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2011-12 の記事

1983年そして2009年


龍門石窟の石仏はなんというイケメン 1983年  すぐ近くには白楽天のお墓
                        09/05/02 書道担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月21日 09時36分43秒  /  コメント( 0 )

1983年そして2009年

今日5月2日から 台東区立 書道博物館で『不折の愛した 龍門二十品展』が始まりました。

7月26日までの長丁場です。書道博物館創始者 中村不折が中国に(当時は清国)渡って初めて目にしたのが龍門二十品だそうです。

すっかり魅せられた<画家>の不折は その後フランスに留学中も毎日これを臨書したという話が伝わっており これは<書家>不折の原点と言っても良い拓本(石碑から直接紙に複写した物)の数々を見る事ができます。

中国河南省 洛陽の近く 伊水のほとりの 小高い丘に穿たれた大仏 そのイケメンぶりに (優しい面差しは正に私好み)すっかり惚れてしまいました。忘れもしません。1983年8月の事です。

鎌倉の露座の大仏を 美男におわすと言った与謝野晶子に 会わせてあげたい と思ったものでした。

そしてその回りには2000あまりの洞窟が彫られ 中には数々の仏や由来文 願文等がびっしりと彫られていました。いわゆる造像記です。

北魏の皇帝の発願で彫られ始めたこの大事業はその後 唐の中頃迄続けられたという事です。その中の特に優れた二十の造像記を選んだのは清末の学者 康有為です。

ガイドの懐中電灯に照らし出された 薄暗い洞窟のなかの文字は 殆どがほれぼれするような 楷書で当時の人々の魂のこもった 念力さえ感じられる野趣豊かな力強さで せまってくるものでした。

外に出れば遅い夏の陽はようやく傾き始め 涼しい風が吹き始めていました。

私たちは伊水を渡って対岸 東山の この山をこよなく愛した『白楽天』のお墓をお参りしました。古代から多くの文化人がこの洛陽に数々の足跡を残しているのです。そしてなんとこの私のあしあと も………ね。
                   09/05/02 書道担当 畑田穂苑
      台東区立書道博物館 http://www.taitocity.net/taito/shodou/


Posted at 2011年12月21日 09時35分41秒  /  コメント( 0 )

残暑を乗り越え

なかなか涼しくなりませんね〜  でも 負けてはおられません。
第17回 文化書道東京連合会書道作品展 9月19日(日)〜21日(火)迄

ようやく最終日に拝見させて頂きました。地下鉄 丸の内線 東高円寺駅から環七道リへてくてく歩いて高円寺陸橋を潜り 左に少し行くと『セシオン杉並』1階展示ホール 

文化書道創始者 西脇呉石先生遺墨 雲石先生遺墨 現会長の韻石先生 東京連合会事務局長加藤紫邑先生始め 昔お世話になった 先輩 後輩の暖かい歓迎を受けながら 玉作拝見!

昔話に花が咲き つい時間の過つのを忘れてしまいました。
他の展覧会では作品が 我も我もと 迫ってくるのですが、ここは控えめで静かな作品ばかりで いつ迄居ても 疲れないのが不思議です。

どちらが良いか 意見はわかれるところですが、技を磨き上げた上で さりげなく 『上品な作品でなければいけない』と口癖だった 呉石先生のお言葉が 甦ります。

また初心に戻って 精進しなければ、どこに居っても私の原点はま正にここなのだ!と言い聞かせながら 帰ってまいりました。古巣はいいなあ〜。
                         10/09/21  書道担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月19日 12時23分36秒  /  コメント( 0 )

幽玄の世界に浸る

        山種美術館

凄い人でした。以前は茅場町にあって 家から近いので ちょこちょこお邪魔していたのが 靖国の方に引っ越したと思ったら 今度は恵比寿に行ってしまいました。

速水御舟(はやみぎょしゅう)展 をやっていると聞いて初めて行って来ました。
恵比寿の駅から けっこう遠いのですが、天気も良し 街角の銀杏の黄葉も良し 駒沢通りをぶらぶら歩いて御舟さんに会って来ました。

14歳で松本楓湖の門に入り 先輩の今村紫紅などの影響を受けながら 才能を開花させました。山種は120点もの御舟の作品を収蔵しているのです。

なんと言っても 重文の『炎舞』『名樹散椿』が有名ですが 1917年 23歳の作『比叡』1928年作の『夜桜』墨のにじみを上手く生かした作品の素晴らしさ 『あけぼの』影のように墨で描かれた柳と2羽の鴉 
『春の宵』の墨一色の中に胡粉で描かれた櫻と三日月 『春池温』の中に墨で描かれた一匹の大きな鯉 ゆらりと身をくねらせた水面の揺らめき
墨をたっぷり使った『牡丹図』『白芙蓉』『茄子』など思わず溜め息が出てしまいます。

人物画に 良い作品のない御舟が晩年(40歳)婦女群像という6人の女性を描いた大作を完成させようとしていた事を知り もう少しせめて後10年 生かして欲しかったものを 神を恨みながらの溜め息をついていました。

