社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
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(2019年5月)           「これが最後」

  こんな仕事をしていると、自分の子育ては朝飯前、と思われたり、自分でもそうありたいと思ったり、します。しかし実際は、以前からこのコーナーをお読みくださっている皆様にはご承知の通り、ひっどいもんです。怒っても仕方ない、むしろ逆効果、もしくは全然聞いてない、のがわかっていても、止められず、自己嫌悪…反省…でもまた怒っちゃう…の無限ループ。

 「最後のとき(The last time)」という詩をご存じでしょうか。数年前からSNSの世界では広く話題になっていたとのことなので、もうとっくに読んだ、という方も多いのかもしれません。そういうのに疎いわたしは、ママ友に教わって初めて読み、そうだよなあ、と心から思ったので(そして著作権はないらしいので)載せさせて頂きます。子育てに疲れて心がぐったりしたとき、ちょっと読んで頂けますでしょうか。

「最後のとき(The Last Time)」

赤ちゃんをその腕に抱いた瞬間から あなたはこれまでとは全く違う人生を生きる
以前の自分に戻りたいと思うかもしれない 自由と時間があって 心配することなど何もなかったあの頃の自分に  今まで経験したことがないほどの徒労感 毎日毎日まったく同じ日々
ミルクを与えて背中をさすってやり おむつを替えては泣かれて ぐずられて嫌がられて 昼寝をしすぎてもしなくても心配で 終わることのない永遠の繰り返しに思えるかもしれない

だけど忘れないで……
すべてのことには、「最後のとき」があるということを
ご飯を食べさせてやるのはこれが最後、というときがやってくる
長い一日のあと子どもがあなたの膝で寝てしまう だけど眠っている子どもを抱くのはこれが最後
子どもを抱っこ紐で抱えて出かける だけど抱っこ紐を使うのはこれが最後
夜はお風呂で髪を洗ってやる だけど明日からはもう一人でできると言われる
道を渡るときには手を握ってくる だけど手をつなぐのはこれが最後
夜中こっそり寝室にやってきてベッドにもぐりこんでくる だけどそんなふうに起こされるのはこれが最後
昼下がりに歌いながら手遊びをする だけどその歌を歌ってやるのはこれが最後
学校まで送っていけば行ってきますのキスをしてくる だけど次の日からは一人でだいじょうぶと言われる
寝る前に本を読み聞かせて 汚れた顔をふいてやるのもこれが最後
子どもが両手を広げて あなたの胸に飛び込んでくるのもこれが最後

だけど「これが最後」ということはあなたには分からない
それがもう二度と起こらないのだと気付くころには すでに時は流れてしまっている
だから今、あなたの人生のこの瞬間にも たくさんの「最後」があることを忘れないで
もう二度とないのだと気付いてはじめて あと一日でいいから、あと一度きりでいいから、と切望するような  大切な「最後のとき」があることを


Posted at 2019年05月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年4月)        明日も行きたくて仕方ないところ

  4月です。ご入園・ご進級おめでとうございます。

 突然ですが、この仕事をしていると、保育園と幼稚園の違いって何ですか?なんて、たまに聞かれます。
 真面目にお答えすると、管轄が文部科学省か厚生労働省かから始まり、制度・設備・職員の資格など、様々な差異がある、わけですが。春にこの質問を受けたら、声を大にしてお答えしたいのは「春休みがあるかないか!」。

 卒園式が終わったら春休みになり、そこから新年度準備をすることのできる幼稚園と比べ、保育園の春といったら、それはもう大騒ぎ。卒園と入園の準備が同時進行でばく進していくのです。
当園の今年のカレンダーですと、3月最終週の火曜日に卒園を祝って、4日後の土曜には入園を祝う、という流れ。もちろん日々の保育は止まらないわけで、年度末、今担任している子どもたちを集大成の姿へ導きつつ、4月から担任する子たちの担当決めをしたり日課を考えたり。それを支えるフリー保育士たちは更に複雑に、卒園・入園に伴う製作物などをバリバリ作り続けます。
3月の保育園職員は、優雅に泳ぎつつ水面下で脚をバッタバッタさせている白鳥のようです。(水面上でもバタバタが見えちゃっていたら申し訳ありません。)

