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2010-03-13

本当に大事なこと!〜...

 『お宮参り』を終えると、一年後に『初誕生祭』を迎えます。四季折々の情緒ある日本の風土に育った一年を、家族揃ってお祝いします。お祝いの日に、「一升餅」を子供に背負わせる習慣は全国各地で見ることができます。このいわれは様々で、「足腰が丈夫になるように・・。」という意味のほか、重い荷物を与えることで「あまり遠くに行かないで欲しい・・。」という親の願いもあったようです。

 鎮守氷川神社の初誕生祭では、子供にお米を背負わせ、「筆・扇子・そろばん」のいずれかを選んでもらう行事があります。

○「筆」を選べば・・『学問の道』を。
○「扇子」を選べば・・『芸能の道』を。
○「そろばん」を選べば・・『商人の道』を。


という将来の適職を占う古くから伝わる儀式です。

 そして、3月3日『桃の節句』、5月5日『端午の節句』などの年中行事を経て、『七五三』を迎えることになります。これは、古くから行われている人生儀礼の中でも、最も多くの人々に受け継がれているお祭りといえるでしょう。『七五三』を迎えると、どこか一息!といった安らぎが漂うものです。節目節目を越えてここまでこられた安堵感と喜びが「感謝」に変わり、ごく自然に神社へと足を向かわせるのでしょう。日本人のほとんどが良く知っているお祭りだからこそ、何を祝い、何に期待するお祭りであるかを、ここでしっかりと認識しておきましょう。

 『七五三』の儀式は、もともと公家や武家の間で行われていました。こうした古来の習俗が近世になって江戸の町民にも広がり、次第に現在のような形をとるようになったようです。公家や武家では男女が三歳を迎えると、髪形を変える「髪置(かみおき)」。男子が五歳にして男子用の着物に袴をはかせる「袴着(はかまぎ)」。女子が七歳を迎え、着物に付いた帯代わりの紐をとり、正式な帯に変える「帯解き(おびとき)」がいわれとなります。一方庶民では、この「成長を祝う」という意味のほか、神様に「成長を報告する」という重要な意味がありました。それは、三歳には乳児期を無事越えたというお祝いを神社で迎え、七歳で初めて人として認められるようになり、「氏子帳記載」のため神社に報告する義務があったからです。このように七歳のお祝いには、社会・地域の構成員の自覚と責任を持つようにとの期待も込められていたわけです。いつしか、この公家・武家・庶民の儀式や行事が一つになり「七五三」という習俗になったのです。

以上のようなお祝い事やお祭りが、古来より今日まで連綿と続けられていることを見るとき、いかに医学や科学が発達したとしても、子育てや育児は容易なものではなく、また、子供に寄せる親の愛情や気遣いは変わるものではないことが分かります。そして、子供が1年1年無事に過ごせることは「有り難い」ものであり、「神様のご加護」ならばこそと考えるのも自然の心の働きということがいえるのではないでしょうか。

Posted at 2010年03月13日 16時29分48秒