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宮司のちょっといいはなし

心のお話 【日本の神道が世界へ】

ちょっといいはなし トピックス・・「神道が世界の心をひとつに!!」
                 於 ハンガリー『全極真空手世界大会』神事始末記


 私達を乗せた飛行機が、漆黒の闇の中を滑るように成田を飛び立ったのは平成21年9月29日午後11時のことでした。目的地をハンガリー・ブダペストまで、フランスを経由し、乗り継ぎ時間を含め20時間の旅となりました。時差は8時間で、言語はハンガリー語、通貨はフォリントという普段は聞き慣れないものでした。

 到着後、一路「センテッシュ」へ。「センテッシュ」は、中心部より車で2時間30分ほど離れた郊外にある閑静な住宅地です。王宮のような迎賓室で、まず関係者による「記者会見」が始まりました。今回行われる世界大会の趣旨が説明される中、羽織・袴の私達にも熱い視線が注がれました。その後、全員で同じ敷地内にある「大山総裁(極真空手の創始者)メモリアル記念公園」(入り口には、なんと『鳥居』が建立されています!)の記念碑前で『大会の成功・記念碑のお祓いの願いを込めた』旨が盛り込まれた祝詞(のりと)があと数分で奏上(そうじょう)される予定です。私が異国で行う初めての神事の斎行です。もちろん、ハンガリーにおいても初めての『神道』の神事です。

 時刻は夜9時。祭りの準備を始める頃には、それまで静寂に包まれていた公園も何処からともなく人が押し寄せてきました。とにかく、ブタペストの人達は初めての神道式神事に興味津々!神事の趣旨は通訳を通して説明はしたのですが、私の本心から言えば・・「ここに集まった人々は、万葉の祝詞は分かるはずも無く、きっと、興業のパフォーマンスにしか映らないだろう。」と高を括(くく)っていました。すると、あにはからんや、神事の開始から終了までの15分間は私語ひとつなく、「感涙」「感動」「幽玄」との評価を得るにいたりました。

 二回目の神事が行われる10月4日。大会の決勝は、直径1メートルは優に越える「和太鼓」の合図で始まりました。各国代表の挨拶等セレモニーの後、中央の一段せり上がったメイン会場に祭壇が準備されました。いよいよ1万人の観衆が見守る中、今大会の目的達成と大山総裁の慰霊を込めた祭祀の内容が3ヶ国語に翻訳され、神事開始です。館内のざわめきが一瞬にして水を打ったように消え、全員起立の中進行しました。

 式次第は、祝詞奏上に続き、神事の結びともいうべき「玉串奉奠(たまぐしほうてん)」へと進みます。これは、お榊(さかき)の葉のひとつひとつに願いを込めて魂の串として神前に供え、二拝・二拍手・一拝の作法にて行うものです。この度の神事における玉串奉奠は、私達神職にとっても、最も期待が高まる儀式でもありました。なぜならば、今大会の大きな目的である「世界がひとつ」になる時でもあったからであります。結果は、私達の予想をはるかに越えるものとなり、1万人の拍手(かしわで=二拍手)が館内に響き渡りました。そして、代表者は涙し、世界65ヶ国の人々の心が民族を越え、言葉を越え、「日本の神道の神事」によって「ひとつ」になった歴史的瞬間でありました。私は神職として、日本人として、ただただ「有り難い」という気持ちで一杯になりました。

 今回、世界の多くの人々が、「武道」を通して日本の心や日本の文化を学ぼうとしていることをひしひしと感じることができました。「日本を知らない日本人」が増えつつあることを憂う前に、改めて日本を学び、心を磨き、世界の中の日本を今一度見直してみてはいかがでしょうか?新しい世界がきっと見えてくるはずです。


※写真等、詳細は氷川トピックスからご覧下さい!!