 そんな3月を終えて、さあ、4月。毎年この時期の園内は、それはそれは賑やかです。泣いている人、怒っている人、ママを呼び続けている人。
 今どんなに泣いて怒って騒いでいても、すこし経てばケロッとして遊んでいることがわかっているわたしたち職員は、泣き声を「賑やか」と表現してしまいます、けれど。初めて我が子を預けるお父さんお母さんが聞くと、胸がつぶれるような辛い声に感じられるかもしれません。保育室で「ママー!」と泣いている我が子の声に後ろ髪引かれ、部屋の前でママも泣いている…ということも。

 でもだいじょうぶ。お子さんは必ず、ここが安心できる場所であり、担任はママ・パパの次に信頼できる人であることを、まもなく理解してくれるはずです。今はこの世の終わりのように泣いているかもしれませんが、しばらくしたら嘘のように収まります。ちょっと早くお迎えにいらしたら「もっと遊びたかったー!」などと言ったりするかも。

 のしお保育園の保育目標は、ずばり、「明日も行きたくて仕方ない保育園であるように」。もうすこし難しくてかっこいい言葉を使った「保育理念」などに憧れますが、でもともかくわたしたちが目指すのは、子どもたちが大好きで、明日も早く行きたい、早く友だちや担任に会って一緒に遊びたい、と思ってくれる保育園。その為に、職員一同、今年も体力気力を振り絞って頑張って参ります。改めまして、どうぞよろしくお願い致します。


Posted at 2019年04月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年3月)            虐待と、表彰状と

  春がすぐそこ、ですね。

 空気のぬるみに気持ちもゆるみ、思わず薄着にしてみたものの、家を一歩出たらまだまだ冬の朝。寒いとわかっているのに、やっぱりもう重いコートを着る気になれず、今朝も首を縮めながら歩いてきました。園までの道ですれ違う大人たちが、秋津駅へ向かって急ぎ足で歩きながらも、みんな道端の紅梅や白梅にちらっと目を向けていました。

 道を歩きながら、とか、髪を洗いながら、とか、歯を磨きながら、とか。ふとした拍子に、ずっと考えていることがあります。今、彼女は何を思っているんだろう、ということ。
死ぬほどの後悔、かな。どうしてこうなったんだろう、かな。1歳の娘はどうしているだろう、かな。…知り合いでもなんでもない、たぶん一生会うこともない女の人の気持ちを、自分のドタバタした生活の中の、うんと深いところで、考え続けています。

 千葉県野田市の心愛ちゃんの、パパに続いて、ママも逮捕されました。
夫の虐待行為を止めなかった、ママ。夫の不在時も夫の言うがままに食事を与えず、アザを見られるからと外に出さなかった、ママ。「止められなかった」「娘がやられている間は、自分がやられないで済んだ」と話しているという、ママ。

 20歳そこそこで心愛ちゃんを産んで、10年間。かわいいときも楽しかったことも、笑った顔も泣いてる顔も、数えきれない記憶があるでしょう。夫婦はしょせん他人、今は家族でも紙切れ一枚でいつでも他人。でも、子どもは。心に愛と名付けた、我が子は。我が子は!

