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宮司のちょっといいはなし

〜 年中行事 Α

「お盆に帰省した?」・・・

 これは、時候の挨拶のように交わされる言葉ではないでしょうか。
『お盆』の『帰省』、
やはり今年も高速道路の「大渋滞」がニュースで流れていましたね。
何の共通点もない二つの言葉が、
この時期になると対句のように聞かれるのは面白いことです。
しかし、これには深い意味があり、日本独特の習俗、習慣があったのです。


お盆

 「お盆」は、正式には「盂蘭盆(うらぼん)」といって仏教の言葉ですが、
「墓参り」「迎え火」「精霊流し」等々のお盆行事は、
元来すべて日本の神道行事の「先祖祭り」であることを
ご存じの方はあまりいらっしゃらないでしょう。


 古の日本では一年を二期に分け(年中行事セ仮函法
前期の始まりを「正月」として、
「歳神様(としがみさま)」を迎えます。
そして、後期の始まりを「七月」として、
お盆の行事が行われ「先祖」を迎えます。

「敬神崇祖」という日本人の心の原点は、
一年を前期と後期に分ける生活の営みの中に実践されてきたといえそうです。
その後期の皮切りに行われるのが「七夕(たなばた)」であります。
お気づきかもしれませんが、実は「七夕」は、
お盆行事の「先祖祭り」そのものだったのです。

「七」の「夕」と書いて、なぜ「たなばた」と読むのでしょうか。
これを説き明かすことによって面白いことが分かってきます。


 「七夕」というと、「牽牛(けんぎゅう)=彦星(ひこぼし)」と
「織女星(しょくじょせい)=織り姫」の伝説を思い浮かべます。
この話自体は、奈良時代に中国から伝わったもので、
これが、もともとあった日本習俗と習合しました。
それが、現在の「七夕」なのです。
それでは、もともとあった日本習俗とはどんなものだったのでしょうか。


 「正月」に『竹』を立てるように、「七夕」にも『竹』を立てます。
しかし、これは短冊を付けるためのものではなく、
「先祖」が降臨するための『竹』なのです。
その『竹』は水辺に立てられ、そこに小屋が作られました。
水辺で身を清めた娘が「先祖」に着てもらうための衣服を小屋の中で織ります。
織られた衣服を「竹」に掛け「先祖」を迎えるのです。

それが行われるのが「七月七日」で、
その娘を「棚織女(たなばたつめ)」と呼ぶのです。

「七夕」と書いて「たなばた」と読むのは、ここからきているのです。
「七夕」は「お盆」の始まりの行事であったことがわかります。


 一年に一度「先祖」と出会う=一年に一度出会う、彦星と織り姫。

『竹』に彩色の衣服を掛けて「先祖」の降臨を祈る=五色の短冊を掛けて祈る。

このように、様々な伝説や習慣が重なりあって、
現在の「七夕」ができあがってきました。
しかし、その原点は「先祖祭り」であったことを忘れてはいけません。


 冒頭の「お盆に帰省した?」は、
「先祖祭りした?」ということではないでしょうか。

「正月」の「初詣」、「お盆」の「先祖祭り」は日本独自の習俗習慣です。そして、「敬神崇祖」という日本人の「心」なのです。

いつまでもいつまでも守り続けたい日本の「心」なのです。

Posted at 2010年10月21日 17時40分32秒

〜 年中行事 А

 いよいよ、年中行事も結びの章となりました。


 暑い夏も『秋雨』を重ねる毎に、空は高く済みきってまいります。
稲刈りを終えると、いつの間にか、『セミの声』から、
秋の『虫の声』に耳を奪われます。

そういえば、半袖から長袖に変わるころ、
どこからともなく『笛や太鼓の音』が聞こえてくる、
という思い出はありませんか?
残念ながら今ではなかなか、
都会などでは味わえない風情となってしまいましたが・・・


秋祭り

 一言でいうと『秋祭り』は、収穫への感謝の祭りと言えるでしょう。
稲が中心の日本では、春の祈年祭・田植え・草刈り・虫追いと続き、
寒暖、風雨などに一喜一憂しながらほぼ一年間、
成育に気を配りながら稲刈りになります。
『米には、八十八の手がかかっている・・・。』と古くからの諺のようにいいますが、
正にその通りのようですね。

