社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
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(2018年8月)           お腹いっぱいにさせればOK

 小学生以上のきょうだいをお持ちの保護者の皆さま。今年も始まってしまいましたね、夏休みが!

 子どもの頃、あんなに嬉しくて輝かしくて、一年で一番楽しみだった、夏休み。それが、親になってみたら、こんなに辛く苦しい修行期間に変わるとは…って、大げさでしょうか。でも本当に、辛いのです、お弁当作りが。そして、日々のマネジメントが!

 2年生の息子は、基本は学童があるから大丈夫、なはずなのですが、出発する時間がわからなくなったり帰り道にトラップがあったり、補充授業を忘れて担任から電話かかってきちゃったり。そして5年生の姉の方は、プールに塾に習い事に、友だちとの予定が散らばっていて、今どこで何をしているのか把握するのに一苦労。そして思春期に向け、順調に態度が悪化の一途で、弟へのキツさも半端ではなく、息子を叱っていても途中から娘にムカついてしまい、でも客観的に見ればダメなのは確かに息子なわけで、何よワタシばっかりっ!と娘の態度が更に悪くなり…。朝の短い時間の中でもきょうだいでワーワー言っているのを聞きながら弁当を作っていると、イラつくこと半端なく、結局毎朝怒鳴り散らしながら家を出てくる始末。

 そうして頭から湯気を出して歩いて、駅について、ホームで電車を待っているあたりで、だんだん心が冷えてきます。子どもたちにとっては毎日が特別な、せっかくの夏休みの朝、こうやって母親に怒られて、フォローもなく置いていかれることが良いわけない。あー、またやっちゃった…。自分のことが心底イヤになりながら、毎朝電車で新聞を開きます。

 「折々のことば」は、朝日新聞の朝刊に長期連載されている、哲学者の鷲田清一さんのコラムです。鷲田さんの心に響いた「言葉」が、一日にひとつ、つぶやきのような解説つきで紹介されます。7月16日付けの本欄を、こっそり転載させて頂きます。(こんなちっぽけな園だよりだから、大丈夫ですよね…)

空腹は子どもから「いまここに」おける安心と安定を奪います。(芹沢俊介)
 空腹のまま放置するという暴力は、自分がここにいてよいという、子どもの「存在感覚」の核となるものを修復不能なまでに破壊してしまうと、評論家は言う。(略)
満ち足りたときのその温みが、生きることの歓びを、ひいては人への信頼を底から支える。
                       『芹沢俊介 養育を語る』(事件篇機砲ら。」


 これを読んで、そうか、ともかくお腹いっぱいにすれば良いんだ、と思うと、ずっしり重かった心が、わずかでも軽くなる気持ちがしました。我が子について、自分の子育てについて、涙が出るような葛藤や後悔や自責の気持ちを抱えたとき、まずは、ごはんを作りましょう。美味しくなかろうが栄養が偏ってようがマンネリだろうが、この際関係ないということで。ともかくごはんを作って、子どもも自分もお腹いっぱいにして、最低限かもしれないけれどでもこれで大丈夫、「生きることの歓び、人への信頼」、これでOK!と、思いましょう。

9月が待ち遠しくて仕方ないのですが、これを書いている今はまだ7月下旬…。同じ境遇の皆さま、頑張りましょう。

Posted at 2018年08月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年7月)           鬼、ではない

  香川県から東京に引っ越してきた5歳の女の子が、ゆるしてくださいゆるしてください、と書いて、死んでしまいました。あのニュースを聞いて、胸がつぶれる気持ちに、ならない大人はそういないでしょう。 じぶんからきょうよりか もっともっとあしたはできるようにするから もうおねがいゆるしてゆるしてください …と、その文章を読み上げながら、記者会見では捜査幹部が、ニュース番組ではキャスターが、涙をこらえていました。

