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2012-09 の記事

この暑さ なんとかな...

またまたぼやいております。<ぼやきのスイエン>とでも呼んで頂きましょうか?

行って来ましたよ! この暑い中 都立美術館 文化書道展 8月19日(日)迄

   

いつも思うのですが、現代書道界でここは異次元の世界です。

この上なくアカデミック 創設者 西脇呉石先生そっくりの作品(同じ漢詩 字配りから 崩し方迄全く同じ 線質は全然違うのですが……)がこれでもかこれでもか まるで一人のコピーのように並んでいます。

呉石先生と言えば 日本最後の 文人(今はインテリ) {つまり書が上手 漢詩が上手 そして画(水墨画) が上手 これを三絶と言う} と言われています。

中国も唐の時代 王羲之そっくりに書けないと、科挙の試験に受からないので みなコピーのように真似をしたと聞いていますが、今も そっくり妖怪 は存在していました。

画賛入りの文人画(以前は南画と呼んでいてちょっと違和感があった)も今の日本の何処にも残っていません。(中国ではまだこのスタイルをたまに、見かけることがある)

でも ここが何を隠そう 私の書と画の出発点 お陰で基本はバッチリ?

子供たちの素直でのびのびした作品(改修前は別室 地下だった)に救われました。

 

大いなるマンネリ とバカにするか…… 
真の安定はマンネリの中にこそあり と賞賛するか…… 意見は別れるところ です。

伝統を守る。
伝統は守りつつ 時代に合わせて変化して行く。 

貴方は どちら?           12/08/18 書道 墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2012年09月28日 18時44分28秒  /  コメント( 3 )

今年も毎日展

 

毎日書道展 7月11日(水)〜8月%日(日) 六本木 国立新美術館 

今年の特別展は 生誕120年を記念して『熊谷恒子の世界』です。大田区の熊谷恒子記念館から沢山の作品が来ていました。http://www.ota-bunka.or.jp/facilities/kumagai/



今年も黒いリボンの作品がちらほら なんと私が海外文化交流で よくご一緒だった郡山の 皆川雅舟先生に付いておりました。だんだん知った顔が少なくなって 寂しい限りです。

私の余命は 何年? 5月に妹を62歳で見送ってからは つい寂しい事を考えてしまいます。
                      12/08/02 書道担当 畑田穂苑


Posted at 2012年09月28日 18時21分04秒  /  コメント( 0 )

偉大なる足跡

         

東京国立博物館 青山杉雨の眼と書 展 9月9日(日)迄 月曜休館
http://www.tnm.jp/

青山杉雨(あおやまさんう) ご存知ですか? 1912~1984 愛知県の人 
後年 東京は世田谷 等々力に住んでいた人で 轟くと言う字に置き換え『三車亭』と名乗っていました。

『一作一面貌』と言いながら 私が知っていた頃の彼は 古文金文を素材にした 画なのか書なのか判らない どれもこれも同じような作品ばかり……

なぜ天下の国立博物館で 青山杉雨展? 半信半疑で覗いてみました。入り口の大看板は見慣れた杉雨の大書きで画のような筆跡『黒白相変』です。

入ってみて驚きです!!

三河人はケチが通り相場 無論全てがそうなのではありませんが 『さんう の後は草も生えない』と陰口を叩かれながら 書の歴史をしっかり見据え中国の著名な作品や 貴重な文房四宝を私財を投じて収集しており 

又 私がリアルタイムで知る以前の 彼の作品のなんと多様な事

弟子の成瀬映山が得意とし その弟子の我が妹も書いていた細いぴらぴらした作品 どっしりと奥深い線で書かれた行書や草書 しっかり目に焼き付けて参りました。

日本近代書道史の中でやはり大きな足跡を残し 書を単なる能書でなく芸術に高める努力を惜しまなかった人

後世 どのように書の歴史が変わり 彼がその時どのような評価を受けるかは判りませんが 今この時点での 彼の評価の高さを改めて感じさせられた ずしりと思い展覧会 でした。

外に出れば 炎熱地獄 こんな時涼しい美術館は天国です。みなさーん 暑い日は美術館に行きましょう〜                   12/07/31 書道担当 畑田穂苑


Posted at 2012年09月28日 18時20分40秒  /  コメント( 3 )

有名人の文字

        

台東区立 書道博物館 この人どんな字? 近代日本の文豪達
http://www.taitocity.net/taito/shodou/   9月19日(水)迄 月曜休館

8月12日(日) 11時〜 キッズセミナー 小中学生対象 要 往復葉書での申し込み

犬養毅 森鴎外 伊藤左千夫 正岡子規 与謝野鉄幹 夏目漱石 そしてこの美術館創始者 中村不折 etc etc この中の誰をご存知ですか? み〜んな知っています?

