社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
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珠子さんコーナー

(2019年11月)                 産んだ以上は子どもが一番

 いつもいつもワタクシゴトで恐縮ですが、わたしの二人の子どもたちが0歳から6歳までお世話になったK保育園は、もとは無認可の保育所でした。
初めての保活で第一希望の園に落ち、入園内定をもらった第二希望の園は、延長保育が使えない!延長をしていないわけではないのですが、0歳と1歳合わせて登録5名まで、という設定。当然、先に1歳クラスで埋まってしまうので、実質的には0歳は延長ナシです、とのこと。子育て支援課に必死で訴えたけれど、公正な選考結果ですのでー、と機械のような声で言われておしまい。仕方なくそこを辞退して近所の無認可に入れることに決め、オンボロ園舎を訪れたのは3月。ものすごく狭い事務室の、コピー機にくっつくように置かれたちゃぶ台で、入園面接を受けました。

 初めて顔を合わせた園長から「お迎えは何時になりますか?」と聞かれ、「一応勤務終了は5時半ですが、まあ実際出られるのは日によって、6時か7時か…」と言いかけたところで、「いやいや母さん、出産前と同じように働こうと思わないで。産んだ以上は、子どもの生活を一番に考えなきゃ。5時半で出るにはどうするか、それをやりくりするのがこれからの仕事のうちだからね。」
がびーーん。と、昭和な効果音が頭に響くほどの衝撃。いい大人になって、そうそう人とぶつかることもない育休生活の中、どうしてわたしは初対面のこの人に、コピー機の隣で怒られているのか…。やっぱり無認可にしたのは失敗だったかも。あんなボロボロの園に、あんな高いお金払わなきゃいけないなんて。と泣きそうになりながら、抱っこ紐の娘と歩いた帰り道。

 それから計9年、その保育園に、どれほど支えてもらったことでしょう。園舎はどこまでもオンボロで、狭い階段はすれ違えないから譲り合い、おもちゃは牛乳パック製かミルク缶製、もちろん園庭も無いから遊ぶのは隣の公園。保護者からのお土産なんて、のしおでは絶対頂戴してはいけない決まりですが、この園では大喜びで受け取って、みんなでバクバク食べちゃう。そして、職員は本気で子どもたちをかわいがり、子どもの為には保護者とケンカもする。人を育てるという仕事の根幹は、モノではなくヒトにあるということ、温かく賢い保育士がいれば、環境はどうでもなんとかなる。逆に言えば、どんなに豊かな環境設定も、豊かなヒトがいなければ何にもならない。ということを、わたしはこの園で学びました。

 その保育園が、制度改正の中で存続が難しくなり、認可園になるしか残る道はないけれど、階段が狭くて認可は取れない…となったとき。歴代の保護者たちが立ち上がり、土地を探し、募金をかき集め、ついに新しい園舎を建てて、現在は認可園として運営されています。でも中身は、たぶんそんなに変わっていない、はず。12年前、コピー機の隣でわたしを怒った藤田佐和先生が、今も園長ですし。どんな人か興味がおありの方は、玄関に掲示してある「第三者委員について」をご覧ください。お知らせが遅くなって恐縮ですが、昨年度から委嘱しております。わたしとの関係でも保護者の方の意向でもなく、子どもにとっての最善を考えてくれる方です。なので、相談したら園も保護者も、叱られるかもしれません。(嘘です、大丈夫、だと思います。)

Posted at 2019年11月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年10月)                 アナよりパパがだいじでしょ

 以前からときどきここで愚痴らせて頂いているとおり、わたしには子どもが二人おります。6年生の娘とは、もうすっかり女同士。関係が良好なときはそりゃあもう楽しくて、男子チームをさっさと寝室に追いやった夜、ドラマなど観ながらお喋りして。ですが、ヒドいときと言ったらもう、きつい言葉の投げ合いに男子チームが震えあがって、勝手に寝室へ行ってしまうほど。それを呼び戻して、あなたはどう思うのよっ!などと、結局いつも最終的な矛先は夫に向かうのですが…。

