日本の次世代リーダー養成塾は挑戦したい高校生!!世界を舞台に活躍したい!自分のアイディアで世の中を変えたい!社会に貢献したい!全国の同世代の仲間と語り合いたい!と思う好奇心旺盛なあなたに、他のプログラムにはない様々なエッセンスを凝縮した、短期集中のカリキュラムを用意しています。
メインメニュー
2010-02

第7回リーダー塾募集要項

2010年度の第7回リーダー塾募集要項をホームページに掲載しました。

全国の高校生を対象とした一般公募枠の塾生の募集期間は4月7日〜5月7日(消印有効)です。
参画県推薦枠の応募期間は各参画県の窓口にお問い合わせください。
募集概要はトップページの「応募方法」→「応募に関する書類」をクリックしてください。

こちらからも、移動できます。
http://leaderjuku.jp/aly/index.html

Posted at 2010年02月26日 16時34分14秒

3月20日〜22日 同窓会...

お待たせしました!日本の次世代リーダー養成塾の全体同窓会のお知らせです!

卒塾生は今年で約1000人となり、来春から大卒社会人が誕生します。就職厳冬の時代、国家公務員、銀行、商社、メーカー、マスコミなど、次々に就職先が決まっています。ますますリー塾の同窓会の層はパワーアップします。今回は、社会人になる人から高校生まで、幅広い情報交換の場となります。リー塾の感動をもう一度味わいたい人、全員集合!浪人するなど落ち込んでいる人もパワーをもらいに来てください。詳細は下記の通りです。皆さんの参加をお待ちしています!!

リーダー塾第4回同窓会

日時:2010年3月20日(土)17:00 〜 3月22日(月)14:30 (2泊3日)

3月22日の「内定者激励会」だけの参加でも受け付けています。就職活動などでお忙しい皆さんも、先輩の話をぜひ聴きにきてください。

―内容―
3月20日 17:00 現地集合(14:00時頃東京駅発の貸切バスを運行予定)
3月21日 終日望秀海浜学寮にて交流
3月22日 12:00〜14:30 プログラムの一部として新宿で、リー塾講師やクラス担任を招いた『内定者激励会』を行います!14:30 新宿駅周辺にて解散

場所:昭和女子大学 望秀海浜学寮  http://www.swu.ac.jp/swu-boshu/topmain.html
(〒294-0055千葉県館山市那古1672-30 TEL:0470-27-5110 FAX:0470-27-5483)

アクセス:東京駅よりJRで館山駅まで2時間、館山駅からタクシーで5分
会費:高校生15,000円 (3月20日の東京駅発の貸切バスに乗らない方は13,000円)
   大学生(浪人生含む)17,000円 (3月20日の東京駅発の貸切バスに乗らない方は15,000円)
   3月22日の「内定者激励会」のみ参加する方は、高校生2500円/高校生以外の方は4500円

★すでに就職している方、また2010年4月から社会人として新たな一歩を踏み出される方は、「内定者激励会」の会費が割引になり、500円で参加できます。
*東京方面から来る方は、リーダー塾の貸切バスを利用した方が公共交通機関よりお得です。

締切: 
3日間とも参加する方 3月11日(木)まで    
22日の新宿での「内定者激励会」のみ参加する方 3月18日(木)まで


■申込方法■
申し込みは、1.【振込み】と2.【申し込みフォームへの記入】の2点をもって完了になります。

1.【振込み】
振込先:三菱東京UFJ銀行 銀座支店 普通口座0045525
名義:日本の次世代リーダー養成塾同窓会実行委員会
*振込の際、忘れずにID番号、氏名を入力して下さい。(振込例:0103004リータ゛ーシ゛ュクコ)
(振込手数料は自己負担となります)

2.【申し込みフォームへの記入】
http://bit.ly/7F7ZMN
へアクセスの上、申し込みフォームへ従ってご記入ください。


今年から就職される先輩方にお話を伺える様に、最終日3日目の3月22日のみの参加が可能となりました。その際は、新宿に現地集合となります。また参加費が、高校生2500円/高校生以外の方は4500円をお振込み下さい。