 このような事件を見聞きするたび、鬼だ、と思います。彼らは鬼だから、普通ではないから、わたしとは違うから、と、思う。思わずにいられない。

 8年前のちょうど今ごろ、大阪で3歳と1歳のきょうだいが自宅マンションの一室に閉じ込められたまま、餓死した事件がありました。風俗で働く若い母親が、恋人と一緒にいたくて次第に子どもたちの待つ自宅に帰らなくなっていたこと、閉め切られた蒸し暑い部屋の、ゴミと糞尿と悪臭の中で2人は寄り添って息絶えていたこと…
連日衝撃的な報道が続き、今回の結愛ちゃんの事件と同じく、この母は極悪人として取り上げられました。裁判員裁判での判決は、虐待としては異例の、懲役30年の実刑。他にも数えきれないほど起きている虐待での子どもの死亡は、もっと軽い刑期で終わっている中で、この大阪の若い母が、通常よりうんと重い罰を受けたのは、世間がそれを求めたから、もあったのでしょう。社会が彼女を鬼だと憎んだから。

 でも、本当は。大人は奥底では、知っているのです。どんな虐待をする親も、鬼ではないことを。鬼なら、追い払って切り捨てれば良い存在なら、どんなにか簡単かと思うけれど、でも鬼なわけがないのです。人の子として生まれ、人の親になった、わたしたちと同じ人間なんだから。

 わたしは今はらっぱの自分の机に座って、これを書いています。つくしの部屋から、園庭から、にぎやかな声が聞こえてきます。のしおの子たち、かわいいです。わがまま言っててもヘソ曲げてても癇癪起こしててもひっくり返って暴れてても…何をしてもかわいいです。だって子どもなんですもの。まだこの世の中に出てきてやっと数年、いろんなことができなくて、でも彼らに今できる精一杯で、全力で、毎日を生きているのですもの。

 そしてあの大阪の母も、結愛ちゃんの両親も、昔は必ず子どもでした。きっと今ののしおの子たちと同じように、泣いたり笑ったり、毎日一生懸命生きている、子どもだったはずです。のしおの子たちと彼らの違いは、彼ら自身ではない。違ったのは、彼らの周りの大人たちだった。のしおの子たちが四方八方から有り余るほどもらっている愛情が、彼らにはきっと、注がれていなかった。親からも誰からも愛されず、気に掛けられず、さびしくて悲しい、子どもだった。きっと。そして彼らは鬼に育ってしまいました。

 世界中の子どもの誰ひとり、虐待で殺してはいけないし、虐待で我が子を殺す鬼にしてはいけない。そのために、わたしたちは、大人は、何をどうすれば良いのでしょうか…?

Posted at 2018年07月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年6月)              男の子って…

 唐突ですが、わたしにはこどもが2人おります。上は、4月で11歳になった女子。下は、2月に7歳になった男子。5年生と2年生、学年で言えば3年差なのですが、ほぼ4年の開きです。そして…比較不能な、遥かな遥かな開きがあります。

 以前もここに書いた気がしますが、自分自身がひとりっこで、こどもは一人で十分。と、昔から思っていました。でも、11年前の春、一人生んでみたらビックリするほどかわいくて、そして仕事家事育児の両立?トリプル立?もなんとかかんとかできるようになって、これならもう一人いてもなんとかなる、かも!と思ったのでした。

 …で、その次のもう一人が、2月生まれの男子だったのです。低月齢の男子をお持ちの保護者の皆さま、ここから書くことは、あくまでもワタクシの息子について、です。早生まれでも、「ちゃんとした」お子さんはいくらでもいます、お気を悪くされませんよう。

 我が家の男子は、もう、ビックリするほど、いろいろとゆっくりです。保育園の間はそれほど顕在化しませんでしたが、小学校入学以来、え、これができないの?ふざけてる?え、ホントに?…と、毎日毎日ビックリし続けて、1年が経ちました。好きなものはゲームとレゴとドラえもん、嫌いなものは漢字と引き算とおとなしく座ってること。
コンサートなど連れていくと(姉のピアノや合唱団などでときどき致し方なく)、開始5分で静かな身もだえが始まり、そのうち静かでなくなり、もう帰りたい〜と言う彼の耳元で「静かにしなさいよっ!」と静かに怒鳴ることになるのが毎度毎度。学校でもらってくるプリント類が、ランドセルの底でくちゃくちゃになっている、というのは、噂には聞いていましたが本当でした。どんなに叱られても、プリントをまっすぐにランドセルに入れるというのはできないらしいです。