伸び伸び筆文字 犬養毅 不折宛の書簡 ちょっと気取った森鴎外不折画集の題辞 伊藤左千夫の不折を送る短歌十章 正岡子規 与謝野鉄幹 夏目漱石達 不折宛の書簡 

書は人なり  それぞれみんな個性的 不折がいかに顔が広かったか? ほんとうに           スゴイ!

i以前 田中角栄という総理大臣がいました。そうあの田中眞紀子さんのお父さん。ロッキード事件で失脚してしまったけれど あの人は中学しか出ていなかったけれど 立派な筆文字を堂々と書いておられた。

同じ頃共産党の書記長に不破哲三と言う人が居た。こちらは東大を出ているのに なんとも イジケタ悲しい字で本当に東大出なのか判らない程 ひどい筆文字を見た事がありました。

小学校も高学年になると 受験勉強が忙しくなって 半分は書道を辞めてしまう。

私に言わせれば 子供の尻を叩いて 少し偏差値の高い学校に行かせるくらいなら 伸び伸び勉強で筆文字が上手くなった方が 将来ずっと為になる と思うのですが…… 

皆さん どう思われますか?

そう云えば 以前の森永製菓の社長 森永嘉平太さんが立派な筆文字を書いておられた。
あの字を見ると 森永のお菓子がもっと美味しく見えるのは不思議な事でした。

下手で良い 下手が良い な〜んて言った絵手紙の創始者がいたけれど、下手が嫌だから一生懸命稽古をするのじゃ〜無いでしょうか?

でも良寛さんは嫌いなものに 書家の書 な〜んて言っていました。
上手くてこれ見よがしの字はお嫌いだったようで、誤字 脱字いっぱいの彼の筆文字は心が温かくなります。

やはり字はお人柄……ですよね。      12/07/26 書道担当 畑田穂苑


Posted at 2012年09月28日 18時20分03秒  /  コメント( 0 )

12 日本の書展

   

全国書美術振興会 http://shobi.or.jp/ が主催する『日本の書展』 6月24日迄
六本木 新国立美術館 に行って参りました。

ひょんなご縁で昨年からお邪魔しております。関西で5月24日〜始まった当展は7月10日(火)の九州展迄 巨匠(15名) から代表(71名) 

そして委嘱 招待 秀抜 迄 およそ1500余点 
これ以上は考えられない程 一流書家の大規模展です。 

 

中でも特に印象に残った2点を ご紹介します。左は 秀抜でひときわ目を引いた 小泉壺藍先生の条幅 料紙はうっすらと竹が描かれています。軸の絹地がまた作品にピッタリです。

我が家の床の間に欲しい一幅です。素晴らしい の一言です。

右は代表部の田中節山先生 かるみ と 力強さ 見事にドッキング です。
私の目指すのは 正にこれ!! いつ足下に近づけますかね〜

杉岡華邨先生 今井凌雪先生の黒いリボンが 世代交代を告げていました。
時は必ず過ぎていきます。矢のように……ね。  
                      12/06/19 書道担当 畑田穂苑


Posted at 2012年09月28日 18時19分26秒  /  コメント( 0 )

始まりました。

台東区書道博物館 皆が見たい憂品展終了 書のおてほんー手習いするならこれー
http://www.taitocity.net/taito/shodou/       4月3日(火)〜6月17日(日)迄

先ずは 師匠のお手本で ある程度基本がマスターできたら 古い時代の名品の臨書というのをやります。

形だけを真似る 形臨 それができたら しっかりと雰囲気まで真似る 意臨 となります。
書いた能書家の気迫というか 魂に迄迫れればバッチリ……ですが、それがなかなか大変なのです。

