東京都台東区のばんぶうはとあかでみいは、書道、ペン字、水墨画、華道、茶道、着付、小唄などの受講生を募集しております。
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2011-10 の記事

あっという間の二ヶ月...

このゴールデンウイーク まだまだ緊張の解けない福島や 宮城 茨城などへ ボランテイアにお出でになった方も いらっしゃることでしょう。

私も なにせ年ですから 伺って足手まといになっては大変なので、節電をしたり できるだけの義援金を送ったりしながら 遠くからはらはら見守るしか無い じれったさを噛み締めています。

原発の怖さを見せつけられて これからの日本の行く道は右?左?

アメリカ フランス そしてドイツ クリーンで安価で これからは原発! と言い放って来た国々はこれから一体 どうするのでしょうか?

そんな疑問を胸に かつて 共産圏だった国々を訪ねて来ました。
チェコ ドイツのドレスデン スロバキア ハンガリー オーストリア やはりどこも 原発反対! 風力発電風車が沢山ありました。日本の風は風力発電には 向かないそうですが • •

日本では観賞用でしか見られなくなってしまった 菜の花がどの国も目一杯栽培されていました。日本が捨ててしまった 懐かしいのどかな風景がどこまでも広がっていました。

そして どの国も路面電車が大活躍 美しい石畳を滑るように 走っていました。

  

  

メルヘンチックな町並み 紅白のマロニエ どこも素晴らしい光景でした。

でも 石の文化はなんとなく 冷たい感じで近寄りがたく 木や紙に馴染んだ私は ちょっと不便でも ちょっと貧しくても 昭和に帰りたい! 

平成の始めのあのバブルが 日本を おかしくしたような気がして仕方ありません!

皆様はどう 思われますか?      11/05/11  書 墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2011年10月26日 18時26分33秒  /  コメント( 0 )

奇は新なり 芦雪の世界

長澤芦雪 ながさわ ろせつ (1754~1799) をご存知ですか?

        
  紀州串本無量寺に居候の芦雪          応挙芦雪館

 
芦雪の愛した串本             芦雪はやっぱり虎ですね。

応挙のもとで画業に明け暮れていた芦雪 師の命を受け 師の作品を届けるため 串本にやって来ました。何が芦雪を開眼させたのか?

ここで 師とは又違う自由でのびのびとした 誰も真似の出来ない芦雪の画風が完成したのです。6枚の襖に今にも獲物に飛びかからんとする、一頭の巨大な虎 でもなんとなくお茶目なのです。

対面するのは 睨みを効かして とぐろを巻く龍 これぞ正しく竜虎の対決!

そして龍の裏側は 賑やかな 唐子遊図 左にはお稽古に飽きて庭に飛び出す子供たち 真に廊下の左は無量寺の境内です。琴を稽古する子 棋を打つ子 書の稽古をする子 

居眠りをする子のほっぺに筆でいたずら書きをする子 天井を見上げる子の視線の先 ずっと右上には なんと小さなネズミが下りて来ようとしています。

むろん応挙の 生真面目な画も沢山! 二大天才画家の スゴイ画をじっくり堪能し 和歌山駅から岸川線で 猫駅長の『たま』に会って帰って来ました。

なぜか たま駅長が芦雪の虎に だぶって見えて感無量!

帰って来たら またまた余震にたっぷり見舞われ 目を回しています。まるで船に乗っているみたいです。

どうか神様 もう これくらいでお許し下さい!!!
                     11/04/12  書道墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2011年10月26日 18時03分21秒  /  コメント( 0 )

日本にも文字はあった?

だいぶ前の話 お弟子の一人に聞かれました。中国の歴史を見ると4000年くらい前からいろいろ載っているのに、同じ頃の日本を見ると 真っ白なんです。日本にも人がいたと思うのに なぜですか?

いつ頃から日本列島に人がいたか?