すでに社会人の方、ならびに2010年4月から新社会人となる方は、「内定者激励会」に500円で参加できます。しかし、申込の際は、全額お振り込みいただき、当日割り引いた金額を返金いたします。

※申込フォームの金額の欄には、「その他」を選択し、上記の金額を記入する様にご注意下さい。

ご自分の塾生ID番号が不明あるいはお忘れだという方は、同窓会委員までお問い合わせ下さい。



■お問い合わせ■
日本の次世代リーダー養成塾 第4回同窓会実行委員会

mail : jleader.reunion2010@gmail.com
(期・組・氏名・連絡先・その内容を必ず記載してください)


第4回 同窓会実行委員会

Posted at 2010年02月19日 17時41分43秒

カンボジアン・チルド...

いつもより遅めの9時出発でぐっすり寝むることができた元気いっぱいの私達は、事務局の相戸さんの里子がいるCambodian Children’s Fundを訪れました。この施設は片親や孤児、ストリートチルドレンや昨日訪れたスモーキーマウンテンで働いていた子供たちがより良い環境で生活、そして勉強ができるようにと、アメリカ人でハリウッド関係の仕事をしていた男性が創設し、アメリカ人を中心に多くの方々の支援によって成り立っているのだそうです。


コンピュータールームや音楽ルーム、演劇ルーム、食堂、そして保健室には看護婦さんが毎日、お医者さんやカウンセラーが週に3回ほど訪れるなど、施設は充実していました。そしてそこにいる子供たちは、英語や伝統・ポップ音楽・演劇・コンピューター、空手などの科目を学んでいて、Best of the Monthや Most Improvedなど毎月発表される賞の存在が彼らを熱心にようです。そんな彼らは私達を折り紙で作ったネックレスや指輪、ブレスレットなどのプレゼントと顔いっぱいに満たされた笑顔で迎えてくれました。

 

お昼を一緒に食べた後は、日本から持ってきた折り紙や、けん玉、コマ、ビーチボールなどで遊びました。私達が写真を撮っていると、それに興味を示した子供たちはカメラマンへと変身し、最後にはカメラの使い方をマスターしていました。若いって素晴らしいですね(笑)
 

一番印象的だったのは、何人かの子供たちは私の関心が他の子にいってしまうと心配そうな目をして自分に興味を抱くように何かアピールしてくるということでした。資金支援してもらい、比較的良い施設で過ごすことができても、両親からの愛を充分に受けていない彼らは愛に飢えていて、その基本的欲求と満たそうとしているのだと痛感しました。私達が施設を離れなければならない時間になると、彼らは次々に私達の体にぎゅっと抱きついてきて、” love you””I will miss you”と声をかけたり、ほっぺたにキスをしたりしてくれました。


子供たちが伝統的なアプサラダンスを踊ってくれました

私たちと遊び、しかし私達がいなくなってしまうことで、彼らの心はより寂しい気持ちで満たされてしまうのでは、私達が今日彼らと遊んだことは私達の一時的な自己満足だったのではないかと思ってしまいました。その瞬間、昨日のJICAでお話があった援助の難しさ、複雑さを思い出しました。しかし、資金支援をしてくれていてもなかなか現地に出向き、里子に会いに来ることができないケースが多いそうなので、子供たちが「今日2010年2月12日に私たちと遊び、楽しい一時を過ごすことができた」という事実があったことを肯定的に捉えてくれたら幸いです。


 そのような別れを惜しみつつ、名前だけだろうと疑っていた「おしゃれストリート」を訪れました。実際はヨーロッパ風で、でも東南アジアの雰囲気を持ち合わせた洒落たセレクトショップが立ち並び、そのセンスの良さや素敵なデザインにワクワクしました。