数々の名品が残っていますが、その中の選りすぐりを並べた展覧会が 台東区書道博物館で開かれているのです。

先ず 楷書の名品は欧陽詢の『九成宮醴泉銘』(きゅうせいきゅう れいせんのめい) 楷書の一級品と言われ、中国 唐時代に書かれた物です。そして 書聖と言われる晋時代 王羲之の書いた『蘭亭序』(らんていじょ) 

行書 草書の混じっている名品は やはり王羲之の手紙文『十七帖』 

時代を遡って 秦時代の通行体 隷書 素朴な古隷と言えば『開通襃斜道刻石』(かいつうほうやどうこくせき) 波磔を駆使した完成度の高い『曹全碑』(そうぜんぴ)

秦時代の正式書体の篆書 『泰山刻石』(たいざんこくせき)

他にも素晴らしい拓本の数々 ギャラリートークも 4月22日(日) 5月27日(日) 学芸員の案内で見所を解説して貰えます。

そして 貴方も一度筆を取ってみられたらいかがです? えっ もうやっておられる!
ならば なおのこと 是非この展覧会 ご覧になるべき……

いいえ 宣伝費は 頂いておりません。 ハイ   12/04/05  書道担当 畑田穂苑         
         


Posted at 2012年09月28日 18時17分54秒  /  コメント( 0 )

ボストン美術館から



行って来ましたよ〜 今大きな話題になっています。

明治政府お抱えの フエノロサが岡倉天心の協力のもと アメリカに持って行った日本の至宝の数々 今里帰りしています。

ボストン美術館 日本の至宝 東京国立博物館 平成館 〜6月10日迄

仏像 刀剣 能衣装 そして数々の日本画 なかでも圧巻は一番奥の部屋 11点の大きな襖絵

奇才 曾我蕭白 渾身の水墨画 自ら『鬼伸斉』『蛇足軒』と名乗り 『草紙画が欲しい奴は応挙のとこへ行け 本物の画が欲しい奴は俺んとこへ来い』と嘯いた簫白さん

なかでも4曲1双 屏風に仕立て直された 『雲龍図』元は襖絵だったそうで、これでも真ん中の龍の胴体の部分が無くなってしまっていると言うのです。

お部屋の隅で監視をしている若い女の人に 毎日ここにいて 圧迫感はないですか?と聞いてみましたら もう慣れましたけど、人が少ない時 こわいと思う事があります。と……

こんな可愛い女の子を怖がらせてはいけませんよ ね。簫白さん!

      

左 簫白の雲龍図(半分) 右 長谷川等伯の龍虎図屏風 

他に狩野派の派手な画がいっぱい 伊藤若冲 尾形光琳の画もありましたが 簫白の元に影は薄く見えました。



あまりの迫力に圧倒されて外に出れば、満開の八重桜が 櫻の足下を見れば 沢山のたんぽぽホトケノザ 優しく迎えてくれました。

強と弱 インパクトに 癒し やはり大切なのは バランス……ですかね〜
                        12/04/21 書画担当 畑田穂苑


Posted at 2012年09月28日 18時16分59秒  /  コメント( 0 )

書象展に誘われて



かの 上条信山先生 書象会 の展覧会 お誘いを受けていって来ました。(6月9日~19日 国立新美術館)

特別企画 『上条信山名品展』 書象会代表者7人の大作『七彩展』本当に名品揃い!
そして 会員の作品が皆 軸裝 なのです。

普通は額装の展覧が多く しかもアクリル版が入っていて、写真を撮るとき光ってしまうので真正面からは撮る事ができません。どうしても斜め撮りになってしまいます。

軸裝はそれがなく どれも真正面からしっかり撮る事ができます。
そして なんとなく 落ち着いた 優しい会場の雰囲気です。貸し額料もかかりませんよね。

いつか キューバに 文化交流に行ったとき キューバの日本大使が『軸裝は貧相でね』と外国では通用しないと嘆いていたのを思い出しました。

どうしてどうして日本人には 特に私にはこの雰囲気がたまらないのです。
木と紙と布 良いですね〜             11/06/20 書道担当 畑田穂苑


Posted at 2012年09月28日 18時12分23秒  /  コメント( 0 )