Posted at 2009年11月02日 13時45分47秒

狛犬のはなし

『狛犬』(こまいぬ)

 狛犬の起源は古く、紀元前のインドや中国にいたライオンや獅子が変化しながら、平安時代に日本に渡来したものといわれております。しかしながら、他国のそれとは大きく違っている点があります。それは、ヨーロッパやアジアにおいては「威嚇」や「権力」の象徴として飾られたのに対し、我が国では主人(あるじ)に忠実な『犬』として置かれたのです。形は『唐獅子』によく似てますが、あくまでも神様をお守りする『守護犬』なのです。

 参道をはさんで左右に置かれ、片方は口を開き、もう片方は口を閉じた状態で「対」になっています。開いているほうを『阿(あ)』、閉じている方を『吽(うん)』と呼び、相撲などで両者の呼吸がぴったり合うことを『阿吽(あうん)の呼吸』というのはこの『狛犬』に起因するものなのです。

 社殿に祀(まつ)られているもの・外に置かれているもの・角があるもの・木製・金属製・陶製などなど形はさまざまです。


鎮守氷川神社の『狛犬』

 当社の狛犬は四対あります。神様から近い順に、まず御社殿奥のご神前に彩色を施した木製のもの(昭和六十三年)があります。次に、御社殿前に石製・手彫りのものがあります。狛犬としてはとても珍しく、全体的に丸みをおび、笑っているような顔をしています。とても愛嬌があって、現代的な作風に見えます。ところが、これが四対の中で最も古く『嘉永四年(一八五二年)』と彫刻してあります。三番目は参道中ほどにあるもので、片方は「玉」を抱え、もう一方は「子供」を抱えておりとても厳しい形相をしています(石製・大正十五年)。四番目は鳥居をくぐるとすぐに見える石製のもので、昭和六十三年、氏子様の「大願成就」を記念して奉納されたものです。

Posted at 2009年06月14日 10時04分36秒

〜神社の鳥居をくぐって〜 その一

 古来より日本の神々は「八百萬(やおよろず)」いらっしゃるといわれてきました。八百萬といっても、800万ということではなく「多くの神々」ということです。これは、木・山・川を始め、太陽・風・雷に至るまで、大自然や森羅万象すべてが「神様」という考え方があるからです。つまり、「人間が造ったものなど何一つありません。大自然や森羅万象に神様を感じ、その恩恵に感謝しながら生きていきましょう。」という謙虚な生き方、物を大切にする心を「八百萬の神々」が教えてくれているのです。

 以上のように日本の神々については、漠然としていて分かりづらいと思われる方も多くいらっしゃることと思いますが、それはあなただけではありません。しかし、そんな分かりづらいものがなぜ、二千年もの間「日本の精神・生活の規範」として受け継がれてきたのでしょうか。その神髄こそ、世界に今注目されている「日本人の精神文化」なのです。

 先日読んだ本に次のようなことが書いてありました。「日本の神社や神様については、見えるようで見えず、知っているようで知らず、それでも、お世話になっていないようで大変お世話になっている存在です」と。まさに、現代人の感覚と思いがちですが・・。実は今から約九百年前の歌人『西行法師(1118〜1190)』が、伊勢神宮にお参りしたとき読んだ歌に「何ごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる(どなた様がお鎮まりになっているかは知りませんが、ただただ有り難い気持ちに涙が溢れてまいりました)」とあり、平安時代でもやはり漠然としていたようですね。

 日本の信仰の根幹をなす「神道(しんとう)」には、他宗教に見られるような「教義」や「教典」、いわゆる「説明書」はありません。ゆえに、見えるようで見えず、知っているようで知らず、・・という捉え方になりがちなのです。しかし、確実に「有史以来今日まで連綿と伝承されてきた」・・・この事実こそが他宗教に見られない奇跡なのです。つまり、日本の神々(神道)は、親から子へ、子から孫へ、生命の継承と共に「心と体」で伝えられてきたものなのです。

 次回はこの奇跡を検証していきたいと思います。

Posted at 2009年06月13日 16時50分35秒

〜神社の鳥居をくぐって〜 その二

 日本人の精神や、生活の規範として受け継がれてきた「神道(しんとう)」の教えには、他宗教にみえる「教義(宗教の教えの内容・主張)」や、「教典(宗教の教えを記した基本的な書物)」のような説明書はないのです。