その後一息ついたトンレサップ川沿いの元外国人記者クラブだったカフェもお洒落で、カンボジアにいることをすっかり忘れてしまうほどでした。それゆえ観光での経済発展に力を入れていることが手に取るようにわかりました。セントラルマーケットは対照的で、カンボジアならではの趣がありました。中国のお正月が近いということで多くの人で道路は満たされていました。

カフェから望むトンレサップ側とメコン川の合流地点

そんな中、私が明日、日本語学校でお手伝いをするため予約をしようと大雑把な地図を頼りに歩いて行きましたが、あまりのバイクや車、トゥクトゥク、人の多さに驚かずにはいられませんでした。信号がめったにないため道路を渡るのは困難で、又バイクはちょっとの隙間があれば入り込んでくるため歩く場所を確保するのもやっとでした。迷った挙句、やっとのことで看板を見つけましたが、その日本語学校はもう運営していないと聞き残念でしょうがなかったのです。しかし、バスやトゥクトゥクで移動していた私達には混雑した道路を歩くということが楽しく、また貴重な体験でした。
 

 
カンボジアでの格差はとても深刻で、貧しさを目にすると同時に、五秒に1台くらいの頻度で高級車レクサスを発見します。

約1時間歩いてお腹ぺこぺこだった私たちはこれまた洒落たレストランでお食事をとりました。店員さんが若いと思ったら、このレストランはNGOが経営していて、元々ストリートチルドレンだった子たちが、社会に出て仕事を得るための訓練として行っているということが判明しました。今まで習ったクメール語を連呼しながら、また冗談を言いながら、また1人去ってゆく方へのお別れ会兼この旅の締めくくりになりました。

カンボジアに来てから10日目を迎えた私ですが、人々の純粋な笑顔や優しさに癒され、また今までの築き上げてきた考えに修正がうまれ、自分にとってプラスの効果がありました。今回の旅を企画して頂いた加藤さんや相戸さんをはじめ、時間を割いて下さった宮塚先生、山折先生、ラネット、ガイドさんなどの多くの方々、そして旅を共にした仲間、それから素晴らしい機会を与えてくれた家族に感謝の意を表したいと思います。

より多くの人が幸せを感じることが出来るように、まずは自分の近いところから幸せを増やしていこうと努めて参ります。ありがとうございました。

6期生 幾代

Posted at 2010年02月12日 22時43分21秒

JICAプノンペン事務所...

プノンペンコースの2日目、初めにJICAカンボジア事務所を訪れ、担当の方からカンボジアの概要説明をしていただきました。
カンボジアは内戦から18年が経過していますが、その負の影響いまだに残っているとおっしゃっていました。特に、絶対的な人材不足、インフラの未整備、脆弱な法の支配、行政の非効率さ、不透明さが問題点なのだそうです。しかし、政治が安定していることや、若い世代の占める割合が高いことから、今後新しい世代がカンボジアの未来を創り上げていくことに期待しているということを話してくださいました。私もその未来に期待しています。



その後、カンボジアの教員を育成する施設に行きました。
そこでは、JICAの取り組みとして「理科教育改善プロジェクト(STEPSAM2)」が行われていました。
なぜ、理科教育に力をいれているのだろう・・・。
施設の人によれば、理科教育を学ぶことで、論理的思考を鍛えられるそうです。
そして、その力が橋などを作るのに役立ち、全体的な経済発展につながるのだそうです。



長期にわたり現地で指導をしてくださっている専門家の方に、カンボジアの教育の現状と課題などについてお話を伺いました


現地で働くJICAスタッフの皆さんと

その後、お昼を食べ、スモーキーマウンテンと呼ばれるごみ山を訪れました。
私は、以前このスモーキーマウンテンのことを学校の授業で知り、現地の現状を自分の目で確かめたいと思っていました。その授業によると、ごみ山はガラスの破片などが転がっていて、そこに住む人たちは、裸足やサンダルなどで歩くので、傷口から細菌が入り感染症にかかり、長く生きられない子供がいるということを知りました。
実際そこでは、小さい子供がお金を得るために鉄のスクラップを拾っていました。ごみ山の奥にある子供たちがいる施設を訪れると、ごみ山からは想像できないようなかわいい笑顔がそこにはありました。
私には、どんな状況にあっても、キラキラの笑顔でいられる子供たちの姿がとてもたくましく思えました。私が勝手に想像していたごみ山の暗いイメージをみごとに裏切られ、私達の方がものすごい元気をもらいました。


