社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
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珠子さんコーナー

(2017年11月)                 「保活」に思うこと

 さあ11月、秋も本番。「保活」がピークの季節です。就活や婚活、に比べれば、まだ局地的な言葉かもしれませんが、清瀬市も立派な(?)東京の自治体。この時期は、毎日のように見学の方がいらしています。今では当たり前のように毎日顔を合わせてお付き合いをしている在園の保護者の皆さまの中にも、この時期に見学においでになって初めてお目にかかった方、たくさんいらっしゃいますね。

 私事で恐縮ですが(このコーナー全体がそんなもんですが)、わたしも、11年前のこの季節、保活に直面していました。この仕事をしていても、初めての子を預けることの心配や不安は尽きません。我が子にとって最善の園を選択しなければ、と肩に力を入れ、チェック項目をリストアップして…なんて、ほんのわずかな期間やりかけました、が、すぐにやめました。なにしろ初めての子育ての真っ最中、育休中とはいえ産前と比べてやることは山積み。子どもを抱っこヒモに入れて園から園を渡り歩く、そんな力はわたしにはなかった。わたしの住んでいる自治体では、13番目まで希望を書かなければならず、もちろんそのすべてに行く、のみならず、全部で40園ほど見に行ったわ!なんていう素晴らしいママ友もいましたが、わたしは結局、ろくに園見学もせず、一番近くて行きやすいところから順番に書いて出しました。

見学を途中でやめたのは、もちろん面倒になったのが一番の理由ですが(きっぱり)、それだけではなく、同業者として、“きっとどこの保育園に行っても、この子をかわいがってもらえるだろう”という信頼感があったからです。環境も装飾も職員の感じも、一園一園それぞれに違いますが、ともかく“子どもたちを心からかわいがり、我が子のように大切に育てる”という、この仕事の根幹については、どの園のどの職員も、必ずや一緒だろう、と。

今振り返ると、無謀だったなあと思います。あの頃の絶対的な信頼感は、もう今のわたしにはありません。今年もたくさん報道された、おかしな園・酷い園についてのニュースを聞くたびに、そう思います。たまたま我が子が入った園はとても良い園だったし、のしおも、一生懸命に子どもを育てる園です。保護者の方々からご覧になれば、なんだここはと思われるところもたくさんあるだろうけれど、でもともかく、職員みんなが全力で、子どもたちをかわいがっている園です。そしてそれは、悲しいことに、決して当たり前じゃない。

わたしが我が子について園探しをすることはもうありませんが、これから入園を迎える方々には、やはり一度行ってみるよううるさく言おうと思います。いっぺん見ただけで全部がわかるわけではない、けれど、やっぱりホームページだけでは見えないものが見えるはず。理想は、誰にとっても自宅に一番近い園が、等しく良い園であること、なのですが。

Posted at 2017年11月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2017年10月)            人を育てるのは人。…と。

 9月2週目の金〜土曜、のしお伝統行事「ゆりのお泊り」に行って参りました。

埼玉県入間郡越生町、「朝日のあたる家」での一泊二日。多くのお子さんにとっては初めての、親元を離れてのお泊りです。頼りなくて申し訳ありませんが、実はわたしにとっても初めての「お泊り」でした。(去年までは純子さんの領域だったので、実際に参加したことはなかったものですから。)毎年6月、梅の実るころに職員有志で行く「お泊りの下見」のおかげで、どこでどんなふうに二日間を過ごすのかをよく知っていたもので、まるで自分もホンモノのお泊りに行ったことがある、かのように感じてしまっていたのですが。

 いやいや、行ってみたら!お泊りから3週間たった今も、目の前に鮮やかに浮かんできます。青い空の下、一面緑のお庭の先に川の水面がキラキラ光り、その中に解き放たれたゆりさん15人が目をキラキラさせて、体いっぱいに遊んでいる光景。越生の自然を知り尽くした「よしざわさん」(朝日のあたる家のご主人です)が、力の限り遊んでくれた午後が、まるで夢のように楽しかった記憶となって、思い出すだけで頬がゆるんでしまいます。大人だけで行く下見とはまったく別物の、「お泊り」でした。

 まったくワタクシゴトで恐縮ですが、実はここのところ何かと忙しくて、ちょっと疲れていたのでした。忙しいというのは心を亡くすと書きます、だから忙しく暮らしてはいけません、なんて昔読んだ記憶がありますが、そうは言っても大人にはいろいろあって、忙しいときは忙しい、ですよね。そして確かに忙しくしていると、心が、亡くなるとまではいかないけれど、豊かに感情を動かすのがちょっと面倒になって、自然と心を押さえつけてしまう、ときもある。わたしにとっては、そんなふうにバタバタと迎えたお泊りでした。