9万年前とか8万年前とか……えっ?そんな前から?……らしいですよ。
でも木の文化の日本では 中国のような遺跡がなかなか出てこないのです。

しかも 酸性の土で古代人の骨は 溶けちゃっているんですね。長い雨期が年に何回もあるしね、
三内丸山遺跡が 古いけれど それでも縄文前期 今から5500年前〜4000年前位だそうです。

でもお陰で縄文時代が 思っていたより高度な文明を持っていた事が 判りました。そしてこれからももっと古い遺跡が出てくると もっといろいろな事が 判ると思います。

漢字が285年百済(くだら)の王仁(わに)によって日本に伝えられる迄 日本に文字はなかった、と言われています……が 日本にも文字があったという話があります。

古代文字、もしあったとしたら、先祖がその文字で どんな事を書き綴ったのか、興味ありますよね。

なんでもサンスクリット語に似た美しい文字で ひらがな みたいな文字だったとか、そして横書きで 右から書いていたとか、見てみたいものですね。

中国にも漢民族が使った それも始皇帝の秦国が使っていた物だけでなく 少数民族が使っていた文字がいろいろあるようです。

文字もやはり政治が絡んで 強い民族の文字が力ずくで 広く使われるようになるという 悲しい側面が あるのでしょうか。

そう思うと日本の何処かの 土の中にもし古代文字が埋まっていたとしたら……早く発掘されると良いですね.   

いやー ロマン 感じますよね〜 えっ それより しっかり勉強ですか?    あなたは エ ラ イ !!!
                   09/06/24  書道担当 畑田穂苑


Posted at 2011年10月21日 14時29分15秒  /  コメント( 3 )

縁は異な物

   人の縁 なぜ今こうして貴方と?

本当に 不思議な ご縁ですよね!この前 頂いた ご質問のお答えです。
篆書(てんしょ)って 何ですか?

お答え どこまであっているか…は判りませんが、そう 今から約2000年以上前の事

紙も印刷もままならいときのお話です。勿論見た訳ではないので これは 聞いた話です。

それ以前 つまり中国 秦の始皇帝の頃のお話です。ようやく中国を一つにまとめた始皇帝 たった15年の間に 彼がなし得た事 今の日本の総理に見倣うことは……無理よねえ。

あの広い中国を 始めて 統一した始皇帝は国民に 知らせたい事はすべて 石に彫って 各街街の広場に建てたのです。その時に使った書体 それが 篆書です。
 
石に彫ったのが今に残っています。

そして今も 実印等に使っています。あー見た事あるわー。

そう 絵文字のような……。あれが 篆書 です。その頃は 篆書が正式書体 そして隷書(れいしょ)が通行体です。

いまは? 楷書が正式書体 行書が 通行体 ですよね。未来は? 判りません。もしかしたら 漫画文字が 通行体になっているかも知れません。

では 隷書ってなに?奴隷が作った? だから隷書? そう でもなんと言っても紀元前のお話なので 真相は判りません。

とりあえず 絵のような文字 アジアの人間が初めて作った文字 それが 篆書

 いやーもっと前に 甲骨文字 もしかしたら まだ発掘されていないだけで もっと古い文字が出てくるかも知れません。

でも漢の時代には 全ての書体が出来ていたというのです。あれから二千年 今の中国は一体どうなってしまったのでしょう。唐の時代には 世界一だった……というのに

そう 私の生まれ故郷 中国 は北朝鮮をも巻き込んで チベットも モンゴルも どうするつもり?      さっぱり判りません。  09/06/14 書道 墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2011年10月21日 14時20分59秒  /  コメント( 0 )

お祭り 済んで 日が...

    お祭り好きの人にとって最高の季節……でした。

ばんぶう はあと あかでみい のある 台東区は神社 仏閣の多いところです。ナンバーワンは無論 浅草寺 浅草神社です。同じ敷地の中に お寺と神社が仲良く同居しています。

浅草神社は別名三社と呼ばれ 隅田川から一寸八分の観音様を網で掬い上げた 二人の漁師とそれを大切に祀った人を神様にしてしまったと聞いています。

上野駅近くの下谷神社 ここのお祭りが幕開けで 三社 小野照 第六天 蔵前神社etc etcそして我が氏神様 鳥越神社が夏祭りのしんがり?(私の知らない神社がまだあるかも知れませんが)

鳥越祭り 6月になって初めて快晴の昨日 終わりました。本社の千貫神輿を熱く担がれた人 今頃脱力感の中を彷徨っていらっしゃるのでは?

鳥越神社の歴史は古く 日本武尊<やまとたけるのみこと>が ここにやって来た時 道に迷ってしまったそうです。
すると何処からとも無く白い鳥が現れ 案内をしてくれて こと無きを得たという事で 昔は『白鳥神社』と言われていたそうです。

小さな太鼓橋を渡れば 狭いながらも別世界 1月7日のどんど焼きでも知られています。

漢字が表意文字というお話は 前にしましたよね。では『祭』と言う字にはどんな意味があるのでしょうか?