 学校の野球チームに入りたいと懇願され、散々引き留めましたが(保護者の負担を背負いたくなかった為…)どうしても、ということで入部して、初めての試合の様子を見に行ったら、出場していないのはもちろんですが、グラウンドの隅で、試合などまったく見ずに土をいじっていて、次にその土だらけの手でなぜかまつげを抜こうとして、目が痛いと騒いでいるところに出くわしてしまいました。
…書き出したら止まりません。もう、本当に、娘とは何から何まで違っていて、目の前が真っ暗になったり真っ白になったりするのです。

 でも、月並みですが、かわいいのです。要するに、かわいいと思わなければ育てていけないイキモノをかわいいと思うよう、親には本能が備わっているのだと思います。ということは、これからどんどんしっかりまともに育っていけば、かわいさも薄れてくるのでしょうか。かわいくなくなっても良いから、しっかりまともに育っていってほしいのですが、今のところかわいさは増すばかりです…。

Posted at 2018年06月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年5月)              うさぎを飼います

 22日の日曜日は、おもちつき会へたくさんのご参加ありがとうございました。ビックリするほどの良い天気…というか、こんなに暑くなくても良いんだけどな、というくらいの陽気。あのお天気は新入園の皆さまへの天からのお祝いだったのかもしれません。

 今年度、のしお保育園には16名の新しいお子さんが入園されました。そして新しく入職した職員も11名。初々しくにぎやかな園内、いつもの4月に増して、新鮮な空気が流れています。

 そしてもう1名、新入園児が。8年ぶりに、うさぎを飼うことに致しました。ネザーランドドワーフという、ピーターラビットのモデルになった種類の茶色いうさぎさんです。

 開園当時、園庭の隅には「のしお動物園」と看板のついた飼育小屋があり、長い間うさぎやチャボやニワトリや、たくさんの動物がこどもたちと一緒に暮らしてきました。ニワトリが毎朝時をつくって団地の方に叱られたり、うさぎが毎晩着々と抜け穴を掘り進めて自由に出入りしていたことが発覚したり(近所の方から「うさぎが道に出てるよ!」と教えて頂いて捕獲成功)。当時の園長だった母から、楽しい話をたくさん聞きました。

 でもだんだん、東京の、住宅街の、団地の中で動物と一緒に生活するのは、難しいことが増えてきました。金魚やザリガニやカタツムリや…室内で育てることのできる生き物ならなんでも育てちゃうのしおの保育士たちですが(クワガタだって年を越してしまう飼育の腕!)、園庭の飼育小屋は使われなくなり、倉庫になりました。

 それでもうさぎは、園庭から室内に移動して、飼い続けていたのですが。
最後にいたうさぎ「ごんた」が、8月の暑い暑い日に、死んでしまったのです。当時のゆり組と、担任だった主任のJさんのショックと悲しみは、どれほどだったか。すでに大人になってからやってきたうさぎでしたので、正確な齢は不明ですが、まだ寿命にはすこし早かったのでは…エアコンはつけていたけれど、やっぱり普通のおうちに比べたら、保育園で飼われるのは負担が大きかったのかもしれない…と、後悔の気持ちが消えないまま、次のうさぎを飼うことはできずに8年が経ちました。

 姉妹園の一丁目保育園で、うさぎが生まれるよ、と聞いたのが今年の1月。それからずーっと、どうしようどうしよう、と悩んでいましたが、結局Jさんに、「飼いたいんでしょ?」と言われて、やっぱり飼いたいね、飼おう!となりました。2月21日生まれの男の子(たぶん)、まだ小さいのではらっぱで暮らしていますが、もうすこししたらどんぐり前の廊下にデビューする予定です。