左の女性はすっくと立ち 右端の女性が座している構図と生き生きした御舟ならではの線 これが完成していたら美人画の流れが変わっていたのでは?と思われる程の素晴らしさ なぜ神はこの絵を完成させては くれなかったのでしょう。

恵比寿ビールで4種のテイステイングをしながら 世の無情を思うばかりでした。
そして私のような無才な者は まだ駄目 まだ駄目と言いながら きっと長生きしてしまいそうなのが コ ワ イ ですね〜    o9/11/28  書道墨画担当 畑田穂苑

  山種美術館 http://www.yamatane-museum.or.jp/


Posted at 2011年12月19日 12時11分51秒  /  コメント( 0 )

顔法の深さ

中国書法の流れの中に際立つ二人 それは 王羲之 顔真卿 です。

王羲之(おうぎし)と言えば 書聖と言われた晋(303~361又は307-365,321-379等諸説あり)時代の人です。

顔真卿(がんしんけい)は唐(709-785) 時代の人 代々学者や書家を排出した家系ですが軍人として日本人の阿倍仲麻呂と共に安禄山の乱を鎮め 楊貴妃と共に落ち延びていた 玄宗を長安に呼び戻した人として知られています。

楊貴妃はとうとう救われずあの有名な『長恨歌』となるわけですが • • •

文人としての彼は なんとか王羲之を超える線を見つけようと刻苦 工夫を重ね『蚕頭燕尾=さんとうえんび』という独特の書風をあみ出した事は有名で、数々のエピソードが残っています。

書いても書いても思った線が書けず ついうとうとしていたら夢に仙人が現れ 『泥田に印を押すように お書きなさい。』と言われて閃いたとか、雨漏りの水滴が壁を伝わり落ちるのを見て悟ったとか • • •

代表作として 楷書『多宝塔碑』『麻姑仙壇記』『建中告身帖』行書『争座位稿』『祭姪文稿』『祭伯文稿』楷行草三体混交『裴将軍詩』等多数あります。

10月6日〜12月23日 書道博物館で 『顔 真 卿 特集展』 が開かれます。
     書道博物館 http://www.taitocity.net/taito/shodou/
11月1日(日) 12月13日(日)にはギャラリートークも行われます。(要申し込み)

蚕頭 蚕の頭 見た事あります? まーるく ぽってりしています。真っ白ですけど、 
燕尾 燕のしっぽ 想像してみて下さい。えっ ちゃんと見た事、ないですか?
                   09/09/26     書道担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月19日 12時03分37秒  /  コメント( 0 )

バンコクイン:98

1998年2月18日のバンコクは気温38℃
むっと来る熱風にいやでも熱く盛り上がる、、、?

ナタシン<王立舞踊学校>に招かれての日本伝統文化祭
 
今回エキジビションのスタッフがめちゃめちゃ足りなくて 到着したその日 皆は市内観光に出かけたのに、、、私は事務局の方に連れられて先ずは お花の市場に出かけました。
ホテルのロビーには 素敵なお花が生けてあったので 期待して行ったのですが、、、枝物がまったくないのです。蓮の花が束にして売られていたのは さすが仏教の盛んなお国柄。

やっぱり、、、、。日本の生け花は本当に特殊なんですね。

ハランのお生花1種生けなんか きっと外国の人には理解して貰えないだろうな と思うのです。

仕方なく校庭の ゴールデンシャワーの葉を切って頂いたり 街路樹の枝をこっそり切ってきたり<ご免なさい> 苦労しました。
事務局の方が 民族工芸品の大きな籠を2ケ買って下さり また持って行ったアレンジメントの花器に タイの風 と題して生けられるだけ生けました。

壁には持って行った書や墨画の作品を飾って頂き エキジビションは墨画 デモンストレーションは書道と 1人3役の忙しさ その上あの熱さで 良く無事に勤まったと我ながら感心した事でした。学校側の歓迎振りになんとしてもお答えしたい一心で出来た事でした。

『舞』と言う字を3尺×6尺の画仙紙に楷書 行書 草書で3枚 学生のパクチャイ君の通訳で 解説をしながら書きました。汗を滴らせながら書いた思い出は多分一生忘れないでしょう。

お水に弱い日本人はよくお腹を壊すのですね。どこへ行っても、、、です。
ホットテイばかり飲んでいた私は 最後迄無事でした。持って行った薬はみんなにあげて無くなってしまったのです。
治っても治っても又壊す、、なぜ?現地のスタッフの方が 『熱いでしょう?』と次々差し入れて下さる ナント飲料水の『氷』が 犯人だったのです。ヤレヤレ
 
お返しに見せて頂いたタイの踊り ながーい爪をくねらせた独特の踊りの 素晴らしさ!タイの民族楽器を勉強するために日本から小田 茜さんが留学生として来ていました。

交流を終えて日本に帰ったら なんと[雪] うれしかった、、、、 
          09/03/28 書道 墨画 華道担当 畑田益惠(号 穂苑)


