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2021-02-01 の記事

長谷川等伯の凄さ!!

行きたいと思いつつ 近すぎて後回しになっていた没後400年特別展

       長谷川等伯  2月23日〜3月22日
上野 東京国立博物館 ようやく行って来ました。http://search.yahoo.co.jp/search?p=東京国立博物館

長谷川等伯 『松林図』であまりにも有名なこの 画家(いえ 絵師と書いてありました)のフアンは多いようで 金曜日の午後2時の会場は 十重二十重の人の合間から ようやく覗き込む有様でした。
係員が『空いている所を 先にご覧になって お戻り下さい』と大きな声をかけていました。

等伯は石川県 七尾のひとです。(1539~1610)  奥村家に生まれた彼は やがて 染色業を営む長谷川家の養子となり 『信春』と名乗って絵を描き始めます。

石川時代の絵は 極彩色の仏画が殆どです。最近 作者の判らないもので研究の結果 等伯に違いないというものが沢山見つかったようで、大小78点の作品は平成館の2階を埋め尽くす圧巻です。

やがて京都に出た彼は狩野派が独占する京都に なんとか自分の地位を確立するため 数々の策をこらします。

無論私のお目当ては 等伯 後年の墨画なのですが、やはり 凄いのは 京都 本法寺の重要文化財 10m×6mに及ぶ 涅槃図(釈迦 入滅を嘆く絵)で、61歳入魂の作です。

沢山の仏弟子や動物達 なんと白象 虎や豹までいるではありませんか。
亡くなった 身内 (特に26歳で死んだ期待の長男 久蔵=毒殺説有)の名が書き込まれているという事ですが、柵があって近寄れなかったのと 人ごみの中で確認はできませんでした。

今 圓徳院にある重文の山水図襖絵などは 大徳寺 三玄院に 住職の留守に勝手に上がり込んで一気に描き上げたもので 白い地模様を ぼたん雪に見立てた深山幽谷の風景は評判を呼び 名を知られるようになったと言います。

面白くないのは 狩野派の絵師達でいろいろ確執があったようです。

豊臣秀吉が 息子を亡くして供養の為に建立した 『智積院』の屏風絵をだいぶ前 特別公開に偶然たずねて なんと言う極彩色 とびっくりした事がありました。(2点 国宝)

当時 狩野派的だと思ったのも、今回じっくり見ると モチーフは少なく やはり等伯と納得でした。

晩年は法華宗を厚く信仰し 単なる絵師というより有力者として敬われ 江戸からも声が掛かり下向する途中で病を得 なんと江戸で71歳の生涯を閉じています。

晩年の絵は 墨画の中に無我の境地を込めた作品が多く その最高傑作が 国宝『松林図』と言えるわけです。

これは 東京国立博物館所有なので 本館の方で2度ほどお目にかかっているので
また お目にかかれて 感激でございました!!!


いよいよ入場しま〜す。(わく わく)  門前は自転車がいっぱい。私?徒歩25分です。
                         10/03/05  書画担当 畑田穂苑


Posted at 2021年02月01日 16時19分10秒  /  コメント( 1 )