 「ダンナなんて、どうでもいいじゃない。一人で育てるのが不安でも、お金に困っても、それでも、娘を虐待する奴と暮らすよりマシに決まってるじゃない。大丈夫、なんとかなるから、まず娘たち連れて逃げなさいよ。」
そんなことを言う人は、あなたのそばにいなかったのかな。逃げ方を知らなかったのかな。自分と娘には生きる価値があると、信じられなかったかな。自分も虐待されて育ったから。世界はこんなものだ、と。

 こんなことを書き続けていても、何にもならないなあ、と思っています。自分は虐待を憎む良識的な人間だというアピールがしたいわけじゃない、でもそうとしかなってない。だったら行動したい。でもどこで何をどうすれば良いかわからない。わたしみたいな大人が、今この国には腐るほどいるのでしょう。でも、気にしないよりマシ、と、思うしか。そこらを歩いてる小学生の顔がおかしかったら、声を掛ける。スーパーでぎゃんぎゃん怒ってるママがいたら、声を掛ける。おばちゃんであることの強みをここで使わなくていつ使う、と思います。


 さあ、やってきてしまいました。ゆり組16人の、その保護者の皆様の、卒園のときが。のしお最長記録、17年間、一度も途切れることなく通い続けられたOさんも、ついに今年で「卒園」。2年前に引退した前園長の純子さんが、「Oさんが卒園のときは、お父さんお母さんにも表彰状ね!」と言っていました。Oさんだけでなく、皆様に表彰状をお贈りしたいです。雨の日も雪の日も灼熱の日も、寝起きが悪い日も休みたいと騒ぐ日も…毎日毎日、朝に夕に、送り迎えお疲れ様でした。毎日お会いできなくなるのが寂しいです。お子さんと一緒でも、そのうちお子さんが保育園なんかコドモのところだから行かないと言うようになったらパパママだけでも、いつでも、遊びにいらしてください。お待ちしています。

Posted at 2019年03月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年2月)             何ができただろう

  12月の夕方、秋津駅のホームに、親子が立っていました。

 3歳くらいの男の子、すこし上の女の子、細くて若いお母さん。泣き叫んでいる男の子より、うなだれているお姉ちゃんより、目立っていたのはママでした。何の表情もなく、何も見えていないような、何も聞こえていないような、蝋人形のような。周囲の人たちに振り向かれながら、何も無い一点を見つめて、微動だにせずに立っていました。

 その日わたしは急いでいました。早く帰って、息子と文房具屋さんに行く約束をしていたから。学童帰りのランドセルのまま、駅の改札で待っているはずだから。

どうせ一緒の電車に乗るよねと、横を通り過ぎ、すぐ来た電車に乗りました。でも振り向くと、親子はそこに立ち尽くしたまま。発車時刻が来て、ドアが閉まりました。わたしは動きませんでした。だって息子が待っているから。

 途中の駅で乗り換えながら、秋津駅に電話をしました。まだあの親子はいますかと尋ねると、すでに他の方からも連絡が入っていたようで、もういませんよとあっさり言われて終わりました。ものすごくホッとしました。もう、戻ったってできることはない。わたしは息子と文房具屋さんに行きました。

 ひと月以上経って、すでに記憶はあやふやです。姉と弟だったか姉妹だったか、泣いていたのは上の子か下の子か、実はもう定かではありません。ただあのママの、すべての感情を手放した真っ黒な目と、その母を求める子どもの叫ぶような泣き声だけが残っています。そしてそこから何もせずに立ち去った自分のことも。


 今度は千葉県野田市で、また、起きてしまいました。4年生の心愛(みあ)ちゃんは、ちゃんと周囲の人に父親が怖いと訴えて、一時は保護もされて、でも親元に戻り、学校には友だちもいてクラス委員も務めて、何の問題もなさそうだったと。でも友だちは、心愛ちゃんの服で見えない場所のいくつものアザに気付いていたと。そして1月のある日、朝10時から夜中まで、母も妹もいる家の中で父から虐待され続けて、消防隊が到着したときには、お風呂場で硬く冷たくなっていたのだと。

 胸のつぶれるような報道を聞いた人たちは、またいつものように怒っています。親は当然死刑にすべき、裁判もしなくていい、と書いていた人もいました。児童相談所も、虐待を把握していながら家庭訪問ひとつしてないなんて殺人幇助に等しい、とも。