Posted at 2011年12月19日 11時50分57秒  /  コメント( 0 )

法帖と帖学派展

台東区立書道博物館と東京国立博物館 共同企画展 『帖学と法帖派展』が4月26日までそれぞれの会場でおこなわれています。

法帖(ほうじょう)という言葉をご存知ですか? 古法帖(こほうじょう)とも言います。
印刷技術がなかった昔 お習字のお手本はどんな風にして作ったのでしょう。

素晴らしい書を 石や 木に彫って版画の技法で 紙に写し取り 綴じて本にした物を手本にし それを言います。そして法帖で倣う事に重点を置いた人たちを帖学派(じょうがくは)と言います。特に中国 明 宋の時代に盛んになり今に続いています。

又 石や金属 瓦磚 等の文字を金石文と言い それを研究した学問を金石学(きんせきがく)と言います。これらは主に中国で行われ 日本にも伝わりましたが全て漢字です。

それに対して日本古来の短歌を書き残したなかの 素晴らしい物は 古筆(こひつ)といいます。

この度の展覧会では宋の太宗が宮中の名品を集めて作らせた有名な『淳化閣帖』を主にそれを倣って腕を上げた帖学派 選りすぐりの名品を展示しています。

書道博物館は明治から昭和初期まで活躍した 画家でもある書家の 中村不折の私設コレクションを台東区に寄贈し区が修復管理している物で 不折が中国で集めた数多くのコレクションを 展示替えをしながら 公開しているものです。

根岸の狭い露地を入った 静かな佇まいの落ち着いた会場で目の前には正岡子規が晩年を暮らした『子規庵』があります。さらに奥には ねぎし三平堂もありますがここは曜日によっては入れない日もあります。

ちょっとしたお散歩には(デートコースにも)もってこいの所です。
あなたも1度お試しになりませんか?今 桜 真っ盛り、、、、です。
                      09/04/03 書道担当 畑田穂苑
              書道博物館 http://www.taitocity.net/taito/shodou/


Posted at 2011年12月19日 11時50分04秒  /  コメント( 0 )

深谷は我が故郷

私の出生地は 中華人民共和国北京市ですが、終戦直前引き上げ 縁あって埼玉県深谷市に国の払い下げの土地を開墾 

物心ついた時は深谷市民(当時は大里郡藤沢村)で 高校(熊谷女子校 今年創立100周年)卒業迄の約15年間を深谷で過ごしました。

今も当年93歳の母が杖もつかずに 一人暮らしをしています。

今年の夏 紆余曲折を経て 私の作品(以前 文部科学大臣賞を頂いた)を寄贈したところ (これで深谷収蔵作品は2点になりました)感謝状を授与するから 来い という事で

11月9日深谷駅前のグランドホテル深谷に行って来ました。

私が汽車通学をしていた頃とは 別の駅のように変わって 綺麗になった駅前には 近代経済の父といわれる、澁澤栄一の銅像があります。

没後80年の今年 小島進市長の挨拶の中でも 栄一の話が出ていました。
ここ深谷市の血洗島と言う所に栄一の生まれた家があります。 
               http://www.shibusawa.or.jp/eiichi/index.html

深谷は煉瓦の産地で、あの東京駅の煉瓦は栄一によって この深谷から運ばれました。

そしてここ深谷駅も東京駅に倣って 立派な赤煉瓦作りの駅に変わっています。

 

帰りにタクシーを飛ばして 半年振りに母を訊ねました。

今度の事を 一番喜んでくれたのは やはり母 親不孝を重ねて来たこの私 なんとか少し親孝行ができた気分です。ハイ             11/11/15 書道担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月19日 11時07分49秒  /  コメント( 1 )

第50回 文化書道展



私の古巣 です。会場は昔の雰囲気そのまんまです。懐かしいな〜 昔は私の作品もこの中の一員でした。西脇呉石先生の書が全てだった頃です。私の書の原点です。

都立美術館が改修工事中で、都立産業貿易センター 浜松町会館で 7月7日〜10日迄

去年は ばたばたしていて 失礼してしまったので 是非に と思い行ってきました。

遠くに早乙女先生 八木先生のお姿を拝見 今は月刊誌のお手本でしかお会い出来ないでのでまだお元気でいらっしゃったと、感激しました。

会場がちょっと狭いのが難点ですが、来年は新装なった都立美術館でお会い出来るでしょう。

帰り道 芝離宮庭園の入り口に何本もの七夕飾りが 彩りを添えていました。
今年の日本には 天の川にお願いをしたい 切実な気持ちがあります。

いまいちど にっぽん! 私たちがみんなで 力を合わせて 復興させたいものです。
                11/07/08  書道墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2011年12月19日 10時53分58秒  /  コメント( 0 )

アートは楽し

    

アート書『仏心』 色紙『寿百体の3』 そして自由花2種 生花正風体百合一種生け百合
                     第11回 竹心展 出品作品


Posted at 2011年12月19日 10時24分09秒  /  コメント( 0 )

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