 そして3年生の息子が、これがもう、…もう。学校でも学童でも野球チームでも習い事でも、ともかく何か用があって電話を掛けるときのわたしの第一声は「ご迷惑をお掛けしております」。あわよくば、いえいえそんなことないですよーと言ってもらえないだろうか、という下心もあるのですが、たいていは苦笑いで返されます。本当に、山のようにご迷惑を掛けているようです。

 それでも低学年の頃は、まだ良かったのです。まだ小さいし、月齢低いし、と、周囲も言ってくれました。でも、さすがに3年生、ちょっと友だちから小バカにされているような話も伝わってきて、親としては千枚通しで刺されているような気分、のときもあります。

 ある夜帰宅すると、洗面所の壁にどうでもいいようなプリントが、わざわざ画びょうを使って貼ってありました。娘?と思いきや、「パパだよ」とのこと。一回読めばもういいよね、というような内容なのに、こんなとこに貼って!どこにも穴開いてない壁紙に!…と、不在の夫のことをわたしがののしっていると、息子がそっと隣に来て、「パパとアナと、どっちが大切なのよ〜」と言いました。なぜかオネエ風に、でもすごく真剣に。アナ?…ああ、穴。「アナよりさ、パパの方が大事でしょ?だからさ、怒んないでさ」と、懸命に言う。これを夫に言ったら、どんなに感激するだろう、と思いました。もちろん悔しいから教えてあげてませんが。

 息子は、おそらくこの先中学でも高校でも、その先の人生の中でも、みんなについていくのに必死、もしくは、ちょっとついていけない、もしくは、みんなと同じゴールを目指さない、という立ち位置になるのかなと想像します。もちろん、末は博士か大臣か(古い?)、みたいな子どもを育てる喜びというのは想像に余りあるものですが、でも、ミソっかすで、ちょっとバカにもされて、でもだからこそ、人の悪口を聞くと心が痛み、ちょっと辛い人の気持ちがわかる、息子のような人を、育て、一緒に暮らす喜びというのも悪くないなあ、と思います。なにしろ、ランドセルしょって学校行って、一日授業聞いて学童も行って、鍵なくさずに家に帰った、だけで、よくやった!テストで平均点取ったら、本人も親も万歳!(それで娘がキーッとなるのですが…。)

 
 反抗期に入った娘は、飛び立つ準備をしています。まだまだ当分一緒に暮らしていきますが、彼女の人生に、すこしずつ親の影が薄くなってきているのを感じます。その娘の横で、連絡帳が無い、学校に置いてきた、いや学童かも、とマンガのように焦っている息子を見ていると、当分そのまんまでいいよー、と、思えたりもするのです。思わなきゃやってられない、とも言えますが。

Posted at 2019年10月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年9月)          おいしい車

 ほそぼそと続いているこのコーナーは、前園長の純子さんが、2003年から、引退する2017年まで担当していた「純子さんコーナー」を引き継いだものです。彼女が引退して少ししてから、栄養士の早川さんが、歴代の「えがお」のこの欄をコピーして切り貼りして、一冊の本を作ってくれました。わたしの宝物です。

 ときどき開いて読み返すその本から、2006年9月号の記事を掲載させて頂きます。

 私の愛する小さな軽自動車は、ドアを開けるとそれはおいしそうな匂いがします。それも、ある日は干ししいたけを炊いた甘いおしょうゆの匂い、別の日はご飯に混ぜたお酢の香り、フライやてんぷらの油の匂いと、毎日変化に富んでいます。というのは、置いてあるのが保育園のキッチンの換気扇の吐き出し口の下だからです。

 (中略)学校での<食育>がしきりにいわれています。でも食事について教えるよりも、小さいときに栄養たっぷりのおいしい食事を食べて育つほうがよほど本当の食育だと私は思います。こどもたちが長い時間を過ごす保育園は、いつもいろいろな匂いがたちこめて「きょうのお昼はなにかなあ」と鼻をひくひくさせずにいられないような場所であってほしい。

 (中略)これまでどおり保育園のなかで、よくこどものことを知っているスタッフが、材料を吟味しながら食事をつくり続けていきたいと心から願っています。キッチンの前の車はいつもおいしい車でありますように!