こうしてみますと、
当たり前のように戴いている毎日の『ご飯』も、
『感謝』の気持ちがわいてくるというものです。


 日本では、お米の『収穫祭』これが秋祭りということになります。
正式には『新嘗祭(にいなめさい)』といいます。

この『新嘗祭』は宮中の神事でもあり、
天皇がその年の新穀を天地の神々に供え、
自らも食す『新人共食(しんじんきょうしょく)』の重儀とされています。

一般には明治六年の改暦により、
11月23日が『新嘗祭』とされ『祝祭日』となりました。

いまは『勤労感謝の日』という名称となっているので、
なかなか本来の『米の収穫祭・新嘗祭』の意味が伝わりづらくなっているのです。


 なぜ、宮中の大事な祭事と位置付けられ、
また、祝祭日として今日まで残されてきたのか、
これには更に深い意味があります。

『新嘗祭』において、お米の『収穫』を喜び合い、
感謝するのは当たり前の事ではありますが・・・。
豊作であれば、来年の『命』がある。
逆に凶作ならば『命』が危ういということであるならば、
『新嘗祭』は、『命』の祭りとして、喜び合い、感謝するという、
大切なお祭りなのであります。


 ところで、年配の方はご存知だと思いますが・・・

『♪村の鎮守の神様の 今日はめでたいお祭り日♪
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ ドンドンヒャララ ドンヒャララ 
                         朝から聞こえる 笛太鼓』


 『村祭り』という小学校唱歌です。
そして、二番、三番に・・・

 『今年も 豊年万作で 村は総出の 大祭り・・・』

 『実りの 秋に神様に 恵み讃える 村祭り・・・』
と続くのです。


 これほど、『新嘗祭』の本当の心や、
真の姿を伝えているものはありません。

この唱歌が歌い上げている、祭りの本来の意義を風化させないことで、

日本人の『心』『命』を『感謝』と共に伝え、
継承していくことこそが、
『本当に大事なこと』ではないでしょうか。



 まだまだ『本当に大事なこと』は、たくさんあります。
皆さんも一緒に探してみて下さい。
そして、未来の子供たちに伝えようではありませんか。


Posted at 2010年10月20日 17時40分14秒

〜 ちょっとひと休み 〜

 今日に至るまで、「よみがえれ日本」と題し、
浅学の私が拾い集めた言の葉をひとつひとつ解説しながら、
‘本の国柄を知る。
日本人の精神文化の解明。
8亀い鮗茲衞瓩后

という日本再生のヒントを提唱してまいりました。

 また、日本人の伝統文化を紐解くことにより、
将来の展望を明らかにしていこうという、
「温故知新」「不易流行」の観点から現代の問題点を分析し、
将来の糧とするべく綴ってまいりました。

 昨年、この連載を『ちょっといいはなし』と題した冊子として
【ナビホーム蠎卍拘飮柿夫氏】のお力添えにより刊行することができました。
心より感謝申し上げますと共に、多くの皆様にお読み頂き
お役に立てていただければ幸に存ずるところであります。

 引き続き、日本の「人生儀礼」・「年中行事」・「建築儀礼」等々、
『祭りと日本人』をテーマに、習俗習慣の意味や意義の解説を中心に
筆を進めていきたいと思っています。


 昔から口ずさんでいた歌が、あるとき・・
『えっ!こんな歌詞だったのか。』という経験がありませんか?
それは、始めはただ音のみをとどめる耳の「記憶」の段階にあったものが、
年を重ね経験を積むことによって「心」で感じられるようになったからなのです。

 私の話は、それとよく似ているかもしれません。
つまり、古くから「記憶」のままに当然のもののと受け入れてきた、
習俗習慣の意味や意義を認識したとき、人は改めて「心」で感じるようになり、
後世に伝えるべき、尊く神聖な行いであることを知るのです。

 すなわち、習俗習慣の意味や意義を知らぬままでは、ただ「記憶」だけにとどまり、
やがてその「記憶」は忘却の一途をたどり消滅してしまうという結果をまねくのです。
習俗習慣とは、民族存在の証であり、誇りでもあるはずです。
そしてそれは、決して忘れたり、消滅させたりしてはいけない日本人が日本人であるための、
我が国固有の麗しい伝統文化だからなのです。