 でも。親と児相職員を糾弾して、それで終わり?膨大な通報に1件1件対応し続けるしかない児相の人たちの疲弊に対して、それが仕事だ、もっとやれ、ダメなら人数増やせと言って終わり?児相だけでなく、心愛ちゃんが登校していないことを問題に思わなかった学校や、怒鳴り声と泣き声を聞きながら通報しなかった近所の人や、みんなみんな最低だと切って捨てて、自分は関係ないと?遠くの高みに立って、関係者だけを糾弾する、そんな無責任な大人ではありたくない、と、思う。

 …ではわたしはあの夕方に戻れたら、あの親子に何ができるだろうかと、考えているのです。飴でも渡したら何か起こっただろうか。あの母に届く声掛けって、何だったろうか。余計な一言が、母をさらに追い詰めるんじゃないだろうか。そして、わたしは親子に関わっている間もずっと、改札でわくわくしてわたしのことを待っているはずの、息子のことが気になって仕方ないのじゃないか。…結局のところ、自分が一番だいじなんじゃないか。

結愛ちゃんや心愛ちゃんをもう二度と生み出してはいけない、そんな社会であってはならない。そう思いつつ、あまりに遠いところで、わたしはまだ途方に暮れています。

Posted at 2019年02月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年1月)           食べるって楽しい

  明けましておめでとうございます。

 もちろんこれを書いているのは12月の終わり、今朝がたクリスマス飾りを片付け終わったばかりですが。
そして今日は、今年3回目の「焼き芋デー」でした。皆様、のしお保育園の誇る「キッチン通信」、お読み頂いてますでしょうか。面白いですよね。どこまで続くかハラハラしたさつま芋特集、結局12・1月合併号までの長期連載に。Fさんからあふれ出る焼き芋愛のおかげで、のしおの子どもも大人もお芋に詳しくなりました。

 昔は秋になれば当たり前のように園庭で焼き芋をして、みんなでホクホク食べたものですが、残念ながらご近所への配慮もあり、焚火は難しい今日この頃。でも今年はキッチンが頑張って、先日のお芋ほりでみんなが掘ってきた「べにはるか」を、スチームコンベクションを使って何度も焼き芋にしてくれました。ひと遊びして小腹のすいた10時半ごろ、ホクホク、ではなく、ネットリ濃厚で甘―いお芋を、テラスで頬ばる幸せといったら!今日はすみれ組とれんげ組が中央公園へ散歩に行く日だったので、早めに焼き上げられた大量の芋を保温バッグに詰めて、Kさんがリュックで背負って行きました。落ち葉の公園で焼き芋、ぐりとぐらが出てきそうですよね。

 のしおでは、つぼみ組から、子どもと大人は同じ食卓で同じ食事をとっています。食事のとき、担任の一番の役割は、子どものお世話をあれこれ焼くことより「おいしく美しく食べる見本となること」。みんなで一緒に食事をする楽しさ、ありがたく食べ物を頂く姿勢とマナーを、大人が食事する姿で伝えるのが、保育園での何よりの「食育」です。子どもたちがスプーンを使っている年齢では大人もスプーンを使って、おいしいね、と食べます(魚だってスプーンで!)。子どもたちは大好きな大人をよく見て、真似をする力を持っているので、「スプーンは上から握るんじゃなくて、下からこうやって持つのよ」などとクドクド言わなくても、自然に美しい下持ちになっていきます。(大好きじゃない大人ではこうはならないので、保育士はまず全力で、子どもから大好きになってもらえるよう頑張るのです。)

 保育園での食事とおやつが、おうちでのごはんと同じくらい、子どもたちの体と心を豊かに育てるものであってほしい。そうあらなければならない。そう思うから、担任たちの食事は真剣勝負です。子どもと離れて給食をとる職員の食事時間は休憩に含まれますが、子どもたちと一緒に食べる担任たちの食事は、労働時間に算定されています。一人ひとりに目を配り、おかしな食べ方をしている子に注意するより素敵に食べている子を褒めることでみんなの意識を自然に高め、その日の食材や料理について楽しく話して知識を伝え、そして自分の食事を優雅に美しく、美味しそうに食べ切る。いやー、大変。みんな食べても食べても太らないわけです。

 食べるって楽しい。みんなで食べるともっと楽しい。のしおの子どもたちが一生そう思って食事をとる人でありますように。今年もみんなでたくさん食べましょう!

