東京都台東区のばんぶうはとあかでみいは、書道、ペン字、水墨画、華道、茶道、着付、小唄などの受講生を募集しております。
メインメニュー

日下部鳴鶴先生に再会

過日 紅葉を尋ねて 琵琶湖の東の三山と 永源寺を訪ね 正に 山粧う 全山黄色と赤の
厚化粧を堪能し、その足で彦根迄 足を延ばしました。

そう彦根は近代書道の開祖と言っても オーバーではない、日下部鳴鶴先生(1838~1922) 縁の地なのです。

西脇呉石先生も鳴鶴先生の研究会に在籍していたのです。

我が教場で鳴鶴先生の書『弄花香満衣』と呉石先生の画賛『石愛蘭香 蘭愛石潔 君子交不顔色』の入った蘭の墨画 の扁額が 東と西に対面しております。

生徒さん達は 鳴鶴先生と呉石先生に見守られながら お稽古に励んでおります。

な〜んという 贅沢!!

万延元年(1860年)3月3日 降りしきる雪の朝、江戸城に今にも入らんとする、彦根藩主で時の大老 井伊直弼が桜田門の前で水戸の浪士に襲われて命を落とします。

合羽を着ていたお供の家来達は 咄嗟に刀が抜けず みすみす目の前で主君を殺されてしまうのです。幕末の動乱はここから始まったと言っても 良いのです。

そして我が鳴鶴先生は共頭だった養父日下部三郎右衛門と主君を一度に失ってしまうのです。

私の父の先祖が水戸藩士だった と言うのがなんとも皮肉な事なのですが • • •

鳴鶴先生は江戸屋敷で生まれ育ったようですが、ひんぱんに江戸と彦根を行き来していたようです。

小高い山の上の彦根城は 天守閣を今に残す名城ですが、私のお目当ては博物館です。

そして見つけました。鳴鶴先生の6曲2叟の大きな屏風 品格のある堂々とした作品です。
『正気歌』中国は宋の文天祥が 元に捕らえられ 獄中で作ったという忠君愛国の詩です。

明治政府の書記官だった 鳴鶴先生は後に独立し 金石学を学び全国に沢山石碑があります。
鳥肌の立つような 見事な行書 1906年(明治39年)の作です。素晴らしいの一語です。

  


    
                        10/12/13  書道担当 畑田穂苑

Posted at 2011年12月21日 10時28分23秒

 
この記事へのコメント

カルバンクライン

パワーストーン ブレスレット
Posted by カルバンクライン at 2013/09/22 18:38:28

セイコー スピリット

ポロシャツ ブランド
Posted by セイコー スピリット at 2013/09/22 18:38:42

ストーンブレスレット

モカシン ミネトンカ
Posted by ストーンブレスレット at 2013/09/24 16:31:00

革 ブレスレット

プーマ アウトレット
Posted by 革 ブレスレット at 2013/09/24 16:31:39

モンクレール キッズ

ばんぶうはあとあかでみい|書道、ペン字、水墨画、華道、茶道、着付、小唄
Posted by モンクレール キッズ at 2013/12/02 06:11:50

コメントを書く



== 半角英数字のみのコメントは投稿できません ==

*印の項目は必須入力項目です *

*