気骨の人 宮島詠士

   

去る2月16日 知人から頂いた案内葉書を頼りに 家から自転車で10分 湯島ハイタウンの 羽黒洞を尋ねました。宮島詠士という書家の展覧会をやっているというのです。
                   羽黒洞 http://www.hagurodo.jp/

宮島詠士? と思いつつ『ついでに 湯島天神の梅祭りでも 楽しんで来よう』と 軽い気持で出かけました。

もう故人となりましたが、書道界の大御所だった 上條信山の師 だというのです。

一目みて心 鷲掴みにされてしまいました。気迫の籠った 細く鋭い線 一字一句 おろそかにしない字配り 『ハハーっ 降参でございます。』久し振りに電気が走りました。

慶応3年山形の米沢に生まれ 凍てつく雪の中7才で志を立てて上京 11才で勝海舟の門を叩いたと言うのです。

栴檀は双葉より正に 芳し!!

父 誠一郎は貴族院議員だったというから 納得です。

21才で、清国に渡り 張廉卿という文学家であり 金石学から生まれた碑学派書法の大家に学び 帰国後 善隣書院 という学問所を開き 延べ3000人を指導したのです。

書の弟子はとらないと言うのを 伝手を頼りに 強引に弟子となった と 信山は語っています。

そして奇しくも 私が生を受けた昭和18年 77才で 時の軍閥 政界の愚を痛憤しながら 憂悶の内にこの世を 去ったそうです。

その後日本がどうなったかは 皆様ご承知のとうりです。

白人は黒人を蔑視し 又当時の日本でも華族が士族を蔑み 士族が平民を軽蔑し 平民はその下をけぎらいした時代に 人種平等を世界各国に向かって 叫んでいたというのです。

君子は功名富貴を求めず、学問情熱を旨とす。

そっくり今の財界 政界の人達に送りたい 言葉ですよね。
かくいう私も 襟を正して 稽古に励んで参ります。 11/02/19 畑田益惠(穂苑)


Posted at 2012年09月28日 18時11分47秒  /  コメント( 2 )

3度目の杉岡華邨書道美...

  

日本代表書作家展  奈良杉岡華邨書道美術館 12月25日迄
http://www3.kcn.ne.jp/~shodou/framepage2.htm

< 奈良を書く 102名の書家の競昨 第3期 関東の漢字.調和体.篆刻作家 > 

平城遷都1300年記念のイベントも これが最後です。

『奈良七重 七堂伽藍 八重桜』『菊の香や 奈良には古き 仏達』

『天の原 ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に 出でし月かも』

『寧楽』また寧楽百首から『南大門眺望の詩』『寧楽百首内二首』

『万葉集歌』etc etc 写真不可が残念です。

万葉集はよくご存知と思いますが『寧楽=なら 百首』とは何だとお思いですか?

私も不勉強で今回始めて知ったのですが、1851年に奈良を詠んだ漢詩百首を発表したのは、 二絛澹齋(にじょう たんさい)・一乗院宮坊官 ということです。
奈良の見所が数々詠み込まれています。

おおまかに 書の線を比較して 関西は和洋(丸みのある柔らかい線 どちらかと言えば かな向き)関東は唐様(直線的な 丸みの少ない線 どちらかと言えば 漢字にあった線)

金子鴎亭が調和体を発表したときは 漢字に合わせた 仮名 が なんとも角々しく それまでは漢字の草書体に かなを合わせて柔らかく表現してきたので とても違和感を覚えたものでした。

さすが今回の調和体は仮名交じりが自然に感じられ 変化してきているのが、良く判り関西 関東の垣根は少し無くなってきているような 気がしました。

気質と言う事から見れば まだ違いはあるようで、あまり画一的では つまらないと言う事も言えますよね。

街の看板は まだまだ筆文字が沢山あり しかもみんな柔らかい書体でさすが『奈良』です!

    




                10/12/03    書道担当 畑田穂苑


Posted at 2012年09月28日 18時11分09秒  /  コメント( 0 )

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