スモーキーマウンテン



夕食を食べにデパートに行ったのですが、その光景は、日本と全く変わりませんでした。
昼間のごみ山とは同じ国とは思えないようなきらびやかな世界でした。

先ほど出会った少ないお金を稼ぐために暑く衛生環境の悪い中ゴミを拾って暮らす子どもたちと、私達を含め、そこで買い物をする人達の格差の大きさを目の当たりにしショックを受けました。国のお金の使われ方だけでなはなく、私達のお金の使い方をここに来て深く考えさせられました。

6期生 川島

Posted at 2010年02月11日 23時33分30秒

プノンペン市内見学1日目

さあ、始まりました。2月10日!プノンペンに移動してからの初日です!

このカンボジアツアーは2月3日から9日までがシェムリアップ、プンスナイにて発掘、アンコール遺跡探検などとなっています。それ以降はタイ・バンコク組とカンボジア・プノンペン組に分かれてのオプションが選択制になっているんですね。ただ今この文章を書いている者(私!)はプノンペンに滞在しています。

本日のコースは、王宮⇒国立博物館⇒昼食⇒キリングフィールド⇒トゥールスレンでした。

以下ハイライトです。
王宮は、1866年に首都がプノンペンに遷都されたときに当時の国王が宮殿を建造したことに始まります。現在では国王と王妃の公務と居住の場となっているため、中にある建物は、特別な式典のとき以外は解放されないとのことでした。広い敷地の中に「即位殿」があります。尖塔と黄色い屋根が印象的なこのホールでは、きらびやかな装飾と絨毯が待っていました。


国立博物館では、カンボジアの重要文化財の展示がされていました。西バライで見つかったヴィシュヌ神の胸像や、プンスナイで発掘された人骨など。自分が掘ったもの(2月3日、4日の日記を参照)と同じものが置いてあるというのは興奮ものでした。


国立博物館入口のガルーダの像の前で。

キリングフィールドやトゥールスレン博物館では、ポルポト時代の虐殺の歴史を見てきました。トゥールスレン博物館は、かつての刑務所であり収容所でした。当局が連行してきた人々を収容し、拷問を繰り返し、自白をさせる場所でした。手をつながれたままベッドにつながれ鞭で打たれたり、高いところから宙釣りにされたり、水釜に頭から入れられたりなど、アウシュビッツとは異なる地獄絵図がありました。生き残った者はキリングフィールドに連れて行かれ、銃で撃たれたり、埋められたりして殺害されていったそうです。首の無い遺体ばかりが埋められていた穴、子供と女性のみが出てくる穴がありました。子供を壁に打ち付けて殺害していたという木も残っていました。当時の状況を想像しようとすると、凄惨そのものであったろうと思います。

 
キリングフィールドから発見された遺骨が納められている仏塔。
カンボジアの人はとても信仰深い仏教徒で、特に死者に対しては、無事に成仏できるようにといたるところに無縁仏の仏塔などが建てられています。


信じられない、同じ人間同士がこのような所業を出来るのだろうかと、目を疑いたくなりました。しかし、目の前にある証拠は揺るぎなく、彼らの痛みを伝えてきます。一枚一枚の写真が強烈に何かを訴えてきます。

私達人間はこの地獄を作り出した存在です。いつか近い将来、権威と権力はまた同じ過ちを繰り返すかもしれません。「私」がそれに近い場所にいるかもしれない。違うとは言い切れません。

人間は、それと同時に、手を合わせて祈ることが出来る存在です。自分たちの狂気に目を向けながら、よりよい社会を作ることを追い求めていかなければならない。そう感じました。

さて、カンボジアツアーも残すところはあと2日。次はどんなものが待ち受けているのでしょう!楽しみです!