Posted at 2019年01月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年12月)                男子って…(続)

  昔々、小学生の頃、スヌーピーのマンガにハマりました。

「ピーナッツブックス」というペーパーバックのシリーズ、おわかりになる保護者の方はきっと同世代ですね。その中で、今でもよく思い出すシーン。スヌーピーが自分の小屋の屋根に寝転がって、空を眺めているところです。「ヤレヤレ!ぼくの人生はあまりに早く過ぎていく。誰かが”早送り”のボタンを押したんじゃないかと思うね」。そのときにはなんとも思わなかったのに、その後の人生の中で度々思い返す一言に。ホント、誰かボタン押してない!?って言いたくなる、師走です。

 数か月前に、息子についてここで嘆かせて頂きました。恐縮ですが、また愚痴ってもよろしいでしょうか。

5月に入団した野球チーム、ヨロヨロしながら続けております。先週、卒団する6年生たちにメッセージを書くよう、きれいなカードを渡されてきました。〆切当日までそのまま放置していた息子に、朝、今書け!と脅すと、1枚目に「ちゅうがく いっても がんばってね」と書きました。1年生ならまだしも、2年でこれは…せめて、「中学校 行っても」くらいの習った漢字は書け、と言うと、「校」は習っていないとのこと。じゃあ「中学こう 行っても」は書けるよね、と隣に書いてやりながら言うと、2枚目に書いたのは「行つも 行っしょに やってくれてありがとう」。「い」が全部「行」になってしまった…。最後は、「何書いていいかわかんない!」と、クーッと泣いていました。ただのメッセージカードだよ…これからの人生、もっと大変なことが死ぬほどあるよ…しかも教科書見たら、「校」は1年生で習ってたよ…。

 先週末は、他校チームとの練習試合。のんびり朝食を食べさせていたら、ママ友から電話が。もうみんな集合してるよ!と言われ、親子であわてふためきました。そういえば、いつもより30分早くなるとメールが来ていたような…とわたしが後悔している横で、「ママごめん!ちゃんと言ってなくてごめん!」と、ユニフォームを逆さに着ながら言う息子。これが娘なら(そしてわたしでも)、「ママだって連絡来てるはずじゃん!」と逆ギレしてるかも。素直に謝れるって、すごいなあ…と、思うしかない。そもそも娘は、集合時間がわからなくなったりしないわけですが。

昨日は帰宅時間がすこし遅くなり、いつにも増してバッタバタの夜。一人で風呂に入っていた息子から大声で呼ばれ、無視しても呼び続けるので、何かあったかと風呂場に走っていくと、目を輝かせて自分の腕を突き出しながら、「オレが発見したんだけど!日焼けした手って、焼いたウインナーに似てるよ、ほら!」と…。

 もうダメだ…と目の前が暗くなったとき、小林麻央さんのブログを読み返します。月並みですが、子どもも自分も元気で、一緒に暮らしていられることが、奇跡のように幸せなことなんだと、思い出します。生きていてくれてありがとう、というところまでいかないと、わたしには「ホントだ、ウインナーそっくりだ!」とは言えないのです…。


Posted at 2018年12月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年11月)         ヤスダさんのクッキー

  大人の一年はあっという間。すでにもうずいぶん前のことのように感じられますが、先日はぐるんぱへのご参加、大変ありがとうございました。
まさかの32℃。あんなに暑かった夏がうそのように、秋らしい穏やかな日が続いている中で、あの10月7日だけ、うそのように、32℃。今年は、9月のゆり組お泊りも
10月の遠足も、ギリギリで雨を免れて奇跡的に決行できているのですが、たぶんその運を貯めたのが、あのぐるんぱの猛暑だったものと思われます。だいじな行事を園全体で、保護者の皆さまも巻き込んで、フォロー。素晴らしい。と、思わないとやってられないくらい、暑かったですね。皆さま、お疲れ様でした。