 先日お渡しした清瀬市からの通知の通り、10月から始まる幼児教育無償化で、すみれ〜ゆり組のお子さんは、現在の「保育料」が無料になります。その代わり、今までは保育料に含まれていた「給食費」を、園に直接お支払い頂く制度となりました。これについてはまた来週お知らせをお配りする予定ですが、これに伴って、また保育園の食事が様々に議論されており、金額や徴収方法など、園同士でも話が飛び交っています。当園は、清瀬市公立保育園と同じ設定とする予定ですが、ここで保護者の方に、改めて是非お伝えしたいことがあります。

 のしお保育園の食事は、緻密な栄養計算と(でも最後は職人の勘)、贅沢な食材(特に調味料!)と、細やかな配慮と、そして何より、夏は灼熱・冬は極寒のキッチンで、ここの子どもたち一人ひとりの顔や声やスキキライを思い浮かべながら、来る日も来る日も一生懸命料理に励むスタッフに支えられ、最高においしいです。一日に一度、こんなごはんを食べているんだから、あとの食事はまあ適当でもOK?って、わたしが保護者なら思っちゃうなあ、って言うと担任たちから叱られるけど、でもそれくらい。味噌汁の具材の組み合わせが、一ヶ月で一度も同じものが無いなんて、皆様ご存知でしょうか。まさしく職人集団ののしおのキッチンのごはんとおやつ、給食費の金額は来週お知らせ致しますが、確実にそれより相当かかっております…と、下世話ですが、是非ご承知おきください。

今はわたしの軽自動車も、毎日とってもおいしいです。

Posted at 2019年09月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年8月)           保育園の夏休み

  唐突ですが、のしお保育園の職員は全員、毎日出勤・退勤の時刻が一定の、「固定勤務」をしています。当園にしか通われていない保護者の方には当たり前のことと感じられるかもしれませんが、たいていの保育園から見ると、これはかなり珍しいことです。

ふつう保育園では、主任あたりがシフトを組み、朝の「早番」と夜の「遅番」を職員みんなでぐるぐる回してこなすのが一般的です。当園も以前はそうでした。そもそも保育園というのは、子どもたちの集団を複数の大人が保育する場所なわけで、家庭と違って常に同じ人というわけにはいきません。…なのですが、小さい人にとって、特に乳児期の子どもにとっては、いろんな大人が入れ代わり立ち代わり関わるのではなく、特定の大人としっかり結びついて過ごせるほうが良い。

子育てを勉強する中で、そう教えてくれる方に出会い、でも最初は半信半疑だったのです。それくらい、「保育園職員はシフトで動くもの」という固定観念は強固でした。でも、前園長の純子さんが、「これは絶対子どもたちにとって良いことだよ、やってみよう」と言い、職員みんなが、うーん、それじゃあ…と頑張って、2011年の春、エイヤっと固定勤務制にしたのです。毎日、同じ時間、同じ部屋には、同じ大人がいるように。

空前の保育士不足といわれる現在、特に早い時間や遅い時間の勤務をしてくれる方を見つけるのは至難の業です。一年間毎日毎日、早番は朝7時前には園にいなければならず、遅番が園を出られるのは20時過ぎ。それはその人の(そしてそのご家族の)生活にとって、かなり大変なことです。でも、そうやって毎日毎日同じ大人が迎え入れ、決まった大人たちと一日を過ごし、担任が帰ったあとも決まった大人と一緒に保護者の方のお迎えを待つ。それが、子どもたちが長時間を、まるで家のように安心してここで過ごす為に欠かすことのできない仕組みだと信じて、この固定勤務制を貫いています。

しかし、その「同じ時間・同じ部屋には同じ大人」ができなくなるのが、職員の休暇。“いつも同じ”に慣れているぶん、子どもたちは違う大人といることを不安に感じたり、いつもと違う行動に出て試したりもします。理由はどうあれ、担任の不在は子どもにとって大きな喪失なのです。それは担任がかけがえのない存在という証ですが、反面どうしても、簡単に休めない職場になってしまいます。