漢字の語源を調べてみると<手に肉と酒を持って 台の上に置く形>だそうです。雰囲気 感じますよね。日本人はお祭り好き 歌にも数々歌われています。

『祭』と言う字を作品にする時 楷書?では雰囲気でませんよね。なんと言っても神さまが乗っておられる輿(神輿ーみこし)を 氏子みんなで神社から担ぎだすのですから 半端な動きではありません。大きく傾いていたりして……。


歩くが如しの行書か 走るが如しの草書 リズム感がでれば 篆書なんかでも面白いかも知れません。なんと言っても篆書は漢字の原点 もともとはまるで 絵ですからいろいろにデザインができます。
できれば見た人が うきうきするような楽しい雰囲気があればベスト、それでこそ     ま つ り です。

夢中になっている間に お家が火事で丸焼けになろうが 空き巣にへそくり盗られようが、
やっぱりいつの間にか 又夢中になっている……懲りない人達なのでしょうね。
かく言う私も……。
                     09/06/08  書道担当 畑田穂苑


Posted at 2011年10月21日 13時47分57秒  /  コメント( 0 )

基本と応用

  歌舞伎も書道も同じ?
土曜 早朝5時 N.H.K FM放送で『邦楽ジョッキー』という番組をやっています。
今は 尾上松也君が担当していますが 聞き始めた頃は 市川亀治郎氏が担当していました。

ゲストを呼んでの対談の時に 病に倒れた猿之助師匠の話がありました。

その話の中で 伝統歌舞伎を大切にした上で 今の時代に会わせる工夫をしなければいけない というのが猿之助師匠の強い考えだと言っていました。

それがあの スーパー歌舞伎です。当初は 宙乗りをした猿之助丈を 伝統歌舞伎に固執する人たちが 『猿が空を跳んだ』と嘲笑したと言います。

けれどあの ケレンが衰退しそうな歌舞伎に 客を呼び戻したのは間違いなく、勘三郎氏や若手の役者に良い繋がりを作っていて、新しい歌舞伎座が落成すれば 又楽しい舞台が 期待出来そうです。

伝統歌舞伎とスーパー歌舞伎これは車の両輪なので どちらかが欠けたら前進は出来ないと、言っておられるといいます。

まさに『書』も墨画も同じことです。長い歴史の中で先人達が工夫してきたもの、それぞれの時代の書や画の達人達の作品を先ずまねる ところから出発、、、です。

自由に書かせてくれない、、、という声がありますが 力量不足の自由くらい目に余る物はありません。基本をみっちり学ぶ それから応用、、です。でもその応用が大変ですよね。

なかなか殻が破れない ガチガチの作品を見ても誰も楽しくない。苦労しましたという作品は見ていて疲れます。

温故知新 謙虚な心で工夫する 言うは易し 行うは、、、、、あーあ<溜め息>ですね。
               09/05/31  書道墨画担当 畑田穂苑
                  


Posted at 2011年10月21日 13時41分07秒  /  コメント( 0 )

道と法

  日本人は『道』がお好き!!

書道 茶道 華道 香道 柔道 剣道 弓道 果ては 相撲道 etc etc、、、。

中国では 書道と言っても 通じません。『書法』と言います。

ところでバランスが良いとか悪いとかいいますよね。
上手な字はバランスが良い? バランスって何でしょう。

例えば 私たち地球人 どうしてうまくこの地球上で暮らしているのでしょう?

地球は回っている。これはどなたもご存知ですよね。地球のあらゆる生き物には スゴい力の遠心力が働いていますよね。これは大変な事です!!

うっかりすると振り落とされて 宇宙の迷子になっちゃう。それなのにみんなちゃんと 生きている。あったり前じゃーないの。  どうして?   馬鹿な事聞かないでよ。それは、、それは、、
それは? そう引力のお陰よね。遠心力と引力 この絶妙なバランスのお陰で私たちは 宇宙の迷子にもならず 地球はブラックホールにもならず メデタシ メデタシ、、、。

これを 法則と言います。法律ではありません。法則です。矩<のり=く>とも言います。

文字も法に合っていなければ バランスが崩れるのです。特に漢字 かな は絶妙なバランスの上に成り立っているのです。

楷書は立つが如し 行書は歩くが如し 草書は走るが如し と言います。

立つのだって大変です。赤ちゃんの立ち上がる力は 大変なものです。
年をとれば 寝たきりになってしまう人もいます。歩く 走る 転ばないように、、、その勉強を毛筆で字を書く事で学ぶのです。