 あのぐるんぱで、参加賞として子どもたちに渡しているのは、「ぐるんぱクッキー」。(欠席だった方にも後日お渡しするので、参加賞じゃなくて「のしお保育園にいる賞」ですね。)もう長いこと、「工房わかば」さんにお願いして作って頂いているものです。

 「工房わかば」は、野塩4丁目、COCOSの裏手の線路沿いにある作業所(正確には「生活介護事業所」)です。同じ地域で福祉の仕事に携わる仲間であり、代表者はのしおの卒園生の保護者の方だったりするもので、何かと仲良くおつきあいしてきました。

工房という名の通り、素敵なものをたくさん作っているわかばさんの、主力のひとつがパン部隊です。毎日工夫をこらして焼き上げられているパンや焼き菓子は、お店顔負けのクオリティで(なのにビックリするほど安い)、いろいろな施設で出張販売されています。ここのクッキーをぐるんぱのお土産にすることにして、もうずいぶん経ちます。

今年もぐるんぱの前々日、金曜の夕方に、クッキーを受け取りに伺いました。工房の一番奥で、焼きあがったばかりのクッキーが、かわいいパッケージに入って段ボールに詰められています。パン作りの中心になっているヤスダさんが、その中からアレルギー対応のクッキーを取り出して、渡してくれました。他の袋よりずっしりしています。

「バターとか牛乳とか、おいしくなる成分をわざわざ取り除いているわけだから、どうしても普通のよりおいしくするっていうのは、難しいんだよね。でも、アレルギーのある子はどうしたって、いつも警戒しながら食べ物に向き合ってるわけだし、これはアレルギーの子がいくら食べたって大丈夫にしてあるんだから、思い切り食べてもらいたくてね、他のよりたくさん詰めちゃったんだよ。」

福祉の仕事をしていると、素敵な方にたくさん出会います。地域に根差してこつこつ働く彼らは、その地域の宝物だと思います。ヤスダさんは、パン作りの名人で、愛妻家で、バードウオッチングの先生で、神戸に住むお孫さんの写真をデレデレで見せてくれるおじいちゃんで、清瀬の宝物です。

試行錯誤の制作過程でできたどっさりのアレルギー対応クッキーも、おまけに頂きました。毎年同じ製法でも良さそうなものだけれど、ヤスダさんは進化し続けるのです。来年のぐるんぱクッキーもお楽しみに!


Posted at 2018年11月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年10月)            世紀を超えて

   「ママはいいなあ、わたしは21世紀に閉じ込められてる」

 わたしが小さかった頃の話をしていたとき、小5の娘がふと言った言葉です。確かに1970年代生まれのわたしは、立派に(?)2つの世紀にまたがって人生を送っています。保護者の皆さまも、まあたいがい、そうですよね。それは実はたいしたことなんだと、そのとき思いました。2006年生まれの娘にとって、世紀を超えて生きているというのは、それだけでちょっとした偉人のようです。

「長生きして95歳を越えなさいよ、そしたらドラえもんの22世紀よ!」
と、娘に言いながら、あらー、わたしはこの子が死ぬとき、そばにいないんだなあ、と思いました。当たり前。でもそのとき生まれて初めて、長ーく生きたい、と、思いました。わたし自身が死にたくない、というわけではなく、ただ、我が子が死ぬときそばにいてやりたい、と。だってこの子は死ぬのが初めてなんだから、怖い思いするだろう、と。今自分で書きながら、それこそ怖い、と思いますが、でも真剣に。

子どもはいずれ大人になり、巣立っていく。そうなってもらわなきゃ困る、のですが、でもわたしの心の一部は、ずっと子どもたちにまとわりつく気がします。子離れできない親になるつもりはないけれど、でも、元気でいるか、ちゃんと食べているか、周りにいじわるな人はいないか、…彼らが大人になって、結婚したければして、白髪になって、それでも。わたしは、子どもたちが元気でいるか、バカみたいにずっとずっと気に掛けて、生きていくのだと思います。