 人も動物も植物も。小さな命と一緒に生活するのは、気を使うしお世話も大変だし、でも、こどもにも大人にも、思いやりや温かな気持ちを育て、良い経験がたくさんたくさんできます。82名のこどもと30名の大人、そしてうーさん(と、それぞれのクラスの小さな生き物たち)。
みんなで仲良く楽しく、暮らして参りましょう。

Posted at 2018年05月01日 16時24分46秒  /  コメント( 0 )

(2018年4月)        ようこそ、新しい命たち

去年の春まで当園の園長をしていた母から、何度も聞いた話があります。

「ずっと前の卒園生でね、れんげ組からゆり組に進級するのを、とっても楽しみにしていた女の子がいたのよ。3月が終わったらゆり組になるの!って、それはそれは楽しみにして、ついに4月になって、憧れのゆり組の部屋に入って、―――それから泣き出しちゃったのよ。

 その子は、“ゆりさんになったら何でもできるようになる”と信じてたのね。昨日まではれんげだからできなかったことも、ゆりさんになればあれもこれもできるようになるんだって思ってたの。それが、せっかくゆり組になったのに、昨日までできなかったことはやっぱりできなくて、こんなはずじゃないのにって悲しくて悔しくて、やりきれなかったのね。」

良い話だなあ、と、いつも思っていました。その女の子の、“大きくなること”への憧れ、わくわくした気持ちは、まだ大きくなっていない人たちだけの特権です。隣の部屋へ移動したら魔法のように何でもできるようになる、なんて、大人は考えもしないけれど、こどもがそう信じるのは素敵なことです。きっとその子は、ゆりの部屋で過ごした一年の間に、魔法のようにではないけれど一歩一歩、いろいろなことができるようになったのではないのかな。やっぱりゆりさんってすごい、わたしたちってすごい、と、誇らしく思ったのではないのかな、と。

 「7歳までは神のうち」という言葉を読んだことがあります。乳幼児死亡率が現代とは桁違いだった江戸時代、こどもは7歳になって初めて、人間社会のヒトとして数えられる存在になったのだとか。それくらい、こどもというのはいつ消えてもおかしくないような危うい命の火であったということなのでしょう。

7歳は数えですから、今でいう6歳。ぴったり保育園の在園期間です。保育園という場所にいると、当たり前のように毎日たくさんの命がやってきて、食べたり寝たり、笑ったり喋ったり、かけっこしたりケンカしたり、にぎやかな一日を終えて、元気に帰っていく、のですけれど。よく考えれば現代だって、こどもが元気で大きくなるというのは、決して当たり前のことじゃない、と、ときどき心から思います。こどもが生まれること、元気に育つこと、それだけで毎日が奇跡の連続だと。(我が子についてもときどきはそう考えよう、と、今思いました。そしたらもうすこし、怒鳴るのを我慢できるかも…。)

 さあ、今日からまた新しい命たちが、のしお保育園の仲間に加わってくれました。これから始まる保育園生活、お子さんも、保護者の皆さまも、ちょっとずつちょっとずつ慣れていって頂ければと思います。朝、泣いていても大丈夫。きっと来年の3月には、お隣の部屋へ移ることを、目をキラキラさせて楽しみにしていることと思います。

Posted at 2018年04月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年3月)             退職と入職と

 いつも、どうでもいいようなことばかりぐだぐだと書かせて頂いているこの欄ですが、今回は具体的かつまじめなお話をしなければ。と、思いながら書き始めています。

 一面ですでにご覧頂いている通り(※園だより『えがお』紙面のことです)、職員がたくさん退職いたします。保育士8名・栄養士1名、というのは、のしおの規模の施設としては、ありえないような人数です。保護者の皆さまには、大変なご心配をお掛けしてしまうことだろうと思います、お詫び申し上げることしかできません。

 ただ、一人ひとりに事情があり、それぞれの人生の次のステップに向かって踏み出す理由をもっての退職ですので、心から応援したいと思っています。こどもたちには、一人ひとりにきちんと話をして、理解してもらうことにしております。小さな人たちのクラスではあまり早すぎても意味を成しませんので、もうすこしお別れが近づいてからにする予定ですが、もっと大きな人たちには、すでにお伝えして、了解してもらっています。さびしいことでしょうが、それぞれに自分のなかできちんとかみしめ、納得し、前を向いて次の担任との暮らしを楽しみにしてくれている姿が、何よりもありがたいです。