 しかし、今の日本は残念ながら、
固有の文化を「記憶」にすら残そうとさせない方向に進んでしまっているように見えます。
「神国日本!」と発言した首相は、そのことを国民に謝罪し、
国会議員が英霊の神霊(みたま)を慰めるために靖国神社に参拝することさえ
非難される国になってしまったのです。
日本が「神の国」ではなぜいけないのでしょうか。
自国の戦没者を、日本人固有の形でお祀りするのは当然のことではないでしょうか。
このままでは、教育の中から「心」や「伝統文化」の文字が消され、
自虐的歴史観のみが教科書を埋め尽くすでしょう。
そして、無国籍な日本人が増えるばかりでなく、
自国に誇りを持てない若者達が日本を背負っていくという・・・
なんとも憂いに満ちた将来を予測せざるを得ない状況なのです。

 今こそ、改めて日本の習俗習慣を「記憶」の段階から、意味や意義を深く理解し、
「心」に刻む段階まで推し進めて、将来に伝承してゆかねばならないのです。

 目に見えるものだけがすべてではありません。目に見えないものの中にこそ本当に大切なものがあるのです。

Posted at 2010年03月18日 15時16分48秒

本当に大事なこと!〜人生儀礼 編〜 その一

 日本独自の宗教は何ですか?と尋ねられて、明確に答えられる人は・・。

 あなたはいかがですか?

 自国の文化・伝統を知る意味でも、また、国際社会を意識する人としても
少し恥ずかしいことだと思います。覚えてください!日本固有の宗教は「神道(しんとう)」です。「じんどう」でも「しんとう」でもありません。
 
 神道の歴史は、有史以来ですからとても古いものなのですが、神道の根幹である神々の存在やしきたりは日常の中にあり、いわば「習俗・習慣」に溶け込むようにあったため、改めて意識することはありませんでした。仏教伝来時に、「対比」をするという意味で少しは意識するようになりましたが、現代でも「初詣」「厄除け」「七五三詣」は欠かすことはないものの、「神道」をひとつの宗教として意識しないまま今日に至っております。

 日本人はふだん神様の存在を意識する事なく生活をしております。しかし、深いところで、われわれのものの考え方や行動の規範となっているのが「神道」なのです。このシリーズでは、その意識の底にある「神道」を「習俗・習慣」をとおして解説していきたいと思います。

 日本人の年齢の表現に・・「数(かぞ)え年」というものがあります。これは、日本独自の「命の誕生」の数え方で、決して「昔の人」や「お年寄り」だけが使うものではありません。神社では昔も今も「七五三・厄除け・方位除け」などなどすべて「数え年」で行います。これは、日本ならではの「命」に対する崇高なる考え方に由来するものなのです。つまり、神様から戴いた「命」の誕生は、当然母親のお腹の中から始まっているもので、世に出たときから始まるものではないという考え方なのです。したがって、お腹の中で一歳、世に出て二歳という数え方なのです。 

 神社で行われる「安産祈願」の際、次のようなお話しをさせて頂いております。
 
『もうすでに神様から命を戴いて五カ月が経ちました。もう子育てが始まっていることを自覚して下さい。子育ては夫婦二人で行うものです。ご主人!「俺はまだ出る幕が無い」という顔をしないで、奥様の手となり足となる思いやりが「子育て」につながるのですよ。』
・・と。

 いかがですか。「命」は神様から戴くという考え方!赤ちゃんは神様の子!これが日本人の考え方なのです。

Posted at 2010年03月15日 16時46分49秒

本当に大事なこと!〜人生儀礼 編〜 その二

 「命(いのち)」は、神様から戴くもの。そして、お腹で一歳、出生後二歳目が始まるという「数え年」の考え方は、なんとも素朴で日本的ということができます。

 人生儀礼のお祝い事は、「安産祈願」から「出産祝い」へと続きます。ここで、皆様に知って頂きたいことがあります。それは、元来「出産祝い」に、お餅やお赤飯を用意するのは・・出産を祝うというよりも、「安産のお祝い」に、神様にお供えするためなのだ!ということなのです。このように、人生儀礼は常に神様との密接な関係の中で行われるということを忘れてはなりません。