Posted at 2010年02月10日 23時27分00秒

クメール伝統織物研究...

今日も朝7時にロビーに集合し朝食を取りに出かけた後、1時間ほど舗装されていないでこぼこ道を走り、クメール伝統織物研究所へと向かいました。
クメール伝統織物研究所とは、京都の手描き友禅職人だった森本喜久男さんがカンボジアの織物の美しさに魅入られて、ポルポト政権下で消えつつあった織物の伝統技術を復活させるために立ち上げた研究所です。

村に到着してすぐに森本さんのお話を伺ったのですが、屈託のない笑顔でカンボジアの織物について語る姿は少年のように楽しそうで、時間を忘れて引き込まれてしまいました。
クメール伝統織物研究所が本格的な活動を開始してから10年以上が経過した現在は、約300人の女性たちが働き、一つの村を形成しながら生活していますが、その道のりは平坦でなかったともおっしゃっていました。創設時には、多くの村々を回り昔から伝わるクメール織物の伝統的な技術をおぼえているおばあさんたちを探しながら、協力をお願いして回ったと言います。また、本当にいいものを村の中のひとが村の中のもので作り続けることにこだわった結果、畑の開墾や生活インフラの整備など乗り越えねばならない壁が多かったのです。しかし、それらを乗り越えてきた結果、伝統的な技術の復活にも成功し、森本さん曰くその伝統を超える作品をも生み出せるようになってきたといいます。それを示すように、彼らの作品は世界的にも高い評価を受け、博物館にもコレクションとして収蔵されるまでになっています。




クメール伝統織物研究所のポリシー
「道具を大切にせずして、いい仕事はできず。
 森を大切にせずして、生命を大切にすることはできず。」





この工房では、赤ちゃん連れのお母さんがたくさん働いています。
これは、安心して仕事ができるようにという森本さんの数ある配慮の一つです。
良いものを作るには、技術よりも何よりも「こころ」が大事であるとおっしゃっていました。
その時々の職人さんの心は、作品に如実に表れてくるそうです。


そんな彼らの仕事と生活の場を実際に見せていただいたのですが、とても10年ちょっとでゼロから作り上げたとは思えないことの連続でした。荒野から始まったとは思えないような周辺の豊かな緑や、村の畑で染料のもととなる植物を育て収穫し使用するという“地産地消”型サイクル、また村としての機能を充足させるための自家発電装置や学校の設置など社会システムがしっかりと構築されていたのが印象に残っています。




クメールシルクの繭。日本の繭の3分の1の大きさで、黄色い色をしていて、とても強く、この繭で作られた絹織物は水洗いできるのが特徴です。女性の髪の毛と同じでシャンプーで洗うのがいいそうです。

村の中を一通り見学させていただいたあとは、唯一この村で生産されたものを販売しているショップや森本さんが蒐集された貴重な布を見せていただき、楽しい時間を過ごしました。また、我々と一緒に研究所を訪問した宮塚先生も遺跡の発掘に関連した興味深いお話が聞けた様子でした。

森本さんは、「自分は結局は外国人。カンボジアの人たちが自分たちで自立できる支援をすることが私の役割です。」とおっしゃっていました。何もないところから、カンボジアの奥地で世界トップクラスの絹織物を作れるまでに成長し、世界中からこの「伝統の森」にお客様がいらっしゃるようになるまで、現地の皆さんを導いた森本さん。これからまた新たな目標に向かって準備を進めていらっしゃるそうです。心がとても熱くなる訪問でした。

そして午後からはオプショナルのコースごとにバンコクコースとプノンペンコースに分かれてそれぞれの目的地へと向かいました。
私が参加しているプノンペンコースは、1時間弱のフライトを経て夕方にプノンペンに入りました。さすが首都というべきかシェムリアップと比べて車も原付も圧倒的に数が多く、街の明かりの数や雰囲気もだいぶ異なっていて、全く別の国に来てしまったのではないかと思うほどでした。
プノンペンでの実質的な活動開始は明日から。どんな経験が待っているのか楽しみです。

1期生 島

Posted at 2010年02月09日 23時37分05秒

カンボジア・アンコー...

