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気骨の人 宮島詠士

   

去る2月16日 知人から頂いた案内葉書を頼りに 家から自転車で10分 湯島ハイタウンの 羽黒洞を尋ねました。宮島詠士という書家の展覧会をやっているというのです。
                   羽黒洞 http://www.hagurodo.jp/

宮島詠士? と思いつつ『ついでに 湯島天神の梅祭りでも 楽しんで来よう』と 軽い気持で出かけました。

もう故人となりましたが、書道界の大御所だった 上條信山の師 だというのです。

一目みて心 鷲掴みにされてしまいました。気迫の籠った 細く鋭い線 一字一句 おろそかにしない字配り 『ハハーっ 降参でございます。』久し振りに電気が走りました。

慶応3年山形の米沢に生まれ 凍てつく雪の中7才で志を立てて上京 11才で勝海舟の門を叩いたと言うのです。

栴檀は双葉より正に 芳し!!

父 誠一郎は貴族院議員だったというから 納得です。

21才で、清国に渡り 張廉卿という文学家であり 金石学から生まれた碑学派書法の大家に学び 帰国後 善隣書院 という学問所を開き 延べ3000人を指導したのです。

書の弟子はとらないと言うのを 伝手を頼りに 強引に弟子となった と 信山は語っています。

そして奇しくも 私が生を受けた昭和18年 77才で 時の軍閥 政界の愚を痛憤しながら 憂悶の内にこの世を 去ったそうです。

その後日本がどうなったかは 皆様ご承知のとうりです。

白人は黒人を蔑視し 又当時の日本でも華族が士族を蔑み 士族が平民を軽蔑し 平民はその下をけぎらいした時代に 人種平等を世界各国に向かって 叫んでいたというのです。

君子は功名富貴を求めず、学問情熱を旨とす。

そっくり今の財界 政界の人達に送りたい 言葉ですよね。
かくいう私も 襟を正して 稽古に励んで参ります。 11/02/19 畑田益惠(穂苑)

Posted at 2012年09月28日 18時11分47秒

 
この記事へのコメント

バーバリーブラックレーベル

今日は よろしくお願いしますね^^すごいですね^^
Posted by バーバリーブラックレーベル at 2013/09/13 16:53:58

ミュウミュウ ゴールド財布

ミュウミュウ 着ぐるみ
Posted by ミュウミュウ ゴールド財布 at 2013/10/25 11:10:45

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