 そして彼らが、死ぬとき。家族や友だちに囲まれて、幸せに死んでいってくれれば良いな。一人で死んでも良いけれど、あー楽しい人生だった、この世界に生まれてきて良かった、って、思って死んでくれれば良いな。そしてそのときできることならわたしも、カラダは無いけどそばにいて、大丈夫だよ怖くないよ、あんなに小さかったのに大きくなったね、ここまでよく頑張って生きてきたね、って言いたいなあ、と。自分がどう死ぬかなんて、まだろくに考えてもいませんが、子どもたちについては、そう思いを馳せる。親って恐ろしい生き物だなあ、と思います。

 そして、のしお保育園にいる子どもたちには、保護者の皆さま以外にも、そういう生き物が付いています。担任たちと、その人の担当の子について喋るとき、そう思います。彼女たちは皆さんのお子さんを、全身で受け止め、それぞれの個性と取っ組み合い、持てる力を振り絞って、かわいがっています。毎日疲れ果てる仕事ですが、心底かわいいから、頑張っています。彼女たちが担当児の人生に寄り添えるのは長くて6歳まで、ですが、子どもたちのその先の人生もずっと、気に掛け続けます。保育士というのは、そういう人たちです。

 今のしおにいる子たちは、現状の平均年齢で言えば、世紀を超えて生きていきます。担任たちは、世紀を超えて、子どもたちの人生を応援し続けるでしょう。

Posted at 2018年10月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年9月)          カープと災害と

  広島出身の父の英才教育により、わたしは物心ついたときから広島カープファンでした。周りは当然のように巨人か西武のファンで、もちろん阪神とかヤクルトとかもいましたが、カープというのは見渡す限りどこにもいませんでした。家の中にしか分かり合える同士はいない上に、ともかく弱い。テレビにBSもCSも無い時代、カープの試合が中継されるのは巨人戦だけでしたが、巨人相手に勝つなんて期待すると辛いから最初から考えない。途中まで勝っていても、どうせ負けるんだと思いながら観ていて、そして本当に逆転されて終わる、という。近年の強いカープ、夢のようです。

 親の家で暮らすのは18歳まで、と言われて育ったわたしは、大学進学にあたって当然のように地方を考えました。本当は東京の中に行ってみたい学校もあったけれど、せっかく一人暮らしをするなら、ここはやっぱり地方だ。そして、広島に行けば、みんなが当たり前のようにカープファンだと聞くじゃないか!
そのときすでに父の実家は無かったので、広島に近しい親戚がいるわけでもなく、一度連れて行ってもらったことがあるだけでしたが、わたしの志望校は広島になりました。

 そして結局6年間、わたしは東広島市西条町という、山の中の小さな町で暮らしました。カープの本拠地「市民球場」には山を越えて1時間の距離、そう身近なものではありませんでしたが、それより何より、日本中から来ていた友人たちと泣いたり笑ったりして暮らした濃密な6年は、人生の宝物になりました。

 この夏、その町が、たくさん報道されました。テレビには、懐かしい山影や、何度も通った道が、変わり果てた光景で映っていました。7月の西日本豪雨で、東広島市からも、たくさんの死者が出たと。
確かに今思えば、危険な山肌や低い土地の田んぼなど、たくさん思い出されます。でもそこに、先祖代々住んできて、恵みの川の水で死ぬなんて、思わなかったことでしょう。遠い昔の災害の記録は残っていても、自分の生きている間に、それがまた起こり、自分や大切な人の命が奪われるようなことになるかも…と日々思いながら生活を送るというのは、とても困難なことです。