カンボジア遺跡発掘ツアー最終日。朝食を余すことなく盛大にかきこみ午前中の充電を済ませた私達はボートによるトンレサップ湖探求に向いました。
現在、カンボジアは乾季にあたるため水位が雨季の満長時に比べて5m以上も下がっています。激しい水位変化から生まれるカンボジアの風習は日本のそれとはとてもかけ離れていました。例えば、モーターボードによる家屋の移住、水上マーケット、そして再葬の存在などを知ることができました。日本とかけ離れた生活様式に驚くのと同時に、自身の世界観の狭さを痛感し反省する時でもありました。本や映像で知ったつもりでいたことに恥ずかしく思うのと同時に、実戦的な経験こそが自分の物事理解にもっとも役立つことを学ぶことができました。




日差しも大分強くなり始めた11時過ぎ、トンレサップ湖より12m高い標高に位置する西バライに進路を定め移動を再開しました。
西バライには1000年前に造られた8×2.2劼竜霏腓蔽水池があります。水位が長期間に渡って下がることを見越して造られたこの巨大施設は現在でも住民の生活に貢献している偉大な建造物の一つです。
「どうして水位が下がることを当時の人々は予想できたのか?」
これは宮塚先生からの問題その1です。このブログを読んでいる皆様も是非考えてみてください。


その後、シルクファームで絹の生産過程を学び、お昼を食べました。


余談かつ自慢ですが、ブルーパンプキン社のアイスクリームは非常にとても大変すこぶるおいしいです。もし、ブルーパンプキン社の関係者の方がこのブログをご覧になっておいででしたら、是非日本進出に向けてご検討して頂けると非常に嬉しい次第であります。

ごはんという幸せな一時を過ごした後、東バライへと向かいました。
東バライは西バライに比べて古く、そして繁栄期間が短かったという特色があります。一見、堀を何度も作って、洪水と田んぼの水を調整している点は治水技術として他遺跡と同等の質を保っているように見えるものの、堀の高さが左右で違う、総じて計画性がないなど幾つか欠陥が見受けられました。中でも、治水計画を取り仕切るのはその時代の王様の役目なのですが、水位変化の予想に失敗した代償として1年足らずでその座から降ろされた王様がいました。私達が日常生活で景気の先行きを心配するのと同じように、彼らは治水政策に注目していたのだと思います。いかに水が大切な存在だったのかを考えることができるお話でした。
東バライの遺跡群の一つであるニャックポーンには「東に人、西に馬、南にシンハー、北に象」の顔を向けている像の遺跡があります。
さて、ここで宮塚先生からの問題その2です。
「上記の像の位置づけが意味するものは何でしょうか。」
私達は夕食時に宮塚先生から先生ご自身の見解を教えて頂きましたが、ここではあえて書かないことにします。決していじわるはしていないのでご了承ください。

ニャック・ポワンの遺跡。この遺跡のレプリカがシェムリアップ空港のエントランスを飾っています。




最終日の夕食。明日帰国する私にとってこれが最後の晩餐でしたので後悔のないよう気合いを入れて挑んだつもりでしたが、みんなは私以上にごはんを平らげるので、私もまだまだだなーと思いました。
食後に宮塚先生と最後まで私達をサポートしてくれたカンボジア人のラネットに感謝を込めてメッセージを書き込んだTシャツを送りました。感謝の気持ちからこぼれるみんなの笑顔が最終日の一本締めでした。


 

