無駄遣い」が経済発展につながるという考え方が蔓延したため、
もったいないという観念が失われつつあったのです。

その点、戦時中・戦後を生き抜いてきた人は、
食べ物がない、物が無い、すべてが無いという生活を経験しているので、
「物の有り難さ」を知っています。

お陰で、もったいないというのは毎日の生活そのものでした。

被災地はまさしくその状況に近いのです。

こんなことを言うと誤解されるかもしれませんが、
実際、何も無くなってしまった時に初めてこの「節約」の代名詞である
もったいないが復活したのだと言っても過言ではないと思うのです。


 もったいないを履き違えると、「けち」と勘違いしてしまいがちですが、
「節約」と「けち」は大きく異なります。

「節約」とは、自分の無駄を省き、
あまったものを世のため人のために使うということです。

「けち」は自分のためだけに用いて、そこで止まってしまうことなのです。

つまり、「節約」は世の中の物が「循環」するということで、
「けち」は「循環」しないという大きな違いがあるのです。

『節約=もったいないは「リサイクル」につながるのです。

「リサイクル」という言葉には再利用という意味のほか、
「循環」するという意味があるのです。


 たとえば、「水」の「循環」を考えてみると・・。

水は、雲→雨→川・大地→海→大気→雲となります。

このバランスのどれかひとつに歪(ひず)みがくると、
生きていくのが困難になるのと同時に、
地球の存亡にかかわる大変大きな問題を引き起こすことになります。

この大自然の「循環」を損なう事なく、
共存共生しようとしてきたのが日本の宗教である『神道』の考え方です。

言い変えれば、今の自然破壊や環境汚染をくい止め、地球を再生させる鍵は、
日本人のもったいないという考え方にあるのではないでしょうか!


 「リサイクル」の原点はもったいないという考え方にあります。

これこそ自然循環の原理に適っているのです。

どうぞ、皆様もこれからの日本の進むべき道の「みちしるべ」のひとつとして
『もったいない』を喚起していこうではありませんか。
                          

鎮守氷川神社 第三十六世宮司 鈴木邦房



Posted at 2012年08月01日 14時56分28秒

宮司の ちょっといい話 【今・ここ・自分】

今・ここ・自分


 『今・ここ・自分』・・・
この言葉は私が、第一冊目の「ちょっといいはなし」を
出版するきっかけのひとつになったものです。


 今から三年ほど前くらいのことと記憶しますが、ある新聞のコラムに、

―『今の日本人を象徴する表現に、「今・ここ・自分」というものがある。
  つまり、「今が幸せならば良い・ここ(家・部屋)が幸せならばよい・
  自分が幸せならばよい」という考え方、
  これが、今の日本人の心を如実に表している。』―


この記事を目の当たりにして愕然としたのを忘れません。

これでは日本人が日本人でなくなってしまう。
本来の日本人のこころをよみがえらせなくては!と痛感したのです。

もちろん、今、ここで自分が幸福せである必要があり、そうでなくてはなりません。

一方、「今・ここ・自分」を本来の意味で深く認識することなく、
字面(じづら)だけで理解しようとすればそれは「不本意」と言わざるをえません。

それでは、この言葉のどこに本来の日本人の心が内在しているのでしょう。

それを解説していきたいと思います。


○『
→2012年という西暦の数え方が今の世界を動かしているので、
 それを否定するものではありませんが、
 日本は神武天皇建国以来この年、平成24年で2672年!
 これが日本の歴史なのです。
 日本人ならばこの長い歴史に、自覚と誇りを持つことで、
 初めて『今』を感じることができるのです。
 日本の先人たちが、「大きな和」の国造りのために紆余曲折を繰り返し、
 汗と涙と犠牲により建国、発展を成し、私たちのがあるのです。


○『ここ
→ふるさと、郷里、村、こんな言葉から連想される日本の共同体は・・・
 助け合い・支えあい・励まし合いの精神により支えられてきました。
 日本人のこの精神こそがここを創ってきたのです。


○『自分→日本人の精神性を言葉にするならば・・・敬神崇祖です。
 つまり、自分の親、そのまた親、遠い祖先がいて、見守ってくださる。
 先祖があって、神様がいて、自分が「生かされている」と考えてきたのが
 日本人なのです。