 生後七日目を「お七夜(しちや)」と言って、この日までに名付けを致します。これを「命名」と言います。文字通り「命」に「名前」を付けることで、これもまた「神様から戴く」という尊さを感じさせます。名前の付け方は時代によって流行があったりしますが、名前は、一生使う尊く大切なものですから、名前を呼ばれたら・・『うん?』でも『なぁ〜に〜?』でもありません!返事は「はい!」漢字で「拝(ハイ・おがむ)」。こんな気持ちで答えましょう。

 男児三十二日、女児三十三日(地方により多少異なります)には「初宮詣(はつみやもうで)」−お宮参り−を行います。この日は、できるだけ祖父母と共に神社にお参りをします。通例ですとこの場合、赤ちゃんを抱くのは祖母で母親ではないからです。これは、出産後ということもあり、できるだけ母親の負担を軽減するということもあります。いずれにしても家族揃って参拝し、子供の無事の成育や家内安全を氏神様に祈ります。

 いつの時代も子育てには、不安や心配事が付きものです。まして、現代のように目まぐるしく移り変わる中の子育ては、なかなか一筋縄でいくものではありません。しかし、当社で古くから伝えられている「子育て訓」をお聞き戴き、少しでもご安心していただければ幸いです。

 「子育て訓」・・次のことを守れば、子供は立派に育ちます!

〜離してはいけないもの〜

赤ちゃんと呼ばれる頃・・・肌を離すな。

歩き始めから幼稚園まで・・手を離すな。

小・中・高と・・・・・・・目を離すな。

成人まで・・・・・・・・・心を離すな。

      いかがですか?多くの方にこのような「日本のこころ」を伝えてください。

Posted at 2010年03月14日 16時48分25秒

本当に大事なこと!〜人生儀礼 編〜 その三

 『お宮参り』を終えると、一年後に『初誕生祭』を迎えます。四季折々の情緒ある日本の風土に育った一年を、家族揃ってお祝いします。お祝いの日に、「一升餅」を子供に背負わせる習慣は全国各地で見ることができます。このいわれは様々で、「足腰が丈夫になるように・・。」という意味のほか、重い荷物を与えることで「あまり遠くに行かないで欲しい・・。」という親の願いもあったようです。

 鎮守氷川神社の初誕生祭では、子供にお米を背負わせ、「筆・扇子・そろばん」のいずれかを選んでもらう行事があります。

○「筆」を選べば・・『学問の道』を。
○「扇子」を選べば・・『芸能の道』を。
○「そろばん」を選べば・・『商人の道』を。


という将来の適職を占う古くから伝わる儀式です。

 そして、3月3日『桃の節句』、5月5日『端午の節句』などの年中行事を経て、『七五三』を迎えることになります。これは、古くから行われている人生儀礼の中でも、最も多くの人々に受け継がれているお祭りといえるでしょう。『七五三』を迎えると、どこか一息!といった安らぎが漂うものです。節目節目を越えてここまでこられた安堵感と喜びが「感謝」に変わり、ごく自然に神社へと足を向かわせるのでしょう。日本人のほとんどが良く知っているお祭りだからこそ、何を祝い、何に期待するお祭りであるかを、ここでしっかりと認識しておきましょう。

 『七五三』の儀式は、もともと公家や武家の間で行われていました。こうした古来の習俗が近世になって江戸の町民にも広がり、次第に現在のような形をとるようになったようです。公家や武家では男女が三歳を迎えると、髪形を変える「髪置(かみおき)」。男子が五歳にして男子用の着物に袴をはかせる「袴着(はかまぎ)」。女子が七歳を迎え、着物に付いた帯代わりの紐をとり、正式な帯に変える「帯解き(おびとき)」がいわれとなります。一方庶民では、この「成長を祝う」という意味のほか、神様に「成長を報告する」という重要な意味がありました。それは、三歳には乳児期を無事越えたというお祝いを神社で迎え、七歳で初めて人として認められるようになり、「氏子帳記載」のため神社に報告する義務があったからです。このように七歳のお祝いには、社会・地域の構成員の自覚と責任を持つようにとの期待も込められていたわけです。いつしか、この公家・武家・庶民の儀式や行事が一つになり「七五三」という習俗になったのです。