 とはいえ時代は「働き方改革」。まあ政府に言われなくても、ご存じの通り、子育ては激務です。我が子だけでも命がけですが、保育園となれば、よそのお子さんの集団を、安心安全を担保しつつ、世話をし、見守り、励まし、叱って、褒めて、健やかに大きく育てるのが仕事。職員は一見にこにこしていますが、実は毎日命がけの職場です。ときどき休みを取らなければ、冗談じゃなく病気になると思います。心身共に健やかでいるのも仕事のうち、ということで、職員にしっかり休みを取ってもらうのはわたしの仕事。特にこの夏の期間、お子さんの登園人数が減るのに合わせ、交代で夏休みを取らせて頂きます。夏の終わり、リフレッシュして、より一層やる気に満ちあふれた職員が集っているはずです。ご期待ください!(←職員にプレッシャー?)


Posted at 2019年08月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年7月)           新生・さくら文庫

 園の玄関を入ってまっすぐの廊下の先、園庭に出る扉(ここのサッシが悩みの種…皆さま、優しい開け閉めをお願いします)の右側に、大きな本棚があります。ご存じの方はご存じの、「さくら文庫」。1989年ですから、ちょうど30年前の卒園生、桜ちゃん(お兄ちゃんは清志君。アラフォーだって、「ちゃん」「くん」なのが保育園)一家がお引越ししていくとき、園にたくさんの絵本を寄贈してくれたのをきっかけに、作り付けの棚をこしらえてできた文庫です。

 長年こつこつと本を買い足して、もう読まれない本はときどきひっそりと引退して、いつも小さくリニューアルを重ねながら、どっしりと廊下の先にあります。お迎えの際、保護者の方の心の余裕度が試される一画でもあります。棚と棚の間に空いたスペースは、長年、子どもたちがムダに乗っかる場所でした。隙間があれば入りたいのが人情、でもちょっと危ない。ここにもうひとつ棚を足したいなあ、というのが、もうずいぶん長いことの懸案でした。

 去年、れんげ組の廊下のサッシがガタガタになった際(なにしろ39歳の園舎なもので)、近所の建具屋さんを紹介してもらいました。電話をするとすぐに来てくれたのは、昔々お孫さんが在園していたアライさんご夫婦。すこし耳の遠いご主人は、奥さんに大声で指示を出しつつ、一流の腕前であっという間に扉を直してくれました。

 これがご縁で、園内で次々に勃発するちょっとした修繕箇所(なにしろ39歳…)には、いつも「アライさーん」とお電話するように。そしてついに5月、ふとした拍子で「さくら文庫増設」をお願いしたのです。おー、これはなかなかオオゴトだぞ、と言いながら、アライさんが取り出したのは使い込まれた物差し。何かの裏紙に書き込んでいらっしゃる設計図の単位は、mやcmではなく「尺」「寸」です。一か所にたった一度、ピタッと物差しを当てては「えー、3尺5寸」などとつぶやくアライさんの隣で、しゃがんで作業を眺めているのは、ワクワクする時間でした。

そうしてできたのが、真ん中の新しい棚です。30年の味わいの焦げ茶の間に、まだ木の匂いが立つ白い棚が、でも何の違和感もなく並んでいます。元々きれいな白木に、遅番のSさんがさらに2晩かけて、ヤスって磨いてニスを塗って、スベスベに仕上げてくれました。Jさんが本のお引越しをして、新生さくら文庫です。アライさんから「100年持つよ」とお墨付きを頂いていますので、のしおがいつかお引越しするときも、もちろん一緒に参ります。今のしおにいる子どもたちの、さらに子どもや孫たちも、この棚から絵本を取り出す、かもしれません。

 無類の本好きだった前園長が引退して、新米園長には心の余裕が足りず、しばらく新刊の途絶えていたさくら文庫。これからまた少しずつ、子どもも大人も楽しめる本を増やしていきたいと思っています。オススメは、西原理恵子さんの『まいにちかあさん』シリーズ(マンガです)。仕事と子育てに疲れた夜、寝かしつけが終わった後で、是非!