 多くの宗教は、この「教義・教典」を信じるか否かが「信者」としての条件となり、そして、これらの「教義・教典」そのものを伝えることが「宗教の継承」なのです。つまり、「教義・教典」がなければ宗教が成り立たないといっても過言ではないのです。それでは、なぜに説明書を持たない「神道」が2千年もの間、脈々と受け継がれてきたのでしょうか。これは、宗教の「奇跡」であると私は考えています。継承の形が、特別な場所で行われるわけではなく、「日常生活」の中で、親から子へ・子から孫へという「生命の継承」の中で「心と体」によって伝えられてきたという、なんとも素朴なものなのです。しかし、これこそが今世界に注目されている「日本人の心」であり、この神髄を知れば、現代の日本人が忘れかけている「本当に大事なこと」が見えてきます。

 さあ、皆さんご一緒に「本当に大事なこと」を一つひとつ心に刻んで、子供たちに伝えていきましょう。

 我が国は古代より「稲」の文化が生活の基盤であったため、自然の変化には特に敏感な民族でした。適度な雨や太陽等は、有り難い「恵み=神」として崇められ、感謝の対象となりました。反面、豪雨や酷暑は大敵であり「荒ぶる神」として「恐れ」、鎮めるお祭りをしたのです。これが、現在日本中で行われている「お祭り」の原点なのです。つまり、限りない恵みを与えてくれるものに「感謝の心」を覚え、人の力では及ばぬ大自然の猛威や脅威に対する「人間の弱さ」という「謙虚さ」を学ぶことが「お祭り」の本義なのです。いかがですか?何か見えてきませんか。そうです。『本当に大事なこと』は、大自然の摂理の中に「神様」を見、そこから「感謝の心」と「謙虚な心」を見いだすことなのです。これこそが人として生きるうえで、一番大切なことであると同時に、今、日本人が忘れかけている「心」なのです。さあ、皆さんでこのことを「心と体」で後世に伝えていきましょう。
 

Posted at 2009年06月13日 16時49分08秒

〜神社の鳥居をくぐって〜 その三

 「日本のこころ」・・それは、未来の子供たちに「美しい地球」を残せる唯一のチケットだと思っています。私たちはその一つひとつを胸に刻み、誇りと自信を持って後世に伝えていかなければなりません。

「日本のこころ」・・これを具体的に、そして分かりやすく解説することが、このコラムのタイトルにある「本当に大事なこと」そのものにつながると私は考えます。どうぞご一緒にこの「道」を歩いていきましょう。この「美しい地球」を残すために・・。

 この連載に始めからお付き合い頂いている方は、もうお気づきのことと思いますが、世界の宗教を日本語で標記するとき、・・キリスト教・イスラム教・・というように、「教」という字で記述されています。しかし、日本の宗教である「神道(しんとう)」だけは「教」では標記されず、「道」が使われているのです。なぜならば、キリスト教でいえば「イエスの教え」を信じることであり、イスラム教は「アッラーの教え」を信じること・・と、いうように「教」が付くものは、「・・・の教えを信じること」という概念があるのです。しかし、神道には「・・・の教え」がありませんので「神教」とは言わないのです。「神道」は、いわば神様が造った「道」を如何に歩いて行けば良いのかを、親から子へ、子から孫へ伝えてゆく宗教なのです。ここに「・・教」と大きな違いがあります。この「道」こそが「日本のこころ」なのです。それでは、そもそも「道」とは何を意味するものなのでしょうか。

 皆さんは「道」とえば、「柔道」「剣道」「茶道」「華道」・・等の「道」を挙げるのではないでしょうか。これらの「道」に共通するところは「結果を求めるものではない」ということです。たとえば「柔道」では「勝てばいい」とか、「茶道」では「お茶を飲めばいい」というものではありません。『礼に始まり礼に終わる』という言葉に象徴されるように「心、礼儀、作法・・」等など、結果を出すまでに「心を磨き、練り、鍛える」という行程(プロセス)に重きが置かれているのです。実は、これらの「道」も「神道」の「道」と意味するところは同じなのです。つまり、神道も「人生の結果を求めるものではない」ということなのです。

 明治天皇の御製に「目に見えぬ 神に向いて 恥じざるは 人の心の まことなりけり」とあります。私はこの歌に「道」の神髄があると考えます。つまり、「道」とは、神様に向かって恥じない心で生きる「道」のことなのであります。これを私は「まことの道」と呼んでいます。生きた結果どこに行き着くか?ではなく、「心を磨き、練り、鍛え」ながら「まことの道」を今どう歩くか、また、どう歩いているかが「本当に大事なこと」なのではないでしょうか。