以上のようなお祝い事やお祭りが、古来より今日まで連綿と続けられていることを見るとき、いかに医学や科学が発達したとしても、子育てや育児は容易なものではなく、また、子供に寄せる親の愛情や気遣いは変わるものではないことが分かります。そして、子供が1年1年無事に過ごせることは「有り難い」ものであり、「神様のご加護」ならばこそと考えるのも自然の心の働きということがいえるのではないでしょうか。

Posted at 2010年03月13日 16時29分48秒

〜人生儀礼 編〜 その四

『七五三』という節目を越えると、ご家族・ご親族の皆様は「ホッ!」と一息。子供たちは、いよいよ本格的に将来を見据えた「勉学」の道に入ります。やがて進路に見通しがつくころ・・『成人祝い』の儀式を迎えることになります。


 最近『成人式』と聞くと、眉をひそめる方もいらっしゃることでしょう。

 それもそのはず・・厳粛な式典の時に、昔では考えられない「乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)」を繰り返す若者が後をたちません。『成人式』こそ、一人の人間として「成人」を自覚するための人生最大の神聖な儀式なはずなのに・・?そこで、今回は「成人式」の真意を質(ただ)す意味においても、歴史を振り返りながら解説をしていきたいと思います。


 世界中どこの国においても『成人式』は、数ある人生儀礼の中でも最も古い儀式であります。ヨーロッパでは紀元前から行われていましたし、もちろん、日本におきましても飛鳥時代に始まり、奈良時代には確立された儀式として書物に記されているのです。男女共に、肉体的にも精神的にも大人になる事を意味する点や、不安定な霊魂がこれを機に安定に向かうという点は、世界共通なのです。日本人の『成人式』も、もとはそれらの意味において行われていたもので、皆さんも良くご存知の「冠婚葬祭(かんこんそうさい)」という言葉の「冠」が、飛鳥時代から伝わる『成人式』の儀式のことを意味するのです。


 「冠(かん)」とは《かんむり》のことで、奈良・平安時代の貴族社会では、男子は12歳になると紙を束ねて切り揃え「冠」をかぶって一人前の証しとされました。また、「冠」をかぶることを「元服」といい、かつて『成人式』を「元服の祝い」と称したのはこのことからなのです。ちなみに当時の女性は、13歳にして母になれる身体になれることから「成人」とされました。


 一方、庶民においても貴族にならい12歳が成人とされていました。しかし、時代が進むにつれて農業が中心に考えられるようになり、より現実的になり・・田畑において一人前の仕事ができることや、神事(両親、公に感謝し、社会に貢献することを誓うお祭り)に参加できること・・という観点から、15歳となり、やがて18歳と変化していきます。逆に、仕事が一人前でなかったり、神事に参加しない場合は「成人」とはみなされない時代もあったようです。このあたりは、現在の20歳になれば誰でも「成人」という考え方とは随分違っていますね!


 昭和23年に「国民の祝日に関する法律」で『成人式』の条文には次の通り記されています。

  『大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます』

 と、謳っています。昔と今を単純に比べることは少し問題があると思いますが、祝われる方にこの歴史や法律を少し勉強して頂けたら、『成人式』はきっと感動と感謝に包まれるに違いありません。


 皆さんの「成人」に相応しいと思われる年齢は、さて、何歳?

 ・・選挙権があること?お酒が飲めること?それとも・・・?

Posted at 2010年03月12日 17時31分12秒

〜人生儀礼 編〜 その五

 『成人式』という節目を越えると、それぞれが大人の自覚を持って、社会的責任を意識しながら日々の生活を営むようになります。大人として生きる時、人は多かれ少なかれ社会的責任を免れることはできません。この「社会的責任」の重圧と、実はかかわっている人生儀礼、『厄年』についてお話をさせて頂きます。


 まず、一般的観点から見た『厄年』について解説いたしましょう。
『厄年』とは、一生の中で最も運気低迷の年に当たり、災厄が起こりやすい時期として忌み慎まれた特別な年であります。地域によって多少ことなる場合もありますが、おおよそ厄年の年齢は数え年で数え、男性は25・42・61歳、女性は19・33・37歳を本厄年といいます。そして、その前後を「前厄(まえやく)」「後厄(あとやく)」といって、この3年間は「用心して過ごす年」とされています。しかし、一方この年齢は人生で一番重要な年齢ということもいえるので、「用心して過ごす年」ということは、消極的や後ろ向きに・・ということではなく、むしろ、気を付けながら積極的かつ前向きに過ごすということなのです。