私はPS10に携われたことを非常に誇りに思います。そして、この経験を通すことで生まれた自信と発見は生涯を通して活かされてくると確信しています。
確信を現実に変えるために、帰国後は怒涛の6日間を精神の礎として私がするべきことをしていきたいと思います。


安田先生は「プンスナイ遺跡」の報告書をクメール語と英語で発表されました。
現地の言葉で発表することで、現地の人により自国の歴史を理解してほしいという願いが込められているそうです。


最後に、この遺跡を発見して私達に貴重なチャンスを与えて下さった安田先生、6日間も私達につきっきりでご指導をしてくださった宮塚先生に塾生を代表して心より感謝致します。本当にありがとうございました。今後も生涯現役の先生方のご健闘とご活躍をお祈り致します。

2期生 戸島

Posted at 2010年02月08日 23時47分13秒

カンボジア・アンコー...

カンボジア滞在5日目!こちらに来て曜日の感覚がなくなってしまい、何曜日なのかがわかっていません。本日は、宮塚先生のご案内で、アンコール・ワットなどの遺跡群見学をしました。バスで各遺跡を巡り、色々なところを歩きました。大きく真っ黒な象が優雅に歩いている姿も見かけました。

貯水池として利用されていた「東バライ」は、対岸が見えない程大きかったです。その周辺には緑が茂り、その他の砂埃の多いエリアとは一線を画していると感じました。

タ・プローム遺跡では、菩提樹が遺跡に巻きついておりとても神秘的でした。


バイヨンのイケメン仏像は、私の好みではなかったのですが目鼻立ちがはっきりしており、常に観光客に囲まれる人気者でした。王宮の遺跡の頂上から見下ろす風景はとても美しかったです。




世界遺産アンコール・ワット。
青空下にポストカードで目にする風景が一面に広がっていました。数年前まで触り放題だった「壁画」の1メートル程前に、立ち入り禁止の柵が設けられていました。それまでに、人の手によって触られてきた壁画部分は黒くテカテカと光っていました。様々な言語の観光ガイドと観光客で埋め尽くされていました。
特に「天国と地獄」を壁を上中下の三つに区切り表現してある壁画が印象的でした。悪いことをしたら、現世から地獄の部分に落とされ、針が体中に刺さっている人が描かれていました。江戸時代の日本人が残した落書きを見たりして、遺跡観光を楽しみました。






アンコール・ワットの参道に、フランスと日本が修復を行った道があります。左右で見比べることができ、修復方法の違いを実感します。遺跡の修復に関して価値観の違いだと思いますが、各国の修復コンセプトを何かしらの機関を中枢に定めるべきではないかと思いました。また、同時に形ある物を無理やり残そうとせず、危険を避けるために壊すという選択肢もあるのだということを知りました。

遺跡観光後は、プノン・バケンという遺跡に登り、夕日が沈むところをみたり、ナイトマーケットで買い物をしたりしました。遺跡の足元は不安定であったり、とても急な階段であったりし、日ごろの運動不足の体にはきつかったです。一日歩き回ったので、今日も良く眠れそうです。

プノン・バケンからの夕日。観光客で埋め尽くされていました。


4期生 若井

Posted at 2010年02月07日 23時32分52秒

カンボジア発掘3日目

 3日目の今日は5時半起床、6時に集合、そしてまだ暗闇に包まれた街を歩いて朝食会場へ。ベトナム麺入りフォーとフランスパン、フランスパンと胡麻風味の揚げパンを甘〜いコーヒーと一緒に頂きました。そしてバスで揺られて約1時間でプンスナイに到着し、発掘作業が早くに終わったため、午前中は発掘された陶器の土を取り出し、その土の中から米粒や歯の欠片、ビーズなどの細かなものを取り出す作業をしました。土器を割らないように土を慎重に取り除こうと、また、細かいけれど分析に大変重要な粒を見逃さないようにと、みんな奮闘していました。しかし、中にはとても薄い土器もあり、どうしても割れてしまうこともありました。菩提樹の下で作業をしていたので、とても涼しくて気持ちが良かったです。釈迦が悟りを啓けたのも納得できる気がしました。