 これまでの、良くも悪くもどっしりと安定して、職員の顔ぶれもたいして変わらず、のんびり穏やかなのしおに慣れていらした皆さまには、こんな激変を目にされると、これからこの園だいじょうぶ?と不安に思われることと思います。もちろん、今の段階で、だいじょうぶ!とお答えするような能天気なことはできません…が。

 4月から(3月からすでに1人)、新しい方と、新しくない方たちが、たくさん入ってきます。新しくない方というのは、今回と同じく、個々の事情があって退職した人たち。人生のステージがすこし変わり、またここで働くことができるようになって、戻ってくれる方たちです。これまでこの園が育んできた、温かい人間関係があってこそのことと思います。そこにフレッシュな方たちをまじえて、これまでと変わらず、日々の暮らしを大切に、こどもたち一人ひとりに全力で向き合いながら、でものんびり穏やかな保育園でありたいと思っています。

 ゆり組の保護者の皆さま。最後がこんなで申し訳ありませんが、でも、みんなが帰ってくる場所はこれからもちゃんとあります。ごたごた荘はこれまでと同じく、毎週月曜の放課後。ごたごた大ベテランのSさんが、玄関でお待ちしています。にぎやかなみんなが帰ってくるのを、新しい大人も新しくない大人も、みんなで、待っています。

Posted at 2018年03月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年2月)         雪の日におもったこと

 1月22日の大雪は、大変でしたね。
雪国の方たちから見たら、笑っちゃうレベルなんだろうに、やっぱり雪が降ると相変わらず大騒ぎの東京でした。園の玄関前にJさんがつくったカマクラ、皆さまご覧になりましたでしょうか。

 22日の夜、お迎えの遅れているお子さんたちに後ろ髪引かれながら、真っ白になった道路を歩いて駅に着くと、ちょうどトラブルで止まっていた電車が動き出したばかりの様子。ぎゅうぎゅう詰めの一本が行ってしまった後に来たのは、今度は寂しいくらいにガラガラの電車でした。

良かったーと思いながら乗ってほんの数分、今度は信号トラブルとのことで、電車はぴったり止まってしまいました。たまに流れる車掌さんのアナウンス以外、音もなく時間が過ぎていきます。参考書を膝に置いた若い人がときおりチラチラと周りの様子を伺っている以外、おじさんおばさんはイヤホンを頑なに(?)外さず、ひたすらスマホを見つめていました。

こういうとき、外の家々というのは、なんて暖かく見えるのだろう、と思いました。そこにおうちがあって、電気が点いている、というだけのことなのですが、なんとも言えず暖かそうで、中にはきっと仲良しの家族がいて、湯気の立つごはんを囲んでいるんだろうなあ…と、どの家を見ても思える。大人になれば、家の中がそんなに暖かく平和なことばかりでないなど百も承知、なのに、自分が寒くて空腹で先が見えない(大げさですね)状況にいると、目に入るどのおうちも、勝手に幸せのカタマリのように見えてしまう。とても幸せそうに、そして排他的に。うちが幸せなら、よそのことは関係ない、というように。

イヤホンをして目を伏せているおじさんおばさんも、周りに何が起ころうと、自分は自分、と言っているようでした。この人たちに、わたしは困っています、と言っても、聞こえないフリをされるかなと思わせる、冷たい空気。その中で、参考書のお兄さんは、ただキョロキョロとしているだけで、ちょっと暖かく感じられました。周りに何が起こっているのか知ろうとしている、という、ただそれだけで。

自分がなにかで辛いとき、別によその人に助けてもらえるとは思わない、けれど、辛いんだねとわかってもらえるだけで、ほんのちょっと気持ちがすくわれることもあると思います。気付ける人でありたい、と、雪を眺めながら思いました。いつもキョロキョロしていたらヘンな人ですが、常にほんのりと、周りで起きていることにアンテナを張っていたい。大人としての多大な余裕が必要だと思いますが…今年の目標です。「余裕のある大人でいること」。