 しかしながら、人は『厄年』を自覚したとたんに「厄年は嫌いだ!」と気に病んで過ごしてしまいがちになり、どうしても臆病になってしまう人も少なくはないでしょう。そこで、古来より伝わる「厄祓(やくばらい)・厄落とし」などにより「厄年」を「役年」に変え、清々しく躍進の年として過ごすという習慣が連綿と続けられてきているのです。


 さて、ここから本論です。中世、つまり農耕社会においては「厄年」の年齢は、男女共にそれぞれ、村々で立派な指導者になる年齢に当たりました。それゆえ、責任の重さを心身ともに感じ、それぞれの立場に相応しい存在になるには、並々ならぬ努力を要したことでしょう。現在においても、男性の25・42歳といえば将来を決定付ける極めて重要な年齢です。また女性の19・33・37歳は、将来のこと、子育て、子離れ後の役目・・と、母親としての在り方等、人生の大きな節目となります。

 
 このように『厄年』には、大いなる努力と忍耐が必要となり、さまざまな選択を迫られる年なのです。結果、心身ともに重圧が大きくなるわけです。そこで、『厄祓・厄落とし』をするわけですが、これがどのようなことなのかを説明したいと思います。


 ひとことでいえば、神様に「もう大丈夫!」という「元気」を戴きにいくということです。人間は期待が高まれば高まるほど、不安が付きまとうものなのです。たとえば、子供が産まれると、立派な成長を期待します。反面、病気・怪我等が心配になり、あまり外には出さず、過保護で消極的な人間にしてしまう恐れがあります。『厄年』も同様に、期待が高まり不安が忍び寄るということになるので、チャンスを逃してしまうことになりがちです。そこで、『厄年・厄落とし』のお祓いを受けると・・もう、大丈夫という元気を戴き、重圧から解放され、これまでの自分の行き方を見直すことにより、改めて清く・明るく・正しく・直き心で過ごして行こうと決心して前向きに過ごせるようになるのです。結果、この時期に発展の基準作りができて、よりよい人生を送れるようになるのです。


 つきつめると「不安」=「厄」ということができます。皆さんも不安を解消して期待を伸ばし、清々しい毎日をお過ごしください。

Posted at 2010年03月11日 16時50分54秒

〜人生儀礼 編〜 その六

 「人生儀礼」を一つ一つ越え、「厄祓」を節目節目に行うことで、人はその折々に心身ともにリフレッシュします。そして、それを機に初心に返り、改めて新しい一日を迎えることで、充実した人生を歩むことができます。これこそが、「日本人特有の人生観」ということがいえるでしょう。人生儀礼の後期に迎える節目が『還暦(かんれき)』という儀礼です。

 『還暦』とは、文字通り「暦(こよみ)」が「還(かえる)」という意味です。「還」という字を辞書で調べると、「円をえがいてもとへもどる。いったものがもとの場所にもどること。」と出ています。つまり、『還暦』とは人生のスタートを刻む「生まれた日」から、長い道のりを歩き続け、幾多の困難を乗り越え、円をえがくようにして、やがて「生まれた日」にもどるということです。これを具体的に解説すると、次のようになります。

 今年を例にとってみますと・・生まれ歳は「庚(かのえ)寅(とら)歳」です。この「庚」が十干(じっかん)、「寅」を十二支(じゅうにし)と呼び、これらを合わせて『干支(えと)』と称します。そして、今年生まれた人が次の『庚寅歳』の干支を迎えるのは60年後なのです。以上のとおり、『還暦』とは、「生まれた年の干支に還る」という意味なのです。

 「還暦」も「厄年」も当たるので、前述のとおり「心身ともにリフレッシュして、新しい一日を迎えるために」お祓いを受けます。しかし、これまでの「厄年」とは少し趣が違ってきます。正確には、年祝いの厄年いえるでしょう。