Posted at 2009年06月13日 16時46分40秒

〜神社の鳥居をくぐって〜 その四

 正月気分も抜け、節分の豆撒きも納めました。本格的な春をひかえ、田植えの準備が始まる2月17日は、古来から「祈年祭(きねんさい)」と定められてきました。この「祈年祭」は『きねんさい』また、『としごいのまつり』と読みます。この「年」とは「稲」のことを示し、「稲の豊作を祈る」お祭りのことをいうのです。祈年祭に引き続き、早いところでは4月には「苗代」や「田植え」のお祭りが始まり、夏祭り、新嘗祭(にいなめさい)《稲の豊作を祝う祭り》等々「稲」を中心とした数々のお祭りが行われます。もちろん、「田んぼ」が無い都会の神社においてもこれらのお祭りは欠かすことはありません。このように、神社の一年は「稲」の一年と言っても過言ではありません。

 日本は有史以来「稲」と共にあり、「稲」は「命」と同じものという観念がありました。「稲」が無ければ「命」が無いということだったのです。その「稲」に必要な「太陽」「雨」「土」という「大自然の営み」は「命」を生かす源、つまり「神」の存在として崇められたのはいうまでもありません。このような環境の中で日本人の心・精神文化が育まれました。

 日本人の心・精神文化を表す代表的なものに「俳句・和歌」がありますが、そこには「七・五調」という我が国独自の「リズム」があります。それはなんとも穏やかで、暖かで心地よい懐かしい「リズム」ではありませんか?前述のように、『日本の心』=『大自然の営み』=『俳句・和歌』であるならば、この伝統的なリズムは『大自然の営み』の中にあるのではないかと感じられてなりません。雨音・風の音・雷の音・川の音・海の音・虫の声・・等々すべて、自然が織り成す「規則的でもあり不規則でもある」その旋律が、音となり、言葉となり、心になったのが「俳句・和歌」なのではないでしょうか。

 俳句には「四季」が感じられなくてはなりません。そして和歌には「日本人の心」がなくてはなりません。このように日本の精神文化が凝縮された「俳句・和歌」に親しむことは、大自然を感じることであると共に日本の心に触れるということなのです。

 あなたも、春の暖かい風を感じながら「俳句・和歌」の名作を紐解いて「日本の心」に触れてみてはいかがでしょうか。きっと、本来の日本の姿が見えてきますよ。

Posted at 2009年06月13日 16時45分17秒

〜神社の鳥居をくぐって〜 その五

 今年は「丑」年で、「糸偏」を付けると「紐」という字になる・・。ということは年頭の「干支のお話し」で書かせて頂きました。今回は、そこでは語られなかったもう一つの「紐」にまつわる「本当に大事なこと」をご紹介いたします。

 私たち日本人が古くから大切にしてきた「二つの紐」のお話しです。その一つ目は、「へその緒」という「紐」です。「へその緒」を大切にする? とは、どういうことでしょうか。それは、ちょうど大空に遊ぶ「凧あげ」の情景によく似ています。大空に舞い、優雅に私たちを見守っているかのようにみえるのが「先祖」で、そこから一本の「紐」がつながっています・・これが「へその緒」です。私たちは、その「紐」が切れないように、離れないようにしっかり握って持つのです。その「紐」が切れて、凧が道端に放置された状態を人は・・「ゴミ」と呼ぶのです。昨今、親が子を、子が親を・・という痛ましい事件が多発しています。これが、まさに凧の「紐」を切る行為。つまり、先祖も自分も「ゴミ」にしてしまうとても残念なことなのです。先祖・自分・子孫の生命の継承は「へその緒」によってつながっています。それを感じることで「生かされている」有り難さや、感謝が生まれるのです。本当に大事なことは・・「へその緒」を感じながら生きることなのです。

 二つ目の「紐」は「縁(えん)」という「紐」です。「縁」は「結ぶ」と表現するように、やはり「紐」なのです。「縁」は、他人に優しく、真心を込めて接することから始まります。すると、不思議なことに巡り巡って自分に返ってくるものなのです。あなたもそんな経験があるはずです。「縁」は丸い「円」なのです。そして、「円」はとぎれの無い「輪」とつながり、「輪」が「和」となって皆が「和(なごむ)」世の中になるわけです。「縁」を大切にすると→「円」→「輪」→「和」となって、和の中で暮らすことになるということなのです。もともと「大和(やまと)」の国造りは「縁」を大切にすることから始まったのです。