また雪が降る予報ですね。今度は池袋駅が入場規制になるほど降りませんように。

Posted at 2018年02月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年1月)            年の瀬に

 皆さま、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

…と、書いているのは、12月のおわり、クリスマス会が終わったばかりの、日差しのやわらかな午後です。

 毎年クリスマス会では、職員からのささやか〜なプレゼントとして、幼児の担任を中心としたメンバーで出し物をします。今回はペープサートで、ぐりとぐらのお話を披露しました。Iさんがナレーターになり、ぐり役のAさんとぐら役のSさんはついたての下に隠れてペープサートでの出演。普通ならこどもたちから、あ、Aさんの声だ!とか、これはSさんだ!とかの歓声が飛びそうなものですが、それがちっとも聞こえません。それくらい、みんな夢中で観ていました。今きっと子どもたちには、毎日聞き慣れたAさんやSさんの声ではなく、ぐりとぐらの声そのものに聞こえているんだろうな、と思いながら、わたしも一緒に森の中のぐりとぐらのおうちにおりました。イベント慣れしていないのしお保育園のこどもたち、純粋だなあ、かわいいなあ…と心から思いながら。

 クリスマス会が終われば年末はすぐそこ。いま園内では、フリー保育士たちを中心に、大掃除の総仕上げ中。WordとExcelを駆使して作られた計画表に、ここの管轄は誰で・いつまでに・どのように掃除を進めるか、うっとりするようなプランがたてられています。そしてそれを片っ端からこなしながら、「あー、うちの掃除もこんなふうにできてたらなあ」「園でこれだけやってるから、もう家はいいや、ってなっちゃうよねー」「年賀状もまだ手をつけてないー」「間に合う気がしないー」と仲良くボヤいている声が聞こえてきます。

 そんな忙しそうなみんなに恐縮しつつ、わたしははらっぱに座って、今年もいろいろなことがあったなあ、と思いながら、これを書いています。なんて月並みな言い方かと我ながらビックリしますが、でも本当に。いろんなことが。でも大人がいろいろと右往左往している間にも、こどもたちはスクスクずんずん大きくなっています。まるきりの赤ちゃんだった人が立って歩いて喋る楽しい人になり、人のことよりまず自分!だった人(みんな最初はそうですね)が、きちんと友だちの気持ちを汲んで、譲ったり譲られたりしあう人たちになり。刻々と進化していくその姿に、今年もたくさん励まされてきました。

 2018年はどんな年にしましょうか。皆さま、良いお年をお迎えください。

Posted at 2018年01月04日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2017年12月)          37年目の園庭工事

  のしお保育園は、ご存じの通り開園37年目です。
中身のメンテナンスには一生懸命手を掛けお金を掛け、毎日せっせと掃除して磨いて、少しでもきれいに清潔に、と心がけておりますが、なにせ建物自体が37歳。どんなに頑張っても、シワも白髪も、クスミもタルミも出てくるお年頃。こうなると、この先老化がどう進むのか、気になるところです。

 園の入っている都営住宅は、正式名称を「野塩5丁目アパート」と言います。その2号棟の1階部分をのゆり会が買い取って、園舎としています。この都営住宅が建て替えになるときには、保育園はどうなるのだろう、というのが、のしおの昔からの不安要素でした。自分たちで決められることではなく、住宅供給公社の一存なわけですので、不安はいつも漠然としたものでした。

 11月末から、園庭での工事が始まりました。のしおの園庭といえば木のおうち。その下に、人工芝が敷いてあることにお気づきだった保護者の方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか?安全対策と景観向上を目的として、フカフカの人工芝を設置したのがいったいいつのことなのか、今では誰もわからないくらい大昔なのですが、でも確かに敷いてあったのです。鮮やかな緑だった人工芝が茶色く禿げ上がり、フカフカだった感触が他のところとちっとも変わらない硬さになってから、もう相当な年月が経ちます。ここ数年は毎年、今年こそ人工芝をリニューアル、と事業計画に盛り込みながら、金額に負けて先送り…を続けてきました。