 それが、越生のたっぷりした自然の中で、風に吹かれながら子どもたちと川に浸かって遊んでいると。硬くなっていた自分の心がふわーっとほぐれていくのを、手に取るように、目に見えるように、実感したのでした。そしてその気持ちは、忙しい日常に帰ってきたあともずっと、心の中でいつでも取り出せる宝物になっています。

 人を育てるのは人だ。物ではなく、人だ。というのが、当園の保育理念の大前提です。が、もっと詳しく言うと、人と自然だ。と、付け加えたいと思います。保護者の皆さまはよくご承知のことと思いますが、のしおの園庭にも園内にも、“小さな自然”がたくさんあります。空や木や花や虫や…に、小さな人たちも、大人も、育まれ、慰められ、勇気づけられ、それがまた人の世界への興味や意欲へとつながっていく。というか、人も自然の一部なんだ。それを改めて実感したお泊りでした。

…伊藤さんたちは、しなければならないことがいくらでもあるので、とてもじゃないけれどそんなふうにのんびり考える余裕はなかったことでしょう。園長で良かったー、と、4月以来初めて思えたかもしれません…。

Posted at 2017年10月16日 10時20分41秒  /  コメント( 0 )

(2017年9月)            「ぐるんぱ」はグルリンパ!

 夏がおわったら、秋。のしおの秋といえば、「ぐるんぱ」。今回は、3月で退任した前園長の純子さんが、以前ぐるんぱについて書いた記事「純子さんコーナー 2012年9月号」を再掲したいと思います。

 今年も10月7日(日)に六小の校庭を借りて「のしおぐるんぱ」を行います。・・と言うと皆さんが「あ、ぐるんぱね」と分かってくださる。そして当日にはお弁当や敷物を持って10時に集まってきてくださり、なかには「今年はぜったい大ツナだー!」と綱引きの優勝チームに配られるツナ缶詰<大>ゲットにむけて腕をさすっている方もいらっしゃる。よく考えるとかなり不思議なネーミングであり、催しですね、「ぐるんぱ」って。

 今からさかのぼる17年前の秋に「ぐるんぱ」は始まりました。それまでは園庭で「うんどうかい」を行っていました。のしお保育園は開園から15年間はふつうの運動会で、今年が17回目の「ぐるんぱ」、もう「ぐるんぱ」の歴史のほうが長くなりました。

なぜ運動会をやめたのか。
話せば長くなりますが、直接のきっかけは、最後の牘親芦颯縫紂璽〞での「ビデオ撮影は禁止!」の記事でした。
初期のころはのんびりしていた観客席がビデオの普及とともにどんどん熱気を帯びていきました。拍手のかわりに撮影機のレンズがこども達を囲むような状態に、ニュース担当の保育士が「禁止!」と思わず書いたのが発端でした。
それに対して「せっかくビデオを買ったのに困る」「言い方があるでしょう、禁止はひどい」「ビデオが目に余ると思っていた」等々びっくりするほどたくさんの保護者の意見が連絡帳で寄せられました。それをすべてニュース号外としてのせて、なぜそう思ったか私達の感じていることも書きました。また、たくさんの反響→号外2号、と運動会をめぐっての意見交換は続きました。

職員も「保育園児と運動会」について勉強し、話合いました。外国には日本の運動会のようなものは無いこと、明治政府が軍隊の演習を学校に取入れたのが始まりだったことも分かりました。
のしおは運動会を<園での日頃の体育的活動を見てもらい子どもの成長を確かめ合う機会>としていました。しかし、練習でどうしてもずれてしまう日課、普段とガラリと違う当日の雰囲気。
「すみれ」や「れんげ」のこどものなかには手も足も出ない姿(運動する日ですのに)が見られました。─本当に運動会は必要なのだろうか?─17年前に私たちは運動会をやめると決めました。

そうしてできたのが<みんなで身体を動かして楽しむ1日>です。なにかいい名前はないかなーと考えていたとき、ある子が「きょうグルリンパってしたの」と鉄棒(当時ありました)で回れたことを誇らしげに話していました。グルリンパ─ぐるんぱ─みんなになじみ深い耳の大きな象さんの名前でもあります。運動会は「ぐるんぱ」になりました。

「ぐるんぱ」のよびものはゆり組のリレーと保護者の綱引き。
今年の栄缶はどなたの手にわたるでしょう?!