 私達が「縁」という「紐」を大切にし、「和(なごみ)の輪」が日本中に広がり、「大」きな「和」となれば「大和(やまと)」の国が「よみがえる」のです。

 この、「へその緒」と「縁」という二つの「紐」を感じながら、豊かな日々をお過ごしください。

Posted at 2009年06月13日 16時43分38秒

〜神社の鳥居をくぐって〜 その六

 「あなたは神様とどのように接していらっしゃいますか?」。唐突ではありますが、これが今回のキーセンテンスです。この質問は、実は、「あなたは周りの方々とどのように接していますか?」という問いかけをしているのと同じといえます。つまり、神様との接し方が上手くできれば、周りの人達と上手くやっていけるというお話です。

 古くから日本人の躾(しつけ)や道徳感の原点に「礼儀・作法」という和の心を象徴する精神文化があります。英語では「マナー」と訳しますが、しかし、これとは本質的に異なった点があります。それは、日本の「礼儀・作法」の始まりは、相手が神様だったということです。

 「礼儀」の「礼(れい)」という文字ですが、昭和の初期までは「禮」と書きました。この文字の成り立ちは・・「示(しめす)偏」は、「神・社・祈・祝」等々の語に見られるように「神様」を意味しています。そしてその隣にある「豊」という《つくり》は「お供え物」を現す象形文字なのです。つまり、「禮」という文字は、「神様にお供え物を捧げる」ということになります。したがって「礼儀・作法」とは、感謝や祈りの気持ちを込めて「神様にお供え物を捧げる」ときの「心」や「立ち振る舞い」のことをいうのです。今でも神社のお祭りを「祭禮(さいれい)」と記すのは、もともとの意味を大切に継承しているからにほかなりません。

 日本人は古来から常に「自然」に神を感じ、そこから生まれる様々な「命」に「感謝」「尊敬」を捧げてきました。また、神社にお参りをするときなどの「作法」として、深々と頭を下げ、足を向けず、背を向けず、心を落ち着かせて「真心」を尽くします。そこには、「嘘(うそ)」や「偽り(いつわり)」はありません。

 いかがですか?今回、冒頭の「あなたは、神様とどのように接していらっしゃいますか?」と問いかけた意味がご理解頂けたかと思います。日常的に神様と誠実に接することができれば、おのずと「人間関係」においても、「礼儀・作法」が身につき、「正直」に「真心」をもって接することができます。そうすることにより、相手に不快感を与える事なく「和やかに」理解し合える社会ができあがるのではないでしょうか。

Posted at 2009年06月13日 16時39分35秒

〜神社の鳥居をくぐって〜 その七

 「『自然』そのものが神様なのです・・。」とは、このシリーズで度々書かせて頂いたフレーズです。この言葉が示すように日本の「神道」及び、「神観念」は、私達の身の回りには常に神々がいらっしゃって、共存しながらいつでも見守ってくれているという考え方が基本にあります。神様のお名前は少し覚えづらいところもありますが、全体としては解り易く、素朴で穏やかな宗教といえるでしょう。その柔和でデリケートな宗教がなぜ二千年もの間連綿と受け継がれてきたのでしょうか。

 世界に目を向けますと、仏教国がキリスト教国に変貌してみたり、同じ宗教でも教典の解釈により摩擦が絶えない場合も少なくないようです。そのような中にあって、「神道」は信仰者に複雑な戒律を課すことも無く、「教義・教典」も掲げないまま、なぜ「二千年」の時を越えてこられたのでしょうか。多くの方はその理由を、「日本は植民地の経験がなかったから。」とか「宗教戦争がなかったから。」と言う点を挙げます。しかし、私の見解はそれとは少し異なっています。私が思う第一の要因は「神道が日本の風土を見事に反映した宗教」だから・・という点にあります。