 こういう悲惨な自然災害が起こる度に、次はここかも、と切実に思います。大地震もそうですし、水害も。清瀬市の洪水ハザードマップによると、のしお保育園がある位置は、浸水した場合の予想水深度2mという、市内で最も危険な地域とされています。指定緊急避難先は、清瀬市立第二中学校。氾濫しているだろう野塩橋を渡って二中まで行くのは、現実的ではありません。5年前に購入した備蓄倉庫に、備蓄品をたっぷり貯めているけれど、その倉庫が浸水したらどうするか。その前に備蓄品を持って、なんとか垂直避難ができるよう、都営住宅の方々と提携できればと考えていますが、たくさんの課題もあります。

 災害は待ったなし。「そのとき」に最善の対応ができるよう、一人のお子さんも一人の職員も犠牲とならないよう、毎日無い頭を絞り続けています。


Posted at 2018年09月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2018年8月)           お腹いっぱいにさせればOK

 小学生以上のきょうだいをお持ちの保護者の皆さま。今年も始まってしまいましたね、夏休みが!

 子どもの頃、あんなに嬉しくて輝かしくて、一年で一番楽しみだった、夏休み。それが、親になってみたら、こんなに辛く苦しい修行期間に変わるとは…って、大げさでしょうか。でも本当に、辛いのです、お弁当作りが。そして、日々のマネジメントが!

 2年生の息子は、基本は学童があるから大丈夫、なはずなのですが、出発する時間がわからなくなったり帰り道にトラップがあったり、補充授業を忘れて担任から電話かかってきちゃったり。そして5年生の姉の方は、プールに塾に習い事に、友だちとの予定が散らばっていて、今どこで何をしているのか把握するのに一苦労。そして思春期に向け、順調に態度が悪化の一途で、弟へのキツさも半端ではなく、息子を叱っていても途中から娘にムカついてしまい、でも客観的に見ればダメなのは確かに息子なわけで、何よワタシばっかりっ!と娘の態度が更に悪くなり…。朝の短い時間の中でもきょうだいでワーワー言っているのを聞きながら弁当を作っていると、イラつくこと半端なく、結局毎朝怒鳴り散らしながら家を出てくる始末。

 そうして頭から湯気を出して歩いて、駅について、ホームで電車を待っているあたりで、だんだん心が冷えてきます。子どもたちにとっては毎日が特別な、せっかくの夏休みの朝、こうやって母親に怒られて、フォローもなく置いていかれることが良いわけない。あー、またやっちゃった…。自分のことが心底イヤになりながら、毎朝電車で新聞を開きます。

 「折々のことば」は、朝日新聞の朝刊に長期連載されている、哲学者の鷲田清一さんのコラムです。鷲田さんの心に響いた「言葉」が、一日にひとつ、つぶやきのような解説つきで紹介されます。7月16日付けの本欄を、こっそり転載させて頂きます。(こんなちっぽけな園だよりだから、大丈夫ですよね…)

空腹は子どもから「いまここに」おける安心と安定を奪います。(芹沢俊介)
 空腹のまま放置するという暴力は、自分がここにいてよいという、子どもの「存在感覚」の核となるものを修復不能なまでに破壊してしまうと、評論家は言う。(略)
満ち足りたときのその温みが、生きることの歓びを、ひいては人への信頼を底から支える。
                       『芹沢俊介 養育を語る』(事件篇機砲ら。」


 これを読んで、そうか、ともかくお腹いっぱいにすれば良いんだ、と思うと、ずっしり重かった心が、わずかでも軽くなる気持ちがしました。我が子について、自分の子育てについて、涙が出るような葛藤や後悔や自責の気持ちを抱えたとき、まずは、ごはんを作りましょう。美味しくなかろうが栄養が偏ってようがマンネリだろうが、この際関係ないということで。ともかくごはんを作って、子どもも自分もお腹いっぱいにして、最低限かもしれないけれどでもこれで大丈夫、「生きることの歓び、人への信頼」、これでOK!と、思いましょう。

9月が待ち遠しくて仕方ないのですが、これを書いている今はまだ7月下旬…。同じ境遇の皆さま、頑張りましょう。

Posted at 2018年08月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

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