Posted at 2017年09月01日 15時57分08秒  /  コメント( 0 )

(2017年8月)             行事は少数精鋭で

  のしお保育園に通っている皆さんにとっては、何をいまさら、なことかもしれませんが。当園には、「行事」と呼べるイベントは数えるほどしかありません。日々の生活を、変わらない日課のもと、同じリズムで過ごすことで、人は小さなうちからきちんと自分の行動に見通しが持てることを知っているからです。

自分の先行きに見通しが持てる、というのは、人の心の安定にとってものすごく大切なこと。ある程度大人に近づいてからなら、毎日が波乱万丈、さあ今日はどんな体験が待っているだろう!みたいな生活を面白がることもできますが(性格によるけど)、子ども時代の人間にとって、毎日の生活にしょっちゅう様々なイベントがはさみこまれることは、楽しみの半面、負担も相当大きいものです。

おうちで、家族と一緒でのイベントならまた違うものですが、園の集団ごと、目新しいイベント続きの生活を送っていると、子どもは、大人に言われるままに動くことに慣れてしまいます。目新しい、ということは、見通しが持てなくて当然ですし、そのとき子どもは大人の指示に従うしかない。それがしょっちゅうなら、わざわざ自分から見通しを持とうと頑張ったりせず、ただ大人の言うように動く子どもができあがって当然なのです。

しかしのしおでは、自分の生活(ひいては人生)に主体的に挑み関わっていく子どもを育てたいと思っているわけですから、自然とイベントは、少数精鋭、という流れでここまで来ています。

 その選ばれしイベントのひとつが、先日の夏まつりでした。ホームカミングデーともなっているこの行事には、たくさんの卒園生がやってきて、ラムネを飲んでフランクフルトをかじりながら、後輩たちのかわいい八木節を眺め、同級生や昔の担任を探し出して喋ります。職員にとっても、6歳で巣立っていった子たちが立派な小学生や大学生や中年や、になって帰ってきてくれるこの行事は、とても楽しみなもの(暑いけど)。

終わったあとはしばらく、「今年は〇〇ちゃん(中年でもこの呼び方)が来てくれてたね」「あらーわたしは会えてないな」「〇〇君も来てたよ」「うん、背が伸びてたねー、でも顔は全然かわってなかったね」「つぼみで食事前に泣いてたときのまんまでね!」…なんて会話が飛び交い、まさしく祭りの後、です。

 一つひとつの行事を、子どもも大人も首を長くして楽しみに待って、終わった後はその話に花を咲かせて、ゆりさんになったらエイサー踊るんだ!と憧れて、そしてまた来年の夏まつりを楽しみに思う。

…この、イベントやレジャーや刺激にあふれた21世紀の東京で、こんなに地味〜な保育園は生き残っていけるのかしら…と思いつつ、やっぱり行事は少数精鋭でいきたいな、と思っております。

Posted at 2017年08月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2017年7月)             東京都のお墨付き

 先日、のしお保育園は「東京都実地検査」を受けました。
都内の私立認可保育園にとって、最大の外部監査です。昔は2年に1回受けていたものですが、東京都の中に「認可」だけでなく、「認証保育園」や「認定こども園」や、事業所内や小規模園や…いろいろな形態の保育園がどんどん増えた結果、ひとつの園にまわってくる間隔は、3年にいっぺんになり、4年にいっぺんになり…今回は実に、6年ぶりの検査でした。私事ですが、前回は息子を生んだばかりで、生んでみたらすこし病気があって手術をしなければならず、検査日は付き添い入院中で欠席。ということで、わたしにとってはその前の回以来、実に11年ぶりの検査となりました。

 認可保育園には、備えていなければならない膨大な書類があります。日々の保育をきちんと行っている証明として、それらが必須なのです。そして、日々の保育をきちんと行っていることには自信がある当園ですが、書類の整備については、……………なのです。

 検査に行きますという通知は、都の規定で3週間前と決まっています。今月初めに通知が届き、それからはもう、みんなで書類の作成、じゃなくて、確認にあたりました。

 当日は、都の検査官が5人、清瀬市からも2人の立ち合いがあり、他に園の会計士だの労務士だの法人事務長だの、狭いはらっぱは大騒ぎ。わたしたちは緊張でガチガチ…かというと、意外にそうでもなく、言いたいことを言って聞きたいことを聞いて、おばさんになるってすごいなあ、と我ながらしみじみ思いました。

 そして現在、まだ正式な結果通知が届いていないので大きな声では言えないのですが。いくつかの指摘は頂いたものの、総じて、ちゃんとやってるね、という評価を頂いた、ように思います。清瀬市役所から立ち会いにいらした方からは、聞きしに勝る素晴らしい保育ですね、と褒められました。いえいえ…と首を振りつつ、やっぱり嬉しかったです。

 というわけで、のしおは、東京都のお墨付きできちんと運営致しております。今なら書類もばっちりです!