Posted at 2019年07月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年6月)         「職業:母親」

  先月に続き、ネットで読んだ記事をご紹介させてください。サトウさんという、双子のパパが書いた文章です。
 父親になって10ヶ月まで、奥さんに育児を丸投げだった彼が、妻がぼろぼろになって「育児が辛い」と訴えたことで初めて、子育ての大変さに気付いた――という、まあよくある話なのですが。読むと、なんとなく褒められた気持ちになるので。是非。


(前略)なんかさ。どういうわけか世間では、子どもを育てることが当たり前だと思われてる。でも全然当たり前じゃなくて、お母さんは凄いことをしてるんだよって。自分の凄さに気づいてくださいって。(中略)

今まで外で仕事してたから気づかなかったけど、うちの奥さん、この10か月間すごいことしてたんだって。壮絶な10か月間だったんだって。

今まで、私たち男は外で命懸けで働いてると思ってたよ。でもね。世の中のお母さんたちに比べたら、私たち男の仕事なんて遊んでるようなものでした。こんなことを言うと、世の中のお父さんたちに怒られるかもしれないけど。

子どもを育てるお母さんってすごいんだよって。当たり前じゃないんだよって。そう言いたいの。今まで男の私は、子どもを育てるなんて当たり前にできるという感覚がどこかにあった。少なくとも私は、そう思ってたよ。

でも、違った。子育ては想像を絶した。当たり前のように24時間労働、休憩なし、クリスマス・正月も働く、睡眠なし、タダ働き、完全不眠不休無給。

でさ。もっとすごいこと言うよ。母親は育児を当たり前にできると、世の中のほとんどの人たちから思われてる。なのでお母さんは褒められない。誰からも称賛されない。(中略)なぜ、褒められないか?周りから当たり前だと思われてるから。実は世の中で一番凄いことをしてるのに、当たり前だと思われて、でも黙々と我が子を育てるの。「育児が辛い」という言葉は誰にも届かず、ひたすら我が子と向き合う。
お腹に命が宿ってから今まで、本当に命を懸けてくれていたのは「母親」という存在でした。どんな立派な人たちより、お母さんたちにはかなわないよ。

なので、もし、今子育てが辛かったら、自分は凄いことをしてると思ってください。「職業:母親」という大事業をしているんだって。自信をもって生きてください。(一部編集)
サトウさん「サ論『健康の天才』」



…そしてさらにワタシたちは、母親業以外のシゴトもしているのです!すごい!
祝祭日が一日も無い6月、洗濯物は乾かず、雨で外に出られない子どもたちがエネルギーを持て余し、リビングでキーキー言ってこちらもキーっとなる6月、せめて自分たちを褒めたたえて参りましょう。
あ、もちろんママと一緒に子育てしているパパたちも、です!

Posted at 2019年06月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年5月)           「これが最後」

  こんな仕事をしていると、自分の子育ては朝飯前、と思われたり、自分でもそうありたいと思ったり、します。しかし実際は、以前からこのコーナーをお読みくださっている皆様にはご承知の通り、ひっどいもんです。怒っても仕方ない、むしろ逆効果、もしくは全然聞いてない、のがわかっていても、止められず、自己嫌悪…反省…でもまた怒っちゃう…の無限ループ。

 「最後のとき(The last time)」という詩をご存じでしょうか。数年前からSNSの世界では広く話題になっていたとのことなので、もうとっくに読んだ、という方も多いのかもしれません。そういうのに疎いわたしは、ママ友に教わって初めて読み、そうだよなあ、と心から思ったので(そして著作権はないらしいので)載せさせて頂きます。子育てに疲れて心がぐったりしたとき、ちょっと読んで頂けますでしょうか。