硬筆でその勉強はちょっと無理   太さの変化が重要だから、、、

一歩一歩   いえ半歩半歩 マイペースで、、、ね。
                   09/05/26 書道担当 畑田穂苑


Posted at 2011年10月21日 13時21分19秒  /  コメント( 0 )

隅に置けない 墨の話

昭和36年に有吉佐和子が発表した短編小説にそのままずばり『墨』というのがあります。

女としての若さを失いかけた日本舞踊家 梶川春都代が色負けしない華やかな衣装として選んだのは

白い絹地に墨一色で描かれた 松 竹 梅 四君子 そして花の芯にだけ金箔を一本一本筆で描き込んだ櫻 何とその数8888ケ 

妖しいまでに墨の濃淡で描き分けられた 櫻花 それを描いた職人 幸吉は震災前30歳になるかならないかの頃 八所借りして工面した大金180円で買った方于魯<ほううろ>という墨で精魂こめて描き上げたものでした。

昭和49年発行 文化書道講座 巻4  行書下に 西脇呉石先生が書かれています。
<墨は魏晋の時代から出来たらしい。明清時代には製墨法が進歩して、明の『方于魯=ぼううろ』というのは名人であった。>

墨は二種類あって文字を書くのは油煙墨 墨画を描くのは松煙墨(青墨)です。

油煙墨は黒 材料の桐 ごま 菜種 大豆 紅花子等を不完全燃焼させその煤を膠<にかわ>で固めて乾燥させた物です。墨の職人さん達はいつも煤で真っ黒 ご苦労様なお仕事です。
日本の主な産地は 奈良 中国では上海 杭州あたりです。

最近は機械化がすすみ 普及品の墨の殆どはカーボンブラックを原料とした鉱物製油煙墨だそうです。
松煙墨はその名からも判るとおり松を燃やして造る訳ですが、、、松は今殆ど手に入りませんよね。
それに松から造るのはとても効率が悪いのだそうで 墨自体もすごく目が粗くて 硯を傷つけるので高い硯を使うのは 勇気が要ります。

中国製の墨と日本製の墨は 膠<にかわ>の量が全然違うので 日本の硯では絶対中国の墨を使わない方が良い、、、これ 私の経験です。

墨を摩るときの注意ですが 硯の池の部分にいきなり一杯水を入れるのはあまり良くない 丘の部分に少しずつ水を落として摩り 濃くなったら池に落とし 又水を少し丘に落として濃くなったら 池に落とし、、、と繰り返した方が無駄も少なく効率も良いようです。

あまり力を入れてごしごしやると 大きく削れてしまうので池に一杯カスが溜まってしまうし 発色も良くないようです。

『墨は 女 子供に摩らせろ!』いえこれは差別ではなく本当の事なのです。
                 09/05/15 書道墨画担当 畑田穂苑


Posted at 2011年10月21日 13時04分44秒  /  コメント( 1 )

続 犬も歩けば

久し振りですね〜 この頃は はっきり 目的を持って歩く事が多くなって ビックリするような偶然には なかなか遭遇しなくなったのですが、出会いました!!

銀座に出かけました。
そう ついこの間 アップル社が I padを発売し 銀座マックに大行列が出来たと言う話。

鳩居堂で 昔お世話になった兄弟弟子が 個展を開いていたのを訪ね、そんな話を思い出しながら歩いていたら 
MELSA セントラル美術館 5階で 書といけ花の出会い展 <6月1日〜6日迄>

私が見逃す筈はありません!

書を初めて15年 そろそろ 社中展をやらねば!と思った時 書だけでは 堅苦しくなると思い一念発起で 華道と墨画の勉強を始めました。

あれから 早いもので23年 まだまだ 奥は見えません。一生勉強 一生稽古 墨画はありませんが、書と花 格好の組み合わせです。

それも 民間の出版社が主宰していますから、いろいろな流派が集まっています。

社中が多い方が 見る方は楽しい しかも官公展のようにどっと人が繰り出す事もなく 適度に空いています。ゆったりと気の済む迄 堪能出来ます。正に至福の時でした。シ ア ワ セ!
歩いて当たった棒は 金の延べ棒? 
              10/06/01  書道担当 畑田穂苑(華道担当 畑田益惠)

   

          

             


Posted at 2011年10月21日 09時12分36秒  /  コメント( 0 )