Posted at 2017年07月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2017年6月)            「友だち」より「家族」に近い人たち

 わたしは「ひとりっこ」です。今ほどデリケートな配慮のない30数年前、小学生の頃は「さびしいでしょう」なんて挨拶のように言われました。が、実のところわたしはぜーんぜん寂しいなんて思っていませんでした。相手がどうしても「さびしい」と言わせたい空気を感じたときは、しおらしく言ってみたこともありましたが(子どもってちっとも天使なんかじゃないですよね)、内心フフンと思っていました。だって大人の中に自分だけ子どもなんて、いつも特別な存在で、他の子と親を取り合うよりよっぽどいいじゃないの!…と。

 それが中年になってみて、きょうだいっていいなあ、としきりに思います。ひとりっこにとって、子どもだったときの記憶――飼っていた犬や、よく通っていたお店や――の話ができるのは親だけなのに、それが同世代にいるなんて、いいなあ、と。

 でもそれはわたしが、小学校入学と同時に葛飾から秋津に引っ越しをして、6歳まで暮らした地域を離れてしまったからなんだと、最近ようやく気がつきました。生後1か月(!)で入った保育園とも、1歳で転園してからずっと通った保育園とも、そこでの友だちとも、疎遠になってしまった。

 保護者の方の勤務時間によって保育時間はそれぞれですが、朝から夕方(夜)まで、子どもが起きている時間の大半を過ごすのが保育園。親よりもきょうだいよりも、クラスの友だちと担任と、過ごす時間の方が長いんですよね。人生で初めて出会うたくさんの物事が保育園の中にあり、それを一緒に体験しつづける仲間たちは、もうすこし大きくなってから出会う友人とはだいぶ違う存在です。友だちより、家族に近い人たち。

 その人たちとは、6歳の春ですこし距離が遠くなります。小学校が違ったり、クラスが違ったり、クラスまで同じでも他の子たちと親密になったり。けれど保育園時代を一緒に育った友だちとの関係は、いつまでも友だちより家族に近い、ように思います。

 今年の1月号のえがおに掲載された、純子さんコーナーをご記憶の方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。タイトルは、「おーい、ゆうだいくん!」。24年前の卒園生について書かれた文章の中で、そのクラス(「忍者組」)の仲の良さにも触れていました。
実はこの4月から事務として勤務しているSさんは、このクラスの一員でした。今でもしょっちゅう集まっているという忍者組の話を聞くと、わたしは羨ましくてたまりません。どんなにお金を積んでも(積めないけど)、幼なじみは買えないですね。今毎日保育園に通ってきている子どもたちが、おじさんおばさんになっても、たいした話をするわけじゃなくても顔を見るだけでホッとするような、家族に近い存在であり続けてくれたら素敵だなあ、と思います。親同士のつながりも、ぜひ。


Posted at 2017年06月01日 09時49分25秒  /  コメント( 0 )

(2017年5月)           「豚とニラのかき揚げはR君のリクエスト」

 保育園には、いくつもの会議がありますが、その中でも非常に重要な会議のひとつが「キッチン会議」。いきなり自慢になりますが、今までに何度も本や雑誌に取り上げられたほど、のしおの食事には定評があります。その食事作りや献立について検討するのですから、超重要。…なのですが、はらっぱでおやつを食べながらの会議ですので、その場にたまたまいる職員も自然に話に加わったりするのも、のしおの会議のいいところ。

 先日のキッチン会議で、5月の献立についてああだこうだと話しながら、<豚とニラのかき揚げ>というおかずの名前が出たときのこと。偶然そこを通りかかったIさんが、「R君のリクエストだ」とつぶやきました。

 リクエスト、というのは、ゆり組の子どもたちが、3月の献立で自分の食べたいメニューを挙げることです。一人ひとつ、給食でもおやつでも、毎日毎日食べてきた膨大な献立の中から、自分にとって究極の一品を選ぶのです。3月になるとみんなが「これは〇〇君のリクエストだ」「今日は〇〇ちゃんのだ」と、祝福のように喜び合い、楽しみにします。