 以上申し上げましたように、
私たち日本人は長い歴史を持ち・助け合いの郷土に支えられ・
先祖があって、神様がいて、自分がいるという、
謙虚な気持ちを持つことが必要であるということです。

これが日本人なのです。真の日本、誇り

ある日本の再生をそろそろ本気で考える必要があるのではないでしょうか。


 しかし、それが、思わぬところから再生し始めているのです。
3・11の震災後、まさに窮地に立たされた被災地から、
この「日本人のこころ」が復活してきていると感じます。

東日本では、歴史を再認識しようという動きが出てきました。

過去の震災を紐解き、これからの災害に備えようとしたり、
また、地域のありかたや生活を歴史から学ぼうとしているのです。

そして、一日も早く復興・復旧を済ませ、郷里に帰り、
「生かされている」ことに深く感謝をしようとする思いにもなっています。

日本人本来の今・ここ・自分を取り戻しているのが、
なんと、悲しみから立ち上がろうとしている被災地からなのです。

このことを今、多くの人達に伝えなくてはならないのです。

日本人の本来の姿をよみがえらせるために。



『宮司の ちょっといい話』は・・・鎮守氷川神社

Posted at 2012年06月22日 12時12分57秒

宮司の ちょっといいはなし 建物と神さま

竣工祭・神棚

 「上棟祭(じょうとうさい)」が修(おさ)められ、
工事が順調に進み建物が出来上がると、
その喜びと期待は最高潮に達します。


 新築が成った建物を祓(はら)い清めると共に、
地鎮祭時にお祈りした氏神様(うじがみさま)に対し
「工事を見守って頂きありがとうございました。」という御奉告かたがた、
建物が末永く安全で丈夫な家であることや、
そこに住む人々が「縁起が良い」「家内安全」「健康長寿」の家でありますように!
と祈るのが「竣工祭」のお祭りです。

また、店舗であれば「商売繁昌」を、
学校であれば、児童の「登下校安全」「学業成就」等々、
建物に応じたお祈りをするものです。


 「竣工祭」は「竣功祭」とも書き、
工事完了の「功績」を称える意味もあります。
工事関係者の方々に対し、改めて感謝の気持ちを表すという意味もあるのです。


 「地鎮祭」「上棟祭」「竣工祭」を『建築儀礼』といいます。
「家」と「氏神様」が、いかに密接に関係するかお分かりいただけましたでしょうか。
また、建築の過程において、近隣の方々にも常日頃の感謝を込めて、
「お披露目」や「お祝い・御礼」等様々な形で、
助け合い、支え合う、共同意識を高めていくことも
『建築儀礼』の重要な意義といえるでしょう。


 さて、マンション・アパート・建て売り・中古住宅等の場合は、
「家祓い(やばらい)」「宅神祭(たくじんさい・やかつかみのまつり)」
というお祓いとなります。

もちろん、お祓いを済ませてある場合が多いわけですが、
すがすがしく入居するために、このお祓いをすることをお勧めします。

やはり、「竣工祭」同様に家をお祓いし「縁起の良い」家となるよう、
また、新たな気持ちになるためにもけじめが付くお祭りとなるのです。


 新しい建物が完成したあと、また、新たな入居が決定したあと
忘れてはいけないのが『家庭祭祀(かていさいし)』に必要な
「神棚(かみだな)」の設置ということでしょう。

これは、日々の生活を見守っていただくための
「神さま」をおまつりするということです。


 神棚に『伊勢神宮「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」』と『氏神様』、
また、自分の信仰する神社や旅先でお参りしたとき等に戴いた御神札(おふだ)を
おまつりすることで、日常生活の中にも、

「神さまと一緒に住む家」を実感することができます。
日々の感謝を持ち、敬う気持ちを持って生活する事が
「豊かな人生」を創造する基礎になることにつながるのです。


 これをお読みの皆様の中には、マンションだから、アパートだからと、
ためらっていらっしゃる方はいませんか?
大丈夫です。

タンスや本棚の上を清浄な所として、
その上に白い紙を敷き、御神札をおまつりしても大丈夫なのです。

大切なのは、神さまを敬い真心を込めておまつりする事だからなのです。

敬神崇祖の念・感謝の心・思いやりの気持ち・・・

その原点は神棚にあるのです。





◎一年間お守りいただいた古い神札は感謝をこめて、氏神さまに納めましょう。

Posted at 2012年05月28日 14時38分51秒

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