 苛酷な気候や風土は、厳しい宗教を作り出します。苛酷でつらい毎日から「救い」を求めたり、厳しい状況で生きるすべを宗教から見いだそうとするからです。もちろん、優劣を説いているのではありません。我が国はおおよそ温暖な四季の繰り返しの中で生活を営み、食糧の主体である「稲」は、ほぼ全国に生育します。それが、「穏やか」で、「感謝」を中心とした宗教が誕生した理由の一つなのでしょう。また、島国であったがゆえに一つの宗教を共有しやすい環境にあったということができます。特に四季の自然の移ろいが織り成す微妙な変化は、繊細な心を育み、大自然に神様を感じ取り、独自の芸術性(和歌・俳句)を培ってきたのです。つまり、「四季」を「五感」で感じることこそ、日本の「神道」の神髄を理解することにつながるのです。

 それでは、日本人はどのように「四季」を感じてきたのでしょうか? 次回は、「あるがままを受け入れよ」という言葉で知られる、「道元禅師」の和歌を紐解きながら、皆さんと一緒に、日本の四季を感じてみたいと思います。

Posted at 2009年06月13日 16時37分48秒

〜神社の鳥居をくぐって〜 その八

 我が国の「四季」は、繊細な日本人の心を作り上げ、「侘(わ)び」「寂(さ)び」を始めとする日本固有の精神文化を彩ってきた宝物なのである。・・と、以前にもお話ししたことがあります。ところで、現代においてこの「宝物」を五感で受け止めている日本人はどれだけいらっしゃるでしょうか?
 
 文明の発達や、利便性の追及は、時として「感性」を鈍らせ、「五感」をも狂わせてしまうこともあります。科学万能であるかにみえる今の日本にあって、「四季」を「五感」で受け止めることこそ、真の日本人の心をよみがえらせることに繋がると思えてなりません。今、世界で注目されている「クールジャパン(格好いい日本)」とは、日本の四季の旬を戴くことや、「和」の文化に触れることで・・「幸福になれる」のだ! とまでいわれています。いかがですか皆さん! 嬉しいことじゃありませんか? 最も古い日本の伝統文化が、今世界では、最も新しい「理想的な生き方」として地球上を駆け巡っているのです。しかし、残念ながら当の日本人は、この「幸福への道」を忘れてしまっているようです。ご参考までに、日本の「四季」の味わい方の一例をご紹介しましょう。

 その昔、「あるがままを受け入れよ」と説いた道元禅師(1200〜1253)というお坊さんが詠んだ歌です。「春は花 夏ホトトギス 秋は月 冬雪さえて 涼しかりけり」。この歌こそが、日本の「四季」の表現であり、日本人の研ぎ澄まされた感性なのです。それでは皆さんとご一緒に詠み解いていきましょう。

 「春は花」・・春は、「張る」で、すべての植物の芽が張るので「春」になりました。世界中どこでも花は見ることができます。しかし、頭上の花(桜・梅等)を愛でる習慣があるのは、日本だけだということをご存知でしたか? それこそ、その木の下で花見の宴を行うのは日本特有の行事なのです。古くは、花見の宴に上から降り落ちる花粉と共にご馳走を戴くと「生命の復活作用」があると信じられていました。「花より団子」にも意味があったのですね。

 「夏ホトトギス」・・夏を告げるこの鳥は、「うぐいす」ほど美しい声ではありませんが、朝から晩まで・・時には夜中まで鳴き続けます。日本人はその「勤勉」な様子が大好きです。夏に気を抜かず一生懸命、養生しながら働く。これが日本の生命線を支えてきました。

 「秋は月」・・十五夜・観月・お月見など、秋の夜長に「侘び」「寂び」を感じるひとときでもあります。月には神様や祖先を想い、お供え物をするというのも我が国ならではの慣習です。また、豊饒・収穫の時で、様々なお祭りが全国各地で繰り広げられます。

 「冬雪さえて涼しかりけり」・・雪国の方々には叱られてしまいそうですが・・。雪見酒・雪見窓などに象徴されるほど、その「純白」に清らかさや美しさを感じるのも我が国特有の感性なのでしょう。初雪に嬉しさを覚え、窓を全開にしてしまうのは・・私だけでしょうか?

 以上、「四季」の味わい方をお話しさせて頂きました。あなたも何げない季節の移り変わりを「五感」で受け止め、「感性」を磨き、日本人であることを再認識してみてはいかがですか?

Posted at 2009年06月13日 16時36分14秒

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