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〜神社の鳥居をくぐって〜 その六

 「あなたは神様とどのように接していらっしゃいますか?」。唐突ではありますが、これが今回のキーセンテンスです。この質問は、実は、「あなたは周りの方々とどのように接していますか?」という問いかけをしているのと同じといえます。つまり、神様との接し方が上手くできれば、周りの人達と上手くやっていけるというお話です。

 古くから日本人の躾(しつけ)や道徳感の原点に「礼儀・作法」という和の心を象徴する精神文化があります。英語では「マナー」と訳しますが、しかし、これとは本質的に異なった点があります。それは、日本の「礼儀・作法」の始まりは、相手が神様だったということです。

 「礼儀」の「礼(れい)」という文字ですが、昭和の初期までは「禮」と書きました。この文字の成り立ちは・・「示(しめす)偏」は、「神・社・祈・祝」等々の語に見られるように「神様」を意味しています。そしてその隣にある「豊」という《つくり》は「お供え物」を現す象形文字なのです。つまり、「禮」という文字は、「神様にお供え物を捧げる」ということになります。したがって「礼儀・作法」とは、感謝や祈りの気持ちを込めて「神様にお供え物を捧げる」ときの「心」や「立ち振る舞い」のことをいうのです。今でも神社のお祭りを「祭禮(さいれい)」と記すのは、もともとの意味を大切に継承しているからにほかなりません。

 日本人は古来から常に「自然」に神を感じ、そこから生まれる様々な「命」に「感謝」「尊敬」を捧げてきました。また、神社にお参りをするときなどの「作法」として、深々と頭を下げ、足を向けず、背を向けず、心を落ち着かせて「真心」を尽くします。そこには、「嘘(うそ)」や「偽り(いつわり)」はありません。

 いかがですか?今回、冒頭の「あなたは、神様とどのように接していらっしゃいますか?」と問いかけた意味がご理解頂けたかと思います。日常的に神様と誠実に接することができれば、おのずと「人間関係」においても、「礼儀・作法」が身につき、「正直」に「真心」をもって接することができます。そうすることにより、相手に不快感を与える事なく「和やかに」理解し合える社会ができあがるのではないでしょうか。

Posted at 2009年06月13日 16時39分35秒