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プノンペン市内見学1日目

さあ、始まりました。2月10日!プノンペンに移動してからの初日です!

このカンボジアツアーは2月3日から9日までがシェムリアップ、プンスナイにて発掘、アンコール遺跡探検などとなっています。それ以降はタイ・バンコク組とカンボジア・プノンペン組に分かれてのオプションが選択制になっているんですね。ただ今この文章を書いている者(私!)はプノンペンに滞在しています。

本日のコースは、王宮⇒国立博物館⇒昼食⇒キリングフィールド⇒トゥールスレンでした。

以下ハイライトです。
王宮は、1866年に首都がプノンペンに遷都されたときに当時の国王が宮殿を建造したことに始まります。現在では国王と王妃の公務と居住の場となっているため、中にある建物は、特別な式典のとき以外は解放されないとのことでした。広い敷地の中に「即位殿」があります。尖塔と黄色い屋根が印象的なこのホールでは、きらびやかな装飾と絨毯が待っていました。


国立博物館では、カンボジアの重要文化財の展示がされていました。西バライで見つかったヴィシュヌ神の胸像や、プンスナイで発掘された人骨など。自分が掘ったもの(2月3日、4日の日記を参照)と同じものが置いてあるというのは興奮ものでした。


国立博物館入口のガルーダの像の前で。

キリングフィールドやトゥールスレン博物館では、ポルポト時代の虐殺の歴史を見てきました。トゥールスレン博物館は、かつての刑務所であり収容所でした。当局が連行してきた人々を収容し、拷問を繰り返し、自白をさせる場所でした。手をつながれたままベッドにつながれ鞭で打たれたり、高いところから宙釣りにされたり、水釜に頭から入れられたりなど、アウシュビッツとは異なる地獄絵図がありました。生き残った者はキリングフィールドに連れて行かれ、銃で撃たれたり、埋められたりして殺害されていったそうです。首の無い遺体ばかりが埋められていた穴、子供と女性のみが出てくる穴がありました。子供を壁に打ち付けて殺害していたという木も残っていました。当時の状況を想像しようとすると、凄惨そのものであったろうと思います。

 
キリングフィールドから発見された遺骨が納められている仏塔。
カンボジアの人はとても信仰深い仏教徒で、特に死者に対しては、無事に成仏できるようにといたるところに無縁仏の仏塔などが建てられています。


信じられない、同じ人間同士がこのような所業を出来るのだろうかと、目を疑いたくなりました。しかし、目の前にある証拠は揺るぎなく、彼らの痛みを伝えてきます。一枚一枚の写真が強烈に何かを訴えてきます。

私達人間はこの地獄を作り出した存在です。いつか近い将来、権威と権力はまた同じ過ちを繰り返すかもしれません。「私」がそれに近い場所にいるかもしれない。違うとは言い切れません。

人間は、それと同時に、手を合わせて祈ることが出来る存在です。自分たちの狂気に目を向けながら、よりよい社会を作ることを追い求めていかなければならない。そう感じました。

さて、カンボジアツアーも残すところはあと2日。次はどんなものが待ち受けているのでしょう!楽しみです!

Posted at 2010年02月10日 23時27分00秒