 それを今年、ついに踏み切ったのです。3週間ほどの工事期間中は、園庭の使用が制限されてしまってきゅうくつな思いをしなければなりませんが、それが過ぎたら…ピカピカでフカフカの人工芝の上で思い切り遊んだり転がったりできるはず。

 今回の工事契約にあたり、理事長に提出した稟議書に書きました。「いつかのしおが移転することになったときには、きれいに剥がして引っ越し先に持っていきます」。まずはこうやって言葉にしてしまうことで、漠然とした不安が少しだけ、未来へのわくわくした気持ちに変わるなあと思います。自分でどうすることもできない将来についてただ不安がっていても仕方ない。みんなでちょっとずつ考えたり備えたりしていくことで、いつかきっとやってくる都営住宅の建て替えというお知らせにも、元気に対応していけるのではないかな、と思っています。

 来年のお正月遊びの会では、どうぞ保護者の皆さまも、ピカピカでフカフカの人工芝を楽しんでくださいね。土足で使用するものですので、ピカピカもフカフカも、まあそれほど長くはもちません…それでいいんです、たくさん遊んだ証ですので!

Posted at 2017年12月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2017年11月)        「保活」に思うこと

 さあ11月、秋も本番。「保活」がピークの季節です。就活や婚活、に比べれば、まだ局地的な言葉かもしれませんが、清瀬市も立派な(?)東京の自治体。この時期は、毎日のように見学の方がいらしています。今では当たり前のように毎日顔を合わせてお付き合いをしている在園の保護者の皆さまの中にも、この時期に見学においでになって初めてお目にかかった方、たくさんいらっしゃいますね。

 私事で恐縮ですが(このコーナー全体がそんなもんですが)、わたしも、11年前のこの季節、保活に直面していました。この仕事をしていても、初めての子を預けることの心配や不安は尽きません。我が子にとって最善の園を選択しなければ、と肩に力を入れ、チェック項目をリストアップして…なんて、ほんのわずかな期間やりかけました、が、すぐにやめました。なにしろ初めての子育ての真っ最中、育休中とはいえ産前と比べてやることは山積み。子どもを抱っこヒモに入れて園から園を渡り歩く、そんな力はわたしにはなかった。わたしの住んでいる自治体では、13番目まで希望を書かなければならず、もちろんそのすべてに行く、のみならず、全部で40園ほど見に行ったわ!なんていう素晴らしいママ友もいましたが、わたしは結局、ろくに園見学もせず、一番近くて行きやすいところから順番に書いて出しました。

見学を途中でやめたのは、もちろん面倒になったのが一番の理由ですが(きっぱり)、それだけではなく、同業者として、“きっとどこの保育園に行っても、この子をかわいがってもらえるだろう”という信頼感があったからです。環境も装飾も職員の感じも、一園一園それぞれに違いますが、ともかく“子どもたちを心からかわいがり、我が子のように大切に育てる”という、この仕事の根幹については、どの園のどの職員も、必ずや一緒だろう、と。

今振り返ると、無謀だったなあと思います。あの頃の絶対的な信頼感は、もう今のわたしにはありません。今年もたくさん報道された、おかしな園・酷い園についてのニュースを聞くたびに、そう思います。たまたま我が子が入った園はとても良い園だったし、のしおも、一生懸命に子どもを育てる園です。保護者の方々からご覧になれば、なんだここはと思われるところもたくさんあるだろうけれど、でもともかく、職員みんなが全力で、子どもたちをかわいがっている園です。そしてそれは、悲しいことに、決して当たり前じゃない。

わたしが我が子について園探しをすることはもうありませんが、これから入園を迎える方々には、やはり一度行ってみるよううるさく言おうと思います。いっぺん見ただけで全部がわかるわけではない、けれど、やっぱりホームページだけでは見えないものが見えるはず。理想は、誰にとっても自宅に一番近い園が、等しく良い園であること、なのですが。

Posted at 2017年11月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

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