 お昼にはその仕事を切り上げ、片づけをして昼食をとりました。今日はインゲンと肉の炒め物と、キノコのスープでした。どちらも味付けが良く大変おいしく頂けました。その後はもう恒例となったお昼寝タイムです。2日間お昼寝をしなかった私も今日は熟睡してしまいました。


午後は宮塚先生のご厚意でプンスナイを一周しながら解説して頂きました。土地の傾斜を利用し、橋を境にすることで水を調整していて、その調整は和尚さんが行っているので近くにはお寺があるのだそうです。また、カンボジアの歴代の王の中に1年で辞めてしまった方がいるそうですが、それは水の調整に失敗したからであろうとのお話もありました。それほどカンボジアの人にとっては水の調整が大事だということがわかりました。


 他には、宮塚さんのプンスナイ遺跡発掘調査資料に記載されていた写真を現地で確認しながら、どのように作業を行っていたのかを伺うことができました。発掘や盗掘で掘り出され、そのまま放置されていた人骨は、日本からの資金提供、そして現地の人々の力によってパゴタという建物に埋葬されたというストーリーもありました。日本人はカンボジア人と同じアジア人という意識があり、彼らを同じ人間としてリスペクトしているという点が、リー塾での講義と重なるところがあり、考えどころでした。

地元の方が建てられたバゴタ


日本の資金援助で現場の作業員の方が建てたパゴタ

 そして再び休憩場に戻り、30分ほど遅れで作業員の皆さんとの打ち上げが始まりました。カンボジアの方は私たちと違う時間の感覚を持っているようです。クメール麺をはじめとした現地のお料理を頂くと同時に日本から持ってきたお菓子を楽しみました。



日本から持ってきたジャージ贈呈に、現地の方々はとても喜んでいて、ジャージを集めた自分としては個人的にとても嬉しかったです。そしていつの間にか男女で分かれ、飲み終わったビールやジュースの缶を積み重ねて競い合うゲームで盛り上がりました。2日前に会ったばかりとは思えないくらいで、別れる時は「I will miss you!」と言うほどでした。カンボジア人は子供だけでなく大人も無邪気に笑って優しく接してくれるので、心が温かくなり、また、パワーをもらうことができました。打ち上げでお腹いっぱいになった私たちは夕食抜きでマーケットでお買いものを楽しみました。人々との交流が心を明るくし、次へのパワーをもらうことができるなぁとしみじみ感じた日でした


Posted at 2010年02月06日 23時41分31秒

カンボジア発掘2日目

今日は朝から発掘作業をしました。この現場の発掘もほぼ完了に近いということで、感謝の気持ちを表すお供え物と線香を供えました。


昨日に引き続き土器や人骨の写真撮影・測量をして、取り上げました。土と遺物との区別するのが難しく、とても緊張しながら掘り出していました。宮塚先生から「この骨がどんなふうに埋められたか考えて」という課題を出され、考えながら作業をしました。昨日より作業時間が長かったので暑くて大変でしたが、その分たくさんの作業ができ、また現地のたちとも交流できてとても充実していました。3日かかる予定だった作業を2日で終えることができ、宮塚先生に褒めていただいて嬉しかったです。
また、先生にこれからの進路について助言をいただきました。もっと長い目で見て、また世界にも目を向けて、自分の将来を考えていこうと思いました。




夕食はクメール鍋というものを食べました。皆はりきって食べていました。牛肉や湯葉、卵、不思議なキノコなどが入っている鍋で、とても美味しかったです。店にはハンモックもあり、ゆったりと過ごすことができました。

夕食後は、宮塚先生から出された課題について、皆で考えました。他の人の意見も聞き、いろいろと勉強になりました。その後、お菓子パーティーも開催され、明日からも頑張ろうと思いました。


6期生 伊藤

Posted at 2010年02月05日 22時44分49秒

 1  2  | 次へ