「最後のとき(The Last Time)」

赤ちゃんをその腕に抱いた瞬間から あなたはこれまでとは全く違う人生を生きる
以前の自分に戻りたいと思うかもしれない 自由と時間があって 心配することなど何もなかったあの頃の自分に  今まで経験したことがないほどの徒労感 毎日毎日まったく同じ日々
ミルクを与えて背中をさすってやり おむつを替えては泣かれて ぐずられて嫌がられて 昼寝をしすぎてもしなくても心配で 終わることのない永遠の繰り返しに思えるかもしれない

だけど忘れないで……
すべてのことには、「最後のとき」があるということを
ご飯を食べさせてやるのはこれが最後、というときがやってくる
長い一日のあと子どもがあなたの膝で寝てしまう だけど眠っている子どもを抱くのはこれが最後
子どもを抱っこ紐で抱えて出かける だけど抱っこ紐を使うのはこれが最後
夜はお風呂で髪を洗ってやる だけど明日からはもう一人でできると言われる
道を渡るときには手を握ってくる だけど手をつなぐのはこれが最後
夜中こっそり寝室にやってきてベッドにもぐりこんでくる だけどそんなふうに起こされるのはこれが最後
昼下がりに歌いながら手遊びをする だけどその歌を歌ってやるのはこれが最後
学校まで送っていけば行ってきますのキスをしてくる だけど次の日からは一人でだいじょうぶと言われる
寝る前に本を読み聞かせて 汚れた顔をふいてやるのもこれが最後
子どもが両手を広げて あなたの胸に飛び込んでくるのもこれが最後

だけど「これが最後」ということはあなたには分からない
それがもう二度と起こらないのだと気付くころには すでに時は流れてしまっている
だから今、あなたの人生のこの瞬間にも たくさんの「最後」があることを忘れないで
もう二度とないのだと気付いてはじめて あと一日でいいから、あと一度きりでいいから、と切望するような  大切な「最後のとき」があることを


Posted at 2019年05月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年4月)        明日も行きたくて仕方ないところ

  4月です。ご入園・ご進級おめでとうございます。

 突然ですが、この仕事をしていると、保育園と幼稚園の違いって何ですか?なんて、たまに聞かれます。
 真面目にお答えすると、管轄が文部科学省か厚生労働省かから始まり、制度・設備・職員の資格など、様々な差異がある、わけですが。春にこの質問を受けたら、声を大にしてお答えしたいのは「春休みがあるかないか!」。

 卒園式が終わったら春休みになり、そこから新年度準備をすることのできる幼稚園と比べ、保育園の春といったら、それはもう大騒ぎ。卒園と入園の準備が同時進行でばく進していくのです。
当園の今年のカレンダーですと、3月最終週の火曜日に卒園を祝って、4日後の土曜には入園を祝う、という流れ。もちろん日々の保育は止まらないわけで、年度末、今担任している子どもたちを集大成の姿へ導きつつ、4月から担任する子たちの担当決めをしたり日課を考えたり。それを支えるフリー保育士たちは更に複雑に、卒園・入園に伴う製作物などをバリバリ作り続けます。
3月の保育園職員は、優雅に泳ぎつつ水面下で脚をバッタバッタさせている白鳥のようです。(水面上でもバタバタが見えちゃっていたら申し訳ありません。)

 そんな3月を終えて、さあ、4月。毎年この時期の園内は、それはそれは賑やかです。泣いている人、怒っている人、ママを呼び続けている人。
 今どんなに泣いて怒って騒いでいても、すこし経てばケロッとして遊んでいることがわかっているわたしたち職員は、泣き声を「賑やか」と表現してしまいます、けれど。初めて我が子を預けるお父さんお母さんが聞くと、胸がつぶれるような辛い声に感じられるかもしれません。保育室で「ママー!」と泣いている我が子の声に後ろ髪引かれ、部屋の前でママも泣いている…ということも。

 でもだいじょうぶ。お子さんは必ず、ここが安心できる場所であり、担任はママ・パパの次に信頼できる人であることを、まもなく理解してくれるはずです。今はこの世の終わりのように泣いているかもしれませんが、しばらくしたら嘘のように収まります。ちょっと早くお迎えにいらしたら「もっと遊びたかったー!」などと言ったりするかも。

