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2010-10-23

〜 年中行事 ぁ 繊

節分を越えると、
皆様よくご存じの3月3日の「桃の節句」
3月21日の「春分の日」
そして4月上旬の「お花見」
5月5日の「端午の節句」と続いてまいります。

これらの年中行事につきましては、節分の「豆撒き」とは違って、
現在でも多くのご家庭で行われているごく身近な年中行事といえるでしょう。


 時期が来ると、『雛人形』を飾り、
お彼岸『春分の日』の前後1週間にはお墓参りを欠かしません。


また、桜前線を気にしながら『お花見』をし、
前線が通り過ぎるころ『こいのぼり』や、
勇壮な『兜(かぶと)』をあちらこちらで目にします。


ここでは、誰もが知っている年中行事のなかでも、
「へ〜っ?そんな意味があったの」というところをご紹介申し上げ、
より深くご理解戴き、日本の麗しい文化、
習俗として後世にお伝え頂きたいと考えます。


【桃の節句】

 3月3日は女の子節句として、
『桃の節句』『上巳(じょうみ・じょうし)の節句』、
また、『雛(ひな)祭り』などといいます。

“灯をつけましょ ぼんぼりに・・”

雛壇にならぶ人形たちは愛くるしい顔をして、
美しい着物をまとっています。
しかし、この人形たちは、もとは、「ヒトガタ」でした。
人形(ヒトガタ)は、息を吹きかけ、身体をこすり、川に流しました。
罪や穢れを背負ってもらうための、身代わりだったのです。
今でも、島根県や和歌山県では《流し雛》として残っています。

人形は徐々に洗練され江戸時代には、嫁入り道具にまで発展しました。

 また、関西・関東では飾り方に違いがあるようです。
古く朝廷が京都にあったことから日本のしきたりに合わせて、
向かって右側が男雛の関西。関東では昭和天皇の御大典を機に、
西洋に合わせ、向かって左側に男雛を配するようになりました。


【春分の日】

 3月21日頃は太陽が真東から昇り、真西に沈んで、
昼と夜の長さが同じになります。
この日を『春分の日』といい、
前後3日ずつの7日間を「彼岸」として、
家々で祖先の御霊をおまつりし、お墓参りをします。

六波羅蜜といって、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六つの徳目があります。

中日をはさんだ前後3日間ずつで、一徳目ずつ修行したことから、
彼岸は7日間あるといわれております。


 以前もお話ししましたが、桜の花の下で御重やお弁当を広げ、
お酒を飲んで宴会をする行事は日本特有のものです。

特に木の下というのがポイントです。

「花よりだんご」

という言葉がありますが、花粉をあびた食べ物を食べると、
免疫力が高くなり生命の復活作用があると
、昔の人は知っていたのです。

古くは、桜といえば山桜のことでしたが、
いま見る桜の多くは「染井吉野(そめいよしの)」といわれる江戸時代からのものです。
春の遊興として花見を始めたのは平安時代の貴族といわれておりますが、
庶民に広まったのは江戸時代の「染井吉野」からだったのです。

ちなみに桜の種類は50にもおよぶそうです。


【端午の節句】

 桃の節句が女の子のお祝いなら、
5月5日の『端午の節句』は男の子のお祝いとなります。

平安時代は貴族のお祝いでしたが、
武士の時代に「菖蒲」と「尚武」をかけて武を尊ぶ節目のお祝いとなりました。

「端午の節句」に「柏餅」を食べるのは、
柏の葉が秋に落葉せず冬を越し、春に新芽が出てから落葉するため、
“子孫を絶やさない”という縁起をかついだものです。


鯉は激流を駆け上がることから。



 このように、縁起事や古代人の智恵から生まれたことを、
「迷信」だとか「慣例」と片付けずに、日本の習俗習慣として、
もういちどじっくり見直してみたいものです。

きっと、新たな発見や希望がわき出てくるはずです。

Posted at 2010年10月23日 16時38分18秒