 古くは、人生40年とも、50年ともいわれており、60年ともなれば長寿ということになりました。そこで、「あなたは、一つの人生を立派に生ききりました。とてもおめでたいことです。」という年祝いをするとともに、御褒美に神様から新しい命の再生を戴きましょう。ということで、赤ちゃんにもどるために、赤いちゃんちゃんこと赤い頭巾を贈られ、生まれた時に行った『初宮詣』同様に、厄を祓って、再生を祝福するのです。

 いかがでしたか?なぜ、『還暦』に赤いちゃんちゃんこを贈る習慣があるのか。なぜ、「厄年」?という疑問が解消されましたでしょうか。もちろん『還暦』の後も年祝いが待っています。人生七十、古希稀なり・七十歳。「喜」の字を崩した  寿・七十七歳。「傘」の字にちなんだ仐寿・八十歳。「米」の字にちなんだ米寿・八十八歳。「卒」の字にちなんだ卆寿・九十歳。百の字から一をとった白寿・九十九歳。というおめでたいお祝いが続くのです。

 人生の節目に再生をするという日本人の人生観を「常若(とこわか)」と表現します。これは、常に若々しい心を持ち、新鮮な毎日を送るというすばらしい考え方にほかなりません。皆さんもどうぞ「人生儀礼」を今一度おさらいしながら「常若」の人生を歩んでいきましょう

Posted at 2010年03月10日 17時35分53秒

平成22年 【寅年】のお話

干支のお話「寅」

 平成22年は「庚(かのえ)寅(とら)歳」で、庚が十干、寅が十二支ということになります。前にもこのコーナーでお話させて頂きましたが、十干・十二支が対になって生まれ年を表すにも拘わらず、十二支は答えられても十干を言える人はそうはいません。
 なぜならば・・・十二支は一生変わりませんが、十干の場合、甲子(きのえね)生まれの人の12年後は丙子(ひのえね)、24年後は戊子(つちのえね)・・と、十干は61年目に元に戻る(甲子)まで4回変化するのです。
 皆さん今一度生まれ年の「十干」を確認してみてはいかがでしょうか?


 「寅(とら)」は、十二支の動物では「虎」。時刻は午前4時を示します。まず「虎」にまつわるお話です。「虎」はもともと日本には存在しない動物なので、安土桃山時代の武将・加藤清正が異国で「虎退治」をするまでは、庶民には想像でしかありませんでした。その後は世に広く知られるようになり、「虎」は強いばかりでなく、一日にして「千里行って、千里帰る」という行動力とバイタリティーの象徴とされるようになりました。
 尚、「虎」は夜行性の動物なので、午前4時を意味するには相応しいかも知れませんね!


 さて、そろそろ本題に入りましょう。「寅」の意味するものと、この歳の心構えについてのお話です。それにはまず「寅」の前の「子(ね)」「丑(うし)」のおさらいが必要となります。「子」は種子(たね)のことで、やがて大木や大輪の花を咲かせるための準備段階を示す歳でした。そして、「丑」。糸偏を付けた「紐」という字は種子から「根」が出た状態を表し、本体を支えるために地道な努力を続けることでした。そして「寅」は、子・丑同様にまだ土の中であることには変わりありませんが、以下にお話し致しますように、これまでの準備や努力を糧にいよいよ「芽」を出し、自らの力で外の光を浴びようと「伸び行く」ことを示します。


 「寅」の字を解説すると・・家の中で矢を引き伸ばすという造りになります。これは、家長が真っすぐに伸びることを意味します。つまり、子・丑と周囲からの影響を受けて成長していくことを意味してきましたが、「寅」につきましては、今まで受けた様々な恩恵や力を元に、「自ら伸びようとする」ことを示しているのです。家庭にあっては、家長が自覚と、伸びやかな気持ちを持って家族を引っぱっていくことになります。そして、会社であれば社長自らが先頭に立ち、会社の業績を伸ばすには何をすべきか!を考える歳といえましょう。


 寅にサンズイを付けると「演」という字になります。講演・演説・演劇の「演」です。これもやはり、「今までの成果を元に、自らの力を発揮し、大勢の人々を引っぱっていく」という、前述の内容を含んだ意味を持つのです。


 皆さんも「寅」の意味にあるように、「自らの力を信じ、自分を伸ばし」「虎」のように行動力とバイタリティーをもって「芽」を出すという、すばらしい年をお迎え下さい。

Posted at 2010年01月07日 10時07分46秒

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