 のしお保育園の保育目標は、ずばり、「明日も行きたくて仕方ない保育園であるように」。もうすこし難しくてかっこいい言葉を使った「保育理念」などに憧れますが、でもともかくわたしたちが目指すのは、子どもたちが大好きで、明日も早く行きたい、早く友だちや担任に会って一緒に遊びたい、と思ってくれる保育園。その為に、職員一同、今年も体力気力を振り絞って頑張って参ります。改めまして、どうぞよろしくお願い致します。


Posted at 2019年04月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年3月)            虐待と、表彰状と

  春がすぐそこ、ですね。

 空気のぬるみに気持ちもゆるみ、思わず薄着にしてみたものの、家を一歩出たらまだまだ冬の朝。寒いとわかっているのに、やっぱりもう重いコートを着る気になれず、今朝も首を縮めながら歩いてきました。園までの道ですれ違う大人たちが、秋津駅へ向かって急ぎ足で歩きながらも、みんな道端の紅梅や白梅にちらっと目を向けていました。

 道を歩きながら、とか、髪を洗いながら、とか、歯を磨きながら、とか。ふとした拍子に、ずっと考えていることがあります。今、彼女は何を思っているんだろう、ということ。
死ぬほどの後悔、かな。どうしてこうなったんだろう、かな。1歳の娘はどうしているだろう、かな。…知り合いでもなんでもない、たぶん一生会うこともない女の人の気持ちを、自分のドタバタした生活の中の、うんと深いところで、考え続けています。

 千葉県野田市の心愛ちゃんの、パパに続いて、ママも逮捕されました。
夫の虐待行為を止めなかった、ママ。夫の不在時も夫の言うがままに食事を与えず、アザを見られるからと外に出さなかった、ママ。「止められなかった」「娘がやられている間は、自分がやられないで済んだ」と話しているという、ママ。

 20歳そこそこで心愛ちゃんを産んで、10年間。かわいいときも楽しかったことも、笑った顔も泣いてる顔も、数えきれない記憶があるでしょう。夫婦はしょせん他人、今は家族でも紙切れ一枚でいつでも他人。でも、子どもは。心に愛と名付けた、我が子は。我が子は!

 「ダンナなんて、どうでもいいじゃない。一人で育てるのが不安でも、お金に困っても、それでも、娘を虐待する奴と暮らすよりマシに決まってるじゃない。大丈夫、なんとかなるから、まず娘たち連れて逃げなさいよ。」
そんなことを言う人は、あなたのそばにいなかったのかな。逃げ方を知らなかったのかな。自分と娘には生きる価値があると、信じられなかったかな。自分も虐待されて育ったから。世界はこんなものだ、と。

 こんなことを書き続けていても、何にもならないなあ、と思っています。自分は虐待を憎む良識的な人間だというアピールがしたいわけじゃない、でもそうとしかなってない。だったら行動したい。でもどこで何をどうすれば良いかわからない。わたしみたいな大人が、今この国には腐るほどいるのでしょう。でも、気にしないよりマシ、と、思うしか。そこらを歩いてる小学生の顔がおかしかったら、声を掛ける。スーパーでぎゃんぎゃん怒ってるママがいたら、声を掛ける。おばちゃんであることの強みをここで使わなくていつ使う、と思います。


 さあ、やってきてしまいました。ゆり組16人の、その保護者の皆様の、卒園のときが。のしお最長記録、17年間、一度も途切れることなく通い続けられたOさんも、ついに今年で「卒園」。2年前に引退した前園長の純子さんが、「Oさんが卒園のときは、お父さんお母さんにも表彰状ね!」と言っていました。Oさんだけでなく、皆様に表彰状をお贈りしたいです。雨の日も雪の日も灼熱の日も、寝起きが悪い日も休みたいと騒ぐ日も…毎日毎日、朝に夕に、送り迎えお疲れ様でした。毎日お会いできなくなるのが寂しいです。お子さんと一緒でも、そのうちお子さんが保育園なんかコドモのところだから行かないと言うようになったらパパママだけでも、いつでも、遊びにいらしてください。お待ちしています。