 Iさんは、今年度はフリー保育士として勤務していますが、3月まではゆり組の担任でした。
「だめなんですよね、お昼に何が出ても思い出しちゃって。納豆のひと口揚げが出れば“Sちゃんのリクエストだ、元気にしてるかな”。おやつにかいじゅうドーナツが出れば“I君のリクエストだ、元気にしてるかな”って考えちゃって。最後に会ってからまだ何日も経ってないんですけどね。」と。

 担任していた子どもたち一人ひとりの選んだメニューは、忘れたくても忘れられない。(もちろん忘れたくないようですが。)遠くへ行った大事な人を偲ぶように、すぐそこの六小や四小やへ通っている、けれど毎日は会えなくなった子どもたちのことを、毎日毎日思っている。うまく学校生活に馴染めていないなどと風の便りで聞こえてくれば、心配で、でももう直接何かしてあげられることはそうないから、ただただ思っている。

 悲しい保育園のニュースが、しょっちゅうメディアに流れます。虐待や、変態や、違法な経営や。細かい報道を聞くにつけ、ありえない、ありえない、と皆で話しますが、でも、現実に、そういう園がある。給食を食べながら、そのメニューを好きな子のエピソードを話し出すと止まらない、そういう保育士がいるこの園と、その園に通う子どもたちには、何一つ違いはないはずなのに。

 世界中のどの子にも、特別に好きなおかずがあって、そのことを知っている大人が、親じゃなくても何人かいて、そのおかずを食べるときにはちょっとその子のことを考える。そんなふうなら、その子どもは幸せな大人になって、世界は今より良いものになる。と、思うのです。

※「はらっぱ」は、事務室の名前です、念のため。

Posted at 2017年05月01日 10時06分57秒  /  コメント( 0 )

(2017年4月)                 よろしくおねがいいたします

 小学生のころ、何度も何度も思い返していた光景があります。母親に思い切り高く抱え上げられ、2人で大笑いしている場面です。面白くて、ではなく、ただ幸せで、笑いがこぼれる、というような大笑い。5歳半くらいの記憶です。

もっと古い思い出はいくつもあるけれど、これが特別だったのは、おそらく記憶の再生回数によるものです。母の笑顔と、その後ろの青空と、抱えられている自分の重量感と。

小学生になり、悔しかったり悲しかったりしたときに、あの場面をそっと取り出して牛のように反芻することで、「わたしはあんなにも大事にされていた、ってことは、今もされてる、ってことは、わたしは大事なもんなんだ(ってことは、あの子にイヤなこと言われたくらい屁でもない!)」と確認していました。これは何度でも使えました。それくらい、記憶の中の母は鮮やかだったのです。

 場面の背景は、古い長屋建ての都営住宅が建て替わるところでした。その真ん中の一棟の1階をのゆり会が買い取って、春になって、1981年4月、のしお保育園が開園しました。わたしは小学1年生になりました。

 自分の親が、胸をワクワクさせながら、ひとつの仕事を始めようとしている。その仕事はとても素敵な仕事だ。そしてその父母から、わたしは宝のように愛されている。その自信が、わたしをつくったのは確かです。そのうちこの記憶も、思春期に向かって少しずつ効力を失っていき、やがて取り出しもしなくなっていって、でも、だからといって無効にはならない。いつも奥の奥にある。それが幼少期のスゴいところです。(父親の皆さまには申し上げにくいのですが、すぐ隣にいたはずの父は、記憶の光景の中にはいないのですよねぇ…。)

 園長になることが決まってから、わたしは「純子さんコーナー」の次の企画を考え始めました。やっぱり写真が一番喜ばれるかな、とか。あの名物コーナーを継承するのは、荷が重すぎて。でもそんなことを主任のJさんに愚痴ると、「いいんじゃないですか、新米園長のドタバタ日記ってことで」と明るく言われました。(もうちょっと優しい言い方だったかな?)
きっとずーっとドタバタですが、とりあえず細々と書いてみようかと思います。ある号で突然ここが写真コーナーになっていたら、事情はお察しください。


※以下、ホームページ用に追記です。

ご存じない方がここをご覧くださっているかもしれないので、念のため補足させて頂きます。
3月末をもって、原純子は園長を退任いたしました。(非常勤の相談役として法人職員に残ってくれておりますが。)
4月から、これまで副園長を務めておりました白石珠子が園長の職につきました。新米園長ですが、頑張ってまいります、どうぞよろしくお願いいたします。

さらにご存じない方(そんな方がここをお読みくださっているとは思えませんが…)のためにさらに補足させて頂きますと、珠子は純子さんの娘です。

Posted at 2017年04月10日 16時34分03秒  /  コメント( 0 )