Posted at 2019年03月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

(2019年2月)             何ができただろう

  12月の夕方、秋津駅のホームに、親子が立っていました。

 3歳くらいの男の子、すこし上の女の子、細くて若いお母さん。泣き叫んでいる男の子より、うなだれているお姉ちゃんより、目立っていたのはママでした。何の表情もなく、何も見えていないような、何も聞こえていないような、蝋人形のような。周囲の人たちに振り向かれながら、何も無い一点を見つめて、微動だにせずに立っていました。

 その日わたしは急いでいました。早く帰って、息子と文房具屋さんに行く約束をしていたから。学童帰りのランドセルのまま、駅の改札で待っているはずだから。

どうせ一緒の電車に乗るよねと、横を通り過ぎ、すぐ来た電車に乗りました。でも振り向くと、親子はそこに立ち尽くしたまま。発車時刻が来て、ドアが閉まりました。わたしは動きませんでした。だって息子が待っているから。

 途中の駅で乗り換えながら、秋津駅に電話をしました。まだあの親子はいますかと尋ねると、すでに他の方からも連絡が入っていたようで、もういませんよとあっさり言われて終わりました。ものすごくホッとしました。もう、戻ったってできることはない。わたしは息子と文房具屋さんに行きました。

 ひと月以上経って、すでに記憶はあやふやです。姉と弟だったか姉妹だったか、泣いていたのは上の子か下の子か、実はもう定かではありません。ただあのママの、すべての感情を手放した真っ黒な目と、その母を求める子どもの叫ぶような泣き声だけが残っています。そしてそこから何もせずに立ち去った自分のことも。


 今度は千葉県野田市で、また、起きてしまいました。4年生の心愛(みあ)ちゃんは、ちゃんと周囲の人に父親が怖いと訴えて、一時は保護もされて、でも親元に戻り、学校には友だちもいてクラス委員も務めて、何の問題もなさそうだったと。でも友だちは、心愛ちゃんの服で見えない場所のいくつものアザに気付いていたと。そして1月のある日、朝10時から夜中まで、母も妹もいる家の中で父から虐待され続けて、消防隊が到着したときには、お風呂場で硬く冷たくなっていたのだと。

 胸のつぶれるような報道を聞いた人たちは、またいつものように怒っています。親は当然死刑にすべき、裁判もしなくていい、と書いていた人もいました。児童相談所も、虐待を把握していながら家庭訪問ひとつしてないなんて殺人幇助に等しい、とも。

 でも。親と児相職員を糾弾して、それで終わり?膨大な通報に1件1件対応し続けるしかない児相の人たちの疲弊に対して、それが仕事だ、もっとやれ、ダメなら人数増やせと言って終わり?児相だけでなく、心愛ちゃんが登校していないことを問題に思わなかった学校や、怒鳴り声と泣き声を聞きながら通報しなかった近所の人や、みんなみんな最低だと切って捨てて、自分は関係ないと?遠くの高みに立って、関係者だけを糾弾する、そんな無責任な大人ではありたくない、と、思う。

 …ではわたしはあの夕方に戻れたら、あの親子に何ができるだろうかと、考えているのです。飴でも渡したら何か起こっただろうか。あの母に届く声掛けって、何だったろうか。余計な一言が、母をさらに追い詰めるんじゃないだろうか。そして、わたしは親子に関わっている間もずっと、改札でわくわくしてわたしのことを待っているはずの、息子のことが気になって仕方ないのじゃないか。…結局のところ、自分が一番だいじなんじゃないか。

結愛ちゃんや心愛ちゃんをもう二度と生み出してはいけない、そんな社会であってはならない。そう思いつつ、あまりに遠いところで、わたしはまだ途方に暮れています。

Posted at 2019年02月01日 00時00分00秒  /  コメント( 0 )

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